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召喚 2

いつもどおりの母の様子に頭を抱える。


後方で剣士が驚いて目を瞠っている。


アッシュはピクッと体を震わせると頭を上げ・・・おもむろにフードに手をかけてそれを後ろに下ろした。

灰色の髪がサラサラとこぼれ落ちる。流れるようなストレートの髪は胸のあたりまで届いた。露わになった顔は白く、驚くほど整っている。深い光をたたえる灰色の瞳がまっすぐに美咲と母に向けられていた。

年の頃は20歳代後半に見える。

落ち着いた雰囲気の超絶イケメンだった。


(やっぱり!美形!!)


美咲は心の中でガッツポーズをとる。

こうでなくっちゃと思った。


アッシュの後方でこちらを見ている剣士も魔法使いと同年代に見える精悍な顔の美丈夫だった。


(あぁ、ママさえいなかったら側によってガン見するのに、そして・・・)


母が知ったら青筋立てて怒りつけること間違いなしの妄想を美咲は脳裏に繰り広げていた。


母も少し驚いたようだった。


「まぁ、本当に“アッシュ”なのねぇ。」


感心したように呟いた。

アッシュは確か“灰”という意味だ。


(驚いたのはそこなの!?)


美咲は呆れる。


母は本当の名前なのかどうかもわからない名前を名乗る相手に、胡散臭いと思った顔を隠さなかった。


「失礼いたしました。お美しい方。私の目を不快に感じる方も多いのでフードを取らぬ習慣がついてしまいました。」


(お美しい方って・・・って、それより・・・目?)


言われて美咲は気がつく。


アッシュの灰色の瞳は美咲たちに向けられてはいるもののそのままピクリとも動いていないことに。


(見えていない?!)


こんなに美しい光をたたえた瞳なのに!

思わず息をのむ。


だが母は、美咲が同情心を沸き上がらせたその事実にもあまり心を動かされているようには見えなかった。


「あらぁ、その目でお美しいなんて言われても、信用できないでしょう?お世辞はいらないのよぉ。そんなことより、此処はどこで、貴方たちは誰で、私たちをどうするつもりなのか教えてくださらない?」


「ママ!!」


あんまりだと思う。


「酷いわ!ママ!目の見えない人に何てことを言うの!その人はそんなに丁寧に接してくれているのに!・・・ママの人非人!」


母は呆れたように美咲を振り返った。


「あのねぇ、美咲。私たちはさらわれて此処にいるのよぉ。この人たちは私たちをさらった犯人なのよ。召喚なんて体の良い言葉で誤魔化しているけれど、れっきとした・誘・拐・犯・なのよぉ。・・・まったく美咲は、優しくてよい子なんだけど、抜けてるっていうか、ポッとしているっていうか、警戒心がないんだからぁ。」


だからほっとけないのよねぇ。と困ったように母は言う。


(いや、ほっといて良いから!)


美咲の心の声は母には聞こえないだろう。

母にだけは言われたくない言葉を連ねられて美咲は心底落ち込む。


「“運命の姫君”はお優しい方なのですね。」


アッシュが言葉を挟んだ。

母はそうなのよぉと嬉しそうに笑った。


「で、お答えは?」


そのままアッシュに催促する。


「仰せのままに。お美しい方。・・・此処は“セルリアン”。青の国と呼ばれています。“運命の姫君”のお察しのとおり貴女方の世界とは違う異世界にあたります。私は先ほど言ったとおり此度の召喚を行ったこの国の魔法使いです。後ろにいるのは“タン”。王の剣とも呼ばれる、国でも指折りの騎士です。」


紹介されて背後の剣士が一礼する。

茶色の短髪、茶色の瞳。茶褐色の肌をした長身の男の動作は一分の隙も無かった。


“タン”ね。と母は呟く。タンとは“日焼け(の色)”という意味だ。なめし皮のような茶色い騎士を母は一瞥しただけだった。


「此度の召喚は、我が王の伴侶となるべき“運命の姫君”をこの世界に招くもの。選ばれた姫君には我らと同行し、王都へ行き、我が王とお会いになっていただきます。」


(王様!伴侶!・・・王道だわ!)


美咲の心は喜びに震える!

