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平定 3

ぴーちゃんがパタパタと飛んで母の肩にとまる。


「光輝、映像を繋げられる?」


ぴーちゃんを無意識に撫でながら、何だか嫌そうに母は口を開いた。


「できない事ではないが・・・」


答える光輝も気が進まないようだった。


「なら、やりなさい。」


嫌々ながら下される母の命令に、光の精霊王も渋々従う。


部屋の中央にチラチラと光が瞬き・・・そこに相変わらず美しい王の立体像が映し出された。

玉座だろうか?やたら立派な椅子に座っている。


「周囲には誰もいないのぉ?」


「人払いはしてある。・・・姿が見られて嬉しい。」


うっとりと王が呟く。


多分王城には自分たちの映像が映っているのだろう。


意図せず自然にこみ上げてくるどこか懐かしい思いを見透かしたように王が言う。



「まるで昔に戻ったようだな。」



・・・転生する以前の昔。


確かに母は自分の居城の一室で気に入った者たちとくつろぐのが好きだった。


母は唇を噛みしめた。


「1人足りないわ。」


「そうだな。一番賑やかな奴がいない。」


「・・・バカな子。」


母の呟きは消え入りそうなほど小さく、しかし全員の耳にしっかり届いた。


「4大“精霊王”は、また随分と可愛いモノが後継となったのだな。」


「?!」


場の雰囲気を変えようと、からかうように話された王の言葉に、サラが噛みつく。


「お前は何者だ!?お前たちは何だ?何で俺たちが“精霊王”だとわかる?俺たちは代替わりした後、他の誰にも正体を明かしたことはないんだぞ!」


サラの憤りは他の3人の思いも代弁していた。

本当に一体この面子は何なのだという理不尽な怒りにも似た思いが彼らの胸にこみ上げる。


光と闇の精霊王と彼らが主と呼ぶ女性。

竜王と神獣(幼鳥だが間違いなく火の鳥だと火の精霊サラにはすぐにわかった。・・・そしてもう1頭。美咲について行った白いノルボがノンは気にかかると言った。何だかよくわからないけれどと迷うノンの姿は彼らを尚、不安に落とした。)

人間の剣士と魔法使い。

そして人間世界の王と呼ばれる男。


しかもその男は彼らが”精霊王”だと当たり前のように暴き、その言葉に他の誰も驚かない。


「若き眷属よ。おそらくお前たちの思っているとおりのお方だ。」


光の精霊王が宥めるように言う。


「我と光輝が仕える方が他の者でなど有り得ない。」


闇の精霊王の言葉に・・・ディーネは小さな体を震わせた。



「失われた・・・神々。」



「言い得て妙だね。」


「・・・そのままなだけでしょう。」


王と母は何でもないことのように言いあう。


4人の若い精霊王たちは目を瞠った。


とても信じられない。

特にママと呼ばれる、自分たちの契約主の母が、“神”だとはとても思えなかった。

目の前にしても、何の力も感じられない。魂の輝きも美しさはあっても煌めきや光が優れているようにはとても思えない。


ただ、思いの強さは・・・ひしひしと感じられた。

自分の意思を貫き通す強引なまでの強さを感じる。

自分たちを惹きつけたあの少女の、ひたむきな暖かさとはまるで違った強い意志。


これが、神なのか?と若き精霊王たちは思う。


しかも、女性・・・だとすれば・・・


「女神シャトルー・・・ッツ!!」


うっかりその名を呟いたノンは茶色の剣士の片手に捕まる!そのままギリギリと握り締められた。


「生まれたばかりの精霊ごときが、御名を呼ぶな!」


「タン、止めなさい。美咲の精霊を傷つけるのは許さないわよぉ。」


のんびりとした母の制止の声に茶色の剣士は渋々ノンを解放する。


(?!・・・何だこいつは?)


