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竜の谷 13

美咲はアッシュやタンと別れ、少し話し込んだ後、母にも先に戻ってと告げて1人小城の中庭に出てきていた。

城はアッシュの魔法に守られていて1人でいても危険はない。

谷の空気は澄んでいて夜気で冷え込んでいるために、長居はだめよぉと母に忠告された。

しかし母は美咲が1人になることについては特に文句は言わなかった。

美咲の1人になりたいという気持ちをくんでくれたのだろう。


母はいつも優しかった。


竜が降りることも考えて広く作られた中庭を美咲はふらふらと歩く。

頭の中には先ほどの王との会談が思い起こされていた。


「シディ!」


鋭い呼び声に顔を上げる。

息を切らせたバーミリオンが美咲の元へと駆け寄って来ていた。


「不用心な!1人で何をやっている!?」


「?・・・散歩だけれど?」


何だか焦っているバーミリオンを美咲は不思議そうに見る。


「誰かに襲われたらどうする!」


アッシュや騎士たちが警戒をしている城の中でそんな心配はいらないのにと美咲は思ったが、心配してくれるのは嬉しかったので、ごめんなさいと謝る。

素直に謝られたバーミリオンは、それ以上怒るわけにもいかず美咲の側に来るとそこで立ち止まった。


一緒にいてくれるつもりなのだろうか?


美咲はバーミリオンを見上げ、ホッとするようなそわそわするような不思議な気分を味わう。

胸がドキドキしていた。


「・・・どうした?」


思いの外優しい声が降ってくる。


「どうしたって・・・?」


「何かあったのだろう?珍しく悩んでいる顔をしている。」


(珍しいって何よ!)


美咲は心の中で拗ねる。

バーミリオンとは出会ってまだそんなに経っていない。

自分が悩むのが珍しいかどうかなどわかるはずはなかった。

それとも自分は出会って直ぐの相手にも脳天気だと思われるような人間なのだろうか?


(・・・確かに私って考えが足りないわ。)


それこそが今の美咲の頭を占めている思いだった。


「・・・私って、全然ダメよね。」


つい弱音が口をついて出てしまった。


「?・・・何がだ?」


「少しも物事を考えていない。・・・私、召喚されて“運命の姫君”だって言われて、舞い上がって・・・言われるままに自分が王様を救うんだって思い込んで・・・それがどんな事で、どんな意味があるのかなんて考えもしなかった。」


異世界から人を召喚しなければならない事態がどんなものか、何故もう少し考えてみなかったのだろう?確かに王様が王玉の側を離れられないのは困った事だが、よくよく考えれば異世界召喚を行ってまで解決しなければならない事ではないような気がする。


・・・よく考えればわかった事なのだ。


事実母は気づいた。


美咲は先ほど母が異世界召喚の裏に隠された事実を暴いたことをバーミリオンに話した。


「!!・・・この国が魔王に?!」


流石にバーミリオンも絶句する。


「私が話を鵜呑みにして一人で盛り上がっている間もママは私を助ける方法を一生懸命考えてくれていて・・・ママ、私には、“自分の意志で愛する人と世界一幸せなお嫁さんになって欲しい”って。ママは何時だって私の事を思っていてくれるのに、私は・・・。」


母に比べて自分がいかに思慮の浅い人間なのかと美咲はため息をつく。


バーミリオンは・・・比べる方がおかしいだろうと思う。

美咲の母は・・・規格外だ。

あんな女性・・・いや、あんな人間見た事がない。


(そもそも人間なのか・・・?)


そんな疑問すら頭に浮かんでしまう。

・・・美咲には絶対言えないことではあるが。


美咲が母と比べて自分を卑下する事など何もないとバーミリオンは思う。

美咲は優しく純真で素直な、とても可愛い女性だ。頑張り屋でときどきハッとするほど凛とした姿を見せることもあり、何時だって目を離せない。

心底守ってやりたいと思える少女。

美咲の全てをバーミリオンは好ましいと思っている。


「お前はお前だ。誰とも比べる必要は無い。・・・お前は出会った時、俺に俺の動きが好きだと言ってくれただろう?」


美咲は思い出して何となく顔を赤くする。

冷静になって思い出してみれば男の人に対して“好き”だなんてよく言えたものだと思ってしまう。


「俺もお前が好きだ。此処にこうして、俺の目の前に立っているお前が好きだ。此処にお前が立つまでの努力を俺は嫌いにはなれない。」


美咲は・・・息が止まるかと思った。


男の人に好きだなんて言われるのは初めてだった。

もちろん、恋愛的な意味の好きではないとわかっている。

それでもバーミリオンのその言葉は美咲の耳に甘く響いた。


顔を真っ赤にして口をパクパク開けて言葉が声にならないような美咲の姿にバーミリオンは笑みを零す。

本当に可愛らしい少女だ。このままずっと変わらないでいて欲しいとさえ思ってしまう。


「感動したか?」


からかうように聞いてみる。


「・・・嬉しい!」


だがかえってきた美咲の正直すぎる返事に自分の方が煽られてしまう。


(どこまで可愛いんだ!)


