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勉強 2

休憩しながら王の絵姿を思い出し、頬がにやけるのを止められない美咲の元へ母がタンを引き連れてやってくる。タンの手には美咲の好きな、母お手製のパウンドケーキとこの世界の渋みのきいたお茶の乗ったトレーがあった。


「ご苦労様ぁ。ティータイムにしましょう。」


にこやかに母は言う。


美咲が勉強している間、母は退屈でしょう?と気を利かせたタンに連れられて滞在している小城の中を案内され、通りかかった厨房を自分の城にしてしまった。

滞在3日にして厨房を自分の支配下に置いた母は(男性が主な料理人達は嬉々として母の配下に下った。)この世界の食材をいろいろと試し、前の世界のなじみの料理はもちろん、この世界の新たな料理まで自分のレパートリーに加えていた。


「お米もあるし、小麦もあるし、お醤油も乳製品もあるのよ。見た事の無い物もいっぱいで・・・もう、何でも作ってあげられるわよぉ。」


異世界トリップ後、一番母のテンションがあがった瞬間だった。もっとも、油もあるから美咲の好きな天ぷらも揚げられるわよぉ!と言われた時は美咲のテンションも限りなくあがってしまったのだが・・・

パウンドケーキも中に練り込んでいるのはこの世界のかぼちゃに似た野菜で、美咲はもちろんの事アッシュやタン、エクリュや他の者達にももの凄く好評だ。

母は子を産める女性でありながら料理や家事全般ができるスーパーレディ(この世界の女性は大事にされすぎて何もできないのが普通だそうだ。)としてますます人気を集めていた。


母の足下からちょこちょことフェネックに似た耳の大きな生き物が美咲の元へ走ってくる。


「ポポ!」


タンポポの綿毛のようなふかふかの白い毛なみから“ポポ”と名付けたその動物は、美咲が初めて召喚した召喚獣である。


ポポはエクリュに羨ましそうに見られながら美咲の肩へと上る。

ちんまりとそこに落ち着いた。

この世界が力に満ちた世界であること。そして美咲が“運命の姫君”に選ばれるほどの力を持った存在であることは、この世界に来て最初に行った勉強で教えられたことだった。


「だからと言って姫君が今すぐ強い魔法を行使できるわけではありません。」


続けられたアッシュの言葉に美咲はがっかりする。


力があるから使えるという公式が成り立たないことは言われてみれば当たり前の事だった。

五体満足だからと言って誰しもが一流のスポーツ選手のように動けるわけではないのと同じだ。知能指数がいくら高くても知らない難解な数学の問題が解けるはずもない。いくら魔法の力があっても教えられてもいない魔法が使えるはずも無く、使うためにはたゆまぬ努力と鍛錬が必要なのだった。


「姫君のお力があれば5年も訓練すれば自由に使いこなせるようになります。」


ニッコリ笑ってアッシュが言ってくれたが異世界トリップ定番のチートな主人公を考えていた美咲はがっくり落ち込んでしまった。

世の中そんなに甘くないのねと人生の厳しさを知る。

だが落ち込んでばかりもいられない。

何が何でも直ぐにマスターしなければならない魔法がいくつかあるのだ。


そのひとつは翻訳魔法。


美咲や母がアッシュたちと意思疎通できるのはアッシュの使う翻訳魔法のおかげだった。

試しにその魔法を解除してもらったところアッシュたちの言葉はまるで意味をなさない音のつながりにしか聞こえず酷く心細い思いを味わってしまった。

この翻訳魔法の便利なところは声だけでなく文字も翻訳してくれるところで、読めなくても意味がわかるという優れものだ。

アッシュが傍に居なくても使えるようにならなければいけないと言われ美咲は必死に覚えた。


はじめての魔法である。


・・・結果は案外あっさりと覚えることができた。


初級魔法という事もあるが、人間必要に迫られれば何でもできるものだという証明だろう。

僅か数時間の訓練でできるようになった一番の理由は、この世界の力が美咲に実感できることだ。

目には見えないのだが、なんとなくあるなぁと感じられるのである。


その力を元に自分の耳にマイク付きのヘッドホンのイメージを作り被せてみる。自分の耳に入ってくる音と自分の口から出る音を自分と相手の双方にわかる言葉にできるものだと信じて被れば効果が現れた。

同じ要領で文字を読むときは特別な眼鏡をかけるイメージ。


まだまだ未熟でアッシュのように自分のみならず他人にまで効果を及ぼすことはできないが、それでも成功したことに喜びが溢れる!


「やったわ!ママ!」


「すっごぉい!流石ママの娘!偉いわぁ。」


他人事のように喜ぶ母は、本当に他人事である。


アッシュは母にはずっと自分が一緒に行動するから覚える必要は無いと堂々と宣言した。

タンもこの程度の魔法は使えるそうで、アッシュがいない時は自分がカバーしますと申し出る。

母は満面の笑顔で、じゃあお願いするわねと言って、みんな親切よねぇと美咲に同意を求める。

美咲の顔が引きつってしまったのは仕方ないことだっただろう・・・。



次に必要なのは遮蔽の魔法。


美咲の魂の輝きはとにもかくにも目立つのだそうだ。

いまは滞在している小城ごとアッシュの遮蔽の魔法で覆い隠しているが、それがなければその輝きでどんなものを惹きつけるかわからないと言われてしまった。

力のある精霊や他の生き物は人間の魂の輝きに惹かれるらしい。それゆえ次に必要な召喚魔法が可能になるのだが、魂の輝きを隠さず晒せば人間との協定を守る気のない強大な魔物や魔獣を惹き付けたあげくどんな目にあわされるかわからないのだそうだ。


