平定 9
湖はあっけなく作ることができた。
何でもそこは、土地が砂漠化して干上がる前には小さな沼とそこから流れる小川があったそうで、それを復活させて貰えればありがたいと、恐る恐る半信半疑でキール領主オールドは言った。
そうすることで周囲に迷惑がかからないか、もう1日かけて確認して2日後の朝に湖を作ることに決める。
その日美咲とバーミリオンは、カイトに乗って実際にキール領を訪れていた。
大規模な大地の変動を伴う作業なので現地に居た方がやりやすいとノンもディーネも言ったのだ。
「行ってくればぁ。お弁当作ってあげるわよぉ。」
母は暢気に言った。
ピクニックじゃあるまいし他国でしかもこれから平定しようという国にそんな気軽に行けるのかと美咲は思ったが、カイトはたいして遠くないし平気だと答える。
事実竜は関係なく出入りしているのだ。
何を気にしているんだとかえって不思議そうに聞き返されてしまった。
バーミリオンは流石に難色を示した。
彼にしてみれば命を狙われて出奔してきた故国なのだ。
気軽に行ってこいと言われて簡単に、はいわかりましたと言うわけにはいかない。
「あら、いやだぁ。美咲1人で行かせるつもりなのぉ?」
俺だって行くのだ1人じゃないとカイトは騒いだが、そのカイトをすっかり無視して母はバーミリオンを上目遣いで睨む。
「美咲を守れないような護衛は、いらないのよぉ。美咲に捨てられたいのぉ?」
美咲に捨てられるという言葉がバーミリオンの胸を突き刺した。
ママったら、そんな人聞きの悪いこと言わないでと真っ赤になって抗議する美咲の可愛い姿がバーミリオンに決意を促す。
美咲を側近くで守る役目を誰にも譲れるはずがなかった。
美咲はともかく母はバーミリオンが役に立たないと思えば即座に切って捨てるだろう。
(切り刻まれて骨の一片も残らなそうだ・・・)
行くと答えたバーミリオンはアッシュの魔法で髪と目の色をすっかり元通りに戻される。ついでに服まで上等なものに着替えさせられて・・・準備のできた姿は立派な王子様に見えた。
見えるも何も本物の王子様なのだから見えて当たり前なのだが美咲はすっかり感心してしまった。
「凄いわ。バーン、格好良い。」
うっとりと言う美咲に複雑な心境のバーミリオンだった。
竜に乗り、運命の姫君を連れて舞い戻った悲運の王子に、キール領主オールドがどれほど感激したかは推して知るべしである。
領主と主な配下、領民の代表数人と何事が起こるのかと興味本位で遠巻きにしている領民の目の前で、世紀の一大ショーが繰り広げられる。
まず、美咲の前に浮いていた小さな精霊たちが本来の姿に戻る。
光に包まれたノンとディーネが見る見る大きく大人の姿になっていくのに美咲も周囲の者も目を瞠った。
大地の精霊であるノンは背が高く鍛えられた肉体を持つ堂々とした男となり、水の精霊ディーネは美しく妖艶な美女になった。
「主よ。我に命令を。」
思わず縋り付きたくなるような美丈夫になったノンが、美咲の前に跪く。
「大地に湖と川を作りたいの。地を動かしてくれる?」
「主の望みのままに。」
ノンの体がカッ!と光を放った。
今日の美咲は肩にポポを乗せている。
母がたまには連れて行ってあげればぁと言ったのだ。
そういえば最近ポポをかまってあげていないなぁと思った美咲は母の言葉に素直に従う。
ぴーちゃんは母が追い払おうと何をしようと母にいつも引っ付いて離れないのだが、ポポは美咲の邪魔になると思えば自ら距離を置くこともあるたいへんお利口な魔獣だった。
前にも思ったがきっとシャイなのだ。
美咲から手を差し伸べてやらなければいけなかったのだと美咲は反省した。
ノンの放つ光を反射して美咲とポポも光を放つ。
ノンを見ていた美咲は気がつかなかったが、光を受けたポポの輪郭は輝きの中に曖昧に溶けていった。
大きな耳が見えなくなって・・・ポポはフェネックに似たノルボというよりは、白い猫に近い獣に変じていく。
ノンの光を吸収し、なお強い力を返す白い獣。
ノンの力が一層膨れあがる。
大地の精霊は美咲の方を見て一瞬目を瞠り・・・次いで見惚れるような笑みを浮かべると、湖とする予定の大地の中央に移動した。
美咲は何だかポポを乗せている肩が熱いような気がしたが、ポポに目を向ける前に大地が大きく揺れ始めた。
「きゃっ!」
倒れそうな体をバーミリオンがしっかり支える。
干上がって土地が窪んでいた沼の跡がより大きく穿たれた!