まるで夢みたいだった。


「まぁ夢物語ねぇ。そんな馬鹿みたいな非常識がまかり通ると思ってますぅ?」


のんびりとした口調で母は美咲の舞い上がった気分を地に叩き落とした。

自分に向かって言われた言葉ではないのだが、美咲はグサリと傷つく。


「勝手に人を呼びよせてどこかへ行けだなんてぇ、冗談も休み休み言ってもらいたいわ。その王様を呼んでいただけますぅ?まず謝罪してもらって、ここが異世界だっていうのなら私たちを元の世界に帰してもらわなくっちゃ。」


(マ、ママ・・・)


異世界で王様を呼びつけるとかあり得ないだろう。

不敬罪で殺されるかもしれない・・・


(だから、ママがいるのは嫌なのよ!異世界トリップの常識が無いのだから!)


母に言わせればそんな常識なくて当たり前だろう。

幸いにしてアッシュは気を損ねた様子も無く母に答えた。


「我が王は、王城より離れられません。“セルリアン”は力の満ちる国です。魔法の力。精霊の力。ありとあらゆる力が集い荒れ狂っています。王はその力を従え抑えることのできる唯一の存在です。しかし、伴侶を持たない王は王城にある王玉の助けなくして力を制御することができません。王の制御を離れた力はあっという間に世界を破壊することでしょう。伴侶を得るまで王は、王玉の側を離れられないのです。」


語るアッシュの表情は苦悩に満ちていた。

世界を守るためとは言え、城から離れられない王は可哀相に思えた。


「ですから王は即位と同時に王の力を安定させる“運命の姫君”を探し、娶るのです。伴侶を得て初めて、王の力は盤石となり全てを支配できます。我が王は、15の年に即位して既に3年になります。この間懸命に世界中を探しましたが我が王の伴侶たり得る力を持った“運命の姫君”を見つけ出すことはできませんでした。我が王は未だかつてないほどの強大な力を持つ御方。王の伴侶たる“運命の姫君”も生半可な力の持ち主ではつとまらないのです。」


「だから、異世界召喚をしたのね。」


美咲が声を上げる。


「そうです。それしか道はありませんでした。異世界より“運命の姫君”たる力を持つ方を召喚する。それに最適なのがこの地でした。王都よりかなり離れているためもとより王は来ることができません。我らは王より最後の希望を託されてこの地で召喚を行ったのです。」


アッシュの見えない目がひたと美咲に向けられる。


「そして、貴女が現れた。・・・勝手であることは承知しています。“運命の姫君”よ、お願いです。我らと共に王都へお出で下さい。我が王を救うため、王とお会いください。」


アッシュは深々と頭を下げる。

後ろでタンも同じように頭を下げていた。


「わかりました。行きます。」


美咲は母に何か言われる前にと急いで答えた。


「美咲ぃ!?」


母が慌てたように制止する。


「だってママ、この人たちやこの国の王様が困っているのよ。助けられるのが私だけなら助けないわけにはいかないじゃない!」


(それに、こんな王道、逃がせるわけないでしょう!)


モチロン心の声はママには内緒だ。


「?!・・・美咲ったら、何を言っているの?こんな本当かどうかもわからない話を信じるなんてぇ。百歩譲って本当だとしても、人を誘拐して良いわけがないでしょう?この人たちのやったことは犯罪で、私たちは犠牲者なのよぉ!同情の余地はないの。」


母は母なりに精一杯憤然と怒る。あまりそう聞こえないのは仕方のないことだ。


「・・・でも、ママ。私たちそのおかげで助かったのかもしれないじゃない。あのまま海へ落ちていたら100%助からないわよ。」


ママは、それは・・・と言って黙り込む。


もうひと押しだった。


「お願いママ!ママだっていつも困っている人はできる範囲で良いから助けてあげなさいって言っているじゃない!この人たちは嘘をついているように見えないわ。それに、15歳から3年間ってことは王様って18歳なんでしょう。私より1コしか上じゃないわ。それなのに城から1歩も出られないなんて可哀相よ!私が伴侶になれるかどうかはわからないけれど、王都に一緒に行くくらいはしてあげたいの!」


「美咲ぃ!」


母は感極まったと言うように娘の名を呼ぶと美咲をぎゅっと抱き締めた。


「ママ!」


(く、苦しい・・・)


