平定 15
バーミリオンと美咲は疲れ切ってカイトの背に乗っていた。
“グレン第一王子”と“運命の姫君”の起こす奇跡は既にコチニール国内で知らぬ者のない話となっていて彼らは多忙を極めていた。
今日はコチニールの西の端。王の加護の届くぎりぎりの位置にあるジービス領に来ている。
コチニールは南北に長い国で東西の幅はそれほどではないとはいえ、流石にそこまでの距離となるとカイトのスピードでも着くまでに半日はかかる。早朝に出発しても昼前にしか着かない。
ジービスは王の加護が届かぬゆえに人間を襲う強い魔獣が出没した。
その魔獣を何とかして欲しいというのが嘆願の内容だった。
どうすれば良いのかと頭を悩ます美咲に、カイトは俺がマーキングすると言い出した。
カイト程の強い竜の匂いをつけておけば、魔獣は近づかなくなるのだそうだ。
「マーキングってどうするの?」
「派手な魔力を使えばいいんだ。」
そうすれば魔力の痕跡がその場に残る。
魔力の痕跡には種族ごとに匂いと称するような独特の特徴が感じられるそうだ。
その匂いで竜だとわかり、しかも痕跡が大きければ大きいほど相手が強いと伝わる。
下手な魔獣は一切近づかなくなるはずだった。
しかし、派手な魔力と言っても何をすれば良いかわからない。
美咲とカイトが考え込んでいるとバーミリオンが提案してきた。
「トンネルを作れないか?」
「トンネル?」
「ああ、此処と南のテニム領の間には高い山が聳えている。行き来するためには山越えをするか大きく東に迂回するしかない。ジービスは塩が採れない。海がないし岩塩も採れないからな。塩はテニムから運ぶしかないんだが流通に金がかかりすぎて困っていると聞いている。」
確かにそれはたいへんそうだ。トンネルがあれば助かるかもしれない。
「俺が王宮にいた時にもジービス領主から嘆願が上がってきていた。大がかりな工事になるし完成まで何年かかるかわからないが御前会議で決定して、やろうって話しになっていたはずなんだが・・・」
手が付けられていないとバーミリオンは苦い表情で言った。
確かに山肌にはトンネル工事を思わせる様相の欠片も見えなかった。
何か新たな事情ができたのかも知れないからジービス領主に確認して、ただ単に着工が遅れているだけなのなら頼めないかとバーミリオンは頭を下げてくる。
「やだ!バーン、止めてって言っているでしょう。」
「俺はお前に頼まれて言うことを聞いてやっているんじゃない。シディの言葉に従うんだ。お前に頭を下げられる謂われはない。」
慌ててバーミリオンを制止する美咲とカイトに苦笑を漏らす。
自分たちがコチニールに対してどんなに恩恵を施しているのか自覚の無い2人と一緒にいられる自分の幸運に感謝する。
バーミリオンは、自分が殺されかけたのではなく逃がしてもらったのだとわかってからは、一刻も早く王宮に戻り皆を助けたいという焦りを強く感じていた。
何度もこっそり抜け出してでも戻りたいと思った。
だが、同時に自覚するのだ。今の自分が戻っても何にもならないだろうと。
むしろ最後の希望であるはずの自分が捕まって事態が悪化する可能性がある。
母は勝手に動いて邪魔するなと言った。
バーミリオンが心底恐ろしいと思う女性。
彼女が邪魔するなというのなら何か考えがあるのだ。今は我慢してそれを待つ時だった。
母が味方であることに、心の底から安堵する。
本当に、自分はついているのだと思う。
何よりセルリアンで美咲と出会えたことを運命の女神に心の底から感謝したいと思った。(もっとも母の正体を知ったバーミリオンが“女神”に感謝できるかどうかは微妙なせんだとは思うが・・・)
優しく素直で何時でも一生懸命な少女。
そのくせ信じられないほどの力を有し、しかもその力を分け隔てなく、惜しみなく与える。
その事を驕りもしなければ押しつけもしない。
どうしてこんな少女がいるのだろう。
この奇跡のような少女に惹かれずにはいられない。
もはや何度目になるかもわからない美咲への想いを思い知る。
彼女を守るためならどんなことでもするだろう。
そして、おそらくカイトも同じなのだ。
バーミリオンは、そう思う。
美咲のためなら何でもする。
気に入らないだろうバーミリオンの願いでも聞いてしまうほどに。
3人はジービス領主の館を訪れる。
そしてそこで事件は起こった。
「何をする!」
美咲を背中に庇いバーミリオンは剣を抜いた。
「殿下!殿下のためです。」
「そこをお退きください!」
狭い領主の館の広間に何十人もの騎士が3人を取り囲む。
美咲は顔を蒼白にしてその様子を見ていた。
ジービス領主は、訪れた美咲たちを歓迎してくれた。
テニム領との境にある山にトンネルを掘りたいと告げれば驚愕しながらも深い感謝の意を表した。
「トンネルを掘ることで魔獣も出没しなくなるはずです。」
「そんなことまで!・・・ありがとうございます。」
瞳に浮かんだ感謝の念は本物だったはずだ。
なのに・・・
暫くお待ちくださいと言われて待った3人を突然大勢の騎士たちが襲ったのだ。
決して3人を傷つけようという意志は感じられない。
