竜の谷 15
遠目にも動揺しているとはっきりとわかるバーミリオンと姫君が、並んで屋内へと戻る姿をヘリオトロープは嘆息しながら見詰める。
話し声が聞こえるような距離ではないが言われた内容は知っていた。
たった今まで此処に居た、母の気配がまだ色濃く残っているような気がして落ち着かない。
「全然気がついていないわよねぇ。」
先刻母は2人を見て、困ったように笑っていた。
気がつかれないように警護に当たっているのだとヘリオトロープは主張したい!
・・・美咲と母にはそれぞれ交替で騎士が警護に当たっていた。
もちろん極秘裏でだ。
気がついてもらっては困るのだ。
なのに密かに美咲の警護をしていたヘリオトロープの元に、母は隠れて警護しているはずのジョンブリアンを引き連れてやってきた。
ニヤニヤと苦笑しているジョンブリアンを睨みつけたが一向に反省している素振りはなかった。肩を竦めるその姿は、母相手では仕方がないだろうと主張しているようで、ヘリオトロープの頭痛を酷くする。
最近のヘリオトロープは頭痛と胃痛のせいで痛み止めの薬とすっかり仲良くなっていた。
「若いって良いわよねぇ。・・・本当はあの位置には、騎士の誰かにいて欲しかったのに。」
2人で赤くなり甘い空気を漂わす姫君とバーミリオンを見ながら母はため息をこぼす。
「誰の所為ですか・・・」
恨みがましいヘリオトロープの視線を母は軽く流した。
端から騎士たちを落としていった母に、ため息をついて欲しくなかった。
「心配で様子を見に来られたのですか?」
「まぁヘリオったら、そんな他人行儀な言葉遣いはイヤ。」
頬を膨らませ拗ねて見せる母に、ますますヘリオトロープの頭痛は酷くなる。
「へぇ〜。副団長とそんなに仲が良いんだ?」
驚いて口笛を吹きそうなジョンブリアンに、母はそうよぉと艶やかに笑った。
「・・・お前。」
何を考えていると視線をやれば、妖しすぎる含み笑いがかえってくる。
「美咲を見に来たんじゃないわよぉ。情報収集よぉ。・・・バーミリオンの素性は、知れたのぉ?」
唐突な母の問いにヘリオトロープは嫌そうに顔を顰める。
・・・突然姫君の護衛におさまった朱色の男の素性は、ようとして知れなかった。
数年前にふらりと現れ傭兵ギルドに登録し、あちこちで短期間の仕事を渡り歩いていたことはわかったが、それ以前の事がさっぱりわからない。
どこで産まれたのか、どこで育ったのか全てが謎だ。
「やっぱりねぇ。探し方が悪いのよぉ。どうせ朱色の傭兵かぁ破落戸の情報を探しているんでしょう?」
そのとおりだった。
表も裏も総動員して探っている。
もちろん一般人やどこかの騎士だった可能性も忘れてはいない。
あらゆる手を尽くしているが有力な情報が得られないのだ。
「情報が入らない時にぃ、一番最初に疑わなくっちゃいけないのはぁ・・・味方よねぇ。」
母の目がチラリとジョンブリアンに向けられる。
「!!」
まさか?!
ヘリオトロープの視線を受けてジョンブリアンはびっくりしたように目を見開き、焦ったように首を横に振った。
顔が引きつって見えるのはあらぬ疑いをかけられた所為なのか?
「ママ!」
「まぁ良いわぁ。情報収集のアドバイスをしてあげるからぁ、バーンの情報はぁ最優先で私に渡しなさい。」
それは・・・
ヘリオトロープが迷って返事を渋る間に母はさっさと言葉を続ける。
「情報を探す先はぁ・・・コチニール王宮。王族か高位の貴族。朱色ではなく人相や体格で探しなさい。」
息をのんだのはジョンブリアンだった。
いつもの軽薄な表情が消えていく。
「廃嫡された王太子かぁ妾腹の王子ってせんが一番考えられるわよねぇ。」
と母は笑う。
その笑みのままジョンブリアンを見詰めた。
「コチニールの誘拐団の情報を持ってきたのはぁ、ジョンだったわよねぇ。・・・あの誘拐団、あっさり捕まりすぎたとは思わなぁい?」
ヘリオトロープは愕然とする。
・・・確かに抵抗は少ないなとは思った。
だが前代未聞の竜や魔獣を道具として使った戦いだったのだ。
相手の戦意が失せたのはその所為だと思っていた。
「どこまでが策略で、どこまでが本当の誘拐だったのかはぁわからないしぃ、ジョンが二重スパイだったとは思わないけれどぉ、うっかり会ってしまった母国の敬愛する王子様(仮)にぃ見て見ぬふりや協力を頼まれれば・・・やっちゃうわよねぇ?」
「?!・・・ママ、違う!ジョンは子爵家の三男だ。コチニール人ではない!」
ヘリオトロープは驚いたがジョンブリアンの出自を思い出し焦って否定する。
確か領地は小さいが王都に屋敷を構える古い家柄の子爵家だったはずだ。
・・・だが母は揺るがなかった。
「それはそうでしょう?そうじゃなきゃ騎士団に入れないでしょう?・・・多分お母さんかぁお祖母さんがコチニールの人よねぇ?この世界の女性はぁ貴重だからぁ外国人でも貴族の奥さんになれるわよねぇ?」
ジョンブリアンは、・・・額を押さえて天を仰いだ。
自分の目の前の女を見る。