バーミリオンは思わず目を泳がせる。


「本当に?バーン、本当に私が好き?」


「ああ。お前はそのままで良い。」


「・・・ありがとう。」


お互い赤くなった2人は、なんとなく2人で狼狽えてしまう。

夜の冷気などものともしない、もの凄く甘くて良い雰囲気だった。




ただ・・・この良い雰囲気を一気に壊すのが母だ。




だからといってこの場に母が乱入してきたとかそういう訳ではない。


止せば良いのに美咲がここに来る前に母に言われた言葉を思い出したのだ。


「あ!そう言えば、バーン。私バーンに会ったら聞いておいてって、ママに言われていた事があったんだわ。」


嫌な予感しかしないバーミリオンは、相当母を苦手に思っている。


「何だ?」


渋々聞き返す。




「あのね。・・・コチニールってどんな国?」




言われたバーミリオンの顔から表情が全て抜け落ちた。


気づかず美咲はバーミリオンに母が王の出した試験を受けることになった事、そしてその内容が隣国コチニールの平定だという事を話す。


黙って聞いていたバーミリオンが低い声で聞き返す。


「何故、俺に?」


「もちろん、アッシュやタン、他の人にも聞くのよ。ただバーンは傭兵で、あちこち渡り歩いて来ているだろうからコチニールの事も知っているだろうって。それに・・・セルリアン以外(・・)の国の人の話も聞きたいって。」


バーミリオンは心の中で唸る。


「・・・ママがそう言ったのか?」


「?・・・そうよ。」




次の言葉が発せられるまでには、少し間が開いた。




「・・・どうして俺がこの国の人間じゃないとわかる?」




この世界の人間の外見に明確な人種の差はない。あえて言えば北のウィスタリア連合国の人間が幾分色素の薄い者が多いくらいで、それすらも様々な色合いを纏うこの世界の人間達の間では区別の基準にはなりえない。


バーミリオンは、言葉も振る舞いも何一つ自分がセルリアン人ではないと悟られるような真似をした覚えはなかった。


事実誰1人気づいていないはずだ。

まがりなりにも“運命の姫君”の警護に外国人を雇うはずなどなかった。


「違うの?」


不思議そうに美咲は聞き返す。


「いいから答えろ!」


聞き返された事に苛立って言葉がキツくなってしまう。


美咲はピクリと体を竦ませた。


その様子にハッとする。


「いや。すまない。・・・ただ、この国の人間でないとわかると解雇されると思って。」


バーミリオンの言い訳に美咲は納得したように頷く。

そんなの気にしなくて良いのにと言って笑った。


「バーンが嫌なら他の誰にも話したりしないわ。ママにもそう言っておくわね。・・・あのね、剣筋が違うのですって。」


美咲は得意そうに話す。


「普段はわからないけれどバーンが疲れたり必死だったりする時の剣筋は他の騎士のみんなと違うってママは言っていたわ。洞窟の中でわかったって。洞窟の中は私とママだけだったし、アッシュは見えないから他の人には、ばれていないと思うわよ。」


笑いながら言われる言葉に心の中で悪態をつく。

脳裏に洞窟の中で面白そうに自分を見ていた母の姿が思い浮かぶ。

既にあの時から気がついていたということか?!


「ママの趣味はスポーツ観戦だって言ったでしょう。」


明るく笑って美咲は言う。

随分元になっている型が違うみたいだからきっとセルリアンのものではないだろうと母は言ったのだそうだ。


バーミリオンにとっては笑い事ではなかった。

あるかないかもわからないような差を見破るだなんて、どこまで規格外なんだと思ってしまう。


「・・・どんな事が聞きたいんだ。」


低くバーミリオンは聞き返した。


「えっとね、コチニールの基幹産業って何?」


「基幹産業?」


バーミリオンは思わず、口をポカンと開けた。

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