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平定 6

 バーミリオンは目の前に作り上げられるモノを、信じられない思いで見詰めていた。


「ネール、北部の森林地帯をもう少し詳しく映せるぅ?」


「どの程度に?」


「そうねぇ。森林に人の手がどれだけ入っているか知りたいわぁ。」


「ならばもう一度もう少し低く飛ばせよう。半刻ほど待ってもらえるか?」


「十分よぉ。」


ありがとうという母の言葉にネールは嬉しそうに笑う。

背の高い抜群のスタイルを誇るうすい黄色の髪をした男は、竜の瞳を閉じて自分の配下の竜に指示を下した。


西の山脈にある山城の広間に、衛星画像か航空写真かと思われるようなコチニールの詳細な地図が映し出されていた。


これらは全てコチニール上空を飛ぶ竜の目が見た情報だ。

広間の三方向に人型をとったネールとスレート、オーカーが立っていて刻一刻と配下の竜からの情報を得てそれを地図として部屋の中に映し出している。

既にこの山脈に来る前から母はコチニール上空に竜を飛ばせていたのだそうだ。

竜をそんな風に使うなど、やはりこの女は尋常ではないとバーミリオンはあらためて思う。


これ程に詳細かつ正確な自国の地図を、バーミリオンは見たことがなかった。


しかも・・・


「ママ、人口って、いつ現在のものがいるの?」


「入ってくる時点で良いわよぉ。領地毎に性別、年代別でねぇ。本当は職業別もあると良いのだけれど。」


「シルにできるかどうか聞いてみるわね。人間の職業はパッと見ただけではわからないって言っていたから難しいかもしれないけれど。」


・・・美咲が紙に書き付けているのは、コチニールの各領地毎の性別年代別の人口で、簡単な“国勢調査”みたいなものよと笑って説明してくれた。

風の精霊が調べ上げるのだそうだが、そんな“国勢調査”などバーミリオンは見たことも聞いたこともなかった。


「そんなものを調べてどうするんだ?」


「えっ?だってこういうデータがなかったら国のお金の分配とか都市づくりや医療福祉サービスの計画とか、何に基づいてやるの?」


そんなものは各領主が勝手に行うもので、自領だけではできない場合のみ王家に嘆願が上がってきて対処するはずだ。


第一それは、平定後の対応だろう?


既に平定するのは当然の事で、その後の支配を考えているのか?


