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竜の谷 12

王の最後の言葉に美咲の頬が赤く染まる。


「随分あからさまな言葉ねぇ。あの調子だとぉ18禁用語もあったのじゃなぁい?」


だから年下は嫌なのよぉと母は呆れたように言った。


「まぁ18の男の子なんてあんなものかも知れないわよねぇ。」


あの超絶美形陛下を18の男の子扱いできる母の神経が信じられない。ふと気になって聞いてみる。


「ママの好みの男の人ってどんな人?」


「それはぁもちろん、青白い顔でベッドに寝ているくせに、ママのやる事を“馬鹿だな”って言って笑って許してくれる包容力のある薄幸の美青年よぉ。」


・・・それはひょっとしてひょっとしなくても、パパだろうか?

パパは病気がちで1日のほとんどをベッドで寝て過ごしていたと聞いたことがある。


(薄幸って・・・)


キャッと言って照れた母は美咲に、美咲の好みはぁ?と聞き返してくる。


「私・・・?」


(それはもちろん、イケメンで、恰好よくて強くて頼りがいがあって・・・)


条件反射で言葉が浮かび、それと同時にポン!と頭の中に朱色の映像が走った。


「!!?」


(えっ?えっ?・・・何今の?!)


美咲はボン!と真っ赤になる。

何故今自分が彼を思い出したのかわからない!


(違う!違う!!違うわ!!・・・王様の方が絶対美形だもん!そりゃ確かにバーンも美形だし格好良いし、私を助けてくれたけど!!)


頭の中の朱色の映像を一生懸命打ち消すために首をブンブンと横に振った。


「?・・・美咲?」


「な!何でもない!!絶対、何でもないから!!」


母は訝しそうに首を捻る。


「まぁ良いわ。王様に言いたい事は言ったし、ダサい腕輪は付けられちゃったけどストーカー行為は止められたし、言質も取ったわぁ。・・・休みましょう美咲、寝不足はお肌の大敵よぉ。」


母は未だ「違うから!」と何だか力説している美咲の手を取るとさっさと部屋から出て行こうとする。


『ママ!ママ!』


ぴーちゃんは話せるようになったのが余程嬉しいのか母の周りをクルクルと飛んで纏わりついている。もっともやはり生まれたばかりのヒヨコなのだろう“ママ”以外の言葉は話していなかった。

ポポは先ほど“ひめさま”と言ったきり言葉は発さず美咲の肩で小さくなっている。恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。


「姫君!ママ・・・」


アッシュが焦ったように声をかけてきた。

タンはまだ呆然と王の消えた円盤を見ている。

今の王と母のやりとりは彼らには思っても見なかった驚愕の出来事だったのだ。


母は仕方ないわねぇと美咲の手を離して2人の元に近づくと、躊躇いなく2人の手を取って部屋の外へと導いた。


2人共夢から醒めたように瞬きし、母に取られた自分の手を見詰めた。


「部屋に戻って休みましょう。寝て起きると感情って落ち着いてぇ冷静に考えられるものよぉ。大丈夫。予定は変わらないわぁ。とりあえず西へ向かって精霊と契約でしょう?・・・今はそれで良いのよぉ。」


激昂した時は一旦寝て起きろというのは母の持論だった。

美咲も案外効果があるのではないかと思っている。


母やアッシュたちの様子に、我に返って何とか気持ちを落ち着かせた美咲も3人の側に近寄って、2人に大丈夫?と声をかけながら部屋の外へと向かう。


2人共戸惑いながらも大丈夫ですと答えを返してきた。


「カイト!行くわよ。」


まだ竜王を肩に留まらせたままのカイトに声をかける。


『我々は少し話をしてから行く。先に戻れ。』


竜王が答えた。

親子で話があるのだろう。

美咲はわかりましたと先に部屋を出る。


「仲良し親子は良いわよねぇ。」


母が楽しそうに言っている声が最後に聞こえて、人間4人は外に出て部屋のドアがバタンと閉まった。




部屋の中には竜王と竜王子だけが残った。


竜王が竜王子の肩から離れスッと宙に浮く。


途端にカイトの体から力が抜けてガクリと膝をついた。

体がガクガクと震えている。


「・・・何だ、あれは?」


絞り出すように声を出した。


『あれが人間の王だ。』


静かに竜王が返す。


・・・竜王子は、人型を取った自分の両手を目の前に上げた。

手はブルブルと震えていた。

たった今まで自分にかかっていた圧倒的な覇気を思い出す。


(・・・立っているだけでやっとだった。)


