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山脈 1

その後2日の行程を経て目的地の西の山脈に辿り着く。

竜が1日あたりどの程度の距離を飛ぶのかわからないし、そもそも出発地だった小城が、この国のどの辺りの位置にあったのかもわからないので、この国がどれ程の大きさか見当もつかないが、それでも随分大きいのではないかと思う。


(少なくとも日本よりは広そうよね。)


どんな国でどんな人が住んでいるのだろう?


急ぎの旅で美咲は結局、宿泊や休憩した場所意外、見ることができなかった。

一般の人々の暮らす街や普通の人自体に、一切触れられなかったことが随分残念に思える。

もちろん、また内緒で出掛けて誘拐されてはたまらないので、決してそんな真似はできないが、それでもちょっとは寄り道してみたかったなと・・・そんな不満を美咲はその夜、王様にこぼした。


毎夜の楽しいお喋りで、美咲は結構遠慮なく王様に何でも話せるようになっていたのだ。


「美咲、貴女が人々の暮らしに興味を持ってくださることをとても嬉しく思います。・・・そうですね。全てが終わったらこの世界をあちこち見て回りましょうか?」


(えっ!・・・王様と?)


それってデート!あんな美形と!!

信じられない!!


「はい!ぜひ!!」


勢い込んで頷く美咲を母は呆れたように見やる。

バーミリオンが好きだと言っていた娘だが、美形とのデートはまた別物らしい。

若い娘ってわからないわと母は胸の内で思っていた。


「俺も!俺も一緒に行って良い!?」


喰いついてきたのは・・・ブラッドだった。


ブラッドは、最初の緊張と記憶を全て失ってしまった混乱から立ち直れば・・・もの凄く明るい青年だった。

相変わらず美咲を慕い、美咲の傍から一歩も離れようとしないが、口数は多く見るもの聞くものに感動して無邪気に笑う子供のような青年だ。


「海はどうでしょう?青く澄んで綺麗ですし、流線型の海獣は優美で見ていてあきませんよ。」


そのブラッドをきれいに無視し王様は言葉を続ける。

腕輪を通して王様が言葉を交わす相手は、美咲と母、そして渋々ながら竜王のみに限られていた。カイトですらどんなに喚こうが少しも相手にしてもらえない。そんな態度を何度もとられたカイトは王様との連絡が始まると拗ねたようにフイッと姿を消すようになっていた。

美咲が嬉しそうに王様と話す姿を見ていたくないのだそうだ。腕輪を壊したくなるが母の腕にはまっている物にまさか牙をたてる訳にもいかないと歯噛みしながら嘆いていた。


「海?海って何?どんなモノ?・・・美味い?」


そしてどれ程無視されてもめげないのがブラッドだ。

ブンブンと尻尾を振る犬のような勢いに美咲は苦笑を零す。


「海は陸以外の所で水に覆われているの。海の水は塩からいのよ。飲めないわ。」


飲めないと言われてブラッドは途端に海への興味を失った。

何にでも興味を示すブラッドだが特に食べ物への興味は強い。

食べる必要のない魔物のくせになんて態度だと内心母は呆れている。


力を封じた魔物の美咲への懐きように母も頭を痛めていた。


「飲めないのなら海は止めよう!俺は美味しい物を食べに行きたいな。」


母の腕輪が黙り込む。


王城で王様が頭を抱えているのかもしれなかった。


「・・・明日から精霊の探索ですね。やり方の説明は受けましたか?」


結局王様はブラッドを無視する事にしたらしい。話題を変えてきた。


「はい。アッシュから説明を受けました。」


えぇっ?どこに行くか決めないのか?と騒ぐブラッドをやはり無視して美咲は答える。ブラッドに付き合っていると話はいつまでも進まない。またあとでねとブラッドに言い聞かせて美咲はアッシュの説明を思い出した。


コチニールとの国境に連なる山脈はスプルース山脈と呼ばれ、セルリアンの西南部から北西に伸びる2000〜3000m級の山々の連なりの総称なのだそうだ。最高峰は北よりに位置するトウヒ山で3195m。それがどのくらいなのか美咲には見当もつかないが母は日本アルプスの北岳が同じくらいじゃなかったかしらぁと言った。


「北岳って?」


「日本で二番目に高い山よぉ。」


・・・それはとても高そうだった。


まさかそんな山に登らなければいけないのかと戦々恐々としたのだが、登る必要はないとアッシュに言われて美咲は物凄くホッとした。


スプルース山脈では岩塩と鉄鉱石、そして魔道具の原材料となる魔鉱石が産出される。(バスツールの言ったとおりだった。)その採掘のための坑道があり、その坑道の中で精霊と契約をするのだそうだ。


