平定 16
「正気なのか?」
バーミリオンは目を剥いて信じられない発言をした少女を凝視する。
「正気よ。トンネルは作るわよ。」
「自分がどんな目にあったのか忘れたのか?!」
「ついさっきのことを忘れたりしないわよ。」
不服そうに美咲はバーミリオンを睨む。
「お人好しが過ぎる!」
『そいつに賛成だ。』
飛びながらカイトも声を出した。
領主の館を脱出して直ぐ、このまま帰ると言ったバーミリオンとカイトに、美咲はトンネルを作りに行くと主張したのだ。
「困っている人がいて、それを助ける手段を持っているのに見捨てるなんてできないわ。」
「お前を捕まえて一生閉じ込めようとした相手だぞ!」
「住民に罪はないわ!困っているのはそこに暮らしている人たちなのよ!」
美咲とバーミリオンは睨み合った。
「話しにならない!カイトこのまま帰るぞ!」
「ダメよ!トンネルを作りに行くの!カイト!最初に来た場所まで戻って!!」
『・・・もの凄く不本意だが、今回だけはバーンの言うことに従いたい。』
「カイト!!もう、一緒に寝てあげないわよ!」
『・・・』
「カイト!」
「カイト!!」
カイトカイトと連呼され、迷うように上空をグルグル旋回したカイトは・・・結局美咲の言うことを聞いて西へ向かう。
「お前・・・」
『シディと一緒に寝られないのは嫌だ。』
実に自分の欲望に忠実な竜にバーミリオンは頭を抱えて唸った。
いざトンネルを作るとなって、カイトは物騒なことを言い出した。
『山一つぶっ飛ばすのは簡単なんだけどな。キレイに穴を貫通させるのは案外難しそうだ。』
美咲は竜の姿のままのカイトを、え?と見上げた。
「今更そういうことを言うか?」
バーミリオンが呆れる。
『悪い。』
素直に謝るカイトは、多分本当に悪いと思っているのだろう。美咲にノンとポポを呼んでくれと頼んできた。
「ポポ?」
大地の精霊であるノンはわかるが、なんでポポ?と美咲は首を捻る。
『お前は、いい加減いろいろ気がついた方が良い。』
カイトの言い様は何だか美咲の不安を煽った。
迷いながらもノンとポポを呼ぶ。
美咲の呼びかけに1人と1匹は直ぐに現れた。
手を伸ばした美咲の腕の中に白い魔獣がおさまる。
ノンは美咲の肩に腰掛けた。
カイトは山に穴を開けるから、その穴が崩れないように固めてくれとノンに頼む。
「私が開けた方が早いのではないか?」
どこた呆れたように言うノンに、今回の主な目的はカイトが魔法を使った痕跡を残すことだと説明する。
『ポポ、お前は大地を抑えてくれ。できるだけ揺れないように頼む。』
カイトの依頼をポポは小さく頷くことで了承する。
「え?ノルボってそんなこともできるの?」
確か力が弱くて、小さな傷や、やけどなんかを舐めて治すことができるくらいの弱い魔獣なのではなかったか?
『ポポはノルボじゃない。』
「え?」
カイトの言葉にポポは不満そうに唸る。
『いい加減覚悟を決めろ。いつまでも借り物の姿じゃお前だって不便だろう。・・・シディ、そいつは“白帝”だ。正真正銘の“神獣”だよ。』
“神獣”・・・と言って、美咲は二三度瞬きをした。
バーミリオンも口をぽかんと開ける。
腕の中でポポは身じろいだ。
不安そうに美咲を見上げる。
「“神獣”って・・・」
『“神獣”だ。ぴーちゃんと同じもの。白帝は大地の属性を持っている。しかも方位は西だ。この地の大地はこいつに従うだろう。』
先日湖を作るのもとても楽だったとノンは証言する。
美咲はとても信じられなかった。
手の中の小さな魔獣を凝視する。
「・・・白帝は、コチニール王家の守護獣だ。」
呆然としたようにバーミリオンは呟く。
『人間が勝手に決めたものだ。竜は東だからクロムの守護獣にされている。ウィスタリア連合は“玄武”で、セルリアンは“鳳凰”火の鳥だとさ。守ってやるつもりなど全然ないがな。』
カイトの正直な物言いにバーミリオンの眉は顰められる。
『本来の姿に戻れ、“白帝”。いつまでもシディに引っ付いていて目障りだ。』
それが本音なのだろう・・・ノンは呆れたようにカイトを見る。
ポポは重い口を開いた。
「姫さまは・・・この姿を気に入られて赤いリボンを結んでくださった。本当の私は赤いリボンが似合うような姿ではない。」
大きな耳と尻尾が項垂れている。
初めてポポの長いセリフを聞いた。
美咲は何だか感動して、ポポをギュッと抱き締めた。
「姫さま?」
そんなことを気にしていたのだろうか?美咲の胸に腕の中の魔獣に対する暖かな思いがこみ上げる。
「ポポは、ポポよ。どんな姿だって私の可愛い魔獣だわ。」
「・・・本当に?」
「もちろん!」
美咲の言葉に覚悟がついたのだろう、ポポはポンと美咲の腕を蹴って飛び出るとその場でカッ!と光に包まれた。
光がおさまった後・・・そこには白い堂々とした体躯の虎に似た獣が現れた。
体長は4〜5メートルはあるだろうか神々しくも美しい獣が美咲を見下ろす。
「ポポ?」
獣が首を下げる。
ふわふわの白い毛に包まれた頭が美咲の眼前に迫り、濡れた鼻先が美咲の手におずおずと当たった。
美咲は両手でその獣の首筋を撫でる。
(うっわぁ〜!もふもふしてる。)
陶然とした。
「姫さま。」
「可愛い!」
ぱふん!と美咲は獣の・・・ポポの頭に頭をくっつける。
両手でギュッと抱きついた。
「可愛い!?」
美咲の発言に美咲を除く全員が疑問の声を上げる。
・・・女子高生の“可愛い”基準ほど難解なものはこの世にない。
「・・・姫さま。」
恥ずかしそうにポポは美咲の体にぐりぐりと頭を擦りつける。
(うっ・・・きゃぁ〜っ!鼻血、出そう!)
