竜の谷 6
道程は順調に進んだ。
アッシュの魔法は近づく獣の気配を察し、バーミリオンはその情報を元に確実に獣を倒す。
補助魔法で強化させられ回復魔法で疲れた体を癒されるバーミリオンは獣などものともしなかった。
頼れるその姿に美咲は胸がどきどきする。
(私を守ってくれる人。)
母ではなく美咲に向けられるバーミリオンの心が美咲にはたまらないほど嬉しい。
自分が彼を選んでしまったこともあり、どうしても意識してしまう。
(だって、イケメンだし・・・)
美咲は顔を赤くしたまま洞窟を進んだ。
やがて洞窟の先にぼんやりと明るい光が見え始める。
どこからか光が入っているようだ。
徐々に明らかになる景色に息をのんだ。
たどりついた場所は地下とは思えぬ広い空洞で、冷たく澄んだ水を湛えた地底湖が広がる。
波の無い底知れぬ湖はまるで鏡のようで圧倒的な美しさだった。
「これは!・・・」
「凄い。」
「・・・神秘的。」
感嘆の言葉が口をつく。
「でも、どうするのぉ?」
それを一気に現実に引き戻すのが母だ。
もう少し感動に浸らせてくれていたって良いのにと美咲は思う。
しかし確かに母の言うとおりだった。
「こんな広い地底湖から、訳のわからない竜玉なんてものをどうやって探したらいいの?」
だいたいどんな大きさでどんなものかもわからない。玉というからには丸いのだろうが占いの水晶玉みたいなものなのか?それとももっと大きくてバスケットボールくらいあるのだろうか?家でダイエットのために使っていたバランスボールみたいに大きいと嫌だなと美咲は思う。
「説明不足よねぇ。」
母のぼやきに同感する。
何はともあれ問題なのはこの水だ。
「水の中に潜るの?」
嫌そうに美咲は言う。
確かに美しい湖だが・・・きれいに澄んでいる分、冷たそうだ。
「アッシュ、魔法でぇ何とかならない?」
母の言葉にアッシュは申し訳なさそうに首を横に振った。
「私は水だけは相性が良くないのです。」
そういえば魔法には適性があると言っていた。
アッシュでも苦手なものがあるのねと美咲は少し意外に思う。実際は魔法の力の適性は、普通は一人一つくらいでアッシュのように水のみダメで他は全てあるのは規格外の力なのだが、この時の美咲は知らなかった。
そして知らない人間がもう一人。
・・・いや、多分知っていても同じ反応を返すだろう人物は、驚いたように目を見開いた後、あらぁ!と非難の声を上げた。
「好き嫌いはダメよぉ。」
(好き嫌いって・・・)
食べ物の好き嫌いでもないだろうに・・・
「美咲も、小さいときはニンジンが大嫌いだったのだけどぉ、頑張って食べられるようになったのよぉ。大丈夫、アッシュもやればできるわよぉ。」
やっぱりと美咲は頭を抱えた。
「小さな頃の美咲はねぇ、嫌いなニンジンを食べると顔がもの凄~く歪んでねぇ・・・とってもブサ可愛いかったのよぉ!!」
おかげで食べさせるのが楽しくってと母は嬉しそうに話す。
(ブサ可愛いって何よ?!)