遮蔽の魔法は必要不可欠だと言われ、これは母も一緒に勉強させられた。


母は面倒くさいと嫌がったのだが、母の魂の輝きもたいへん美しいのだそうで、万が一の事があったらたいへんだと心配するアッシュとタンに押し切られる形で渋々美咲と机を並べる。


・・・結果から言えばこれも簡単だった。


やはり初級魔法だそうで、イメージは厚手の服を着る感じ。

本当は鎧をつけるイメージが良いのだそうだが鎧などつけた事もない美咲と母には無理だった。

母も案外簡単にやってみせ、毛布を頭から被ったイメージよぉと嬉しそうに言った時には母の姿ごとすっかり消えてしまいアッシュとタンを物凄く慌てさせた。

かくれんぼうは得意なのよぉと何だかわからない自慢をしていた母の姿に思わずごめんなさいと他の人に謝りたくなってしまう。

母の言動はいつでも美咲の頭痛のタネだった。



とり急いで覚えなければいけない最後の魔法が召喚魔法だ。


これを覚えるのは2日目を丸一日使った。


自分で強い魔法を使えない者が魔法を使える存在を召喚し契約をして使役するのが召喚魔法だ。カードゲームに似ていると言えるだろうか?


“運命の姫君”の受ける試練というのも実はこの魔法を必要としている。


どうやら美咲は王都へ着く前に、この世界の主だった存在を召喚し契約しなければならないらしい。

王の“運命の姫君”は全てに認められた祝福された存在でなくてはならないらしかった。


「姫君の魂の輝きならば容易い事でしょう。」


アッシュは太鼓判を押してくれる。


母は呼びつけておいて認められろだなんて勝手だと言って何やら憤慨していた。

何はともあれ姫君には召喚魔法は覚えておいて損はありませんとみんなに言われて渋々納得したようだ。


(ママが覚えるわけじゃないのに。)


当然のように、母に必要な魔法(そんなものあるのだろうか?)は自分が全て行いますと麗しい笑顔つきでアッシュが言ったので母は召喚魔法の勉強はしないのだ。


母の態度に呆れながらも美咲は勉強する。


まず、召喚に必要な魔法陣を描く。

魔法陣といっても美咲たちを異世界から召喚した時のような大規模なモノではなく空中に指でサッと描くだけのモノだ。

力の強い魔法使いには必要ない手順なのだそうだが初心者の美咲はできるだけ正確にゆっくりと描く様にとアドバイスを受ける。


「描く行為によって召喚するのだと言う意志を明確にするのです。」


アッシュは言う。


次に自分の魂の輝きを外に向かって放つ。


「姫君には簡単な事です。遮蔽の魔法を少し下げるだけで事足ります。」


むしろそれ以上するとやりすぎになって、何もかもを惹き付けて大変な事になりますと注意される。


そして最後に現れた対象を自分と繋げる。


「人によってイメージは様々です。私の場合は縄をかける感じなのですが・・・」


豪快なアッシュのイメージに思わず引いてしまう。優しそうな美形に見えて実はドSなのだろうか?


(犬に首輪を付けるような感じかな?)


「繋げたらそのモノの真名を受け入れてください。」


アッシュが締めくくる。


この世界にはどんなモノにも真名と呼ばれる本当の名前があるのだそうだ。

その真名を受け入れる事で契約は完了する。

アッシュやタン、エクルベイジュも当然の事ながら真名ではなかった。


「真名を知られることには無理矢理契約させられる危険が伴います。」


だから誰もが真名ではない呼び名を使うのだそうだ。


そう言われて美咲は焦る。


美咲の名は知られてしまっている。


不安が顔に出たのだろうアッシュは大丈夫ですと頷いてくれる。


「姫君の名前にはこの世界に着いた時より王の守りが付いています。どんな存在であろうとも姫君の名前には近づけません。」


だから私たちも、姫君もしくは姫様と呼ぶのですよとアッシュは言った。

ホッとすると同時に疑問が浮かぶ、だったら母は?母はいつもどおり美咲の名前を呼びまくっている。


「ママはこの世界の方ではないので対象外なのでしょう。この世界のモノは姫君の名を思い浮かべるだけで強い苦痛を受けます。」


うっかり思い浮かべてしまったのかアッシュの額に玉の汗が浮かぶ。


母の真名がママではないこともわかっていたのだという。ママと呼んでも母には何の影響も見えなかったからだ。てっきりこちらでいう呼び名なのだと思い込んでママと呼んだのだそうだ。


「まさか母親の事だとは思いませんでした。」


アッシュは苦笑する。結果オーライと言ったところだろうか。



一通り聞いてイメージができたので実行してみる。


魔法陣は一番簡易な物を使い、あまり力を持たない小さな魔獣を呼ぶことにする。

魔法陣を書いた後は遮蔽の魔法の一部解除。

厚手の服のボタンをひとつ外すイメージを頭に思い浮かべる。


これで良いはずだ。しかし、




・・・何も起きなかった。

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