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山脈 2

坑道は鉱石の鉱床に沿って掘り進められる。

結果幾筋にも道別れしてアリの巣のような様相を呈している。


(絶対一人じゃ戻れないわ。)


アッシュに案内されタンに守られて進む美咲は、心細く周囲を見回す。


人が何人も並んで進めそうな穴は結構大きくガッシリとして落盤などの心配はなさそうだが、切り出された跡も露わな剥き出しの岩盤は黒々として冷たく、アッシュの生み出す明かりに照らされて不気味に見える。


終りの見えぬ地の底への道は美咲の不安を極限までに煽っていた。

思わず前を行く母の上着をギュッと掴む。


「・・・やっぱり手を繋ぐぅ?」


困ったように笑いながら母が振り返った。


「う、ううん。大丈夫。」


「そぉう?」


母は心配そうに美咲を見たが、また前を向き歩き出した。


その肩には見慣れたぴーちゃんの赤い姿は無い。美咲の肩にもポポがいない。

それどころか竜王やカイトの姿もなかった。


・・・精霊は、魔獣や竜を避けるのだそうだ。


強い魔獣や竜は精霊をただ単に力として自分の内に取り込む場合がある。せっかく個として確立されたのに、また唯の力に戻されてはたまらない。


「そんな事をするのぉ?」


『生まれたばかりの精霊と力の区別は難しい。』


竜王は苦笑しながらそう言った。


ぴーちゃんもポポもカイトも・・・美咲や母に置いて行かれるのに抵抗したが連れて行くわけにはいかない。

竜王の監視下の元、1室に閉じ込められていた。


そしてこの一行にはアッシュとタン以外の人間の同行も許されなかった。


強い思いに惹かれる精霊は人間を区別しない。アッシュやタンなど魔法を使える者は精霊を惹かぬように自分の思いを隠すことができるが、そうでなければ美咲や母を差し置いて同行者が精霊と契約してしまうかもしれなかった。(エクリュは一緒に行きたいと主張したがアッシュに足手纏いだと素気無く断られた。可哀相に物凄く落ち込んでいた。)

当然バーミリオンやブラッドも同行はできない。


バーミリオンは口惜しそうにしながら諦めたが、諦めきれないのがブラッドだ。


「何で?どうして俺は一緒に行けないの?シディと離れるのは嫌だ!連れて行ってよ!」


美形が泣きそうになりながら自分に縋り付くのだ。

美咲は内心悶えていた。


「直ぐに帰ってくるから良い子でお留守番していてね。」


美咲の言葉に首をふるふると横に振る。


(うっ!きゃあぁぁっ!!可愛い!)


ダメだ、どうしよう?断れない!


いくら美形とはいえ成人男性の姿をしているものに“良い子でお留守番”はないでしょうと溜息をつきながら、母がバーミリオンを目線で促す。


同じように呆れながら頷いたバーミリオンの右手が、見覚えのある動きでブラッドの鳩尾に軽く触れる。

ブラッドの体から力が抜けて・・・その場に崩れ落ちた。


「ブラッド!」


「大丈夫。気絶しただけだ。命に別状はない。」


美咲を攫う時にバーミリオンが使った技だった。


ブラッドを強制的に置いてけぼりにしてようやく美咲たちは坑道へと入ったのだった。


美咲と母、アッシュとタンの4人だけで坑道を進む。


精霊が宿るほどの魔鉱石がある場所までの道程は複雑で道を何度も折れ曲がり、時には巧妙に隠された横穴に入ったり、アッシュの魔法で開かれる扉を抜けねばならず、確かに“障壁”だわと美咲は納得する。道順や仕掛けを知らぬ者には決して辿り着けぬ場所だった。

進むに連れて広かった坑道は徐々に狭くなっていく。

それと共に人工的だった岩壁が自然の丸みを帯びてきた。

何時の間にか坑道から天然の洞窟に入ったようだった。


既にかなりの時間を歩いた美咲は疲れも重なって歩みが遅くなってくる。


・・・足が物凄く痛い。


それでも弱音を吐かずに進み続ける。


「大丈夫ですか?」


アッシュの労りの言葉に笑って首を振った。

こんな所でへたばるわけにはいかない。

美咲は何が何でも精霊と契約したかった。


美咲は・・・母が戦う事に今でも反対だ。


母が自分のためを思ってくれればくれるほどそんな真似をさせたくないという思いが強くなる。


・・・自分が王様の伴侶となればそんな事をする必要はなくなるのだ。


美咲は・・・バーミリオンが好きだ。

淡い想いを自覚したばかりだ。

そんな自分が王様の伴侶になろうとすることは間違っているのかもしれない。


それでも・・・


(ママが私のために戦って傷ついたりするのは・・・嫌。)