「精霊は力の集合体です。個として確立されていても実体を持たないため己の拠り所を求める者が大半です。元々何かに宿っていた者、例えば古木や大岩などから生まれた者は自分を生み出した物を拠り所としますが、火や水、風などから生まれた者はその拠り所として魔鉱石を選ぶことが多いのです。良質な魔鉱石を産出するスプルース山脈には精霊が多く存在します。」


要するに美咲は坑道に入り精霊の宿った魔鉱石を手に入れて、その精霊と契約すれば良いらしい。

思っていたより簡単そうな内容に説明を聞いた美咲はホッと安心したのだ。


「精霊との契約に必要なのは強い思いです。・・・美咲、貴女であればきっとできます。」


王様の励ましの言葉に美咲はジンと感動する。


「ありがとうございます!頑張ります!」


フフフと王様が笑う気配が腕輪から伝わってくる。

綺麗で優しい笑顔が想像できて美咲は嬉しくなってきた。


「・・・質問なんだけどぉ。」


そんな美咲を物凄く不機嫌に見ていた母が声を上げる。


「・・・珍しいですね。貴女が私に話しかけてこられるなんて。」


母は最初の定時連絡以降、一言も王に話しかけたことはなかった。

ただ長くなってしまう美咲と王との話を「もう止めなさい。」と最後に止めて、「お休みなさい。」とかけられる挨拶に「お休みなさい。」と返す。

美咲に挨拶はしっかりするようにと教育してきた手前、それだけはせざるを得なかった。


王様と母との会話はいつもそれだけ。

母が話に加わってくることは、確かに珍しかったのだ。


「美咲のためなら、どんな嫌な事でも我慢するわ。・・・精霊の宿る魔鉱石のある場所へ行く前には、どんな障害があるの?」


「障害?」


美咲は、えっ?と聞き返す。


「美咲ったらぁ、普通の人が簡単にそんな場所に近づけるはずがないでしょう?精霊と契約するのに必要なのは強い思いだけなのよぉ。・・・例えば夫に浮気された妻がぁ夫を殺したいと強く思ったとしてぇ簡単に精霊と契約できたりしたら、あっという間に完全犯罪ができるのよぉ。」


どこの“特命係の窓際警部”でも、“警察庁刑事局局長の弟”でも解決できないわよぉと母は言う。


・・・確かにそうだ。

そんな事になったら大変だという事がよくわかる。


「だからその場所に行く前にはぁ普通の人が近づけないような障害があるはずなのよぉ。・・・まさか教えないつもりではないわよねぇ。」


「もちろん、お教えしますよ。」


腕輪から楽しそうなバリトンボイスが響く。


「というより今回はアッシュとタンがその場所まで一緒にご案内します。途中道が険しかったり吊り橋があったりしますが、大丈夫貴女たちを危ない目にあわせたりはしません。」


美咲は良かったと安心したが、母の顔は嫌そうに顰められる。


「・・・貴女たち?」


「はい。」




「・・・私は精霊と契約なんかしないわよぉ。」




「その予定でしたが、コチニールを平定し魔王と戦うのであれば貴女にも精霊は必要でしょう?遠慮なさらず契約なさってください。」


母は唇を噛む。


「・・・拒否権はないのね。」


「よくわかっていらっしゃる。」


(この、腹黒!)


母は胸の内で悪態をついた。

実際母はコチニールの平定に精霊の力を今現在では必要としていない。そんなものなくても平定できる自信は十分にある。

だが、確かに対魔王となれば戦力は多いに越した事はない。


竜王もそう思っているのだろうか?黙して語ろうとはしなかった。


わかってはいてもこの王の力を借りて勝つのは腹立たしい。


「・・・どうかお願いします。私は確かに貴女が魔王と戦うよりは私が伴侶を迎えた方が確実だし良い方法だと思っています。でもだからと言って貴女の邪魔をしたいとは思っていません。美咲にも貴女にも私は責任があります。貴女に傷ついて欲しくない。万全な力を得てください。」


迷う母に、バリトンボイスは低く艶やかに願いの言葉を訴える。


(本当に!性質が悪い。)


・・・母は小さく、わかったわと呟いた。


美咲などは感動で瞳をうるうると潤ませている。


「王様、ありがとうございます!私もママも頑張ります!」


素直で疑う事を知らない娘に頭を抱える。


精霊と契約する際の注意事項をもういくつか聞いてこの日の定時連絡は終わった。


「良かった。本当は私一人で精霊と契約するのは怖かったの。ママが一緒なら百人力よね。」


無邪気に喜ぶ娘に母は仕方なさそうに笑う。


結局娘が第一の母は、一緒に精霊との契約を行うことを了承するのだった。

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