竜の谷 11
12月26日誤字を直しました。
母の言葉に美咲は呆然とする。
・・・確かにそうだ。異世界に召喚された勇者は魔王を倒す。
しかし、そんな?!と美咲は思う。
アッシュもタンも、いや誰1人そんな素振りは見せなかった。
現に2人とも愕然としている。寝耳に水といった様子だ。
カイトも眉を顰めている。
「その情報は竜王からですか?」
しかし王は、何一つ慌てている様子を見せなかった。
まるで母の言う事が本当だとでもいうように・・・
「違うわよぉ。そんなものちょっと考えればわかるでしょう。“未だかつてないほどの強大な力を持つ”貴方が王玉の側から本当に離れられない事態。・・・即位して3年、なんだかんだと理由をつけて結婚から逃げていた若者が、急にそのリスクを冒しても力を得たいと望む理由。・・・この世界は貴方の箱庭だわぁ。その大切な箱庭を何らかの脅威が襲っているとしか考えられないでしょう?」
常識よねぇと母は言うが、言われた誰1人頷くことができない。
もう!ノリが悪いんだからぁと母は口を尖らせる。
可愛いその仕草を素直に可愛いと思える者は、もはやいなかった。
「魔獣もぉ、聖獣もぉ、人間には好意的かぁ興味の対象外。精霊はぁ強い思いに引き摺られる・・・つまりぃ強い思いを持つ者につくことはあっても自分からは動かない存在。だとすればぁ残るのは魔物よねぇ?そんじょそこらの魔物に貴方が手こずるなんて考えられないからぁ相手は魔王クラス。・・・違う?」
ねぇ美咲、そう教えてくれたわよねぇ?と母は聞いてくる。
確かにエクリュから教えられたこの世界の生き物について、母に「復習を兼ねてママに教えてごらんなさい。」と強要されて話した覚えはある。
アッシュの話と自分の話からこんな荒唐無稽な事を母は考えついたというのだろうか?
・・・それが本当に荒唐無稽なら良かったのに。
「・・・そうですね。貴女に本当にそんなことが可能ならば、美咲をこの世界に留める必要はなくなりますね。」
(!・・・それって)
王は母を肯定する返事をした!
「もっとも、一番簡単な方法は私が伴侶を迎え完全な力を得て“魔王”を撃退することですが。」
「簡単だとは思わないわぁ。その場合漏れなく私の反抗がついてくるからぁ。」
母と王の視線が絡み合い・・・やがて王がスッと目を逸らせた。
その瞳がどんな色を浮かべているのか、とても気になる。
「わかりました。・・・では、ひとつ試験をしましょう。貴女にそれほどの力があるかどうかの腕試しです。」
「陛下!!」
今まで呆然としていたタンがたまらず声を上げた。
切羽詰まった悲鳴のような声を、しかし王は軽くいなす。
「タン、アッシュ、黙っていて悪かったね。心配かけたくなかったのだよ。どのみち私が伴侶を得れば解決する問題だったからね。」
悪びれない王の態度に2人は言葉を失う。
「だからぁ、腹黒バリトンボイスだって言ったでしょう。」
母は憮然とする。
「これから美咲には西に向かってもらいコチニールとの国境沿いにある山奥で精霊との契約をしてもらいます。その際、貴女はコチニールを平定してきてください。」
まるで買い物ついでに自分の欲しいモノを頼むかのようだった。
母は顔を顰める。
「嫌ぁよぉ。私、国なんか欲しくないわぁ。」
平定するのが無理だというのではなく、嫌なのだと母は言う。
「当面でかまいませんよ。全て終わればセルリアンに併合します。・・・それともできませんか?」
国一つの行く末が何でも無いことのようだった。
その姿に美咲は思わず寒気を覚える。
先ほどから王の印象が何度も変わりそれに美咲は戸惑ってしまう。
出会った時の慈愛に満ちた優しい微笑み。
つい先ほどの熱の籠もった熱い瞳。
そして今の冷たい為政者の顔。
どれが本当の顔なのだろうか・・・
不安が胸にせり上がる。
自分はこの人の伴侶となって生涯を共にできるのだろうか?