バーミリオンは内心で唸り声をあげた。


「平定にも役立つのよぉ。どこの領地がどんな状況でどこに付け入る隙があるのか、よくわかるわぁ。」


苦笑しながら母はバーミリオンに説明した。


それはそれで複雑な心境のするバーミリオンである。


「ジョン、それで此処の領地の境界はなぁに?」


母に呼ばれて鮮やかな黄色の髪の騎士がやってくる。

バーミリオンを見て悪びれることなく、ニカッと笑った。


「川だよ。この川で領地を分けている。」


やっぱりというべきか、すっかり母に取りこまれているジョンブリアンの姿にバーミリオンは心の内で悪態をつく。

ここにこうしてジョンブリアンがいるということは、自分の正体はすっかりばれているのだろうとは思うのだが、だれもバーミリオンにその事を言わない。

美咲などはきっと本当に何も知らないのだろうが、全て知っているはずの母の沈黙は、正直薄気味悪く物凄く居心地の悪い想いを味わっていた。


その間もジョンブリアンはペラペラと話続ける。

元コチニール貴族で裏の世界の情報通の男は、詳細な地図の上にコチニールの情報を惜しげなく披露していた。


次々と白日の下に晒される自国の姿にバーミリオンは頭を抱えていた。




その時・・・


「ママ!!あの川氾濫するんじゃない!?」


美咲が急に大きな声を上げた。


美咲の指差す先はコチニールの東に広がる扇状地である。2本の大きな川が合流した合流扇状地でもある。


確かに茶色に濁った川の水位が上がって轟轟と流れる様が見て取れる。


「スレート、正面に大きく投影して。気象の様子も併せてよ。」


「承知した。」


返事と同時に部屋いっぱいに周囲を暗くして降りしきる雨と、音を立てて流れる川の映像が映し出される。

誰もが息を呑むその光景には氾濫寸前の濁流が禍々しく映っていた。


「ディーネ!止められる!?」


美咲の声が響く。


「貴女がそれを望むのなら。」


「望むわ!当たり前でしょう!」


一瞬の迷いもなく答える美咲にバーミリオンは魅入られる。

これから平定しようという国を何の打算も駆け引きもなく当たり前に救おうとする。

優しく強いその姿に魅入られないはずがなかった。


母は苦笑してそんな美咲を見ている。

止めようとする様子はなかった。


「シル!雨雲を飛ばして!」


「“主”の望むままに。」


川の水位がみるみる引いて、空を覆っていた厚い雨雲があっという間に切れていく。

雲間に太陽が顔を出して、奇跡のような光景が繰り広げられた。


バーミリオンは息をのみ言葉もなくそれを見詰めた。


力を持つということは、こういう事なのだと見せ付けられたような気がした。


コチニールの持ち得ない圧倒的な力。


・・・どうすればこんな力に抗うことができるだろう。





「!?あっ・・・ダメだわ!」


突然、美咲が悲鳴のような声を上げた。


何事かと見れば、川の中州のような場所に5〜6人の男達が取り残されている様子が見えた。

多分増水前はそこそこ大きな中州だったのだろうそこは今では頼りない小さな島となっている。

おそらく畑か何かがあり作業をしていた男達と監督をしていたか、それとも増水前に避難をさせようと伝えに来て、そのまま一緒に取り残されたと思われる騎士姿の男がずぶぬれで震えていた。


雨も上がって水位も引いているし問題ないように思えたが、上流に目をやって息をのんだ。


土石流と思われる土砂を含んだ濁流が迫ってくるのだ。


「ディーネ!ノン!」


美咲が鋭い声で名を呼ぶ。


「無理だ!急に堰き止めれば溢れて周囲に氾濫する。」


「スピードを落として徐々に押さえこむしかないわ。」



それでは間に合わない!


周囲に被害は出ないだろうが中州に取り残された者たちは土石流に巻き込まれて死んでしまうだろう。


「・・・カイト!竜で助けられる?」


考えて美咲はカイトに縋るように聞いた。

この映像を映している竜が上空にいるはずだ。しかも竜は数頭でチームを組んで飛んでいると言っていた。

竜ならば中州から人間を助け出せる。


「できなくはないが・・・竜をよく知らない人間が助けてやると言っても素直に竜に乗るか?」


言いながらもカイトはスレートに竜を中州に降ろすように指示しろと命令する。

命令を受けたスレートもカイト同様の懸念を抱いているようだった。


美咲は唇を噛みしめる。


確かにそうだ。

いきなり竜が降りてきてもセルリアンのように竜に親しんでいる国の人間ならともかく、竜など見た事も無いコチニールの人間が竜に近づき、ましてや乗ろうなどと思うとは思えなかった。


(どうすれば良いの?)


ディーネとノンの力で速度を落としているとはいえ、刻一刻と土石流は中州に近づいてくる。


「光輝にぃ映像を送ってもらうからぁ、美咲が説得してあげればぁ?」


この事態でものんびりした母の声は美咲に落ち着きを与えた。


「そんな事できるの?」


「できるわよぉ。ねぇ光輝?」


「はい。」


光の精霊王が大丈夫ですよというように優しく美咲に笑いかける。


(!うっわぁ・・・眩しい)


その名のとおり光り輝く笑みにクラクラしそうになり・・・慌てて気を立て直す。


「じゃあお願いします!・・・あっ、でも私みたいな小娘の言う事を聞いてくれるかしら?」


喜び勇んで映像を繋げてもらおうとした美咲は、しかし込み上げてきた不安に頭を抱える。

大の大人が美咲のような子供のいう事を信じて竜に乗ってくれるだろうか?


「バーンに一緒に説得してもらえばいいわよぉ。」


美咲の背後でバーミリオンがギクリとした。


「そうか!バーンなら!・・・バーンお願い!一緒に説得して!」


「俺は・・・」


言いよどむバーミリオンを母が無表情に見ている。

背中を冷たい汗が伝った。


「バーン!」


必死な様子の美咲を見る。


何の縁もない他国の人間を助けようと懸命なその姿に胸を打たれる。


バーミリオンにとっては、自国の・・・自分の民だ。


「・・・わかった。」


「ありがとう!バーン!」


「礼を言うのは俺の方だ。」


「バーン?」


首を傾げる美咲の頭をそっと撫でる。


「竜が向かったぞ。」


カイトがそんな2人の様子に忌々しそうに声をかけてきた。


「じゃあ、映像を向こうと繋げるわねぇ。・・・あぁ、そうそう、映像の色は自由に変えられるのよぉ、バーン貴方は何色にしたら良いのぉ?」


母の言葉にバーミリオンは、弾かれたように視線を美咲から母に移す。


笑顔でバーミリオンを見る目が・・・笑っていなかった。

“逃げるな”と告げているようだった。




「・・・緑だ。髪も目も深緑にしてくれ。」


黒と見紛うような濃く深い緑。

それが元々のバーミリオンの・・・いや、コチニールのグレン第一王子の色だった。


何のことかわからず、美咲は目を瞬く。


にっこりと母は笑った。


「わかったわぁ。じゃあいくわよ。」


母の言葉と同時に美咲の顔に眩しい陽光があたる。


一瞬の内に美咲とバーミリオンは、轟轟と音を立てて流れる川に囲まれた中州に立っていた。

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