平定 7
雲の切れ間からさす陽光がぐしゃぐしゃに濡れた周囲の状況を映し出す。
中州に生えていた木々はたっぷりの水けを含んで重く下に垂れている。草も地面にべったりとへばりついていた。足元はドロドロにぬかるんでいるが自分の足が濡れている感覚はない。映像なのだから当たり前と言えば当たり前だった。
見上げれば、空から2頭の竜が降下してくる姿が見える。
少し離れた所にずぶぬれになった男達が驚いたようにこちらを凝視していた。
「大丈夫ですか?!」
慌てて駆け寄ろうとした美咲は、後ろからバーミリオンに手を掴まれて止められた。
「バーン!」
放してと言おうと振り向いて・・・美咲は絶句する。
そこに居ると思った朱色の男がいなかった。
代わりに立っていたのは落ちついた深緑の髪と渓谷の緑のような神秘的な輝きを持つ瞳の男。
端整な整った顔立ちは、よく見ればバーミリオンそっくりで・・・しかし美咲がバーミリオンに感じていたような遊んでいる大学生といった軽い印象はどこにも見つけられなかった。
「・・・バーン?」
心細そうに聞く美咲にバーミリオンは笑って頷く。
それは美咲がいつも笑うとステキだと思っていたあの笑顔で・・・美咲は何とか落ち着く。
「助けに来た!此処はもう直ぐ土石流にのみこまれる!竜に乗って逃げるんだ!来い!!」
バーミリオンのよく通る声がずぶぬれの男達に届く。
それと同時に2頭の竜が着地した。
「早く!逃げて!」
美咲も叫ぶ。
男達は顔を見合わせ・・・代表して騎士のような男が叫び返してきた。
「貴方たちは何者だ?先刻までいなかったのに、急に現れたように見えた!しかも竜に乗って逃げろだなどと!・・・一体何が目的だ?!」
「目的だなんて!皆さんを助けたいだけです!」
美咲の必死の声にも男たちの不審そうな顔は変わらない。
今この瞬間にも土石流は迫ってきているのだ。
(どうすれば良いの?)
焦る美咲の肩にバーミリオンの手がおかれた。
「彼女はセルリアンに現れた“運命の姫君”だ!姫君は世界をご覧になっていて、この地方の大雨に心を配られた!雨が急に止んだのも、川の水かさが引いたのも全て姫君のお力だ!中州に取り残されたお前たちの命を救いたいと竜を使わされたのだ!」
バーミリオンの大仰なセリフに美咲は赤くなる。
なんだか自分が物凄い聖人君子の心優しいお姫様のようだ。
男たちもバーミリオンの言葉に驚き感じ入ったように美咲を見てくる。
「それが本当のことなら、ありがたいことだ。・・・しかし、どうして信じたらいい?!何故セルリアンの“運命の姫君”がこんなコチニールの一地方を助けてくださるのだ?」
信じたいと思いながら信じ切れずに騎士の男が言う。
美咲は悲しくなって泣きたくなった。
人を助けたいという思いに理由なんかないのにと思う。
バーミリオンは俯いて・・・顔を上げた。
何としても彼らには助かってもらいたかった。
自分の国の人間ということもある。
だが、それよりも見ず知らずの彼らを心から案じて無事を願う少女の存在が、バーミリオンを突き動かす。
迷っている暇などなかった。
美咲の優しい思いを無にしたくはない。
「私が願ったのだ!!」
えっ?と美咲も男たちも、深緑の色の男を見る。
「私が“私の民”の無事を祈り願う事に理由がいるか?!姫は私の願いを叶えてくださっただけだ!」
「?!!」
男たちの顔に驚愕が走る!
自分たちを“私の民”と呼ぶ深緑の色をした男。
それは・・・
「ま、さか・・・!!」
騎士の男が引かれるようにバーミリオンに近づく。
一地方の騎士でしかない男は王族に会ったことなどなかったが、騎士の叙任式で遠目に見た当時の第一王子は他人を惹きつける深緑の髪と目をしていた。
「グ、レ・・・ン殿下?」
(え?)
美咲はバーミリオンを凝視する。
「急げ!早く竜に乗れ!土石流が来るぞ!」
「は!はい!!」
追放され宮廷から姿を消したはずの王子の姿に呆然としていた男たちは、急かす言葉に・・・王子からの命令に・・・慌てて駆け寄り竜に乗り込んだ。
「殿下も!」
最後に竜に乗った騎士がバーミリオンに手を差し伸べる。
「私は大丈夫だ。姫君が守ってくださる。・・・行け!」
竜が人間を乗せて飛翔する。
焦って男たちが竜の背にしがみつくのが見える。
そんなことをしなくても風の魔法で落ちたりしないのにと美咲は思った。
おそらくコチニールの一般人や地方騎士では、初めて竜に乗った者かもしれなかった。
危機一髪のタイミングで・・・土石流は、もう目の前に迫って来ていた。
思わず美咲は目を瞑って・・・目を開けた時には山城の一室に戻っていた。
「お帰りなさい美咲。頑張ったわねぇ。」
母が優しく声をかけてくる。
「?!・・・あの人たちは?」
「大丈夫だ。竜で岸まで無事運ばれた。」
バーミリオンの言葉に映像を見れば丁度男たちが無事に竜から降りるところだった。
「良かった!」
満面の笑みで振り返れば、そこに朱色の男が立っている。
「バーン?」
「何だ?」
美咲はバーミリオンを見て・・・じっと見詰めて・・・ニッコリ笑った。
「ありがとう。バーン。」
「礼を言うのは俺の方だと言っただろう。」
・・・いろいろ聞きたい。
胸倉掴んで問い詰めたい。
でも・・・いずれ話してくれる。
そう信じたいと美咲は思った。
「俺は?シディ?おれも頑張ったんだぜ。」
「うん。ありがとうカイト。」
美咲の満面の笑顔付のお礼の言葉にカイトは照れる。
「スレートもありがとう。」
スレートは少し目を見開くと大人の色気たっぷりの笑みで優雅に長身を屈めて礼をとる。
「どういたしまして。」
響いた声は、腰にグッと響くような低音だった。
(うわぁ〜、やっぱり凄いわぁ。)
美咲はうっとり眺めながら、ディーネとノン、シルと光の精霊王にもお礼を言う。
母は満足そうにそんな娘を見詰めていた。




