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竜の谷 10

メリークリスマス!

その夜、竜の谷の小城の1室に美咲と母、アッシュとタン、竜王と竜王子が顔を揃える。美咲と母はそれぞれポポとぴーちゃんを連れている。竜王子は人型をとり竜王は小さな姿のまま母の腕に抱かれていた。


部屋の奥側に直径1メートルほどの半透明な円盤状の物体が鎮座している。

皆そちらを見ていた。


『来る。』


竜王が静かに言葉を発する。


円盤が光を帯びてカッ!と光を放つ。

その光がおさまった時、円盤の上に一人の人物が立っていた。


アッシュとタンがその場に跪く。深く頭を下げた。


母は面白くなさそうにその様子を眺める。


美咲は・・・ほう〜っと息を吐いた。


円盤の上の王は、映像とは思えない程にリアリティに満ち想像以上に美しかった。


肩口までの流れるような金の髪。

完璧なシンメトリーを描く人間離れした美貌。

誰もが理想に思う、目の大きさ、鼻の形、魅惑的な唇。

個々の好みを超えて、見た者全員が美しいと思う神々の持つ奇跡がそこにあった。

すらりと背が高く力強さとしなやかさを感じさせる体格も威厳と神秘性に満ちた雰囲気もどこにも非の打ちどころが一点も無い。これが18歳の若者だとはとても思えなかった。


美咲はただただ見惚れるしかない。


深い輝きを湛える碧の瞳が美咲をとらえた。

まるで春の木漏れ日のような慈愛に満ちた微笑みを王は浮かべる。


「ようやく会えた・・・私を解放してくれる姫。ずっとこの時を夢見てきた。」


母の言葉どおりの魅惑のバリトンボイスだった。


「は、はじめまして!」


美咲の声は焦って上ずる。


王は美しい笑みを深くした。


「はじめまして、美咲。・・・まず、貴女を無理矢理召喚した事を謝らせてください。」


深い響きを持つ声が耳を擽る。


「い、いいえ!そんな!」


名前を呼ばれて美咲はますます焦った。こんなキレイな人が自分と話していて、自分に謝るだなんて有り得ない!


「貴女の都合も考えず、見も知らぬ世界に引き込んだのは間違いようのない私の罪です。どれほど謝罪をしてもしきれない。しかも私は、貴女を一生この世界に留め置こうとしている。本来ならば、願うことすら叶わぬほどの大罪を望む私を許してください。」


碧の瞳が哀しそうに伏せられ、王は静かに頭を下げた。


その儚げな姿に美咲は慌てる。


「そんな!事情はアッシュに聞きました。仕方の無いことだと思います。それに私とそれ程年も変わらないのに、この国を1人で守っているのでしょう?すごくたいへんな事だと思います!・・・私にできることならお手伝いします!させてください!」


美咲の言葉に少し驚いたように頭を上げた王は、ホッとしたような表情を浮かべる。


「私にそんな事を言ってくれた人は初めてです。・・・優しいのですね。」


囁かれる声はうっとりするほど魅力的だった。


天にも昇れそうな心地の中で、何故か以前同じセリフを言われたことを思い出す。


・・・優しいんだな。


そう言ったのはバーミリオンだ。

朱色の髪と瞳をした男を思い出す。

バーミリオンは美咲と離れることを渋ったが、当然のようにこの場には同席を許されなかった。


同じセリフでも声が違った。


バーミリオンの声は王の声より幾分高く響く。

バリトンボイスも魅力的だが、バーミリオンの声は声で美咲の耳に心地よい。


(背の高さは同じくらいなのに・・・)


喉の太さが違うのだろうかと美咲は思う。

背の高さは同じでもバーミリオンは王より少しがっしりしている。

美咲を抱き上げた腕は力強く逞しかった。


(私を抱いて走ってもびくともしなかった。)


洞窟の泉で抱き上げられた時の事を思い出して美咲は赤くなる。自分1人の体重などものともしない男の人の腕だった。


王は18歳。バーミリオンはおそらく20歳ほどだ。

未だ少年の線の細さが王にはある。年齢の違いが体格の違いにでるのだろう。

決して王に男らしさがないわけではないが、王はあまりに美しすぎてどこか人間離れして見えた。

この王が自分を抱き上げるなど想像もできなかった。


抱き上げられて間近で見たバーミリオンの顔も王ほどではないが整っていたなと美咲は思う。


(もちろん!断然、王様の方が美形だけど!)


