拾いもの 4
先刻から凍り付いている背筋にますます悪寒が走る。
本当に熱を出すかも知れないと美咲は危惧する。
「渋る主に連絡を勧めてやったのだ。感謝しろ。」
対する竜王は先刻までの冷気をどこにやったのか、凄く機嫌が良い。
「今日の出来事だったな?」
「貴方の声で報告されても嬉しくありません。・・・美咲?いないのですか?」
「いえ!・・・あ!はい!います!」
美咲は慌ててしまう。
クスクスと腕輪から笑い声が響いた。
「落ち着いて。今日の様子を教えてください。」
「あ!はい!・・・カイトに、竜に乗ってこの城に来ました!」
「違いますよ、美咲。朝食は何を食べましたか?」
(!?えっ、そこから?)
美咲は驚いたが・・・思い出して話し始める。
朝食に食べたもの、何が美味しかったですかと聞かれて、野菜のスープとデザートのフルーツが美味しかったと答える。
竜で出発する前のカイトとバーミリオンの喧嘩の話しをして、大変でしたねと労わってもらい嬉しくなってしまう。
竜から見た景色。眼下に広がる壮大な風景と空を行く爽快さを何とか伝えようと言葉を重ね、同感を得て伝わった喜びに安堵する。
言葉は促されるままに次から次へと溢れ出た。
美咲は未だかつてなかったほどに楽しく話す。
バリトンボイスは耳に優しく、美咲の心に染みいる。
男の人とこんなに長く話したことなんてなかった。
(王様って、凄い聞き上手なんだわ。)
昨日初めて話したばかりの人とは思えなかった。
ブラッドを見つけて保護した話をすると王様は少し黙り・・・やはり優しいですねと小さく囁かれる。
それからブラッドの事を少し詳しく話して、その他もいろいろと話して・・・喉が疲れた。
美咲がケホケホと咳き込むのを聞いて、黙って聞いていた母が呆れたように制止の声をかける。
「もうぅ、話過ぎよ美咲。そのくらいにしておきなさい。」
「・・・いらしたのですね?お声が聞こえないから、いらっしゃらないのかと思いました。」
白々しい王の言葉に母は怒る。
「人の腕に勝手に腕輪をつけておいて、いらっしゃらないもなにもないでしょう?どうやっても外れないじゃないのよこの腕輪!」
竜王の力でも無理だったのだ。
どうしてこんなところに無駄に力を使うのだと母は怒り狂っていた。
「・・・外そうとされたのですか?」
「当然でしょう!“目”だったものを付けてお風呂に入る勇気はないわよ!」
王が黙りこむ。
「・・・今、“目”の機能を残しておけば良かったとか、思っているんじゃないでしょうね?」
「・・・少し。」
「“少し”じゃないでしょう!たっちゃんから“目”ではないと保証してもらったから良いけれど、着替えもままならなかったのよ!他人の迷惑も少しは考えなさい!!」
ポンポンと怒鳴る母の様子を美咲は呆気にとられて眺めた。
いつもの甘い口調ではなく、素でこんなに話す母を見たのは初めてだった。
そういう意味では王様はある意味凄いのかもしれない。
そんな母を何だか面白くなさそうに見ていた竜王が動く。
「そんなに肩に力を入れて怒るな。・・・せっかくマッサージをしたのに、また体が凝ってしまうぞ。」
しんと部屋が静まりかえった。
何だか緊張を含んだ空気が流れる。
「・・・マッサージ?」
腕輪からバリトンボイスが流れた。
美咲の背がぞくりと寒気を覚える。
・・・風邪を引いたのだろうか?
「そうだ。我が念入りにな。・・・主の肌は柔らかで我の手に吸い付くようだった。」
笑みを含んだ竜王の声は、とんでもなく艶やかで聞いている美咲の顔まで紅潮して赤くなってしまう。
「・・・マッサージのいるようなお年なのですね。」
王の言葉は母の逆鱗に触れた。
「!!女性に年齢の話を当て擦るだなんて!どんな教育を受けたの!」
「事実でしょう?実際そんなことをされてしまっているのですから。」
(されてしまうって、何?)
「誰の所為だと思っているの!?」
再び静寂がへやを覆う。
暫しの後、沈黙を破ってバリトンボイスが小さく響いた。
「・・・私の所為なのですか?」
「・・・ネズミの処置をたっちゃんに頼んだのよ。」
(ネズミ?)
ネズミに似た魔獣でも出たのだろうか?
確かにそれは怖い。
竜王が処置したのであれば二度と現れないだろうが見なくて良かったと美咲は思う。
小さな舌打ちの音が腕輪から聞こえた。
「舌打ちは止めなさい。・・・貴方は王なのだから。」
三度目の静寂を破ったのも、やはり王だった。
「二度と侵入を許しはしません。」
「そうしてちょうだい。・・・たっちゃんのぉマッサージは気持ち良くてぇ癖になっちゃいそうだからぁ。」
いつもの母の口調に美咲はほっと息を吐いた。
「何時でもしてやろう。我も主の肌が癖になりそうだ。」
だからどこのエロ親父だと美咲は突っ込みたい。
「・・・腕輪を外そうとしないでくれますか?」
何故かバリトンボイスが懇願の色を帯びる。
縋り付くような言葉に母は小さく「わかったわ。」と答えた。
そして、もう遅くなったからと通信を終える旨を王に伝える。
王は・・・なんだか拍子抜けするほどあっさりと了承した。
明日以降の連絡をもう一度美咲に約束させて、バリトンボイスは消えた。
「王様。何だか元気がなかったわよね?」
「どこがぁ?あんなに美咲と楽しそうに話していたじゃなぁい?」
そうだ。美咲と話していた王は、優しくて申し分のない理想の相手だった。
なのに母と話す時は、まるで普通の若者のようで・・・
(バーンに会いたいな。)
唐突に美咲は思った。
ポポが傍に寄ってきて美咲の手をペロリと舐める。
「あ!お前、ずるい!」
カイトが叫び美咲をグッと抱き締めてくる。
「ダメよぉ、かっちゃん。美咲と一緒に寝たいのならぁ小竜になりなさい。今朝みたいに途中で戻ったらもう二度と一緒に寝かせてあげませんからね。」
母に言われてカイトは、多少不満そうにしながらも小さな竜の姿となる。
「・・・たっちゃんも。」
竜王は仕方なさそうに笑うと、母を抱き締めその額に軽い口づけを残して・・・カイトと同じく小さな竜にと変じた。
『今は我慢しよう。・・・今はな。』
母は小さくため息をつくと美咲をギュッと抱き締めて「お休みなさい。」と挨拶を交わして、自分のベッドに戻る。
左腕の腕輪がかすかな明かりを反射して、キラリと光った。
思い思いの夜は更けていく。
旅の途上の小城にも、はるか彼方の王都にも、多少の時間のずれはあっても等しく夜は訪れ、その腕に生きとし生けるものを抱きこむのだった。




