召喚 1
”はじまり”が短かったので今日中に2話目を投稿します。
基本、毎朝4時に1話投稿します。
次は明日朝4時です。
高校2年の夏休み。
先生たちは口うるさく今から大学受験の準備をしろと言うけれど、毎日の勉強をそこそこ頑張って内申点を稼いで適当な大学へ学内推薦枠で入ろうと目論む美咲にとっては、進学補習さえこなせば夏休みはパラダイスだ。
美咲の入っている書道部は、平常でも週2日しか活動しない。当然暑い夏休みに部活をするわけもなかった。
毎日クーラーのガンガン効いた部屋に寝ころんで大好きなファンタジー小説を思う存分読める。
夏休みは至福の時間だった。
あんまりのんびりし過ぎかな?と、アルバイトも考えたのだが基本、美咲の通う高校はアルバイト禁止だ。美咲の家は母子家庭だから申請すれば許可されるとは思うのだが、母は「必要ないわよぉ。」と笑った。
美咲の父は美咲が物心つく前に病気で死んでしまった。
わずか19歳の若さでシングルマザーとなってしまった母は、苦労したのだろうが、その苦労を感じさせることのないおっとりとした性格をしている。
「保険金が結構でたのよ。」
母は笑って言う。
元々病気がちだった父は自分が長生きできないだろうといっぱい保険をかけておいてくれたのだそうだ。
その保険金で美咲を育てながら大学を卒業し、厚生面の充実したそこそこ大きな会社に就職した母の収入は、母子2人で暮らすには十分なものだった。
そして夏休みは母の夏季休暇を利用して親子2人の家族旅行を楽しむ時でもあった。
例年通り今年もワイワイ話し合って計画し、母の運転する車で出掛けたのだ。
海沿いの美しい景色を楽しんで走っていたはずだ。
確か・・・対向車線を走っていたトラックが中央分離帯を乗り越えて迫って来るのが見えて、母が急ハンドルをきった記憶がある。
美咲と母の乗った車は、ガードレールをブチ破って海へと落ちたはずだ。
美咲の記憶はそこまでだ。
(ママと一緒に居たから、ママまで召喚されちゃったの?)
そんなぁ!と思ってしまう。
それはもちろんあの状況で母だけ事故で死んでしまうのは絶対嫌だが、だからといって一緒に召喚とかあり得ない!
(だって、異世界トリップよ!女の子の夢と憧れよ!王子様がいて、騎士がいて美形で逆ハーレムなのよ!なのにママがいたんじゃ、あんな事もこんな事もできないじゃない!!)
正確には魔法使いは“王”と言っていたので王子様ではないようだが細かいことにこだわってはいられない。
“あんな事”や“こんな事”ってなに?と母が知ったら言うだろうが、今時の女の子の夢を母に理解してもらおうとは思わない。
(ともかく、落ち着かなくっちゃ!)
美咲は思う。
そしてできれば母だけ向こうに帰してもらうのだ!
「ママ。落ち着いて!」
美咲の呼びかけに、この状況でありながらあまり慌てたふうに見えない(むしろ“落ち着いて”の言葉は美咲の方に必要に思えた。)母が美咲の方を向く。
「美咲ぃ、良かったぁ大丈夫ぅ?怪我は無い?確かトラックを避けたのよねぇ?なのにどうしてこんな所にいるのかしら?・・・美咲の後ろの見るからに怪しそうな変質者はどなた?」
(変質者って・・・)
「ママ、失礼よ!多分この人たちは召喚魔法を使って、結果的に私たちを助けてくれた命の恩人よ。」
嘘では無いと思う。
相手に命を助ける気があったかどうかは疑問だが、結果的に美咲と母は助けてもらったことになるはずだ。
「まぁ、そうなの?」
感心したように母は言う。ついで召喚魔法?と不思議そうに呟いた。
「そうよ。多分ここは異世界なの。ママだって読んだことあるでしょう?異世界トリップファンタジー!私たち異世界に召喚されたのよ!」
母は驚いたように美咲を見た。
目をぱちくりと瞬いて・・・あきらかに全然わかっていない。
がっかりしながらも、なおも言い募ろうとした美咲の背後から2人を静観していた魔法使いが声をかけてくる。
「“運命の姫君”よ。お声をおかけしてよろしいですか?」
「!?あ、はい!どうぞ!」
慌てて美咲は振り向く。
だがそんな美咲を母はグィッと引っ張って自分の後ろに庇った。
「ママ!」
「変質者は危険よぉ。美咲は可愛いから側に近寄っちゃダメよ。ママの後ろにいなさい。」
おっとりしていてもやはり母は母ということか。
美咲を後ろに庇うと母は魔法使いと対峙した。
背中から緊張が伝わる。
(・・・ママ)
母の存在をちょっと疎ましく思っていたことを少し反省した。
魔法使いは、静かに頭を下げる。
「お初にお目にかかります。“運命の姫君”とそのお連れの御方様。私は“アッシュ”此度の召喚の役目を頂いた者です。まずは強引な召喚をお詫びいたします。」
落ち着いた声と丁重な言葉遣い。
母は少しほっとしたようだ。
「はじめまして、アッシュさん。何が何だかわからないから失礼になったら申し訳ないのですけれど、まず一つお願いしても良いですかぁ?」
母の言葉が落ち着いていることに美咲はホッとする。
いつもの調子でわけのわからない事を言い出したらどうしようと思っていたのだ。
考えてみれば母は大人だ。
初対面の人間に対しての最低限の礼儀はわきまえているはずだった。
「何なりと。」
アッシュは深く頭を下げる。
母はその頭をじっと見た。
「まず、そのフードを取ってくださる?若い子が部屋の中でも帽子をかぶっているのは、私は嫌いなんですぅ。第一顔も見えない相手とまともな話なんか、できないでしょう?」
「!ママ!!」
いきなりの相手へのダメ出しに、美咲は前言を撤回する。
・・・母は礼儀正しくするつもりなど全くないようだった。