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平定 14

キール領主の館で、ブラッドはふてくされながら押しかける病人や怪我人の手当をしていた。

治癒魔法を覚えて、ようやく美咲と一緒に出かけられると思ったら、領主の館までは一緒に来たものの、その後は別行動とわかって機嫌が悪いのだ。


「どうして俺がこんなところに居なきゃならないんだ。シディが一緒じゃなきゃ全然楽しくない!」


まあまあ、とヘリオトロープが宥める。

表向きはブラッドの護衛、実のところはブラッドが逃げ出さないための見張り役として(もちろん本当の見張り役はオーカーだ。ブラッドは治癒魔法のみ魔力を使えるようにしてあるのだが万が一ということもある。オーカーが手に負えないと思えば直ぐに竜王に連絡がつくようになっている。)付き添っているのだった。


「姫君と約束したんだろう?頑張ってねと仰っていられたじゃないか。」


う〜っとブラッドは唸る。

確かに約束はしたが、美咲が一緒でなければやる気が起きないことも事実なのだ。


ブラッドは自分の心の中に根付いたあの少女への執着を自分でも持て余していた。


ブラッドは・・・不安定なのだ。

記憶が無いこと自体は、実は一向に気にしていない。無いものは無いのだ。無くしたモノに執着するような気質ではない。

実際それで困っているわけでもないから、かまわないと思っている。


困っているのは、自分の持つ飢餓感だ。


ブラッドは本当の意味でお腹が空いているわけではない。(当たり前だ魔物なのだから。)ただ、いつも何かが足りないとそう感じるのだ。

美味しいモノを食べるということは、その飢餓感を代わりのモノで満足させるという自分に対する誤魔化しだった。


わかっているのだ・・・


自分には自分が当たり前に持っていなければならない“何か”が欠けている。


その“何か”を埋めなければならないという強い焦燥感。


意識が戻って最初に感じたのは自分の欠けた“何か”が欲しいという痛いほどの欲望だった。


それが無ければ立っていられなくなりそうになって・・・しがみついたのが美咲だった。

美咲は“何か”ではない。

直ぐにわかった。


ただ、欠けた自分を支えてくれる。


心配そうに優しく声をかけられて、安心させるように笑ってくれてブラッドはそう感じた。

だから美咲に執着した。

事実美咲の側に居ると自分の飢餓感が少し治まるのがわかる。

何もかもを滅茶苦茶に破壊して暴れ出したいという衝動を抑え込める。

そんな風に暴れたら大切な美咲を失ってしまうことがわかっているから一生懸命我慢している。

我慢するためにも美咲は必要なのだ。


なのに・・・その美咲がいない。


「ママが美味しいお弁当を作ってくれたんだろう?」


機嫌の直らぬブラッドをあやすようにヘリオトロープは言葉をかけてくる。

もちろん領民の怪我や病気を治してもらうキール領主は、昼は自分で用意しますと言ったのだが、母はそれを断って美咲やブラッドたちのお弁当を作っていた。


「ボランティアは現地の人に迷惑をかけちゃいけないのよぉ。」という発言に美咲が「そうよね!」と同意した結果だった。


ブラッドにとっては確かに食べることも飢餓を埋めるひとつの手段だ。それが母の美味しいお弁当なら確かに効果は大きい。


しかし、美咲が側にいる方が自分はずっと落ち着けるのに!


