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竜の谷 9

厨房の人間は皆パニック寸前だった。


竜の谷の湖畔に建つ小さな城は、竜との契約を望む人間たちの逗留所も兼ねている建物だ。

竜との契約を望むのは、騎士や魔法使い。時には高位貴族や王族なども谷を訪れる事もあり、それらの客を出迎える城の人間は訓練された一流の使用人たちだ。

当然厨房で働く者も例外ではないのだが・・・彼らはかつてない事態に混乱の極みにあった。


食堂の窓際の小さなテーブルに2人の女性が座っている。

窓からは湖が一望でき、その美しさと雄大さを2人は存分に堪能し感心している。


それは良い。


美しい女性2人に使用人の誰一人文句のあるものはいない。


問題は・・・女性たちのテーブルに大きめのマグカップが1つと鍋が2つ(流石に土鍋はなかったが煮込み料理を作る厚手の小さな鍋が用意された。)並んでいてハンカチを敷いたその中に赤と青と白の生き物がそれぞれ入っていることだった。


マグカップの中には真っ赤なヒヨコのような鳥。

鍋の中には鮮やかな空色の小さな竜と真っ白な綿毛のようなノルボがそれぞれ収まっている。


「見て見てぇ!やっぱり可愛いわよねぇ。」


「もう!ママったら。ポポは貸してあげただけよ。・・・まぁ確かに可愛いけれど。写メ撮りたかったな。どうして携帯持ってこられなかったのかしら?」


「持ってきていても、とうに電池が切れているでしょう?美咲はぁそういうところはぁ無計画なんだからぁ。」


2人の会話は厨房の者たちにはさっぱり理解できない。

そしてそれ以上に理解できないのは魔獣や竜を食器に入れようという感覚だった。


一体何故?

あの行為には何か意味があるのだろうか?

何かのお呪いか、厄除けなのか?


厨房の者たちの謎は深まるばかりだ。


それに加えて信じられない話を聞いた。


・・・あの赤い鳥が神獣で、青い小さな竜は竜王だというのだ。


ないない!それだけは絶対ない!!!


彼らの良識にかけて決してあってはならないことだと思うのに、女性2人を遠巻きにして青ざめている騎士や人型をとった竜の姿が彼らの疑惑を否定してくれない。


息も詰まるような緊張(女性2人のテーブルを除く)の中にフードのついた灰色のローブを被った人物が女性2人に近づいた。


「まぁ、アッシュダメよぉ。何度言ったらわかるのぉ?屋内ではフードを被ってはいけないわぁ。貴方の目なんか、そんなにみんな気にしないわよぉ。他人って自分が思うより気にしていないものなのよぉ。」


・・・残念ながら今この時に限っては、女性の言葉は間違っている。


フードを深く被った人物は、この国では知らぬ者の無い、王に仕える魔法使い。ずば抜けた実力と盲目とは思えない行動力、深い知識に裏打ちされた鋭い言葉で若くして王の右腕とも呼ばれる側近だった。


彼の見えない瞳に見据えられることを誰もが畏怖する。

フードを被っていてくれることはありがたいことだった。


なのに栗色の髪をした女性は、立ち上がると頭を屈めた灰色の魔法使いのフードを優しくおろす。

フードの中から灰色の髪がサラサラとこぼれ落ちた。

端正な美しい顔が露わになる。


女性は満足そうに笑った。


「その方がぁずっと良いわよぉ。ねぇ、美咲?」


「うん!もちろん!」


もう一人の女性も笑って頷いて・・・信じられないことに、灰色の魔法使いは頬を赤く染めた。


(!!・・・)


厨房の中に声にならない悲鳴があがる!


魔法使いはその立場上、竜との連絡やらなにやらでこの城に立ち寄ることも多い。

しかし今までこんな姿は見たことが無かった。

いつでも落ち着いた冷静な態度・・・悪く言えば人を見下した冷たい態度にも見える姿しか城の者たちは知らなかった。


こんな、はじらって嬉しそうに笑う姿は天変地異の前触れとしか思えない!


周囲に動揺を与えた魔法使いは、しかしその表情を引き締め緊張した面持ちで女性2人に話しかける。


「陛下と連絡がとれました。映像だけになりますが今夜お2人とお話がしたいそうです。」


映像だけってテレビ電話みたいなものだろうか?


