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平定 21

コチニール王宮は前代未聞の事態にパニックになっていた。


王宮のそこかしこに魔獣と精霊がいる。

そして宮城のバルコニーから見渡せる広場全体を、正面の空間を残して竜が埋め尽くしていた。

そしてそれらは“全て”ではないのだ。

王宮と宮城の広場にいるのは彼らのほんの一部でしかない。入りきれないモノたちは王宮を取り囲むように王都とその周辺に広がっている。


コチニールを千回でも壊滅できるような“力”が、そこにあった。


コチニールの王宮にいる者は戦慄を覚えて広場を見る。


広場にいる竜は騎士を持つ竜だ。

それぞれの竜に乗っていたセルリアンの精悍な騎士たちが一斉に降り立ちその場に膝をつく。

竜も次々に頭を下げていく。


そこに、2頭の青い竜が降り立った。


1頭の竜に、グレン第一王子と“運命の姫君”と思われる少女。そしてハッとするような美貌の男性が乗っている。


もう1頭の最後に降りてきた竜の背には小さな女性が乗っていた。


王子の乗っている竜が体を伸ばし、バルコニーに近づく。おそらくは風の魔法で空を滑るように王子と姫君、もう1人の男がバルコニーに降り立った。


バルコニーには・・・正妃と王太子を中心に主だった貴族が10人ほど立っていた。全て正妃の血縁姻戚縁者でグレン第一王子が宮廷を追われる頃から力を持った者たちばかりだ。


父王の姿がないことにバーミリオンの心は曇る。


だが、彼は自分の傍らに立って自分の腕に手を添えて何も言わずに自分を励ましてくれる少女の存在に力づけられる。


そして竜王の背から自分を見ている母の眼差しに背筋を伸ばした。


無様な姿は決して晒せない。


「お久しぶりです。王太子殿下、義母上。」


まるでただ単に暫く城から離れていて帰城したかのように自然に言うと、軽く頭を下げる。


第一王子という身分からすれば王太子や王妃には跪かなければならないのかも知れない。

しかし美咲の母は頭を下げる以上のことをするなと厳命した。


「貴方はぁセルリアンの“運命の姫君”の騎士なのよぉ。貴方が跪いていいのは美咲だけよ。それ以外の者に跪く姿を見せたりしたらぁ、直ぐに首にしますからねぇ。」


・・・目が本気だった。


青くなって頷いたのは出立寸前のことだ。

母に比べればコチニール貴族たちが第一王子の不敬に目を吊り上げることなど怖くも何ともなかった。


「兄上・・・ご無事で・・・」


10歳の王太子、ネープルスは・・・泣き出しそうに顔を歪めた。


ネープルスは、第一王子に懐いていた。

憧れていたと言っても良い。

4年前、わずか6歳だった幼い少年にとって、どのようなことも颯爽とこなす優しい兄は崇拝の対象だった。

兄がある日突然いなくなって死んだと思えと母に言われたときは、泣き喚いて嫌だと駄々を捏ねたものだった。

大きくなるに連れて、兄が王太子の身分欲しさに父王の暗殺を謀ったのだと聞かされるようになっても、信じることはできなかった。


兄は決してそんな人物ではなかった。

幼い自分に立派な王になれと言って、一緒に支えてやるからと、いつも励ましてくれていたのだ。

何かの間違いなのだと思った。


疑いを晴らして、いつか必ず帰ってきてくれると信じて待っていたのだ。


待ち焦がれた兄が目の前にいる。


人目さえなかったら、飛びついて縋り付きたかった。


バーミリオンにしてみても可愛がっていた弟の大きくなった姿は嬉しかった。


ただ、顔色は青白く元気がない。体も細く、子供らしい丸みがなくなっている。

成長したのだと言われればそれまでだが線の細さが気にかかった。


「ご心配をおかけしました。王太子殿下。」


他人に対するような言葉しか、かけられないのがもどかしい。抱き上げてきちんと食べているのかと問い質してやりたいと心から思った。


だが、そんな兄弟の間に正妃が割り込む。


やや強引に王太子を自分の背後に回した正妃は、バーミリオンをまるで存在しないかのようにキレイに無視して、美咲に声をかけてきた。


「ようこそお出でくださいました。セルリアンの“運命の姫君”様。私はコチニールの正妃ローシェンナと申します。国王が病で伏せっているためお出迎えできず申し訳ありません。こちらは王太子のネープルスです。・・・どうぞごゆっくりご滞在ください。」


バーミリオンの話では正妃は今年47歳のはずだ。

小柄だが背筋をピンと伸ばした堂々とした貴婦人で凜とした雰囲気を持っていた。

その表情は厳しくて、バーミリオンの語った“多少我が儘でも案外優しくて子供好きな女性”のイメージは・・・なかった。


丁寧に美咲に声をかけながら、決して親しみを見せない姿にバーミリオンの心は曇る。


義母は・・・ずっと、こんな風に心を固めて生きてきたのだろうか?





美咲は・・・緊張していた。


(ムリムリ、絶対ムリ!!)


自慢じゃないが一般庶民の平々凡々な女子高生が、どこをどうしたら一国の王族なんかに普通に対峙できるというのだろう?


バーミリオンは自分の腕に添えられた美咲の手を、自分を励ましてくれていると都合良く解釈したようだったが、実際には美咲は今にも倒れそうな心境をバーミリオンに触れることで堪えているだけだった。


手も足も緊張で震え出すのを我慢するだけで精一杯。

声など出せるわけもなかった。


結果美咲は小さく頷くことしかできなかった。


心臓をバクバクさせて、ぎこちなく頷いた美咲だったが・・・その姿は、高貴な女性が直接声をかけることを良しとせず、高慢に頷いただけのように見えた。



正妃や周囲のコチニール貴族が顔色を変える。


いくらコチニールがセルリアンに比べれば小さな国だとはいえ、一国の王妃に返答もしない美咲の態度は、彼らの矜持をひどく傷つけた。


幾人かが抗議の声を上げようとした時・・・その場で何だか浮いていた壮絶な美貌の青年が言葉を発した。



「病気の人がいるの?俺が治してあげようか?」



「ブラッド。」


形式や儀礼を全て無視して上げられる言葉にバーミリオンが制止の声を上げる。


相変わらずブラッドは美咲以外の人間と竜に乗ることを嫌がったために此処に一緒に立っている。

決して余計な事は喋るなと言い聞かせておいたのだが、すっかり忘れているようだ。


ブラッドは、治癒魔法を使うことが最近すっかり気に入ってしまっていた。


何より治してやった人間がブラッドに凄く感謝するのが嬉しかった。

食べることの次にブラッドの持つ飢餓感を埋めてくれる気がするのだ。(もちろん一番は美咲と居ることだ。美咲と一緒にママの料理を食べて、治癒魔法で誰かに感謝されたいというのが最近のブラッドの夢だ。)


何の駆け引きもないブラッドの申し出に、王妃はビクリと体を震わせた。


「お申し出には感謝します。ただ、国王の病はどんなに強い治癒魔法でも治ることはありませんでした。お心だけ受け取らせていただきます。」


バーミリオンは唇を噛む。

自分が出奔してからも父の病が好転していない事実に心が落ち込む。



「なんだ、治癒魔法が効かないの?・・・じゃあ病気じゃないんだ(・・・・・・・・)。つまんない。」



ブラッドは、がっかりしたように言うと肩を落とした。

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