ただ捕らえて拘束しようとしていることは、わかった。
「この行為のどこが私のためだ!一体何が目的だ!!」
バーミリオンの怒鳴り声にジービス領主は必死の形相で説明する。
「“運命の姫君”を我が国に・・・コチニールにお招きしたいのです。聞けば“運命の姫君”は、お2人いらっしゃるとのこと。ならば、お1人に我が国にお留まりいただければ!・・・グレン殿下の花嫁になっていただいて、永遠にこの国に!」
バーミリオンは心の中で唸り声を上げた。
「何をバカなことを!第一何がお招きしたいだ!力尽くで拘束しようなどと不敬な真似は止めろ!!」
カイトは実際に喉の奥から物騒な唸り声を漏らしていた。
「このバカどもを全員吹っ飛ばしてもいいか?」
「ダメよ!カイト!そんなことをしては、みんな怪我をしてしまうわ!」
優しい美咲の心遣いだが、この時ばかりはバーミリオンもカイトに賛成だった。
こんな恩を仇で返すような連中は、どんな目に遇おうとも自業自得だと言えた。
「脱出するぞ!向かって来る奴は遠慮なくぶっ飛ばしてやれ!」
「ダメよ!」
美咲の思いやりが今回は裏目に出た。
騎士の1人が、見かけは10代の若者であるカイトに(この騎士はカイトが竜から人型に変化するのを見ていなかった。コチニール人は竜の瞳など知らないのだ。変わった目だと思っただけだった。)斬りかかる。
即座にぶちのめそうとしたカイトに美咲が縋り付いて止めさせて、結果美咲に向かった剣からバーミリオンが体を張って庇う。
「きゃぁっ!!バーン!!」
剣はバーミリオンの額を傷つけた。
さほど深い傷ではなかったが派手に出血する。
自国の王子を傷つけた騎士や周囲の者が怯む。
「・・・殿下。」
「下がれ!彼女を傷つける者を俺は許さない!逆らえば容赦はしない!」
血を流し睨みつけるバーミリオンの迫力に領主は・・・剣を引いた。
「バーン!バーン!!血が!!!」
美咲は半狂乱になってバーミリオンに縋り付く。
震える手でハンカチを取りだして傷口に当てようとした。
「大丈夫だ。血で汚れる。」
バーミリオンはそっと美咲の手を退けると、そのまま美咲をカイトの方に押しやり自分は剣をかまえたまま出口へと向かう。
「行くぞ!」
剣をかまえ血を流したままのバーミリオンが周囲の騎士を押しのけて進み、その後をカイトに守られて美咲が続く。
もはや領主側に押し留めようという動きはなかった。
美咲の胸はドクドクと鳴っていた。
自分を庇ってバーミリオンが傷ついたことが、自分が傷つくよりも・・・痛い。
(バーン・・・バーン・・・)
前を行くバーミリオンの足元に時折ポタリと血が落ちる。
(!!・・・)
胸が締め付けられて、頭がガンガンする。
「・・・なんて顔をしているんだ。」
美咲を抱きかかえるようにして歩いているカイトが苦しげに呻いた。
(・・・顔?)
丁度通りかかった廊下に嵌め込まれていた鏡を見る。
そこには蒼白の顔を辛そうに歪めた自身の顔が映っていた。
その瞳は・・・苦しそうで、黒い瞳の中にバーミリオンを案じる狂おしいほどの熱情が宿る。
(・・・あ・・・私?)
今にも涙が溢れそうな瞳が美咲を見返していた。
(・・・私、本当にバーンが好きなんだ。)
自覚した。
わかっていたことだけれど、痛いほど自覚した。
その顔は、その瞳は、堪らなく相手を愛する者の顔だ。
自分以上に相手を愛し心底案ずる者の顔だ。
自分の心を赤裸々に映す顔に自分で魅入られる。
そして、自分のその瞳に・・・既視感を覚えた。
美咲は自分がどこかで、同じような瞳を見たような気がした。
だがそれを思い出す前に、カイトに半ば抱き上げられて屋外に連れ出される。
「カイト竜に戻れ。」
「ああ。その前に・・・」
まだ警戒を解かないバーミリオンの額にカイトが軽く触れる。
「ッツ!」
バーミリオンの額の傷がキレイ治り、血まで消えた。
「そのまま乗られて俺の背中が汚れるのはゴメンだ。・・・それにシディが悲しむ。」
ぶっきらぼうにカイトは言うとバーミリオンの手に美咲を渡した。
「すまない。」
頭を下げるバーミリオンを睨みつけるとカイトは竜に変じた。
2人で竜の背に乗る。
ジービス領主と配下の騎士が追って出てきた。
「殿下!」
「行け、カイト!」
「だから、お前が命令するな!」
竜は羽ばたきもせずグンッと上昇する。
上空に至ってから数度羽ばたいてあっという間に視界から消えた。
「領主様・・・」
「良い。」
拘束に失敗した騎士の長が頭を垂れてくるのを領主は首を振って制した。
「大丈夫だ。・・・殿下と姫君は確かに想いを通じ合わせていられるように見られた。・・・コチニールは救われる。心配ない。」
体を張って姫君を助けた自分たちの王子と、その王子を心から案じていた姫君の様子を思いだし領主は心から安堵の息を吐く。
コチニールは大丈夫だ。
おそらく自分たちの領地は此度のことで恩恵を受けることはなくなるだろうが、国あっての領地だ。
国が立ち直るのであればそれでいいと領主は思った。
竜の去った空を領主は飽くことなく眺めていた。