女性2人は同じように目を見開く。

しかしその後の反応は見事に2つに分かれた。


黒髪の少女はパァ〜ッと表情を晴れさせると頬を染めて花が咲くように笑う。


栗色の髪の女性は見る見る顔を曇らせて面白くないように唇をかんだ。


「私がぁ、たっちゃんと契約したせいぃ?」


「それもありますが、元々この谷は王城との連絡が取りやすい地なのです。条件さえ整えば此処で連絡を取り合う予定でした。」


アッシュの言葉にも母は胡散臭そうな表情を隠さない。


「何でママが竜王さんと契約すると王様に連絡するの?」


美咲は不思議そうに口を挟む。


流石に母以外の人間は、竜王を“たっちゃん”と呼ぶことはできなかった。

美咲は考えた末に“竜王さん”と呼ぶことにして、他の者は“竜王様”と呼んでいた。母は何だか不満そうだったが、皆に涙目でそうさせてくださいとお願いされて渋々了承した。(もちろんカイトは“親父”と呼んでいる。)


「たっちゃんは一応竜のお偉いさんだものぉ、お偉いさん同士お互いの動向は知りたいものじゃないのぉ?」


母の返事に美咲はそんなものかと思う。


「王室外交みたいなもの?」


そうねぇと母が言うので美咲は納得する。


アッシュは自分たちがワザと母から魔法や知識を遠ざけて王に逆らう力を与えないようにしていたことを美咲に黙っていてくれている母に感謝の眼差しを向ける。

そんなことを知れば美咲の王への印象が悪くなる恐れがある。

母としてみれば、そんな大人の嫌な事情を(もっとも王は18歳だが・・・本当に嫌な奴だと母は思う。)娘にわざわざ教えるつもりはない。

王との連絡などゴメンこうむりたかった。


「今夜は朔です。月の力の影響がないので連絡が取りやすいのです。陛下も姫君とお会いできるのを楽しみにしておいででした。」


(あの、美貌の王様が・・・)


美咲は期待に胸が高鳴るのを止められない。

絵姿だけでもあんなに美形なのだ。映像はどれほどのものだろう。

しかも直接話ができる。母の言う魅惑のバリトンボイスが聞けるのだ!


「・・・私も楽しみです。」


本当は悶えまくって踊り出したい気持ちを抑え小さな声で恥ずかしそうに返事をする。


アッシュは満足そうに笑った。


母は何が気にいらないのか不機嫌そのものだ。


「私はぁ、お話なんかないわよぉ。」


心底嫌そうに言った。


「ママ!バリトンボイスなのよ!!」


「声だけ良くってもぉダメなのよねぇ。」


「え〜っ、なんで?」


「ママは、年下趣味は無いんだって言ったでしょう。」


母子の会話にアッシュが割って入る。


「ママもぜひご同席願います。陛下はお2人にと言っておられました。」


「私にはぁ用はないのよ。」


「そう仰らずに。お願いします。」


深々とアッシュは頭を下げる。


母は仕方なさそうに肩を竦めた。


「まぁ良いわぁ。アッシュが八つ当たりされたら可哀相だし・・・」


アッシュはそんなことはありませんと首を横に振る。


「・・・いろいろ言ってやりたいこともあるしぃ、そうねぇ、今後のことをじっくり話し合っても良いわよねぇ。」


母はニコリと笑う。


何故か寒気が走り、美咲は体を震わせる。

ポポもぷるぷると身震いし、入れられていた鍋から飛び出て美咲の肩に飛び乗った。

遠巻きにしていた騎士たちの中でも気配に敏感な者たちがザッと壁際まで後退した。

厨房の何人かは堪えきれず失神した。


『・・・怯えているぞ。止めてやれ。』


鍋の中から竜王が呆れたように声をかける。


「あらぁ!」


母は驚いたように周囲を見渡した。


蒼白な顔ながらその場に留まっていたアッシュがもう一度頭を下げた。


「・・・お願いします。」


母はわかったわぁと、今度は普通に笑う。


「大丈夫よぉ。・・・会ったらぁ簀巻きにしたいとかぁ、切り刻みたいとかぁ、ぴーちゃんで丸焼きにしたいとか思っていても映像だからできないんだしぃ。」


・・・しかし、言ってる内容は普通ではなかった。


「ママ!そんな酷いこと考えてるの?!」


美咲が非難の声を上げる。


「酷くないわよぉ。ぴーちゃんがフェニックスなら、ぴーちゃんで丸焼きすれば蘇るのよぉ、どんなに痛めつけても平気だわぁ。・・・そういう意味ではぴーちゃんって役立つわよねぇ。」


マグカップの中でぴーちゃんが何だか偉そうに胸を張る。


美咲はそう言われればそうかと納得しそうになり、ハッと我に返るとそういう問題ではないのだと母に抗議する。


母はうるさそうに、はいはいと頷いて、美咲ったら本当に優しい娘ねぇと言って美咲を抱き締めた。




厨房の人間は、やっぱり皆パニック寸前だった。

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