だいたいこの異世界トリップに召喚されたのは美咲だ。

もし王様の伴侶になりたくないのだとしてもそれをどうにかするのは自分であるべきだ。

巻き込まれただけの母に頼るのは違うと思った。


伴侶になるためにも、ならないためにも精霊との契約は必要だ。


強い力を得たい。


自分の力で未来を切り開く力を・・・


そのために精霊と契約したい。


美咲は歯を喰いしばって歩き続けた。





途中何度か休憩を挟み、延々と歩き続け終りの見えなかった道程が突然開ける。

唐突に目の前の風景が変わった。


「!?」


突如地下に広がる広大な空間。

明らかに人の手によるものではない自然の驚異。

広大な空洞は果てが霞んで見えず、足元は切り立った崖となっていて、深い断層の底には底知れぬ闇が凝っていた。

気の遠くなるような時の浸食に造形された威容に心が震える。

深い亀裂に吊り橋がかかり、その向こうに所々に色鮮やかな煌めきを宿す台地があった。


「見えますか?あの台地の各所に煌めく光が?あれが魔鉱石の結晶です。魔力が気の遠くなるような長い年月をかけ集積し個体となったものです。」


タンの言葉を聞いて、鍾乳石みたいなものだろうかと美咲は思う。

色とりどりの光はとても美しい。


「どうか心のままに近くに寄ってください。精霊は人に惹かれますが人もまた己の心に沿う精霊に惹かれると言います。惹かれる石に言葉をかけてください。言葉と心が届けば精霊は姿を現し契約できるでしょう。」


美咲は強く頷くが・・・底の見えない亀裂にかかる吊り橋に息を飲んだ。


凄く細くて・・・凄く頼りなさそうだ。


(これを渡るの?)


何だか絶望的な思いが胸に湧き上がってくる。

絶対足が竦む自信がある。


「姫君?」


なのに立ち竦んで動かない美咲をタンが不思議そうに見詰めてくる。


「・・・タン、美咲を負ぶって吊り橋を渡ってくれるぅ?」


タンは驚いたように目を瞬く。


「女の子はぁこんな高い吊り橋を渡れたりしないのよぉ。」


もう、タンったら気が利かないわねぇと母は呆れる。


美咲は恥ずかしさに赤くなる。


タンはもう一度目を瞬かせて・・・優しく笑った。


「すみません。気が利きませんでした。」


謝ると美咲に背を向けて屈んでくれる。


「どうぞ。」


美咲は・・・背に腹はかえられない。

恥ずかしさに赤くなりながらタンの背にしがみついた。

軽々とタンは美咲を背負う。

大きく暖かな背中は力強くて美咲に安心感を与えてくれる。


「軽いですね。しっかり捕まっていてください。下を見ないで。」


「はい。」


美咲はぎゅっと目を瞑りタンの首にしがみつく。


タンがクスッと笑う気配がした。


ゆらゆら揺れながら美咲は運ばれる。

父親のいなかった美咲は、こんなに大きな背中に背負われた事がない。母に背負われたのは小さな幼児の時だけで、思い出の中の暖かで柔らかな背中はよく鍛えられた肉体の硬さを持つタンの背中とは違う。


背負われて吊り橋を渡るなんて凄く危険な感じがするのに美咲は少しも怖くなかった。




「もう大丈夫ですよ。」


声が聞こえて目を開ける。

美咲は何時の間にか吊り橋を渡ってしまっていた。


「え?」


あまりに呆気なくて驚いてしまう。


そっと背中から降ろされて振り返った美咲は、吊り橋を見えないアッシュの手を引きながら危な気なく渡る母の姿を見つける。


「・・・ママ、凄い。」


「本当に・・・少し、いえ随分残念です。」


本当に残念そうに話すタンに美咲はプッと吹き出してしまう。


優しく笑い返してくれる姿に少しでも美咲を安心させようという気遣いを感じて嬉しくなった。


タンは間違いなく自分の騎士だった。


「・・・タン、竜の谷で呼ばなくてごめんなさい。私、今なら間違いなくタンを呼ぶわ。」


改めて謝る美咲をタンは驚いたように見返す。


「・・・もっと早くおんぶすれば良かったですね。」


しみじみと呟かれ・・・美咲とタンは声を上げて笑った。

吊り橋を渡り終わった母はそんな2人を訝しそうに見る。


「どうかしたのぉ?」


2人共何でも無いと口を揃え、あまりにぴったりと揃った口調にまた2人で笑いあう。


楽しそうな様子に、アッシュと母はまぁいいかと肩を竦める。


精霊との契約を目前に、一行は何の気負いもなくリラックスしていた。

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