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竜の谷 5

「アッシュ。」


母の声が洞窟に響き、光が満ち収束する。

呆然とした灰色の魔法使いが現れた。


召喚されたアッシュは、再び自分の暗闇の中に輝いた母の光に心から安堵した。

隣には太陽の様に輝く姫君の光。

光を取り戻した自分の世界が眩しい。


・・・アッシュは見えぬ目を眇めた。


美咲は現れた魔法使いに驚く。


「どうしてアッシュ?」


それはアッシュにもわからないことだった。

タンの言っていたとおりだ。洞窟の中での獣との接近戦に魔法使いは不利だ。


「何故、私を召喚されたのです?」


そう言って見えない目を母に向ける。

本当に過たず母を見る灰色の瞳は見えていないのが信じられないほどだった。


「・・・嫌だった?」


母が聞き、アッシュが動揺したように体をビクンと震わす。


・・・嫌なはずがなかった。


母に選ばれた事実に心臓が破れそうな程ドクドクと高鳴り、体中に喜びが満ちる。

これ程の感情の高ぶりをアッシュは経験したことがなかった。

心を無理に落ち着かせる。

何故喚ばれたかはわからなくとも母の期待に応えたかった。


母はクスリと笑うとアッシュには意外な答えを返す。


「私はぁ、魔法使いが、一番好きなのよねぇ。」


母の返事に美咲はそういえばそうかと思う。ゲームではいつも魔法使いを選んでいた母だ。確かに好きなのだろう。


「・・・好き。」


アッシュが何だか赤くなる。


「そうよぉ。いろいろできるでしょう?使い勝手も良いし・・・とりあえず、バーンに回復魔法をかけてくれるぅ?」


孤軍奮闘しているバーミリオンは、後から後から集まってくる獣に流石に疲れを見せていた。体のあちこちに傷を負っていて先刻から美咲は生きた心地がしなかった。だからといって戦闘中にポポに舐めて治してきてと頼めるはずも無い。


確かに回復魔法は必要だ。


「アッシュ、お願い。」


美咲の願いも受けて、アッシュは魔法を使う。


バーンの傷が塞がり、上がっていた息が整った。


「そうしたらぁ、美咲と私に防御魔法をかけてもらってぇ・・・バーンは防御魔法をかけても攻撃できるのかしらぁ?」


美咲と母の体がぼんやりとした青い光に包まれる。

どうやら防御魔法がかけられたようで、素直に凄いと感動する美咲の様子にアッシュは嬉しそうにするが、バーミリオンへ防御魔法をかけるのは無理だと断る。


「防御魔法の内側に居る者は外に向かって攻撃できないのです。」


「やっぱりねぇ。」


アッシュの答えに母はう〜んと考え込む。


「攻撃力や防御力を上げる魔法はあるのぉ?」


「攻撃力や防御力とは?」


聞き返してくるアッシュに母は困ったように笑った。


「そうよねぇ。実際の人間に数値化されたレベルなんかないわよねぇ。」


言われて美咲も納得する。

ここはゲームの世界ではないのだ。レベルがいくつで、攻撃力や防御力がどのくらいだなどと明確に表せる数値などあるはずがなかった。


ならば・・・と美咲は考える。


「・・・バーンの動きを素早くしたり、力を強くしたりはできる?」


勢い込んで聞いた。


「彼の筋力を強くすれば良いのですか?」


「そう、ほんの少しねぇ。急に強くするとかえって使えなくなると思うしぃ・・・視力とか五感・・・まぁ味覚はいいけれどぉそれもちょっと良くできるぅ?」


母が注意を与えながら指示を追加する。


「・・・そうですね。」


考えながらアッシュは力を使う。


バーミリオンの体がわずかに光り、次の瞬間襲い掛かってきた獣を明らかに先ほどまでより早い剣の振りで一刀両断した。


バーミリオン自身が驚いたように自分の腕を見る。


骨ごと真っ二つになった獣に、美咲は流石に顔色を蒼くし、母は無邪気に凄ぉいと手を叩いた。


「ママ!武器は?剣の強化はできないかな?」


思いついて美咲は叫ぶ。


「う〜ん?剣の切れ味は急に変わると使いにくいかもしれないわよぉ。」


考え込む母の姿に美咲はそれもそうかと思う。


今更ながらに思い出す。


そう言えばゲームの中の母のキャラは、強力な攻撃魔法をぶちかますのも得意だが、パーティの仲間の攻撃力や防御力をアップさせて他人に戦わせて勝つ補助魔法も得意としていたのだ。