ふくれる美咲の顔は、当時のブサ可愛いさを少しは再現しているのかもしれない。
母は、あっけにとられて固まるアッシュの元へ近づくとその手を再びグイッと引っ張って湖のほとりへと導く。
湖面との境界に膝をつくとアッシュも一緒に座らせた。
握ったままの手を一緒に湖に突っ込む。
冷たそうと思った水だったが母とアッシュが怯む様子はない。案外水温は高いのかもしれない。
パシャンという水音がして、凪いだ湖面に水紋が広がった。
同心円状の波紋は、とても美しかった。
「キレイ。・・・アッシュにはぁ、どう見えるの?」
「ママ!」
不用意な母の言葉に美咲は非難の声を上げる。
「・・・私には見えません。」
小さな声でアッシュが答えた。
「あらぁ、だって、ここに着いたときアッシュも感動していたじゃなぁい?何かしらは見えるのでしょう?」
確かにアッシュは感動の声を上げていた。
アッシュは小さく息をのむ。自分を見ていてくれたのだと思うと嬉しさがこみ上げてくる。
「私にわかるのは水の中に溶け込む力の流れです。明らかに空気とは違う凝集された力が集うその感覚が私にわかる全てです。」
「・・・精霊の力?」
エクリュから教えられた事を思い出して美咲が呟く。
確かこの世界の全てのモノに精霊の力が宿っていて精霊はそれらの力の化身だと言っていたのではなかったか。
アッシュは一瞬複雑そうな表情を浮かべたが覚悟を決めたように頷いた。
「そう言っても良いでしょう。ただ、この湖の力は個として確立されていません。ここに存在するだけのモノです。個としてあればその精霊に交渉することも可能なのですが・・・」
もっとも相性の良くない私の言葉に耳を傾けるかどうかは疑問ですがとアッシュは言った。
「まぁ、じゃぁラッキーなのねぇ。自我がないのなら邪魔されたりしないもの。あとはぁアッシュが苦手意識を克服すれば良いだけねぇ。」
あっけらかんと母は言う。
さぁ、アッシュやってみてと母は笑って促す。
・・・期待にきらきら瞳を輝かせる母(アッシュにはもちろんその様子は見えないのだが、母の光がキラキラ期待に輝いているのは感じられる)に逆らえる気概はアッシュにはなかった。
困惑しながらアッシュは自らの力で水の中の力を操ろうとする。
いつもであればこの段階で力の反発を感じる。
アッシュの力を固く拒絶するように水の力は逃げて行くのだ。まるでアッシュの力が水に対する油であるかのように。
なのに・・・
(・・・!?)
今この時、水の力はまるで纏わり付くようにアッシュの元に集ってきた。
(何故だ?)
未だかつて無い手応えに驚き・・・そして感じる。
自分の手に添えられた母の柔らかな手の感触を。
水は母の手に集っているようだった。
(まさか・・・ママは、水との相性も良いのか?!)
信じられずに思う。
母は変わらずぴーちゃんを首元にとまらせている。アッシュには母の光のすぐ近くに寄り添う小さな赤い光が見える。
ぴーちゃんは火を吐く鳥だ。火の鳥かどうかはわからないが火の属性を持っている事は間違いない。だから当然のように母は火と相性が良いのだとアッシュは思っていた。
火と水は相反する。
火と相性の良いものは例外なく水とは相いれることができない。だからこそ他の属性の力全てに適性のあるアッシュも火と水両方を手に入れることはできなかったのだ。
なのにこの水の反応はどうだろう!?
相性が悪いアッシュが直ぐ傍にいるのに、我先にと集ってくる。
(まさか・・・全属性に適性があるのか?)
呆然と思う。
そんな人物など、王以外存在しなかった。
「私はぁ好き嫌いはないわよぉ。」
まるでアッシュの考えを見透かしたように母は笑う。
「美咲もそうよねぇ?」
「ママが好き嫌いを許してくれなかったんでしょう。」
ぷぅっと膨れて美咲は答える。
母は美咲に一切偏食をさせなかった。ニンジン嫌い克服の辛い経験を思い出してしまう。
「姫君も・・・」
美咲は王の伴侶だ。全属性と適性があっても当然かもしれない。
そう考えれば姫君を産んだ母にも同じ適性があっても不思議ではないのかとアッシュは一応納得する。
「アッシュ、頑張ってぇ。イメージはぁ、“モーゼの十戒”よぉ。」
(十戒って・・・)
美咲は頭を抱える。
美咲自身はその話の詳細を知らないがモーゼが海を割るシーンはあまりにも有名だった。
あれを実際にやろうというのだろうか?
当然アッシュはモーゼの十戒など知る由も無い。
何の事だろう?と首を捻るアッシュだったが、母はかまわず水の中でますます強く手を握ってくる。
「湖を割るのよ。湖底がすっかり見えるように。両脇によけて水の壁を作るの。水の中に隠しているモノを表に出すのよ。」
握られている母の手を介し水の力がアッシュの体に入り、アッシュの力を受けてなお大きな力となり、アッシュに従うように動く。
・・・いや、それは、アッシュの力なのだろうか?