竜の王族たる自分がこれ程のプレッシャーを受ける力。

竜王が自分の肩に留まり覇気を緩和してくれるのがもう少し遅ければ、確実に膝を屈していたであろう何もかもをも押しつぶすような凶暴な力を思いだし心が震える。


『お前はこの国に入る際に、(われ)が力を封印し、ただの魔獣として紛れ込ませたからあの王の力に直接触れるのは初めてだったな。』


・・・この力の荒れ狂う世界で、それらの力を抑え人間の生きる世界を創り出し守る力を持つ人間の王。


竜をして化け物じみていると思うその力の片鱗にカイトは初めて触れたのだった。

想像はしていたがこれ程のものとは思っていなかったというのが正直な感想だ。


・・・だが、それより何より恐ろしかったのは、その王の覇気の中で平気でいた美咲と母の2人だった。


アッシュとタンは王の臣下だ。

王の覇気は感じてもそれを恐れる必要はない。事実王の覇気もアッシュとタンには牙を剥かない。彼らにとって王の力は強くはあっても恐れる必要のない力なのだ。


問題は王の覇気をまるで無いものとしていた美咲と母だ。

力そのものを彼女たちは感じていないように見えた。


「異世界人だからか?」


呆然とカイトは呟く。


『そうではなかろう。』


竜王の答えに、では何故だと聞き返す。


『・・・お前は我の力を恐れるか?』


突然の竜王の問いにカイトは瞳を瞬かせる。


「何故俺が親父の力を恐れなければならない?」


竜王の強大な力は、しかしカイトを生み出した力だ。

恐れる必要はなかった。


『同じようなものかも知れぬ。王の力がこの世界に2人を連れて来た。要は生み出したも同然だ。この世界で自分を自分成らしめている力を恐れる必要は感じないのだろう。』


そんなものなのかとカイトは思う。

そう言われれば美咲は、竜や竜王の覇気には恐れを抱いていたようだった。


小さな姿の竜王が笑う気配がする。

カイトはあまり見たことのないその機嫌のよさそうな様子に目を瞠る。


『何にせよ我は満足だ。我の契約者は我の期待を裏切らない。・・・怖いな。我はあの主のためならどんな愚かな真似でもできそうだ。』


怖いと言いながら竜王は酷く嬉しそうだった。


今更だろうとカイトは思う。

竜王ともあろうものがこんな小さな姿になって、あまつさえ鍋の中になど入っているのだ。あれを愚かな真似と言わずに何を愚かだと言うのだろう?


・・・竜王はわかっていない我が子に内心ため息をつく。


自分は主が望むなら眷属をも屠ると言ったのだ。

その意味を我が子は本当にはわかっていない。

スレートやネール、オーカーなどは流石に理解して、早々にもう二度と母に乗ってくれと願う事はしないと竜王に約してきた。

あれらに比べれば年若い分、致し方ないかと思いながら竜王は息子に問うた。


『お前はどうだ、我が子よ。お前の契約者にお前は満足しているか?』


カイトは美咲の姿を思い浮かべる。


自分を助けた人間の女。

小さく弱く、しかし優しい少女。

竜王の覇気に恐れを抱きながらも必死に立って見返していた姿を思い出すと自然と笑みが浮かぶ。


自分の竜玉を取り戻してくれた。


人間の王の前で頬を染める姿は見ていてイライラした。

・・・あんな可愛い顔は自分の前でだけすればいい。


たまらなく独占欲と庇護欲を煽られる存在。


・・・本来竜はとてつもなく嫉妬深い生き物だ。


手に入れた宝は己の内に抱え込んで誰にも見せず、自分の巣に数百年単位で引き籠もっていたい。


・・・しかし、美咲は人間だ。


人間は脆い。

体のみではなくその心も、いとも簡単に壊れてしまう。

竜は数多の人間の犠牲の上でその事実を学んでいた。


「シディに不満は無い。あるとすれば巣に連れ込んで独り占めできないことぐらいだ。」


『・・・止めておけ。そんなことをすれば、我の主が黙っていない。主の命であれば、我はお前と戦うことを躊躇わないぞ。』


カイトは父の言葉に従う意を返す。まだまだ自分は父には到底敵わない。何より美咲自身を損なうかもしれない行為をするつもりはなかった。


「俺は、ママに全面協力する。シディをあの王の伴侶にしない方法があるのなら何でもやる。」


それは竜王が望んでいたとおりの言葉だった。


竜王は満足そうに笑うと息子の肩に舞い戻る。


『では戻ろう。我らの愛しい主の元に。』


竜王の言葉は深く、低く、静かに小城の夜陰に溶けた。

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