比べるまでもないと思う。


バーミリオンの朱い目は少しキツくて黙って睨まれると怖い。

顔や手足もよく見れば傷跡が残っていて決して普通の一般人とは思えない。


(でも、バーンは笑うとステキなのよね。)


美咲には反則技に思えてしまうバーミリオンの笑顔を思い出し、再び頬が赤くなってしまう。


1人で百面相をしている美咲を王は暖かい目で見ていたが、やがて視線をアッシュとタンに移す。


「ご苦労だったね。よく無事にここまで導いてくれた。今後も王城までよろしく頼む。」


「はっ!」


2人とも一層深く頭を下げる。


その様子を見る美咲の母の目つきは、これ以上無いほどに悪くなっていた。


『あまり機嫌を損ねるな。我らはともかく魔獣は気配に敏感だ。不安が伝染する。』


苦笑したように竜王が母に話しかける。


確かにポポは毛を逆立て始めていた。

カイトも多少居心地悪そうに顔を顰めている。


「まぁ、ごめんなさい。」


びっくりしたように母は言って、腕の中の竜王に向かって笑いかけた。


王は一瞬表情を消してその母を見た。


何故か部屋の温度が下がったような気がする。


「・・・お久しぶりです。召喚の時に話して以来ですね。」


魅惑のバリトンボイスが部屋に響く。


王は一瞬の無表情を一切感じさせずに美しく微笑み、母もまた魅惑的な笑みで王を見詰めた。


「私には、謝罪しないのぉ?」


「ママ!何を言っているの!ママは来なくて良いって言われたのを無理について来たんでしょう?謝ってもらうようなことは何もないじゃない!」


美咲は慌てて怒鳴った。


もう、何を言っているのだと思ってしまう。

母はその事ばかりじゃないんだけどぉとちょっと不満そうに頬を膨らませる。


王は2人の様子に少し笑った。


思わず母を叱りつけてしまった美咲は、まずいと思って恐る恐る王の様子を伺う・・・


(・・・!!)


王の碧の瞳に浮かぶ甘い輝きに思わず体が震えた。

まるで蕩けそうな熱の籠もった瞳がじっとこちらを見詰めていた。


美咲の様子に気づいた王は、恥ずかしそうに顔を伏せる。


まぁ良いわぁと言う母の声に我に返った。


神様みたいに神秘的な王があんなに情熱的な瞳をするなんて信じられなかった。


母は王を睨みながら言葉を続ける。


「貴方みたいな人にはぁ、文句って言っても無駄なのよねぇ。そんな不毛な事しないわぁ。それより提案なんだけどぉ・・・」


母は王に負けないくらい、この上なく美しく笑った。





「・・・貴方の“敵”をやっつけてあげたらぁ、美咲を元の世界に返してくれるぅ?」





「!!?」


言った母と言われた王、母の腕の中の竜王以外の全てが驚愕に目を見開く!


「・・・“敵”とは?」


静かに王は聞き返した。


「いやあねぇ。“魔王”に決まっているでしょう。」


コロコロと母は笑った。


「マ・・・ママ?」


「美咲ったらぁ異世界トリップの常識を忘れたのぉ?・・・召喚された勇者はぁ“魔王”を倒すのよぉ。」


甘ったるい母の声が、部屋の中に響いた。

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― 新着の感想 ―
ほんと娘がバカすぎて
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