確かに自分の意思で水を操っているはずなのに、その力の境界がなんだかあやふやになってくる。
アッシュの脳裏に、目の見えないアッシュにはわかるはずもない海の割れるシーンが浮かぶ。
生まれて初めて見る光以外のモノにアッシュの頭はクラクラとした。
それが海だということも、ましてや水だということもわからぬ頭は圧倒されて混乱する。
それは間違いなく母の持つイメージで・・・否応も無くそれに引きずられ、まるで母の意志に従うようにアッシュは力を振るった。
静かな湖面が波立ち、やがて明確な目的を持って流れ渦を巻き動き始める。
(我が意に従え!)
アッシュが水に命じる。
「道を開けるのよ。美咲の通る道を。・・・美咲の足のつま先さえ濡らしてはダメよ!」
この上なく我儘な母の言葉に沿って、アッシュの力が広がる。
アッシュは適性のないはずの水を自由自在に操って、湖の水を割り湖底をさらけ出させた!
(!!!)
アッシュの体の中を駆け巡る力の奔流は恐ろしいほどの勢いで、アッシュを恍惚とさせる。
その中で自分の手を握る母の小さな手だけがアッシュの全てだった。
絶対失えないモノ。
自分をこれほどまでに翻弄し、なおかつ繋ぎ止めるモノ。
アッシュはその手に・・・縋った。
「今よ!美咲!湖底を探して、竜玉を見つけなさい!」
想像を絶した光景に茫然自失としていた美咲は、母の声で我に返る。
さらけだされた湖底を見渡し・・・中央付近にキラキラと光る輝きを見つけた。
「?!・・・あれ!」
「行きなさい!取ってくるの!・・・バーン美咲をフォローして!!」
母の言葉を受けて、美咲は条件反射のように割れて現れた湖底を・・・走った。
なんだか小学校の運動会で母に応援されているような気分になる。
ヌルヌル滑る湖底は、しかし不思議なことに水たまりのひとつもなく美咲の足を濡らすことはなかった。
転ばぬように慎重に、素早く光の元に駆け寄る。
美咲の後ろからバーミリオンは不安そうに湖の両端にそそり立つ水の壁を見ながら着いていった。
光にたどり着いた美咲は、その正体を確認し息をのんだ。
それは確かに竜玉だった。
掌に乗るほどの大きさの青く澄んだ美しい玉。
深い底知れぬ輝きは見る者の魂を引きずり込むよう。
・・・しかし美咲が驚き息をのんだのは、その美しさが原因ではなかった。
「これって・・・?」
追いついたバーミリオンも目を見開く。
・・・そこにはそっくり同じ青い玉が2つあった。
「・・・どっち?」
それとも2つとも持って行かなければならないのか?
「美咲!急いで!」
振り向いて岸辺を見れば、遠目にもはっきりとわかるほどアッシュの顔色は悪かった。
強すぎる力を使いすぎたのだろう。体力の限界なのかもしれない。
迷っている暇はないのだと知れる。
美咲はどちらかを選ぶよりはと両方の玉を両手に持った。
「!?うっわ!」
片方はしっくりと手に馴染み重さなど感じさせないほど軽かったが、片方はまるで鉛の玉を持っているかのように重い。
思わず重い方を放り出しそうになったが軽いのが正解なのか重いのが正解なのかわからないから結局両方を抱える。
ただ、バランスの悪い重さは酷く走りづらかった。
「急げ!」
バーミリオンが急かすが重さの違う玉を両手に抱えて走るのは困難を極める。
「そう言われたって・・・」
美咲は急ぐあまり足を取られて転びそうになった。
「!!」
慌ててバーミリオンが支える。
舌打ちをすると、美咲の背中と膝裏に手を添えて、そのまま抱き上げた。
・・・お姫様抱っこである。
「?!」
美咲の顔が真っ赤に染まる。
「そのまま落とさないように抱えていろ!」
美咲を怒鳴りつけると確かな足取りで岸へと向かい走り出す。
まるで美咲を抱き上げていることなど何の負担にもならないかのような動作とスピードだった。
夢見心地で抱えられている内にあっという間に岸へ着く。
息も切らさずバーミリオンがたどり着いた瞬間に、壁となっていた水が音を立てて崩れ落ち派手な水飛沫があがる。
波もなかった湖面が、嵐の海のように荒れくるった。