美咲は、「いい加減にしろ!」と全員から怒鳴られるまで思う存分もふもふを堪能したのだった。
立派なトンネルを掘りあげて、美咲たちは帰途につく。
ノンとポポは先に戻っていった。
バーミリオンと美咲は、本当に疲れ切ってカイトの背に乗っていたのだ。
バーミリオンの力強い腕に抱き締められて美咲は、うとうととしてしまう。
自分の恋心を再認識してしまった美咲は、最初の内こそ心臓がドキドキして眠るどころではなかったのだが・・・
緊張して赤くなって・・・しかし、やっぱり疲労には勝てなかった。
今日は、あまりにいろいろな事がありすぎたのだ。
疲れ切った体は睡眠を必要としたのだろう。吸い込まれるように眠気に誘われ、バーミリオンの広い胸に体を預けると何時の間にか寝息をたてていた。
当然バーミリオンがそんなおいしい状況を逃すわけもなく、これ幸いと美咲の体を深く抱き締める。
柔らかく小さな愛しい女性の体は、バーミリオンに痺れるような幸福感をもたらしてくれた。
『・・・俺の背中で好き勝手をするな。』
不機嫌にカイトが怒る。しかし、美咲を起こしたくないのだろう、その言葉は低く小さい。
「抱いていないと落ちたらたいへんだ。」
『俺がシディを落とすものか。』
「お前の鱗より俺の腕の方が柔らかい。」
不毛な言い合いに美咲が小さく身じろぐ。
バーミリオンとカイトは慌てて黙り込んだ。
美咲の眉間に皺が寄っていた。
・・・美咲は、昼間領主の館で襲われた事を夢の中で思い出していた。
傷ついたバーミリオンに再び張り裂けるように心を痛め、カイトに連れられて外へと逃げる。
美咲は鏡の前で・・・足を止めていた。
愛する人を心から案ずる小さな女性が美咲を見返している。
あの時感じた既視感を・・・思い出す。
鏡に映った美咲の肩までのストレートの黒髪が柔らかな栗色の髪に変わっていく。
黒い切れ長の瞳が大きくぱっちりと変じ・・・しかし、そこに浮かんでいる狂おしいまでの熱情はそのままに美咲を見返している。
顔のつくりや形は、元々似ている。
当たり前だ。・・・親子なのだから。
(・・・ママ。)
恋する者を案じる顔で美咲を見詰めているのは、間違いなく美咲の母だった。
・・・思い出した。
美咲は、母のこの顔を昨晩見たのだ。
・・・竜に変じたために低くなったカイトの声が寝ている美咲の意識に届く。
そう・・・昨晩も、低いバリトンボイスが聞こえて、美咲は目を覚ました。
思い出した美咲が、現実に目を覚ます。
目の前にバーミリオンの・・・自分の愛する人の優しい顔が・・・あった。
「悪い、起こしたか?このままもう少し眠ると良い。まだ当分着かないから。」
自分は今どんな顔をしているのだろうと美咲は思う。
きっと、鏡の中の母と同じ顔をしている。
確信して・・・美咲の頬を涙がポロリとこぼれた。
「シディ?!」
バーミリオンが焦って美咲を覗き込んだ。
「どうした?どこか痛いのか?」
『シディ!?』
背中の異変に気づいてカイトも声をかけてくる。
「・・・どうしよう。」
戸惑って美咲は呟く。
「シディ?」
「どうしよう?バーン。・・・ママ、王さまが好きかもしれない・・・」
美咲の瞳は見つけた”真実”に・・・怯えるように震えていた。




