表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/101

竜の谷 16

喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます。


本年中は拙いお話におつきあいいただきありがとうございました。

明年も変わらずお読みいただければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。

部屋に戻った美咲は、予想どおりまだ起きて本を読んでいる母の姿を見つける。

・・・母は努力家だ。

あの外見と性格でそうは見えないのは母にとって損なのか得なのかわからない。

語学に才能のある母だが(母は英語の他、中国語、フランス語、アラビア語など世界の主だった言語はたいてい話せる。グローバル企業に勤めるには有利なのだそうで、コツを掴めば簡単だと母は言うが英語だけでも四苦八苦している美咲にとっては夢のような能力だ。)それでもこの短期間にセルリアンとその周辺国の言葉を一通り覚えるのには不眠不休に近い努力を必要とした。翻訳魔法が辞書と教師の代わりをしてくれるのだそうだが、夜遅くまでこちらの世界のあらゆる本を借りてきて懸命に覚えていた。

お肌が荒れちゃうわぁと嘆きながらの努力は脱帽するしかない。


しかもその努力は全て美咲のためで・・・


バーミリオンは“お前はそのままで良い”と言ってくれたがせめて母の何分の一かの努力をしないわけにはいかないだろう。

美咲はその決意を深くする。


「美咲、戻ったのぉ。遅かったのねぇ。体は冷えてなぁい?」


「うん。大丈夫。・・・何の本を読んでいるの?」


本から顔を上げて美咲をしっかり見て、かけてくれる言葉に返事をする。


「おとぎ話よぉ。この国の創世神話みたいなもの。バカバカしすぎて笑っちゃうわぁ。」


笑い過ぎて涙が出ちゃうと母は眦を指でぬぐう。


「美咲の好きなファンタジーっぽいからぁ美咲も読んでみたらぁ?」


「うん。そうする。」


何時になく素直な娘の返事に母は、どうしたのめずらしい?と聞いてきた。


「何でもない。カイトは?」


部屋の中には母と竜王、母の肩の上のぴーちゃんと(目をとってもらったぴーちゃんは、もう尾羽を出していなくてもよくなったらしく髪の中から顔をのぞかせていた。)美咲のベッドの上で先に丸くなって寝ているポポの姿だけでカイトの姿はなかった。


「なんだかねぇ、究極の選択に悩んで頭を冷やしに行ったわよぉ。」


(究極の選択?)


『我の様に小さな姿になってお前の傍で寝るか、人型のまま別の部屋で寝るかで迷っているようだ。』


「え?」


「人型のまま美咲とぉ一緒に寝たいって言うからぁ、それはダメよぉって叱ったのよぉ。でもぉ小さな姿になると繁殖相手として見てもらえないって悩んでいるみたい。」


(・・・繁殖相手?)


若者の悩みって即物的よねぇと母は笑う。

そこは笑わずにしっかり指導してやって欲しい美咲である。

頭を抱えてしまった。


「・・・元気がないわね。何かあった?」


母はそう言うと、本をパタンと閉じて美咲の方に歩いてくる。


美咲は顔を俯けた。


「バーンと話したわ。」


「・・・そう。」


母は美咲の手を引いてベッドに腰を掛けさせる。

自分も隣に腰掛けて美咲の頭をそっと撫でた。


「ママの言われたとおりの言葉も伝えたわ。・・・ママ、なんて言ったの?酷い事言ったんじゃない?」


「そんな事しないわよぉ。ちょっと立ち位置に迷っているみたいだったからぁ背中を押してあげただけよぉ。」


母はバーミリオンが聞いたら、真っ赤になって怒鳴りそうなことを平然と言った。


「・・・なら、良いけど。」


美咲は母の胸に寄りかかりながら、小さく呟く。

頭を撫でてもらいながら、母に甘えている自分が恥ずかしくて・・・心地よかった。


「・・・バーンが好きなのぉ?」


だから母の質問にも素直に答えた。


「うん。・・・そうみたい。」


だってバーンの傍にいるとドキドキして嬉しい。

エクリュは可愛いし、カイトも素敵だし、王様なんか心臓が痛いほどきゅん!とするけれど・・・バーンはなんだか違うような気がしてしまうのだ。

どこがどう違うのかと聞かれるとわからないのだが・・・


「あんまりお勧めしないわよぉ。」


あの腹黒王よりはましだけれどねぇと母は言う。


「美咲はぁ・・・バーンがただの傭兵じゃないってわかっているぅ?」


母の言葉に美咲は・・・うんと頷いた。

ただの傭兵が正規軍に睨まれてまで“運命の姫君”の護衛なんて危なそうな仕事に固執したりしないだろう。多額の金が出た時点でそれを貰ってさっさと逃げ出すはずだ。喰いっぱぐれはないなんて言葉は体の良い言い訳にしか思えない。