小さく愛らしく・・・妖艶な女。
油断してはいけないと気を引き締めていたはずだった。
だがそれすらも母の前では無駄な抵抗だったのか。
どの道調べられれば自分の母の生まれは知れる。
鮮やかな黄色の男は覚悟を決めた。
「・・・母だ。母がコチニール人だった。母は俺を産んだ後、高額でコチニールの貴族に買われた。コチニールでは女は権力の象徴だ。貴重な女をどれほど囲えるかで貴族は自分の権力を誇示する。領地の少ない子爵家は金に困っていたしな。俺は父から三男などいらないと言われて母に連れられて行ったんだ。幼少期をあっちで育って、母の死と共に仕方なくまた父に引き取られた。」
丁度すぐ上の兄が病気で死んだ時だったしなと自嘲気味にジョンブリアンは話す。
波瀾万丈の人生だったのねぇと母は手を伸ばしてジョンブリアンの鮮やかな黄色の髪を撫でた。
ジョンブリアンは泣きそうに顔を歪める。
「・・・あんたは好きだぜ。極上の女だ。それにあんた、俺に全然同情していない。」
俯き唇を噛みしめ、髪を優しく撫でてもらいながら何を言っているのだとヘリオトロープは思う。
「当たり前よぉ。いい男に同情なんかしないわよぉ。」
母はクスクスと笑う。
撫でる手は止まらない。
本当にいい女だと・・・男は思った。
「今夜、抱いてもいいか?」
「たっちゃんにぃ噛み殺される覚悟があるならね。」
それは困るなとジョンブリアンは笑う。
「・・・俺は何もしていない。あの方はコチニールから出奔してきたと言って、黙っていてくれと俺に頼んできたんだ。ばらせば俺の生い立ちを話すと脅されもした。」
もっとも脅されなくっても話す気なんかなかったけれどなとジョンブリアンは言った。
「バーンは何?」
「・・・コチニールの妾腹の第一王子だ。」
母の予想どおりの答えにヘリオトロープは舌打ちをする。
なんて面倒な男を抱えてしまったのだろう!
母は満足そうに笑った。
「大丈夫よぉ。ジョン、貴方みたいに優秀ないい男、捨てたりしないわぁ。万が一王様に見捨てられたら私が雇ってあげる。」
「それもいいな。」
むしろそっちの方がいいとジョンブリアンは軽く言う。
「おい!」
呆然として聞いていたヘリオトロープが怒鳴る。
母はヘリオトロープにも艶然と微笑んだ。
「このせんでもう一度洗い直してぇ裏をとりなさい。経過を最優先で私に報告すること。・・・良いわねぇ?」
「・・・しかし。」
タンの許可も得ずに簡単に頷く事はできない。ヘリオトロープはタンの副官なのだ。
渋るヘリオトロープに母は黙って自分の左腕を差し出した。
そこには先刻、王に付けられた腕輪がはまっていた。
「!・・・これは!」
ヘリオトロープが愕然とする。
何事かと見たジョンブリアンも絶句した。
「王様にもらったの。・・・どこかの副将軍の印籠代わりくらいにはなるんじゃないかと思うのだけれどぉ・・・」
実は母もあまり自信はなかったが、腕輪には騎士団の正装に付いているのと同じ紋章があった。
多分身分証明書の代わりぐらいにはなると予測はつけていた。あの王の事だ。そのくらいのオプションはつけているだろう。
王の信頼を得ているのだと騎士たちに思わせられれば良いぐらいのつもりだったのだが・・・
動きを止め、息まで止まっているのではないかと思われる騎士2人の様子に母は眉を顰める。
あまりに驚愕するその姿に嫌な予感が走る。
「・・・何でそれをママが?」
ようよう出された声は・・・掠れていた。
「これがどうかしたのぉ?」
平静を装い聞き返す。
ゴクリとジョンブリアンが生唾をのみ込む音が響いた。
「・・・それは、王の伴侶のみが纏うことを許される・・・“王妃”の腕輪だ。」
(?!・・・)
ヘリオトロープの言葉に、盛大に心の内で舌打ちをする。
(あ、の、クソ王!)
母は表現するのがたいへん不適当な、ののしり声を心の中であげた。
「・・・最初は美咲につけようとしたみたい。狙いを外したって言っていたわぁ。」
何て“モノ”をつけてくれたのだ!
のんびりとした口調を保ちながら語尾が怒りに震えるのを懸命に抑える。
「・・・姫君に。」
なんとなく納得したようにヘリオトロープが呟く。
ジョンブリアンもなんだかホッとしたような顔をする。
「とりあえず、これを私に預けるくらいにはぁ、王様は私を信頼しているってことよぉ。・・・私の言うことに従えるわねぇ?」
怒りを抑えながら念を押され、ヘリオトロープとジョンブリアンは母の前に頭を垂れた。
それが先刻の出来事だ。
・・・姫君と硬い表情のバーミリオンが、隠れたヘリオトロープの眼前を通り過ぎる。
母は美咲の口を通してバーミリオンに告げる言葉を教え、その際のバーミリオンの反応を観察しておくようにとヘリオトロープに依頼した。
あの反応を見れば母の推察とジョンブリアンの言葉が間違いようのない事実なのだと知れる。
ヘリオトロープはもう一度嘆息した。
正体の知れたやっかいな危険分子に、気苦労の多い副官の頭と胃の痛みは増すばかりだった。