解放され咳き込みながらノンは愕然とする。

ただの人間の剣士が精霊たる自分を掴まえて尚且つ苦痛を与えられるはずがない。


一体こいつらは何なのだと改めて4人の精霊王は思った。



しかし、彼らにはそれに悩むよりもやるべきことがあった。


本当にこの女性が失われた女神なのだとすれば、彼らにはこの女性に渡すべきものがあるのだ。

4人は顔を見合わせると・・・頷き合い自らの体から小さな石を取り出した。

ポウッという音と共に彼らの体から現れた4つの石。


赤、青、茶色とクリスタル。


輝きも何も無い、ただ色を持つだけの小さな石塊(いしくれ)


母はそれを見て・・・息をのみ顔を強張らせた。


「それは・・・」


「俺達の先代の精霊王の成れの果てだ。」


サラが苦く答える。


「・・・精霊に寿命なんかない。力が集まって個を持っただけのものだからな。ただ思いに惹かれ心を持ったものは、その心を保てなければ崩壊して、ただの力に戻ってしまう。」


「先代の精霊王たちは、心を失ったの。」


悲しそうにシルが言葉を続ける。


「・・・何故?」


呆然と母は聞き返した。


確かに此処に新たな精霊王たちがいるのだから自分が知っていた彼らは交代したのだろうとは思っていた。

ただそれはもっと穏やかな、普通の世代交代だと思っていたのだ。


精霊王は新たに王となるべき力が生まれた時、自分の力を自分の石に封じ次代の王の核としてそれを引き継ぐ。

残るのは自分で育てた自身の心のみ。

心だけになった彼らは自由な存在になるという。

自由気ままに世界に有り、やがて時の果てに、そのほとんどの者が転生の輪に加わる。

ただの普通の命として生まれ来ることを選ぶのだと聞いていた。


新たな精霊王が誕生したということは、母の知っていた4大精霊王たちは自分の石を次代に引き継ぎ今頃世界を漂うか、さもなくば転生の輪に乗って新たな命として生まれ変わっているはずだった。


少なくとも母はそう思っていた。


なのに、引き継がれたはずの石が、何の力も宿さぬ石塊(いしくれ)になっているのは何故だ?


心を失って、ただの力に戻った?


何でそんなバカなことが起こったのか?


「・・・どうして心を失ったの?」


「永の年月どんな心も受け入れずに過ごせば心は壊れてしまう。」


「彼らは、自分達の仕えた女神以外の心に沿おうとしなかったのよ。」


ノンとシルの言葉に母の動きは凍りつく。


「それならそれで、そこの光と闇の精霊王のように眠りについてしまえば良かったものを、一旦眠った自分たちを女神が再び呼んでくれるかどうかわからないからと、彼らはそれを拒んだ。」


そんなバカなと母は言いたいが、実際アッシュが闇に落ちでもしなければ、自分は光と闇の精霊王を起こしはしなかっただろうという自覚があるので強く否定できない。


「それに、転生された女神の側に直ぐに参じたいって。貴女は意外と寂しがり屋だから一刻も早くお側に行ってあげなければと言っていたわ。・・・彼らは最後の最後まで貴女を待っていたの。」


「ある日突然貴女が現れて彼らの名を呼んでくれるのを、失われていく心の底で請い願っていたんだ。」


「彼らを求める他のどんな誘いも頑なに断ったままで・・・」


「心を失って当たり前の事をしていたんだ。・・・全て覚悟の上で。」


「彼らが弱って・・・代わりのように俺たちが生まれて・・・でも彼らの力は心の喪失とともになんの纏まりもないただの力として世界に還っていっていたから、引き継ぐ力も核となる石も俺たちに残す力はなかった。」


「俺たちが貰ったのは、何の力も宿さないこの石塊だけだ。」


母は唇を噛みしめて、新たな精霊王たちの持つ石塊を見詰めた。


「それで貴方たちの姿はそんなに幼いの?」


「これが本当の姿なわけではないわ。」


「私、結構美人でグラマーな大人の女性なのよ。」


ディーネとシルは声を大きくして否定する。


「俺たちは精霊王だ。生まれながらに大きな力も姿も持っている。だが生まれたばかりなのも事実だ。まだ数十年しか生きていない。それに先代の力を継がなかったからな。この姿でいる方が楽なんだ。」


「そう・・・」


母はそっと両手を彼らの方へ差し出した。


精霊王たちは・・・母の手に自分たちの持つ石塊を乗せた。


そうするのが当然のように。


母は小さな両手で4つの石を包み込む。


「この子たちが、こうなったのは、いつ?」


精霊王を“この子”と呼ぶなんて、やっぱり女神なのだとサラは思った。


「30年ほど前だ。俺たちが生まれたのがそれより4〜5年前くらいだからな。」


「俺たちが生まれた事を彼らは喜んでいた。既に自分たちに精霊王としての力が無い事に気づいていたから。こんな自分たちでは、主が戻られてもお役に立てないと嘆いていた。」