亀裂が入りガラガラと大地が崩れる。
以前の沼など比べものにならないほどの直径が数キロに及ぶ巨大な穴が大地に開けられる。
深さは何十メートルに及ぶのだろう?のぞいてもよく見えない。
深い穴のなお底を、地下水脈を求めて亀裂が大地を裂いていく。
一瞬のような永遠のような間の後、耳を塞ぎたくなるような大音響と共に引き裂かれた穴がようやく地下水脈に至った。
・・・穴の奥底から水がわき出てくる。
枯れた大地の対策に頭を悩ませていたキールの民から期せずして歓声が上がった。
・・・しかしわき出た水は、開けられた穴に比べればまだまだ少ない。
これでは溜まるまでにどれほど時間がかかるのかと領主たちが危惧したとき。
「ディーネ!」
美咲の凜とした声が響く。
妖艶な美女が全てを魅了する笑みを浮かべて美咲の前に頭を下げる。
「主の望みのままに。」
ディーネの体は光となって穴の底に吸い込まれた。
途端、巨大な穴いっぱいに渦を巻く水が現れる!
唐突にしかし圧倒的な迫力を持って、ごうごうと渦巻く水が、できたばかりの湖の中を荒れ狂う。
岸を超えるかと思われた水は、しかし溢れることはなく、代わりにできたばかりの川へとこぼれ落ちていく。
滔々と川が流れ始めた。
砂漠化した大地の命の源ともなる川は乾ききった地を潤しながら遙か昔の川筋をたどる。
かつて緑栄えた大地に復活の水音を響かせながら流れ落ちていった。
見守る人々の胸に、大きな感動と信じられない喜びが満ちてくる。
荒れていた水面は落ち着き、時間が経てば徐々に水は澄んでくるだろう。
水しぶきをバシャンとはねさせて、水中から小さな水の精霊が躍り出てくる。
空中にいたノンも小さな姿となって美咲の元に戻ってきた。
『へぇ〜。案外凄いな精霊って、少し見直した。』
竜の姿のままだったカイトが何だか感じ入ったように呟いた。
「凄いわ!ノン!ディーネ!ありがとう!」
感激した美咲の言葉に満更でもなさそうに精霊たちは差し出された美咲の手にふわりとおさまる。
わっ!!!という大歓声が周囲から上がった!
大きなどよめきとなって大地を走る!
オールドが感極まったようにバーミリオンに走り寄り、水しぶきで濡れた地面の泥がつくのもかまわずその場に膝をついた。
「ありがとうございます!!」
その頬を涙が伝う。
領主の後に配下の者と領民の代表者たち、そして遠巻きにしていた者たちまで我先にと集まってきて、美咲とバーミリオンの前に膝をつく。
口々に感謝の言葉を叫んでいた。
もの凄い騒ぎに美咲はびっくりして声も出ない。
バーミリオンは困ったように笑うが、流石王子というべきか、さほど慌てた風もなく全員の声に応えるように美咲を引き寄せ人々の前に押し出した。
人々の歓声が静まる。
「私は何もしていない。“運命の姫君”の優しい御心がこの地に潤いを蘇らせた。感謝なら彼女に!そして彼女を悲しませないように、二度とこの地を枯れさせぬよう努めて欲しい。・・・頼む。」
「!・・・グレン殿下!!」
感極まったようにオールドが言い、その言葉が何も知らなかった領民の間に驚きを持って広がる。
確かにその深緑の髪、深い緑の瞳は噂に聞く第一王子の色だった。
「生きて・・・」
「殿下がこの奇跡を?!」
「“運命の姫君”のお隣に・・・」
「俺たちに“水”を!」
ざわざわとざわめきが人々の間を伝染していく。
まずいなとバーミリオンは思った。
「カイト!帰るぞ!・・・シディ、カイトの元へ。」
その声がきっかけになった。
「!!!」
先ほどより、もっと大きな歓声があがる!
大地を揺るがす大声!!!
「グレン殿下!」
「“運命の姫君”!!」
熱狂的な声がぶつけられる!!
「カイト!!」
声に負けまいとバーミリオンは叫び、カイトの伸ばした翼に慌てて美咲とよじ登る。
「飛べ!!」
『お前が命令するな!』
怒鳴り合いながら飛翔する。
「お待ちください!殿下!」
必死に呼びかけるオールドの声に答えずに飛び去る。
『お前を呼んでるんじゃないか?・・・殿下。』
皮肉たっぷりなカイトに黙れ!とバーミリオンは一括した。
「人気者ね、バーン。」
無邪気に笑いかけてくる美咲を・・・そっと抱き締める。
「・・・帰ったら、俺の話を聞いてくれるか?」
・・・もう黙っているのは嫌だった。
何も聞かずに笑ってくれる、この愛しい女性に全て話してしまいたい。
美咲になら話しても大丈夫だと信じられた。
「ママも一緒に聞いてもらってもいい?」
少し怯んで・・・バーミリオンは了承の返事をする。
あからさまにホッとした様子を見せる美咲を・・・少し強めに抱き寄せる。
「バーン?」
いつか自分は、彼女の母よりも信頼してもらえる存在になれるのだろうか?
とてつもなく困難な願望に心の中でため息をついて、バーミリオンは抱き締めた美咲の首筋に顔を埋めた。