「お弁当、いらないのか?」


「いる!!」


いらないはずがない!美咲がいなくてお弁当も食べられないなんてことになったら自分の衝動を抑え込める自信が無い。


「だったら頑張るんだな。・・・ほら、午前中はあと1人だ。そうすれば食べられるぞ。」


ヘリオトロープの言葉に・・・ブラッドは不承不承頷くのだった。




午前中最後の患者は、小さな女の子を抱えた母親だった。

母親と言うには年をとりすぎているなと思ったヘリオトロープが確認すれば、育て親とのことだった。

子を産めない女性なのだろう。40代半ばくらいの年齢に見える。ようやく得た子供なのかもしれない。

しかも女の子だ。

必死の形相が胸をついた。


ブラッドには、人間は女の子自体が貴重なのだなんてわからない。


ただ宝物のように腕の中の我が子を見詰める母親の眼差しに、自分の中の焦燥に通じる何かを感じた。


「お願いします!」


入ってきてブラッドの美貌に一瞬呆気にとられた母親は、しかし直ぐに我が子に意識を戻して深く頭を下げてきた。


子供は3日前、急に寒いと言って布団に潜ってガタガタ震えているうちに頭が痛いと訴えてきたそうだ。直ぐに高熱を発し、嘔吐と下痢を繰り返し、ついに昏睡状態に陥った。


今日ここで病気を治して貰えると聞いて一昼夜をかけて駆けつけてきたと母親は訴えた。


ヘリオトロープは哀れみの籠もった目でぐったりとして意識の無い女の子を見詰めた。

はあはあと虫の息で顔色は土気色だし、とても助かりそうになかった。


「・・・このちっぽけな子が大切なの?」


ブラッドは子供よりも母親を見て、そう聞いた。


「おまえ!」


ちっぽけなどと、母親に対して何てことを言うのかとヘリオトロープが声を荒げる。


母親はそんなことを気にしなかった。

藁にも縋る思いで必死に頷く。


「助けてください!」


悲鳴のような母親の声に・・・ブラッドは無造作に頷いた。



「うん。」



その途端の劇的な変化は、側で見ていても信じられなかった。


ブラッドが何かしたわけではない。


ただ頷いただけ。


それだけで子供の顔色がさっと変わる。

頬が桜色になり、紫色をしていた唇に血色が戻る。

呼吸が楽になり、すやすやと規則正しい寝息をたてた。


咄嗟に我が子の額に額をくっつけて熱を測った母親が驚きの声を上げた。


「熱くない!」


「熱い方が、良かった?」


不思議そうに聞いたブラッドに母親は勢いよく首を横に振る。


「体の状態を正常に戻して、破損していた脳を元通りにしただけだよ。もうちょっと太らせた方が良かった?」


ただただ首を横に振る。

母親の目から安堵の涙が流れた。


「ありがとうございます!!」


「嬉しい?」


「はい!!」


母親はブラッドを拝まんばかりだ。


じゃあさ、とブラッドは言った。


「俺にもして、その“ここ”と“ここ”をくっつけるやつ。」


“ここ”と言って男の割に細く美しい指が人間離れした美貌の額を指差す。


母親は目を丸くして・・・何かを感じ取ったのだろう。ヘリオトロープにお願いしますと言って子供を預けると、ブラッドの頭を抱えて、その美しい額に自分の額をくっつけた。


そのままそっとブラッドを抱き締める。


「・・・あったかくて、柔らかいね。」


ブラッドの言葉に、ふわりと笑った。


40代半ばの女性は、確かに平均よりふくよかな体つきをしていた。


ブラッドを離し、子供をヘリオトロープから受け取ると母親は何度も何度も頭を下げて部屋を出ていく。


ヘリオトロープは何だかぼーっとしているブラッドを今までとは違う目で見詰めた。


わけのわからない奴だと思ったが、案外こいつはただ単に寂しがり屋の子供なのかもしれない・・・と思う。


「昼飯にするぞ。」


ヘリオトロープの声に、うんと返事する。


「俺・・・ああいうの、良いな。柔らかい人間にぎゅっとされると・・・嬉しい。」


男なら誰だって嬉しいだろうよと呆れたヘリオトロープは、ちょっとした意趣返しを思いつく。


昼食後、午後一番の治療で、太ったぽよぽよの中年男性がヘリオトロープに促され感謝を込めてブラッドを思いっきり抱き締める。


抱き締められたブラッドは、


「これは、違うっ!!!」


と力一杯怒鳴った。


ヘリオトロープの爆笑にオーカーが何事かと部屋を覗き込んだ。

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