平定 11
バーミリオンは居心地悪そうに椅子の上で身じろぎした。
山城の一室である。
客間のひとつであるそこは落ち着いた調度品と機能性にも装飾性にも優れた家具で見事にコーディネートされている。
毎日この部屋を精魂込めて整えて少しでも客の気分を良くしようと努めている使用人が今のバーミリオンの姿を見れば、どれほどに悲しむだろうと思われる。
しかし彼の心情としては、とても落ち着いてなどいられないのである。
何せ部屋の中には・・・母たちがいる。
美咲の願いでバーミリオンの打ち明け話には母も同席することになったのだが・・・何故竜王やカイト、アッシュとタン、おまけにブラッドまでいるのだろう?
(今更、隠すつもりもないが・・・)
この中で話すのは勇気がいる。
「俺は・・・コチニールの元第一王子だ。」
絞り出したバーミリオンの言葉に美咲は口を手に当てて驚く。
・・・しかし、美咲だけだ。
他の者は動揺ひとつしない。いや、ブラッドはそもそも“元王子”というものが何なのかわかっていないのだろうが・・・
(知っていたってことだよな。)
まぁそうだろうとは思っていたが・・・
「元?」
「廃嫡されたからな。」
何の感慨もなくバーミリオンは言う。
元々バーミリオンは王族という身分を重く感じていた。身分を失った事についてはかえって良かったとさえ思っているくらいだ。
「どうしてそうなったのかぁ説明できるぅ?」
間延びした質問に苦笑しながらバーミリオンは話始めた。
「そうだな。俺の家族の説明からするのがわかりやすいか・・・俺の父親・・・コチニール国王は、主知主義というのかな?理論家で・・・まぁ要するに頭が固くて禁欲的。情に溺れる人間じゃなかった。」
生真面目で性欲とかあまりなかったんじゃないのか?とバーミリオンは言った。
その真面目な国王が正妃を迎えたのは25歳の時で、なんと正妃は12歳だった。
「!?12歳!」
美咲がびっくりして思わず声を上げる。
バーミリオンは苦笑した。
「正真正銘の政略結婚で、当然国王は数年、正妃に手をつけなかったと聞いている・・・そんな子供を相手にすることに嫌悪感さえあったんだろう。」
同情するようにバーミリオンは言う。
王族に政略結婚は付き物とはいえあんまりな縁組だよなと額に手をやった。
コチニールは女性をどれだけ囲えるかが地位のステータスになるような国だ。
当然王となれば後宮にいくらでも妾妃を持てたのだが国王はそれをしなかった。
「不能じゃないのかとか結構いろいろ言われたようだが正妃に初潮がきて、ようやく手を出して、王女が産まれた。」
初潮とバーミリオンが言えば、美咲は真っ赤になる。
可愛い姿にバーミリオンの心も温かくなった。
「その時正妃は15歳だ。女性は貴重だからな、普通なら女の子を産めば褒められるんだが、立場が立場だ。当然望まれていたのは王子で、王も周囲もがっかりしたらしい。」
正妃にしてみれば、15歳で、初産で、凄く苦しい思いをしたのにがっかりされて、踏んだり蹴ったりとは、まさにこのことだったのだろう。当分、子は産みたくないと泣き叫んだそうだ。
(当たり前だわ!)と美咲は憤慨する。
そんなに若くて子供を産んで、女の子だからってがっかりされるなんてあんまりだと頬を膨らます。
「それを了承したんだよな。俺の父王は・・・」
禁欲的な性格がこの場合裏目に出た。
流石に夜の営みは1年後くらいからするようになったが、それも回数は少ない。
避妊を続け、5年経っても10年経っても正妃が第2子を懐妊することはなかった。
「避妊もとうに止めていたんだそうだが、こればかりはな・・・何が何でも王子の欲しい周囲に説得されて妾妃を迎えて、俺が・・・グレン第一王子が産まれた。」
グレンの母もそこそこの家柄の貴族だったが何と言っても妾妃だ。正妃もまだ若く王子を産む可能性もあることから王太子ではなく、ただの王子として育てられたとバーミリオンは言った。
だからと言って育て方に明確な違いがあるわけではなかった。
グレンは帝王学を学ばされ国を統べる者として当たり前に教育を受け、行動するようになる。
・・・王子が誕生した事で国王はますます情事から遠ざかった。
グレンの生母もお役御免とばかりに臣下に下げ渡されてしまった。
「俺を育てたのは正妃だ。」
バーミリオンの言葉に、皆驚いた。
てっきり正妃に苛められていたのだと思ったのに・・・
「多少我が儘だがな、案外優しい子供好きな女性なんだ。」