「もう!なんて良い子なの!流石ママの娘だわぁ・・・でもねぇ、相手は目も見えないのにママを美しいだなんてお世辞を言ってくるような男なのよぉ。信用するわけにはいかないでしょう?」


母の言葉にアッシュが慌てたように声をあげた。


「違います!私は、目は見えませんが魂の光は見えるのです。生まれつき目の見えない私にとって世界の様子は窺い知れませんが、私の世界は光の明滅に満ちています。貴女の光は美しい。ですからお美しい方とお呼びしたのです。決してお世辞などではありません。」


どこか必死な様子のアッシュに、母は、あらぁと何だか嬉しそうに頬を染めた。


「アッシュの光は正しい。確かにお美しい方だ。」


今まで黙っていたタンが後方から声を発した。落ち着いた渋い声で耳に心地よい。


しかし・・・


(なんで!?ママばっかり!)


“運命の姫君”は自分のはずだ。なのに母ばかり美しいと言われて美咲は面白くない。


確かに美咲の母は美人だった。

柔らかな栗色の髪とぱっちりとした大きな瞳。赤い唇が色っぽい優しい雰囲気の美人だ。

対する美咲はまっすぐな肩までの黒髪と切れ長の黒い瞳を持つ日本人形のような少女だ。髪と瞳は「パパに似たのよぉ。」と嬉しそうに母が評してくれる。どことなく母に似た顔の造りはまぁまぁ可愛い方ではないかと自分では思っているが、いかんせん母の年齢を超えた魅力に敵わないと感じている。

母は今年35歳。バツイチの子持ちなのにひっきりなしにプロポーズを受けている。ふわふわとした頼りない様子が庇護欲を煽っているらしい。


(みんな騙されているのよ!)


と美咲は思っている。今のやりとりを聞いていればわかるだろう。母はあんな喋り方だが言っている内容は結構キツイ。顔と雰囲気と話し方に騙されたら酷い目に合うというのは実の娘の実感である。


「まぁ、お上手ねぇ。・・・フフフ、いいわぁ。美咲もこう言っていることだし、とりあえずこのお部屋から出て、詳しいお話を聞くことには同意してあげる。」


なんだか随分上から目線で母は言った。


焦ったのは美咲である。


「ママ!そんな!この人たちの用があるのは私だけなんだから、ママは帰って良いのよ!帰らせてもらった方が良いわ。っていうか、絶対帰らなくっちゃ!お仕事だってあるでしょう?」


このまま母と一緒だなんてとんでもなかった。

だが母は再び感極まったように娘をぎゅうっと抱き締める。


「まぁ、本当に美咲ったら優しい娘!心配しなくて良いのよ。ママは美咲と一緒よぉ。仕事なんて、美咲に比べたらどうなったって平気だわ!」


平気なわけあるかい!と美咲は突っ込みたい。母が会社をクビになったら母子2人で路頭に迷ってしまう。

そうでなくても自分の楽しい異世界トリップ生活のためには母は邪魔者以外の何者でも無い。


「そんな事言わないで!私なら大丈夫よ。ママが向こうで無事に居てくれると思えば頑張れるから!だから安心して帰って!」


「ダメよ。美咲。美咲と離れたらママの方が心配で病気になっちゃうわ。ママが心配のあまり死んじゃってもよいのぉ?」


(そんなことぐらいで、死ぬような性格じゃないでしょう!?)


美咲の突っ込みは言葉にできない。


「ママ、でも・・・」


「でもは、無しよ。」


傍目には麗しい親子2人のやりとりに終止符を打ったのはアッシュだった。


「帰れないぃ?!」


図らずも美咲と母の声は重なった。


「そうです。異世界への帰還は召喚より難しい術になります。少なくとも私では無理です。できるのは我が王のみでしょう。そのためにもお2人には王都へお出でいただきたいのです。」


聞いた美咲はがっくりと項垂れ、先刻まで美咲を置いては帰らないと言い張っていたはずの母も、そんな欠陥商品のような召喚を実行するなんて言語道断だとアッシュを責めた。


いくら責められても、帰れないものはどうしようもない。


・・・美咲の異世界トリップには、どうあっても母が付いて回るようだった。

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