竜の谷 7
12月22日助詞の誤りを訂正しました。
荒い息をついていたアッシュがドサリと地面に倒れる。
「まぁっ!大丈夫ぅ?」
母は多分慌ててはいるのだろうがとてもそう思えない声をあげて、アッシュの傍らに座ると、地面についていたアッシュの頭を自分の膝の上に乗せてやった。
・・・膝まくらである。
アッシュは、自分の頭の下の柔らかな感触に驚いた。
それが何かに気がついて、顔色が悪いのに頬を染めるという複雑な状態におちいる。
「よく頑張ったわねぇ。偉いわぁ。」
母はアッシュの灰色の髪を優しく撫でてやりますますアッシュを追い詰めたが、それを気にもとめず、いまだ抱き上げられたままの美咲の手の青い玉に目をやった。
「上手くいったみたいねぇ。でもぉどうして2つも持っているのぉ?」
美咲は昔から欲張りやさんのところがあるわよねぇと何だか懐かしそうに言われてしまい、美咲は慌てて否定する。
「違うわよ!だってどっちが本当の竜玉だかわからないじゃない!せっかく苦労したのに、はずれだったら嫌でしょう!」
まぁそれは確かにねと母は納得したように同意する。
「・・・重い。」
それまで黙っていたバーミリオンがポツリと呟いた。
美咲がカァーッと赤くなる。
「まぁあ!最低っ!!女の子に対してなんてことを言うの!!」
母が憤慨して怒鳴るので美咲は声を上げ損ねた。
「・・・降ろして。」
小さな声で呟く。
バーミリオンは母の抗議に憮然としたように答えた。
「違う。重いのはシディの持っている竜玉だ。・・・ゆっくり降ろすから気をつけてそいつを下に置け。下手をすると手を痛めるぞ。」
そう言うと本当にゆっくりと大切そうに美咲を地面に降ろしてくれる。
美咲はそのガラスを扱うような優しい扱いになかばうっとりとして地面に降り立ち・・・グンッ!と手にかかった片方の玉の重さに慌てて手を離した!
ゴン!!と音を立てて地面に落ちた玉は(足に直撃しそうになったバーミリオンは慌てて避けて、だから気をつけろと言っただろう!と美咲を怒鳴りつけた。)そのままゴロゴロと転がって母の座り込んでいる脇に近づいて止まった。
「美咲ったらぁ大丈夫?」
竜玉には目もくれないで母は美咲にたずねる。
「あ、うん。大丈夫だけど・・・」
「アッシュはぁ?」
「あ、はい。大丈夫です。」
アッシュは答えて慌てて体を起こす。
母にありがとうございますと礼を言い、母がこんな事くらいなら何時でもしてあげるわよぉと返したのでますます顔を赤らめた。
母は、よいしょと言いながら立ち上がる。
母の傍にあった玉はコロンと転がって母の足にぶつかった。
・・・何となくお互い牽制するような微妙な空気がその場に流れる。
「・・・ママ、その竜玉を拾ってくれない?」
「嫌よ!重いのでしょう?」
母は言下に断る。
しかし、美咲には確信があった。
多分あの玉は母にしか拾えない。
だって美咲が落とした場所から母の居る場所へは坂が上っているのだ!
普通であれば玉が転がっていくことなどありえない。
誰も動かない膠着状態に、アッシュが意を決したように玉に手を伸ばす。
しかし、バチッ!という音を立てて手と玉の間に火花が生まれアッシュの手がはじかれる。
・・・玉は明らかにアッシュを拒絶していた。
母の足には衝撃はない。
先刻足に当たった時も火花のひとつも上がらなかった。
「・・・ママ。」
「嫌よぉ!そんな何かのフラグの立ちそうな事、絶対ごめんだわぁ!」
・・・何故母がフラグなんて言葉を知っているのだろう?
「でも、ママ、竜玉を手に入れないと、この洞窟イベントはクリアできないのよ。」
フラグ?イベント?クリア?とバーミリオンが呟く。
「竜玉なら、美咲が持っているじゃない!」
「でも、何にも起こらないわ!これで終わりなら私たち元の場所にもどれるはずでしょう?」
美咲の言葉に母は頬を膨らます。
(何、その子供みたいな態度!?)