バーミリオンの正妃を語る言葉に棘は無い。むしろ微かな憧憬が込められているようだ。
正妃の子の誕生を誰もが諦めかけた時、思いもよらず彼女は妊娠した。
継承者となる王太子を産んだ時、グレンに「弟よ。」と紹介し、守ってやってねと頼んできたと懐かしそうに語った。
ただその時、正妃は37歳。高齢出産の難産で、もう二度と子供は産めないと言われたそうだ。
・・・正妃の代わりとして正妃の年の離れた妹が妾妃として新たに王宮に上がる。
そんな必要はないと国王は言ったのだが、6年後にこの妹から国王の第4子となる第3王子が産まれた。
「この頃からかな、正妃の様子がおかしくなったのは。」
何だかんだとグレンに難癖をつけてくるようになったそうだ。
「毎日早朝に軍の閲兵に行くんだが、突然俺ではなく王太子にさせろと言い出したのが最初だったかな?」
王太子はその時6歳だ。当然そんな早朝に毎日起きられるわけもない。
無理だろうと断ったら・・・
「そうして軍を自分のモノとするつもりなのですね!」
と、凄い剣幕で詰り出したのだそうだ。
「あれには国王も重臣たちも呆気にとられていたな。」
その他にもグレンのする全ての公務を取り上げて、まだ6歳の王太子にさせようとしたり、軍の上層部がグレン寄りだと抗議して自分の手の者と入れ替えさせようとしたりして・・・
「無茶苦茶だったな。」
思い出してバーミリオンはため息をつく。
流石に国王が見かねて止めようとした矢先に、当の国王が病気で倒れた。
「突然起きられなくなって、どんな治癒の魔法でも治らなかった。」
命の危険が無い様子だったのだけが救いだったが、半ば夢遊病者の様に寝たり起きたりを繰り返し、当然政務など行う状態ではなくなった。
そしてその状況に正妃とその親族の一派が王宮を掌握しようと乗り出してきたのだ。
グレンはその時19歳になったばかりだった。
突然の王の不調に王の代理として駆り出され不眠不休に近い状態で政務を行っていた。
国は動いているのである。
こちらの具合が悪いから待ってくれと言っても待ってはくれない。
「目が回るようだったな。理屈屋で小うるさいと思っていた父王がこんなに大変な仕事をしていたのかと見直したよ。早く良くなってくれと心から願いながら仕事に追われていたのさ。そしたら・・・」
何時の間にか軍を手に入れていた正妃の命令で身柄を拘束されたのだ。
「俺が王に毒を盛ったと告発された。」
もちろん濡れ衣だ。
グレンにそんなことをする理由などない。国王と第一王子の仲はすこぶる良好だった。国王はグレンの政治の才を見込んで、王太子の今後の成長次第では、グレンを次期国王にすると周囲に公言していた程だ。
「俺はそんな面倒事は、お断りだと言っていたんだがな。」
そんな事情も火に油を注いだのかもしれなかった。
「俺が、何でそんなことをしなければいけないのだと聞いたら、お前の事情などわかるわけがないと開き直られた。」
地下牢にぶち込まれ、「お前はもう必要ない。」と言われたことが一番堪えたなとバーミリオンは言った。
「バーン。」
美咲が切なそうに声をかけてくる。
バーミリオンの事なのに美咲が泣きそうになっていた。
バーミリオンは安心させるように美咲に笑いかける。
「王太子がいて、第3王子が産まれたからお前はいらないのだと言われて・・・嘘か冗談だろうと思ったら、どうやら本気だったらしい・・・牢の食事に毒が盛られたんだ。」
笑顔とは裏腹に話している内容は悲惨につきた。
食欲がない上に嫌がらせなのか嫌いなものばかりの食事に口をつけなかったら“ケト”が出たのだそうだ。
“ケト”って何?と美咲が聞くと大きさや姿形を説明してくれたのだが・・・どうやらネズミに似た生き物らしい。そう言えば以前母が、ネズミが出て竜王さんに退治してもらったと言っていたなと思い出す。やっぱりネズミはいるのかと思って美咲は体を震わせた。
「食い意地の張ったケトで、俺が手を付けなかった食事を齧って・・・あっという間に体を痙攣させて死んでしまった。」
美咲の体の震えが止まらなくなる。
タイミングよくグレンを逃がしてくれるという貴族が現れて、直ぐに脱出したとバーミリオンは言った。
「幸い俺は腕が立ったからな、さっさとコチニールを出て流れの傭兵として暮らしてきたのさ。」
と言ってバーミリオンは話を終えた。
何とも言えない沈黙が広がる。
美咲が何と声をかけていいのかと悩んでいると・・・
「それでぇ、尻尾を巻いてぇ逃げているのねぇ。」
母が呆れたように言った。