それでも・・・


「バーン、優しいの。」


「そう・・・」


母と子は少しの間黙った。


「美咲がわかっていればいいわぁ。大丈夫よぉ。美咲が泣かされたらぁママが仇をとってあげるからぁ。」


・・・それはとっても怖そうだ。


青春ねぇと母は笑って美咲を甘やかす。


「・・・ママ、ありがとう。」


いっぱいの想いを込めて美咲は言った。


母は、美咲がそんな事を言うなんて明日は雪が降るわぁと言ってクスクス笑う。

母子は暫くそうやって寄り添って過ごした。




翌日早朝、竜の谷は一触即発の雰囲気に包まれていた。


次の目的地はセルリアンの西に連なる山脈である。

そこへ向かうため、旅立とうとしていたのだが、カイトがバーミリオンを乗せるのは嫌だと駄々をこねているのだ。(結局カイトは昨晩戻ってきて小さな竜になって美咲と一緒に眠った。なのに朝になったら人型に戻っていてしっかり抱きかかえられていた美咲の盛大な悲鳴でみんな起こされてしまったのだ。もちろんカイトは竜王の監視付で母にたっぷり叱られた。・・・多分その所為もありカイトの機嫌は良くないのだ。)


「何で俺がこんな男を乗せなくてはならない?」


「こんな男で悪かったな。」


「俺はシディ以外を乗せるつもりはない!」


「俺はこいつの護衛だ。」


睨み合うカイトとバーミリオン。




・・・バーミリオンは結局今までどおり美咲の護衛として扱うことになった。

主に母の主張によるものだ。

事情を聞かされたアッシュとタンは拘束して隔離することを提案したが母はそんな必要はないと言った。


「出奔してきたってことは今までの身分は捨ててきたってことでしょう?なら、ただの傭兵でしかないわぁ。生まれや育ちで人を差別しちゃだめよぉ。」


「しかし!」


「それにぃ、これからコチニールを平定するのにとっても役立ちそうじゃなぁい?差別はしないけど利用はさせてもらうわぁ。緘口令を敷いてこのまま泳がせておいてね。」


小首を傾げての可愛いお願いポーズに、アッシュとタン、ヘリオトロープは絶句した。

なんだかバーミリオンに同情心までわいてくる。

結局当然のことながら、母の意見が通った。





美咲は大人げないバーミリオンとカイトの姿にため息をつく。


2人とももの凄く美咲の好みの顔なのだが今はそんなことを言っている場合ではなかった。

バーミリオンに対して芽生えたように思えた甘い想いもどこかに飛んでいきそうだ。


青い髪と朱い髪が対峙している。


「ちょっと2人とも止めてよ!」


美咲の言葉に2人は同時に美咲を見る。


「このバカ竜をなんとかしろ!」


「なんでこんな男と一緒にいるんだ!俺に乗るのに護衛なんか必要ないだろう?!」


2人にいっぺんに怒鳴られて、流石の美咲も堪忍袋の緒が切れる。


(勝手なことばかり言って・・・)


「いい加減にして!貴方たちが喧嘩するから皆が出発できないでしょう!」


美咲に怒られて2人はびっくりして黙る。


「カイト!そんなことを言うのなら、私はエクリュのオリーブに乗せてもらうわよ!」


「はっ!あんな竜が俺に逆らえるものか。」


「だったらママと竜王さんに乗るわ!」


これにはカイトもぐうの音も出ない。

・・・父王が契約者以外の人間を乗せるとは思えないが、それが他ならぬ母の頼みであればどんなことでもやってしまうかもしれないと昨日聞いたばかりだ。


「バーンも私の護衛なら、私の竜のカイトとも仲良くして!2人で協力して私を守ってくれなくっちゃダメでしょう!」


「俺は別に喧嘩したいわけじゃない。このバカ竜が素直に俺を乗せれば良いだけだ。」


「誰がバカだ!」


バーミリオンの言葉にすかさずカイトが反応する。


2人の間に美咲は体を割り込ませた!


「いい加減にしてって言ったでしょう!その耳は飾りなの!!」


2人の耳を引っ張って自分の口元に引き寄せて思いっきり怒鳴ってやる。


慌てて体を引いた2人は同じタイミングで同じように引っ張られた耳を押さえて同じように呆気にとられる。


2人とも顔が赤かった。

美咲が耳を引っ張った際、2人とも体が美咲の胸に触れたのだ。

しかも耳に触れんばかりに口を近づけ怒鳴られた。


・・・美咲は、無防備極まりなかった。


「カイトは早く竜になって私たちを乗せる!バーンは2度とカイトをバカ竜なんて言わないで!わかった?!」


美咲の剣幕に2人は黙って頷く。


「美咲ったらぁ、凄〜い!」


脇で見ていた母が、気の抜けた声を上げてぱちぱちと手を叩く。

アッシュやエクリュ、タンと騎士たちが驚いたように美咲を見ていた。


我に返って美咲はきゃっ!と言って、みるみる頬を赤く染める。


「もぉぉっ!2人の所為よ!」


美咲は2人の背中に回り、皆から身を隠す。


可愛い仕草と先ほどまでの剣幕のギャップに、カイトもバーミリオンも言葉もなかった。


「もうっ!美咲ったら可愛いんだからぁ。」


嬉しそうな母の声が竜の谷に響いて、“運命の姫君”の一行は谷を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