王の挑発に母はのらなかった。
国一つ平定しての責任は流石に追うのは大きいのだろう。
なおも渋る母に、
『・・・試験を受けてやれ。お前になら簡単なことだろう。我もついている。国の統治など、なんとでもなる。』
今まで黙って静観していた竜王が声をかけた。
王は母の腕に抱かれた小さな竜を見た。
「これは、竜王。随分可愛くおなりですね。・・・しかも私の国に入る際、強すぎる力の一部を封印した玉を取り戻していらっしゃる。それは盟約違反ではないのですか?」
『盟約は国に入る際に力を封じると約したもの。入って後の事は約した覚えはない。』
竜王は詭弁ともいうべき言葉を返す。
ついで、
『この姿は我が主が望んだもの。我も気に入っている。ママは柔らかくあたたかい。・・・羨ましいか?』
どこのエロおやじかというような発言をかましてくれた。
美咲はびっくりする。
カイトも嫌そうに「親父!」と怒りつけた。
「・・・確かにそれは羨ましいですね。」
冷静に返す王の言葉はジョークなのだと信じたい。
「・・・それで答えは?試験を受けますか?」
竜王の詭弁はどうでも良いようにさらりと流して母に返事を迫ってくる。
母は渋々頷いた。
「仕方ないわねぇ。その代わりコチニールを平定したら、私にぃ魔王討伐をやらせるのよぉ。」
「ママ!!」
何て事をと美咲は思う。
「大丈夫よぉ。ママが絶対美咲を悪の王様から助け出してあげるからぁ。」
いやいや、別に誰も助けてくれなんて言っていない!それに誰が悪の王様なの?
一体いつの間にそんな話になったのかと美咲は思う。
「ママ!危険な真似は止めて!」
それでも何が何でも止めなければと思う。
「王様も止めてください!ママはこう見えても普通の一般人なんです!戦いとかやった事なんて無いんです!国の平定なんか無理だし、魔王退治なんて絶対ダメです!!」
美咲は必死に言い募った。
自分のために母が危険なことをするなんて絶対嫌だった。
「美咲ったらぁ!なぁ〜んて優しい娘なのぉ!!」
感極まった母は、竜王をポンと放り出し美咲にギュッと抱きついた。
不満そうな竜王はわざと王の映像の中を突っ切り映像を乱れさせてからカイトの肩に留まった。
カイトは嫌そうに身じろぎするが王に耳を甘噛みされて「止めろ!クソ親父!」と怒鳴って大人しくなった。
「うちと同じ、仲良し親子ねぇ。」
母は嬉しそうだった。
「大丈夫よぉ、美咲。・・・ママはねぇ、美咲が心から愛し合った人と一緒になりたいというのなら異世界永住でも全然反対しないわよぉ。でもぉ今みたいに、無理矢理や同情が理由なら賛成できないわぁ。美咲には自分の意志で愛する人と世界一幸せなお嫁さんになって欲しいの。そのためならママは何でもできるわぁ。ママにはぴーちゃんもたっちゃんもいるし、アッシュやタンたちも協力してくれるわぁ。心配なんて何にもないの。危険なことなんてこれっぽっちもするつもりはないわよぉ。」
ね、と母が言えば、ぴーちゃんがぴぃぴぃと鳴きながら母の周りを飛び回る。
竜王は力強く頷く。
アッシュとタンは心配そうにしながら、それはもちろん全力で力になりますが・・・と、しかしできれば母に止めてもらいたい思いを込めながら答えた。
「それでは決まりですね。・・・そうは言っても貴女は姫の大切な母君です。無理はなさらず何時でも止めて良いのですよ。私もできる範囲でお手伝いします。何でも仰ってください。」
鷹揚に王は笑う。
母もふわりと笑った。
「だったら、早速お願いするわぁ。」
母の手が飛び回っていたぴーちゃんの尾羽をガシッと掴む!
びっくりして硬直しぷらぷらぶら下がるぴーちゃんをつけたまま、クジャクの羽のような尻尾を王の目の前に突き出した。
「この“監視カメラ”をとっとと解除しなさい!ポポの耳の“盗聴器”も今すぐはずしなさい!!」
王を怒鳴りつけた!!
「?・・・えっ?」
母が何を言っているのかわからずに美咲は呆然とする。
アッシュやタンもびっくりして固まっていた。
(“監視カメラ“?”盗聴器“?)
確かにぴーちゃんの尾羽は目玉のような模様だし、ポポの耳はとっても大きいけれど・・・
「断りも無しにこんなものを付けるだなんて!貴方のやっているのはストーカー行為よ!私たちの世界では立派な犯罪なのよ!!」
「この世界では、私が法です。」
母の剣幕に王は落ち着いて返す。
(・・・って、認めるのぉ?!)
美咲は心の中で悲鳴を上げた。
「困りましたね。・・・どうして気づきました?」
困ったように王は言うが困る方向性が違うと思う!