「だって美咲ぃ、この玉、空みたいな青色をしているのよぉ。・・・どう見たってどこかの王様そっくりの色じゃない。」
そうなのだ。拾ったときにはそっくり同じ青い玉だと思ったが、落ち着いてよく見れば、美咲の持っている玉は綺麗な海の青をしていて、母の傍の玉は遙かに高い空の青だった。
確かに・・・竜王そっくりの色だ。
このまま母がこの竜玉を持ち帰るということは・・・
「ママはぁ、次はスレートに乗せてもらってぇ、その次はネールに乗るって約束したのよ。あんないい男との約束破れるわけないでしょう?」
確かに竜の3人(3頭?)組は母の好みの大人の男の姿をしていた。
ねぇ、アッシュと母に言われてアッシュも困る。アッシュとて母を抱き締めて共にスレートに乗って空を飛ぶのはたいへん魅惑的なことだったが、何はともあれここから出ないことには何も始まらない。
「相手は竜王です。取り越し苦労かもしれませんよ。」
竜王が人間と契約するなど聞いたことが無い。
いささか楽観的な、しかし妥当とも言えるアッシュの憶測に母は自分の髪の中からぴーちゃんを引っ張り出してアッシュの目の前に突きつけた。もちろんアッシュには見えないが目の前でゆらゆら揺れる赤い小さな光に何が突きつけられているかは把握する。
「これが神獣だとしたら、竜王だってぇ大したことないわぁ。」
いや、それは・・・
「もう!何でも良いから早く拾ってよ!それともママったら私に遠慮しているの?!」
美咲の声に母がギクリと身を竦ませる。
美咲は・・・あっけにとられた。
「え?やだ、ママったら、ホントに?」
・・・以前美咲が、自分はポポ(魔獣)をやっと召喚したのに母は簡単にぴーちゃん(神獣?)を召喚したと拗ねた時の事を母は気にしていたのだとわかる。
美咲が竜王子と契約し自分が竜王と契約したら、また美咲が拗ねると思っているのだと・・・
「もう・・・ママったら。」
美咲はとことん自分に甘い母に呆れてしまった。
「今更そんな事で拗ねたりしないわよ。」
はっきりと言ってやる。
本当に今更だ。
今回の洞窟の件でもはっきりわかった。おそらく美咲だけではこの洞窟はクリアできなかった。
確かにバーミリオンは強いが、彼だけではこの湖の中からどうあっても竜玉を取り出すことはできない。
それどころか、際限なくわき出てきた獣に対処することすらできずに、この場に辿り着けず死んでしまった可能性が高い。騎士がもう一人増えたところで結果は変わらなかったのではないかと思う。
竜王が命をとるまでの試練を課すとは思えないが、どちらにしろ竜王子との契約なんかできるはずもなかった。
美咲がどんなに愚かな娘だとしてもわかる。
わかってしまう。
竜玉を手に入れられたのは間違いなく母のおかげだ。
母がアッシュを・・・魔法使いを召喚しなければ竜玉は手に入らなかった。
ここで母が竜王と契約するのが嫌だなどと言えるような厚顔無恥な神経を美咲はしていなかった。
「ママは竜王に相応しい契約者よ。堂々とその玉を持ち帰れば良いわ。」
「美咲・・・」
「それに私、あんまり年上は嫌だわ。私は可愛い竜王子の方が好きよ。」
戯けたようにそう言う。・・・そういうことにしておく。
(・・・今はそれで良い。)
美咲は子供だ。
情けないほどに子供だ。
保護者の必要な子供なのだ。
ようやくそれを実感できた。
母に、みんなに助けられヨタヨタと進んでいる。
(・・・まずはそれを認めること。)
それが第一歩だ。
(でも・・・いつまでも、こんな立場に甘んじているつもりはないわよ。)
心の中で握り拳付きの決意表明をする。
いずれ保護者のいらない大人になるために、今利用できるものは全て利用して進んで行く。
(ママがいてくれて良かった。)
心からそう思える。
母の助けを借りて、母を手本に、母のような大人になるのだ!
美咲はヘリオトロープあたりが聞けば止めてくれと言いそうな決意を固める。
「さっさと戻りましょうママ。きっとみんな待っているわ。タンなんか泣いているかもしれないわよ。」
美咲の言葉に母は困ったように笑った。
「それはぁ、たいへんねぇ。」
いつもの調子で言うと・・・自然な動作で足元の竜玉を拾い上げた。
少しの重さも感じさせることも無く、当然火花も散らず、吸い付くように青い玉は母の手におさまる。
洞窟内の4人の体が淡い光に包まれる。
移動させられるのだと感じると同時に光が視界を奪い、次の瞬間彼らは竜の谷に戻った。




