世界の外
注:このお話はBLではありません。
作者にあらぬ期待(ゴホン、ゴホン・・・)疑いをかけ追い込むのは止めましょう。
両手を上に上げて掌の間に力を集める。
集ってくる力が頭上で渦を巻く。
バチバチと音を立て、稲光をはじき、凶暴な力が凝固する。
膨れ上がり恐ろしいまでに高まった力は自分自身をも押し潰そうと唸る。
その力を限界まで溜めて、ギシギシと軋む腕をなおも高く振り上げる。
一息に眼下の世界に叩き付けた!!!
ギュオォォッツ!!と空間を切り裂き、全てを吹き飛ばす力の塊が世界に迫る。
・・・だが唐突に力は世界を守る壁にぶつかり・・・霧散した。
それは本当に霧散としか言いようがなかった。
つい今までそこにあった世界を滅ぼすほどの力が跡形もなく・・・消える。
力を振るった男は、肩で息をしながら眉を顰め舌打ちした。
空間がシュンッという音と共に切り裂かれ、もう一人男が現れる。
「ご苦労様橙黄。交替するよ。」
「・・・蘇芳。」
2人共、恐ろしいほどに美しかった。
人には有り得ぬ美貌の持ち主。
・・・彼らは魔物だった。
眼下に広がるのは人間の世界。
彼ら魔物にとっては取るに足らぬ、わずかばかりの地にへばりつく様に生きる卑小な生き物の世界。
自分たちに似た姿をしていながら、あまりにも弱く情けない人間を魔物たちは嫌っていた。
時折暇つぶしにからかう以外は目もくれなかったその世界に、彼らの王が侵攻を命じたのは数か月前。
簡単に落とせると思ったその世界に全く歯が立たないとわかるのにそれ程時間はかからなかった。
その世界は信じられないような強固な壁に守られていたのだ。
今まで魔物が気まぐれにちょっかいをかける分にはたいして障害にならなかったその壁が、本気の攻撃に対しては絶対的な障壁と変わる。
魔物たちは驚き焦った。
もっとも魔王はこの事態を予想していたようで、淡々と攻撃の続行を命じる。
結果魔物たちはこの数か月、交替で間断無く人間の世界に波状攻撃をかけているのであった。
「相変わらず見事な防御だよね。傷一つついていない。」
蘇芳が感心したように呟く。
橙黄は顔を顰めた。
己の力不足を指摘されたようで面白くない。
「知っているかい?一部の者は埒の明かない正面攻撃に痺れを切らして裏から手を回しているようだよ。」
何をするつもりなのかなと楽しそうに蘇芳は話す。
彼らが話している間にも世界のあちこちで先ほどと似たような力の衝突と霧散が起きる。
人間の世界を攻撃しているのは彼らだけではなかった。
その全ての攻撃に人間世界の守りはびくともしないのだ。
彼ら魔物をしてさえも規格外と言えるその力は一体どこから来るものか?
「・・・噂を聞いたかい?」
蘇芳の言葉に橙黄は何の?と聞き返す。
「人間の世界の中に魔王様が執心するような“何か”があるって。」
その噂ならば聞いていた。
力が全ての魔物の中で飛びぬけた力を持つ彼らの魔王。
なのに何にも興味を見せず、王の歓心を得ようと望むどんな魔物にも見向きもしなかった王が、頑ななまでに攻撃を命じる人間の世界。
そこに魔王の心を惹く何かがあるのだということは、自明の理の様に思えた。
「噂が本当かは知らないが・・・」
橙黄は完璧なまでに美しい指で人間の世界を指し示す。
「見えるか?」
「・・・ああ。」
そこには人間の世界に向かって、群がり争うように中に入ろうとうごめく無数の魔獣と精霊の姿があった。
それはまるで灯に惹かれ火に飛び込む虫のようだ。
「一週間ほど前からあの調子だ。我らの攻撃に巻き込まれて命を落とすモノも数多いるのに一向に数が減らない。」
あの世界の中に魔獣と精霊をあれ程までに惹きつける何かがあるということか。
「・・・聞いたのだけど。」
蘇芳は楽しそうに口を開くと俄かには信じられない話をした。
障壁を強くし、力の強いモノの侵入を拒む人間世界に入るために、神獣火の鳥が自らの火に焼かれ、何の力も持たない幼鳥になって侵入を果たしたらしい。
