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拾いもの 3

ブラッドは産まれたばかりの子供のようだった。

ほとんど何もできず、全てに美咲の手をやかせる。


(記憶喪失ってこんなにたいへんなのね。)


美咲は驚きながらも甲斐甲斐しくブラッドの世話をやく。

自分が今までの彼を奪ってしまった責任感と一人っ子の美咲に弟ができたような嬉しさ(もちろんブラッドの方がずっと大人で背も高かったが)からの行動だが、カイトもエクリュも、もちろんバーミリオンも面白くはなかった。


特にエクリュは自分の立ち位置を奪われたようで腹立たしい。

別に美咲に弟みたいに思って欲しいわけではないが、強さや体格的にバーミリオンやカイトに勝てないとわかっているので、唯一有利な点がなくなってしまったように感じていた。


だから一日中飛行して着いた宿泊場所の城で美咲から呼ばれて、喜んで行ったのに・・・


「食事のマナーですか?」


「そう。ブラッドに教えてあげて欲しいの。私はこの世界のマナーに詳しくないから。」


頼まれたのは記憶喪失のブラッドに、食事マナーを教えてやって欲しいという依頼で・・・物凄くがっかりする。

何で自分がこんな奴に教えてやらなければならないのだと思ってしまう。

だいたい記憶喪失と言っても限度があるだろうと思う。

普通記憶喪失でなくすのは自分に関する事柄が主で、社会的なものは覚えているケースが多い。

ブラッドのように食事の仕方から様々な物の使い方(トイレや風呂の使い方までわからなかった。)まで忘れてしまうケースなど聞いたことがなかった。


・・・もちろんそれは忘れたのではなく、魔物には人間のように食事をしたり衣食住に手をかけたりする必要がないために元々覚えていないのだが、その事実を知るのは母と竜王だけだった。


「すみません。忙しいので・・・」


だから当然エクリュは断る。

ブラッドになど何一つ教えたくなかった。


「そっか。そうよね。・・・カイトは竜だから人間の食事マナーなんか知らないだろうし、バーンもマナーなんか知ったことかって言いそうだからエクリュに頼んだのだけど、エクリュだって忙しいわよね。」


もちろんバーミリオンの食事マナーは完璧である。腐ったって王子様なのだ。ただ美咲はそんなことは知らない。美咲の知っているバーミリオンはただの傭兵でしかなかった。


エクリュはカイトやバーミリオンが頼りにならないから自分に頼ってくれたのだとわかって、多少気を良くする。美咲の期待に応えたくなるが、しかしここはグッと我慢してもう一度すみませんと謝った。

ブラッドが気に入らない事実に変わりはないのだ。


「仕方がないわ。・・・私が食べさせてあげるしかないわよね。」


・・・その場から離れようとしていたエクリュの足が止まった。


「・・・食べさせる?」


「うん。ブラッドったら食器の持ち方も忘れたみたいなの。食べさせてあげるしかないわ。」


エクリュの頭の中に、美咲にスプーンを差し出され、あ〜んと口を大きく開けて食べさせてもらうブラッドの姿が思い浮かんだ。




「僕が食事をさせます!」


「えっ?・・・でも忙しいんじゃ?」


「大丈夫です!どうせいつかは教えなければいけないのです!今やります!」


そんな羨ましい真似をブラッドにさせるわけにはいかなかった!


急にやる気を出したエクリュに、美咲は驚きながらも教えてもらうのはありがたいので、じゃあお願いと依頼する。

ついでに私にも教えてと恥ずかしそうに依頼されればエクリュの不機嫌はあっという間に吹き飛んでしまった。


エクリュの厳しい(ブラッド限定)テーブルマナー講習付き夕食会は、当然のように母を酷く喜ばせて和やかな(美咲と母限定)雰囲気に終始したのだった。




夕食を終え、お風呂に入り(ブラッドはバーミリオンが入れた。何せ誰も入れたがらなかったら美咲が私が一緒に入るわと言い出したのだ。それだけはさせられなかった。美咲と離れるのを嫌がるブラッドを無理矢理風呂場に引っ張っていったバーミリオンはもの凄く不本意そうだった。)やらなければならないことを全て終え、後は休むだけになって美咲たちは宛がわれた部屋に入る。


相変わらず美咲にべったり張り付いたブラッドを竜王の力で無理矢理眠らせて、ホッと肩の力を抜いた美咲だったのだが・・・


「・・・あっ、あっ、い、やぁ・・」


夜の静寂に響く甘い声に身を強ばらせていた。


「はっ・・・うっ、そ・こ。」


「・・・ここ?」


とんでもなく艶を帯びた低い声が聞き返す。


「!っ・・・ひっ、あぁ。」


低い声がくつくつと笑う。


「・・・弱いのだな、ここが。」


「いやぁっ・・・あぁ。」





「もう!!止めてママその声!」


美咲はたまらず怒鳴った!