確かに母にとって魔法使いは使い勝手の良いものだったのだとあらためて納得する。


アッシュを喚ぶのも当然に思えた。


母は格段に動きの良くなったバーミリオンを満足そうに見詰めた。


「アッシュならぁ絶対助けになってくれるって思ったのよねぇ。」


嬉しそうに話された母の言葉にアッシュは反応した。


「・・・私を信頼されていないのではなかったのですか?」


その言葉は恐る恐る出された。


言ってすぐに答えを聞くのが不安というように怯えた表情を浮かべる。


母は不思議そうに首を傾げた。


「アッシュは私たちを助けてはくれないのぉ?」


アッシュの首は勢いよく左右に振られる。灰色の髪が大きくゆれた。


「そんな事はありません!・・・ただ、バーミリオンを雇う時、私の事を同様に得体の知れない異世界人だと言われたので・・・。」


アッシュの発した言葉は自分で自分を傷つけたようだった。

痛そうに美しい顔を顰める。


「?・・・ええ、そうよぉ。バーンと同じ異世界人だわぁ。でも、美咲はぁバーンのことを、自分を助ける存在として信頼しているでしょう?私だってぇアッシュは私を助けてくれるって信頼しているわよぉ。」


だいたい異世界人なんだからぁよくわからないのが当たり前でしょう?と母は呆れたように言った。


得体の知れない=よくわからないという事なのだろうか?とアッシュは愕然と思った。

得体が知れないのだから信頼などできないのだと、そう言われたのだと思っていた。


「得体が知れない人間を、信頼してくださると・・・」


アッシュの言葉に母は笑った。


「全面的にはぁ信頼はしていないわよぉ。貴方たちの一番は王様よねぇ。」


王様より私たちを優先する事はないわよねぇ?と言われる言葉に反論することはできない。

そのとおりだった。


「でもぉ少なくとも私たちを危険から守ってくれるってことは、信じているわぁ。」


守ってくれるのでしょう?という母の言葉をアッシュが否定するわけはなかった。

まるっきり信頼されていないわけではないのだと、そうわかっただけで心がスッと軽くなる。


肯定の返事を返すアッシュに母はありがとうと笑った。

娘の美咲から見ても綺麗な笑顔で、見えないアッシュが可哀相だなと思った美咲は一言付け加える。


「ママ、凄く嬉しそう。」


「嬉しいわよぉ。」


仲良く笑う母子と顔を赤らめる、らしくない魔法使いを、ようやく集まっていた獣の最後の一匹を切り捨てたところだったバーミリオンは呆れたように眺めた。


(・・・あれが全部計算尽くだったら怖いな。)


真面目そうな魔法使いを見事に骨抜きにした母子の連携プレーに舌を巻く。


(まぁ、娘の方は天然だろうが・・・)


それはそれで怖い気もするが、バーミリオンが喰えないなとつくづく思うのは母親の方だ。どうしてあの母に他の男達が無防備に近づくのかわからない。

バーミリオンにとって母はできるだけ近づきたくない人物だった。


「あらぁバーン終わったのぉ?」


バーミリオンの様子に気づいた母が声をかけてくる。


慌てて美咲が駆け寄った。


その美咲の後ろで、母が面白そうに自分を見ているのに気付いたバーミリオンは舌打ちを堪える。

何だか自分の考えを全て見抜かれているようで居心地が悪かった。


「バーン、大丈夫?」


「あぁ。途中で助けてもらったしな、心配ない。」


「良かったぁ。」


心からホッとしたように喜ぶ美咲の姿に本当に舌打ちが出そうになる。

思惑も何もなく単純に自分の無事を喜んでくれる少女はやっかいなほどに可愛かった。

傍に来た体に手を伸ばしそうになるのを無理矢理我慢して距離を置く。


「近寄るな。汚れる。」


バーミリオンは獣の返り血や何かで酷い有様だった。屠った獣の強い血臭が横穴から流れてくる。


「アッシュ、バーンをきれいにしてあげて。」


母の言葉にアッシュは魔法でバーンの体をきれいにし、ついでに回復魔法をかける。


「・・・便利なものだな。」


バーミリオンは素直に感嘆する。


「そうでしょう?パーティに必ず1人は魔法使いが必要よねぇ。」


母の意見はともかくとして、とりあえず泉を目指す方向で話はまとまる。

急がなければ洞窟が崩れるのだから仕方がない。


アッシュが魔法で獣の気配を探り、その情報に基づいてバーミリオンが先手で獣を倒す作戦が決められる。

ちなみにバーミリオンの剣も本人に確認しながら切れ味を鋭くした。

バーミリオンも実際に魔法を使うアッシュもその成果に目を見張る。

母と美咲の魔法の使い方は驚くばかりだった。


アッシュの魔法の作った明かりが洞窟を照らし出す。

洞窟の中は案外でこぼこしていて足場が悪い。


考え込んだ母は、右手に美咲、左手にアッシュの手をとった。


もちろんバーミリオンはひとりで先行させる。


美咲はともかく(小さな頃からやたらとスキンシップの多い母の行為にはすっかり慣れていた。)手を握られたアッシュの体が強張る。


小さな手が大きな手を引き寄せた。


「転ばないようにねぇ。しっかりついて来るのよ。足元は私が見ててあげるからぁ、獣の気配だけ注意してね。・・・できる?」


「・・・はい。」


かえった返事は小さかったが、手はしっかりと握り返される。


母が、両手に花だわぁと満足そうに言って、一行は進み始めた。

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