「私たちが最初に召喚した魔獣に、目がついていたり耳が大きかったりなんて、あからさま過ぎでしょう!」
何を考えているの?!と母は叱りつける。
「・・・しかし、目や耳がないと貴女たちが危機に陥ったときに助けられなくなりますが。」
「美咲が攫われた時には助けてくれなかったくせに!」
「姫は少々危機意識が足りませんでしたからね。・・・多少危険な目に遇った方が身に染みるでしょう?」
本当に危険な時は助けるつもりでしたよと王は言う。
あんまりな事実に美咲は口をぱくぱくして言葉が出なかった。
「そういう教育は母親の私がもっと穏便にやるから手を出さないで!美咲は本当に怖かったのよ!」
母はもう一度美咲をぎゅうっと抱き締めて、可哀相にと頭をぐりぐりと撫でてくる。
「・・・甘やかしすぎです。」
「貴方に余計な口出しをされたくないわ!」
自分を挟んで睨み合うのは止めて欲しいと美咲は思う。
「ともかく!たっちゃんもかっちゃんもいるから監視は必要ないわ!今すぐ目と耳を外しなさい!!」
だから、カイトをかっちゃんにするなと母に言いたいが、グッと堪える。
確かに監視は止めて欲しい。
・・・というか、この美形の王様に今まで全て見られて全て聞かれていたというのだろうか?
恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。
わかっていたのなら教えて欲しかったと母を恨めしそうに見るが、多分そんなことを言われても自分は信じなかっただろうなという自覚があるので強く言えない。
そう言えばお風呂やトイレに母がぴーちゃんを連れていくことは決してなかった。
いつも母べったりのぴーちゃんも流石にその時だけは良い子で待っていた。
美咲が着替えている時にはぴーちゃんの尻尾は見えていなかったような気もする。
しかし、だらしない格好をしたり、弱音を吐いたり、我が儘を言ったり、見たり聞かれたりしているとわかれば絶対しないような真似をいろいろしてしまった覚えがある。
王は渋っていたが、母に睨まれ美咲に涙目で見られて仕方なくぴーちゃんとポポに向かって手をかざす。
ぽうっという光がぴーちゃんとポポを包むと2匹から浮かび上がって離れた。
ぴーちゃんもポポも体をぶるぶると震わせる。
「・・・ママ!」
ぴーちゃんが喋った!?
「ひめさま。」
ポポも声を出す。
「えっ?・・・話せるの?」
母はジトッと王を見る。
「話されては困りましたからね。」
悪びれずに王は自分が2匹の言葉を封じていたことを認めた。
しかも浮かび上がらせた光を一旦自分の手に戻すとそのままそれをこちらに向かって投げた?!
光は、母が美咲を庇うように上げた腕に蛇のように絡みつく。そのまま手首に移動するとそこに巻き付いて、金色の腕輪の形状をとって落ち着いた。
おや、外れてしまった。と言った王は美咲を狙っていたのだろうか?
王は実体ではなく映像のはずなのに力が操れるなんて・・・どれだけ凄い力なのかと驚いてしまう。
「目と耳の代わりです。連絡ツールになっています。必ず毎晩寝る前に私にその日の出来事について連絡をください。」
「えっ?」
「・・・何、その定時連絡?貴方はぁ単身赴任の父親なのぉ?」
呆れたような母にも王の美しい笑みは揺るがない。
「嫌なら目と耳に戻します。」
母は忌々しそうに黙り込む。
「・・・報告は美咲、貴女も一緒にしてください。貴女の可愛い声が聞きたい。」
魅惑のバリトンボイスでそんな風にお願いされてしまえば、その前の何もかもをも全て忘れ美咲は、はい!と答えてしまう。
本当に美咲ったらぁ美形に弱いんだからぁと嘆く母の声は、美咲の耳には届いても頭の中には届かなかった。
王の映像がユラリと揺らぐ。
「・・・時間が来たようですね。」
少し残念そうに王が呟く。
「アッシュ、タン今後も彼女たちを守るように。・・・竜王、非常に不本意ですが貴方の力を頼みます。彼女たちを絶対無事に私の元に連れて来てください。」
『それを主が望むのならば。』
竜王は答えた。
あくまで王の頼みに答えるのではなく、自分の主の望みを叶えるのだと竜王は答える。
「結果が同じであ・ば、そ・でかまい・・せん。」
王の姿はますますぶれる。
バリトンボイスもとぎれとぎれになった。
「姿が・・て嬉・・会いた・・・・会って抱・・・朝ま・離さ・・・愛・・・」
揺らぐ王の姿が半透明な円盤に吸収され、声も消える。
静けさが部屋に満ちた。




