平定 4
「何時まで私の”シャル”に触れているつもりです?!」
王が苛立ちをぶつける先は未だ母を抱き締めたままの竜王だった。
久しぶりに聞いた、シャルという自分の愛称に4大精霊王の最期に沈んでいた心がほんの少し浮上する。
「・・・永遠に。」
「チビ竜が!!」
王の映像から光が走り、竜王の顔にぶつかる。
竜王は遠隔攻撃となるその光を何でもないように打ち消した。
「止めてよね。私はただの人間なのよ。そんな攻撃が当たったら、あっという間に死んでしまうわ。」
母は憮然とした。
頭を振って気持ちをはっきりさせようとする。
「主に傷一つ、つけはしない。」
「当然です。そんなへまをするようならば、今すぐ人間世界から叩き出しますよ。」
竜王と王の会話は母を疲れさせる。
さっさと話しを付けて休んだ方が良いと判断した母は竜王の腕から抜け出して、王に向き直った。
竜王は随分不満そうだったが、とりあえず母を放す。
「ジェイド。」
「・・・名を呼んで貰えて、とても嬉しい。」
母の嫌そうな声を意に介さない王の笑顔は・・・物凄く美しい。
母は自分の“半神”である破壊神ジェイドの転生した姿を不機嫌に見詰めた。
だいたい人間に転生したはずなのに何故以前とあまり変わらない容姿なのだ?
自分は以前持っていた美貌をすっかり失ってしまったのに、不公平だろうと心の中で愚痴をこぼす。
「いろいろと言ってやりたいことが沢山あるけれど・・・」
「シャルの声ならば、いくらでも聞こう。」
「寝言はいらないわ。・・・“何”があったかわかっている?」
寝言ではないと少し不満そうにして王は答える。
「・・・詳しい事は何もわかっていない。気づいた時には君は予定されていた転生の輪からはずれていた。」
王はそう言うと自分がわかっている事を話しはじめた。
数百年前、当初の予定どおり転生した自分の傍らに共に転生するはずだった母がいなかったこと。
慌てて行方と原因を探って・・・何らかの“力”の介入で母の転生が随分先に飛ばされて、しかも何処に転生するかもわからなくなっていることを突き止めた。
原因はわからないが、どうなるかはわかったので自分も母を追って再び転生の輪に入ったこと。
ただ本当に母の転生先と時期が妨害されて、はっきりしなかったためぴったり同じ転生をすることができなかったこと。
「それで貴方は私から17年も遅れて・・・その上、別世界になったのね。」
もっとも、別世界に転生したのは自分の方だが・・・
「おそらく介入した者も、まさかシャルが異世界に飛ばされるなんて思ってはいなかったのだろう。何の力も持たず一人で転生した君を手に入れるつもりだったのだろうね。」
やり口が杜撰だと王は冷たく笑う。
その笑みは思い出した深い怒りを秘めていて・・・破壊神の名にふさわしい、とても怖い笑みだった。
「・・・で、貴方はなんで人間の王なんてものに転生したの?私の白銀と黒金まで巻き込んで。」
聞く母の笑みも王の笑みに負けず劣らずの怖ろしい笑みだった。
王が白銀と黒金にした仕打ちを根深く怒っているのだ。
「調べて君が人間に転生する事だけはわかっていたからね。・・・彼らにも人間として転生しなければ君には会えないと教えてやっただけだ。」
転生した君を確実に手に入れるためには権力者である方が有利だろう?と平然と王は言う。
そんな面倒な立場に転生したばかりに今動けない現状に居るのだろうに一向に反省した様子はない。白銀と黒金のことも悪い事をしたなどと思っている様子は欠片もなかった。
「互いの力で互いを封じるなんて外道なやり方!反省しなさい!!」
思わず母は激昂する。
「何故?便利だろう?元の魔物に戻りたければ互いに力を返せば良いだけだ。手っ取り早くてアフターケアーにも優れている。良い方法だと思うが。」
「!!謝りなさい!!!」
母の怒鳴り声に王は肩を竦めた。
「ジェイド!!!」
王は・・・渋々とアッシュとタンの方を向いた。
呆気にとられて母と王のやり取りを見ていた2人はピクリと体を震わす。
人間とはいえ恐ろしい力を持つ王(当たり前だ、元破壊神なのだから・・・)が美しく物騒な笑みを2人に向ける。
「すまなかったな白銀、黒金。私のシャルがお前達2人に手をかけすぎているのが前々から忌々しかったのだよ。多少の憂さ晴らしを兼ねた方法を教えてしまった。・・・こんなことなら方法など教えずに、今頃他の魔物たちと一緒に世界の外でウロウロさせておけば良かった。まったく私もお人好しが過ぎる。・・・そう思うだろう?」
アッシュとタンの顔は、見事に引き攣った。
「ジェイド!!それのどこが謝っているの!!!」
母の怒鳴り声に美しい笑みを深くする。
「君の声で名を呼ばれる度に喜びで息が止まりそうだ。」
そのまま死んでしまえ!と母は思った。
「・・・美咲の前とは随分態度が違うわね。」
母の指摘に王はギクリと体を震わせた。
「・・・まさか、美咲に言わないだろう?」
顔が蒼ざめている。
「どうしようかしら?アッシュとタンに酷い事をしたのに素直に謝らなかったと言ってみたら美咲は何て言うかしら?」
とっても優しい素直な娘だから、そんな酷い事をした相手は嫌いになるかもしれないわねと母は意地悪そうに笑う。
王は唇を震わせると、アッシュとタンを睨み付け・・・そのまま頭を下げた。
「悪かった。」
声を絞り出すように謝罪する。
素直に謝られた魔物2人の背中を悪寒が転げ落ちる。
・・・全然嬉しくなかった。
母はようやく溜飲を下げたようだった。
「最初からそうすれば良かったのに・・・よっぽど美咲に嫌われたくないのね。」
「当たり前だ!・・・私の“娘”なのだから。」
王の言葉に母は嫌そうに顔を顰めた。




