竜の谷 14
「うん。経済の基礎をなす産業のことよ。私のいた国は自動車とか精密機械とか基礎素材とか、もの凄くいっぱいあってひとつに絞れないのが特徴みたいなところがあったけど、コチニールはどうかな?」
(自動車?精密機械?)
バーミリオンは混乱する。
それでも美咲の言おうとしていることは何とか理解して言葉を返す。
「コチニールの主な産業は農業だ。」
「農業?農産物の輸出が多いの?それとも農業以外に主要産業がないって事?」
「・・・後者だ。男手が多いからな。労働力だけは事欠かない。」
美咲の言葉に内心舌を巻きながらバーミリオンは答える。
守られ大切にされるだけのこの世界の女性からは決して聞かれないような言葉だった。
「他にあんまり資源がなくて工業化も遅れているってこと?競争力が低そうよね。関税とかも高いのかな?どうやって外貨を稼いでいるの?」
今度はバーミリオンは声に出して唸った。
重い口を開く。
「コチニールは魔力の制御が低い国だ。そのためそういった道具を作る技術が他の国より優れている。魔道具の生産が一番金を稼いでいる。」
そういえば出会った時のカイトが力封じの首輪をされていたなと美咲は思う。相手はコチニールの誘拐団だった。ああいった首輪みたいな道具を作っているのだろうか?
「魔道具の原材料は?」
「・・・これから行く山で採れる。コチニールとセルリアンの国境の山脈だ。最もコチニール側はほとんど採掘されつくして山の様相を呈していないがな。」
「第一次産業と第二次産業の国ね。でもその第二次産業もヤバイのか・・・大変そう。」
「第一次産業?第二次産業?」
「農業とか自然を利用した産業が第一次産業。その原材料を加工するのが第二次産業よ。それ以外が第三次産業。サービス業とかをいうんだけど・・・」
美咲は言いながらコチニールという国を思いやる。
・・・貧しそうな国だった。
「何故そんな知識がある?お前は王族か貴族だったのか?」
この世界でそんな知識のあるものは支配者階級以外ない。
バーミリオンの疑問に美咲は違うわよと笑って否定した。
「学校で習うのよ。私、文系だったから地理歴史や公民は得意なのよ。」
「学校?」
「子供がみんな集まって勉強するところよ。この世界にはないの?」
「・・・ない。」
バーミリオンの答えに、それはある意味羨ましいかもと美咲は考える。もちろん美咲だって学校の必要性は十分知っている。しかし勉強の好きな子供は少ない。美咲も多分に漏れず勉強嫌いだった。
「そんな事を知ってどうする?兵力とか軍備とかそういったものを聞かないで良いのか?」
バーミリオンの問いに、美咲は目をぱちくりした。
「そんなもの聞いてどうするの?」
「?・・・平定するのだろう!?」
平定とは、従わないものを力尽くで抑え付けることだ。相手の軍事力は一番知りたいことのはずだ。
「ママ、できるだけ戦わないって言っていたわよ。」
「?戦わない!?」
「うん。戦うと利益が減るのですって。できるだけ無傷で手に入れたいって言っていたわ。」
美咲はアッシュやタンと別れた後、もう一度母にやっぱり危険な真似は止めて欲しいと頼んだのだ。
自分のために母が傷つくなんて耐えられない。
そう言う美咲に母は「戦いなんてしないわよぉ。」と答えた。
母が言うには戦いは商売と同じようなものなのだそうだ。利益と損失を考えて、できるだけ少ない損失で多くの利益を得るのが戦上手らしい。
最善は敵を傷つけずに降伏させること。
戦いで破壊するのは次善策だ。
「だいたい、壊れたものを手に入れてもそこから利益なんて生まれないでしょう?」
母の言葉に美咲はそれもそうかもと思う。
「・・・それに美咲、戦いなんて嫌でしょう?」
・・・美咲はコクンと頷く。
そうなのだ。
母が傷つくことはもちろん嫌だが、自分のための戦いで誰かが傷つくことなど考えられない。
敵であれ味方であれそんな目にあわせられるはずがなかった。
「美咲が嫌なことは、ママしないわよぉ。」
母の言葉に安堵する。
母が戦わずに勝つと言うなら、きっとそうできるのだろう。
そして美咲は交換条件のように、バーミリオンから情報を聞き出すように言いつけられた。
バーミリオンは絶句する。
一国を平定するのに、利益が減るから戦わない!?
なんて言い種だと思ってしまう。
いくら規格外とはいっても所詮女で戦争というものがわかっていないのか?
それとも・・・本当にそんなことができるとでも言うのだろうか?
黙り込んだバーミリオンに美咲はそろそろ戻りましょうと声をかける。
さすがに冷え込んできた。
建物の中へと足を進めながら、そういえばと美咲は話し出す。
「ママに言われていたの。“バーンがどうして外国人だとわかったかと聞いてきたら伝えなさい”って言われていた言葉。」
本当に、もの凄く嫌な予感しかしない。
聞きたくないと断ろうとしたバーミリオンの制止は間に合わず、美咲の可愛い口が開いて短い言葉が紡がれる。
「○△○☆□・・・」
それは翻訳魔法のアレンジのひとつ、翻訳の無効化をかけて発せられたコチニール語だった。
バーミリオンの顔から血の気が失せた。
蒼白な顔で美咲に静かに聞き返す。
「・・・意味がわかって言っているのか?」
「ごめんなさい。全然わかんないわ。ママは翻訳魔法を教えてもらえなかったから自力で努力して結構いろんな言葉を覚えているんだけど、私はダメなの。英語とか、すごい苦手なの!」
バーミリオンを拝む勢いで美咲は謝る。
そうだろうとバーミリオンは思う。
知っていてこの表情でこの言葉を言えるわけがない。
「ママにはあんまり魔法にばかり頼っちゃダメよって言われているんだけど・・・。」
「魔法に頼るな?」
「そう。他人のふんどしで相撲をとるようなものだって。」
美咲はふんどしという言葉に少し顔を赤くする。
意味がわからないといった様子のバーミリオンに慌てて説明した。
「自分の本当の力じゃないって意味。この国の魔法は王様に制御された使いやすい力なんでしょう?そんな自分の力でもないものを使いこなせてもそれは自分の実力じゃないって言うのよ。王様にそっぽ向かれたらひとたまりもないでしょう?って。」
ママ王様が嫌いだからと美咲は苦笑する。
・・・バーミリオンは唇を噛んだ。
美咲の母の危惧はいつも自分が抱いているものと同じだ。
この世界は全て王の掌の上に乗っている。
王の心づもりひとつでどうとでもなる世界なのだ。
・・・先ほど美咲の話した言葉が頭の中で響く。
わざわざコチニール語で話された言葉。
母はバーミリオンがコチニール人だと知っているのか?
いつ?
なぜ?
どこまで知られたのか?
それとも全てはったりの、かまかけなのか?
美咲の愛らしい口から語られた懐かしい母国語は、物騒な内容を告げていた。
「故国を焦土にされたくなかったら、私に従いなさい。」
竜王の力を手に入れた女のあからさまな脅しの言葉に、バーミリオンの体は無意識に震えた。