年頃の女の子になんて声を聞かせるのだ!と憤慨する。


「だってぇ・・・美咲ぃ・・・っつ!きゃっぁぁあん。」


「今は我とだけの時間だ。余所見は許さない。」


「そ・・んな。あぁ。」


美咲はなおも文句を言おうと母の方を見たが、もの凄い美貌の男性の、青い竜の瞳に射すくめられて凍り付く。


・・・人型をとった竜王は・・・凄まじく美しかった。


王様やブラッドでいい加減に人外とも呼べる美形には慣れたと思ったが、竜王の美しさは種類と迫力が違う。


圧倒的な大人の男の魅力。


色気が半端なくてクラクラとするようだった。


実際最初に見た時は、腰が砕けて倒れるかとさえ思った。

カイトが脇で支えてくれなかったら本当に倒れていたかもしれない。


「親父、押さえろ!」


カイトの抗議にも竜王はフッと笑っただけだ。


「お前が支えてやれば良いだけだろう。役得ではないのか?」


「それは・・・そうだけど。」


そこで引くなとカイトには言いたい!


(だいたい役得って何?!)


しっかりカイトに抱き締められていて、それに気づけない美咲も美咲だったのだが。


「まぁ!いい男!」


と単純に喜んだ母の神経には脱帽した。


しかし流石の母も、何故か竜王へのお礼として竜王が母へマッサージ(普通反対だろう?何でお礼にマッサージして“あげる”のではなく“される”のだろうか?)をはじめてからは、耳を塞ぎたくなるような、あられもない嬌声を上げ続けている。


「あ・・・気持ち、いい。」


うっとりと呟くのは止めて欲しい。


美咲はさっきから赤くなった顔が元に戻らない。

当然母はゆったりめとはいえ衣服を着けたままだし、「あれはマッサージ」と念仏のように心の中で唱え続けているのだが・・・


「はっ、ふぅっん。」


ベッドの上に横たわった母の体は小さく華奢で、同じベッドに乗り上げた竜王は背が高く、大きく、スラリとしているのに逞しく・・・とてつもなく男の色気に満ちていた。


大きな手が母の体の上を動く様は・・・官能的だ。


たいへん教育上よろしくない!


カイトもさっきからずっと顔を赤くしている。


「もう!どう思うカイト!あなたのお父さんなのよ!」


そして相手は美咲の母だ!


カイトの耳に口を寄せて、こそこそと美咲は内緒話のように囁く。

カイトはますます顔を赤くする。


「う・・・うん。契約者ってあんなこともできるんだな。どうしよう?俺もやろうか?」


「カイト!」


思わず怒鳴ってしまって美咲は慌てて口を押さえる。


「う・・・ん。美咲ぃどうしたのぉ?」


ベッドがギシリとキシんで母が起き上がる気配がする。


「ふっ、ん・・・たっちゃん、ありがとう。もう良いわぁ。」


「・・・ママ。」


竜王の声は不服そうで、まるで母に纏わり付くように響く。


恐る恐るそちらを見た美咲は、邪魔をした美咲とカイトを冷たく見据える美貌に背筋の凍るような思いをした。


「美咲はぁ小さな頃はすぐ熱を出したんだからぁ無理せず早めに休まなくっちゃだめよぉ。ほら、もう寝ましょう。」


既に母は竜王には見向きもせずに美咲にかまってくる。


ベッドを降りて近づいてくる母の背後の竜王が・・・怖かった。


「マ、ママ!あの・・・その・・・」


「うん、なあにぃ?」


彷徨う美咲の視線が・・・母の手首の腕輪に留まる。


「定時連絡!王様に!!」


竜王の無言の圧力が怖くて、それを逸らしたくて思わず叫んでしまい・・・途端に今度は母の表情が消えて母から冷気が漂ってくる。


「・・・ママ?」


「昨日話したばかりでしょう。今日は竜に乗って移動しただけだし話すことなんか何もないわ。」


・・・語尾の伸びない普通の口調が怖い。


「で、でも毎日連絡しろって・・・」


「言うことを聞いてやる必要性なんか感じないわ。」


でも、と言おうとして言えずに口をぱくぱくしていると・・・意外なことに背後の竜王から助けの手が差し伸べられた。


「いや、連絡しなければそれを理由にまた目や耳を送り込むかもしれぬ。連絡してやろう。」


言っていることは納得なのだが、なんだか美しい顔に浮かべている笑みが黒く見える。

やっぱり連絡をしない方が良い気がしてきて止めようと言い出そうとした美咲だったが、その前に竜王が背中から母を抱き締め腕輪の着いている方の腕を手に取った。


その腕を口づけするかのように自分の口元に引き寄せる。


「王よ。」


竜王の一言で腕輪が光りを発する。


「・・・竜王。何故貴方が連絡を寄越すのですか?」


聞こえてきたバリトンボイスはとことん不機嫌だった。

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