「それでも、他の者の心を受けるのだけは嫌だと言って・・・」


母は包み込んだ石を大事に大事に胸に抱える。


「・・・その頃私は、5歳だわ。異世界で、何の力も無くて・・・毎日、声を限りに彼らを呼んでいたわ。ただの火や風や水や地面に呼びかける幼児を周囲の大人は困った顔をして笑っていたわ。・・・私に力が無くて、この子たちにも無かったのなら、異世界に声が届かなくて当たり前ね。」


母の瞳に涙が盛り上がる。


「私たちも呼んでいただけましかた?」


光輝と虚空が母の両脇に近づいてその場に膝をつき母を見上げる。


「もちろんよ。朝に夜に何もない空間に話しかけるから、不思議ちゃんって言われていたんだから。」


母が笑った途端・・・その眼から涙が零れ落ちる。


驚いたようにぴーちゃんがその涙のあとをそっと嘴で触れた。


何の力も存在しない異世界では喉が嗄れる程に呼んでも、どこにも届かないのだと絶望するまでの、それは苦い思い出だった。


彼らも同じように絶望したのだろうか?


どんなに呼んでも現れない自分に。


「・・・この石は貰っても良い?」


「そのつもりで差し出した。先代たちの最後の願いだ。いつか、もし、お会いできたら、渡して欲しいと。」


「お側に戻れなくてすみません・・・と伝えて欲しいと。」


「そう・・・。」


胸に抱えた石をぎゅっと握りしめる。


母の目から涙がほろほろと零れた。


ぴーちゃんがわたわたと慌てる。


母の4大精霊王たちは、みんな落ち着いた雰囲気の美丈夫で、彼らの属性そのままにごく自然にそこにいて目が合えば嬉しそうに笑っていた。


あの笑顔が二度と見られないのかと思えば涙はますますこみ上げる。


光と闇の精霊王も彼らの同胞を悼むかのように母の両脇で頭を垂れた。


・・・王がゆるりと立ち上がり、母の元へ歩み寄る。

手を母に伸ばして・・・抱き締められぬ事実に悔しそうに唇を噛む。


映像なのだから、わかりきった事だろうにと母はなんだか笑いたくなった。


竜王が人型をとり・・・母の側に近づいて、母をそっと抱き締めてくる。


王が近づいてきた時は素知らぬふりをしていたぴーちゃんが、竜王が手を伸ばしてきた時には潰されぬように飛び上がり、空いている椅子の背にとまる。映像と実体を区別できるあたり、ぴーちゃんもだんだん成長しているのかもしれない。


母を抱き締める竜王を睨む王の目は・・・嫉妬に燃えて昏く輝いていた。


空の青の竜の瞳は、そんな王には目もくれず、ただ母を映している。


「泣くな。・・・お前をこのまま連れ去りたくなる。」


「たっちゃん。」


「ろくでもない竜ですね。」


忌々しそうな王の声に母はようやく視線を上げた。


苛々と悔しそうに竜王を睨む王の姿に小さく笑う。




「・・・悪いが、俺たちはお前に仕えようとは思わない。」


サラが母の目の前に来てそう告げた。


「もちろんよ。貴方たちは美咲の精霊だわ。・・・私の“彼ら”では有り得ない。」


「・・・正直、どうして先代があんなにまで貴女に執着したのか、私たちにはわからないわ。でも、わからない方が良いのよね。貴女も私たちの新しい契約主もいずれ貴女たちの世界に帰ってしまうのでしょう?なら、そんな気持ちは知らない方が幸せだわ。」


ディーネの言葉に母はどこか哀しく笑った。


「・・・“主”とは、そんな風にわりきれる存在ではない。」


虚空が若い同胞に言った。


「いずれお前たちにもわかる。“心”がどんなものなのかが。」


光輝の言葉は4人の若い精霊王たちに重く響いた。



「用が無ければ俺たちは俺たちの契約主の元に行きたい。そんな石塊でも今まで体内に宿していたモノを手放したからな主の側で安定したいんだ。」


サラの願いを王は了承する。いずれゆっくりと世界の力の現状の話を聞きたいと言ってきた王に、精霊王たちはわかったと返事してその場は終わった。


彼らの姿がその場から消える。美咲の元に飛んだのだろう。



光と闇の精霊王に言葉を返す者はいなかった。

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