他の神獣でも似たような話があると聞く。
また、竜王は自分の嫡子の力を奪い力の無い小竜にして人間世界に落とし、自らも力を封印して後を追ったということだ。
そんな突拍子もない話が魔物たちの中に実しやかに流れていた。
もちろん嘘に決まっている。
そんな馬鹿な話が本当のはずがない。
だが、そんな話が出回るほどに今まで興味の欠片も引かなかった人間世界が彼らの関心事になっていた。
「・・・入ってみたいなぁ。」
蘇芳は美しい顔をうっとりと歪ませながら眼下の世界を眺める。
橙黄は顔を顰めてそんな彼を見る。
蘇芳はある意味最も魔物らしい魔物だ。
自分の興味や感情のままにどんな事でも実行する。
・・・やはり今もそうだった。
「ねぇ、橙黄。もう一度攻撃してよ。俺も君の攻撃の中に紛れて障壁に接近する。歪みのひとつも生まれればそこから侵入できるかもしれない。」
「馬鹿な!」
下手をすれば爆発と霧散に巻き込まれて命を落としかねない行為だ。
・・・しかし蘇芳は後に引かなかった。
魔物は転生する。
彼らにとって今生の自分の命などはそれほどに大切なものではなかった。
自分の楽しみのためならば捨ててしまってもかまわない。
「大丈夫だよ。俺だって今の世は気に入っている。簡単に死ぬつもりはないよ。本当にヤバかったら離脱する。だから、ね。」
お願いと蘇芳は橙黄に両手を合わせる。
橙黄は溜息をついた。
彼らは2人で1対だった。
転生を繰り返す魔物は、永遠の時を膨大な記憶を抱えて生きるために、支え合う存在を定める者が多い。
それは恋人であったり、兄弟や気に入った友であったりと様々な形をとる。
ただどんな形であれ、互いに互いを唯一と認め共に時を越えて行く。
永の時の中で己を見失わないためにも対の存在は必要だった。
「お前は前世でも我を置いて逝った。」
橙黄が拗ねたように呟く。
蘇芳は己の欲望に忠実に刹那的に生きる。
結果どうしても橙黄は蘇芳に先立たれることが多かった。
「それは仕方ないよ。俺は君が先に逝くことなんて耐えられないからね。」
「我とて好きで耐えているわけではない!」
橙黄は激昂する。
対を失った者は生きる気力を無くすためほどなく死を迎えるが、それでも直ぐに死ねるわけではない。
早くて数か月、遅ければ数年を一人で耐えねばならない。
自殺は許されない。
そんな事をすれば転生の輪からはずれる。
対の片方が輪からはずれた魔物の行く末は惨めだ。ごく稀に新たな対を見つける者もいるが、大抵は狂った末に転生も叶わぬほどに仲間から消されるか自ら命を絶ってしまう。
蘇芳をそんな目にあわせるわけにはいかぬから、橙黄は歯を喰いしばり蘇芳のいない余生に耐えるのだ。
「ゴメン、ゴメン。本当に大丈夫。絶対危ない真似はしない。・・・だから、ね?」
結局蘇芳に押し切られるのが橙黄だった。
性質の悪い対を選んでしまった自分をつくづく運が無いと諦める。
先刻と同じように両手を上げて頭上に力を溜める。
蘇芳がその力の中に己の存在を練り込む。
頭上の力が未だかつてないほどの質量を持った。
2人分の魔力だ。
・・・凄まじい。
これならあの堅固な障壁も破れるかもしれないと思う。
(・・・いいよ。)
頭の中に蘇芳の言葉が響き・・・橙黄は、力を人間の世界に蘇芳ごと叩きつけた!
先ほどは、ただぶつかり霧散した力が今度は大爆発を起こす!
カッ!!という目もくらむ光が弾け、障壁がわずかに揺らぎ・・・やがて力は霧散する。
多少のダメージは与えたが、やはりダメかと橙黄はため息をつく。
しかしこれで蘇芳も諦めるだろう。
「蘇芳?」
だが、力の消えた後に彼の対の姿は見つからなかった。
「・・・蘇芳!」
力と共に消えたのか?
それとも障壁の揺らぎに乗じて人間世界に侵入を果たしたのか?
「蘇芳!!!」
橙黄の声に答えは無い。
彼の対はその姿を消した。




