竜の谷 3
結構な距離を落ちながら、美咲はヤバいと思う。
(このまま下に叩き付けられたら死んじゃうよね。)
いやな想像にパニックを起こしそうになった時、グン!という引き上げられるような力がかかって落下のスピードが落ちる。
(え?・・・!ぴーちゃん!)
驚いて見上げた先に、母の襟元に爪をかけ必死に持ち上げながらパタパタと羽ばたく赤いヒヨコが見えた。
もの凄く小さな羽なのに、ぴーちゃんは母を引っ張り、止められないながらも落下速度をグンと緩めている。
流石、魔獣というところか。
(ママならきっと腐っても魔獣ねぇって言いそう。)
そんなことを考えられるくらいには美咲は落ち着いた。
ぴーちゃんが母を掴み、美咲は母の足を掴んでいる状況だ。
この速度なら多少怪我はしても死ななくてすむかもしれない。
そう思った時、美咲の肩にしがみついていたポポがトンと美咲の肩を蹴り下へ向かって体を躍らせた。
「!?・・・ポポ!」
慌てて母の足に捕まっていない方の手を伸ばすが、その手を擦りぬけてポポは下に落ちてしまう。
(・・・!!)
絶望的な気持ちで覗き込んだ美咲の足元で、白い色が大きく広がった!
その広がった白の中に美咲と母はダイブする。
・・・その白は柔らかく大きな獣で白いふかふかの毛皮をしていた。
獣の柔らかい腹の部分に落ちた美咲と母はボヨンボヨンと2、3度跳ねて、やがてすっぽりと獣の前足の間に収まる。
ぴーちゃんが母の襟を離し、いつもどおり母の髪の中に戻った。
美咲はおそるおそる自分たちを受け止めてくれた白い大きな獣を見る。
大きな耳に狐のような体、タンポポの綿毛のような毛皮。
「・・・ポ、ポポ?」
大きさは随分違うが、それは紛れもなくポポだった。
ポポは大きな舌で、ベロンと美咲の顔を舐めてから、見る見る内に体のサイズを縮ませる。
まるで風船から空気が抜けるようにしぼんでポポはあっという間に元のサイズになって美咲の肩に飛び乗ってきた。
「驚いた。・・・ノルボってあんなに大きくなれるのね?」
何にしろ助かった。
ありがとうとポポの頭を撫でてやる。
母もぴーちゃんによくやったわぁと声をかけてやっていた。
小さな生き物2匹は満足そうに自分達の定位置に収まる。
何とか無事に着地した母と娘はようやく周囲を見回した。
どこに光源があるのかわからないがそこは薄暗い洞窟のようだった。
上を見上げれば天井の見えない果てない空洞が開いている。
この縦穴を落ちてきたのだと思うと今更ながらに体が震える。
よく無事だったものだと思いもう一度ポポを撫でてやる。
よく見れば、三方は垂直に近い切り立った壁でとても登れそうもなく、残りの一方にいかにもこれ見よがしな横穴があった。
「ここを進めってことでしょうねぇ。」
嫌そうに母が言う。
「説明してくださらなぁい?」
宙を睨んで言った母の言葉に、驚いたことに反応があった。
(?!)
宙の一点が光、そこに竜の頭が浮かび上がる。・・・どうやら竜王の顔のようだった。
「うっわぁ・・・悪趣味。」
ポツリと嫌そうに呟く美咲と母の言葉が重なった。
空中に浮かぶ竜の頭は物凄く心臓に悪い。悪趣味以外どう言えというのだ!
竜の頭が口を開く。
『お前たちには、これからこの洞窟の試練を受けてもらう。この洞窟の奥に泉があり、そこに竜の力の結晶ともいうべき竜玉が沈んでいる。お前たちはそこに辿り着き竜玉を手に入れなければならない。それ以外にこの洞窟から脱出する術は無い。・・・竜玉を手にし、自分が竜の王族に相応しい存在だと証明せよ。』
一方的な竜王の言葉にあっけにとられる。
(何、そのイベントクリア条件?)
此処はどこかのダンジョンなの?と問い詰めたくなる。
別に美咲からあの“俺様竜王子”に契約してくれと言ったわけでもなんでもない。なのに何故一方的にこんな試練を受けなければいけないのだ?!
一言言ってやらなければ気が済まないと口を開けようとしたが、続けられた竜王の言葉にその口を開けたまま美咲は固まってしまった。
『洞窟には、獣が出る。腹を減らし人間など餌としか見ない獰猛な獣だ。お前たちには一人づつ自分を守る人間の召喚を許す。その者の助けを借りて一刻も早く泉を目指せ。この洞窟は3刻後には泉の部分だけを残し崩壊する。潰されたくなかったら急ぐことだな。』
「はっ?」
聞き返す暇もなかった。
あっという間に竜の頭の映像が揺らぎ消えていく。
「え?・・・どういう事?」
「いやぁねぇ。一方的なんだから。」
母は可愛らしく口を尖らせて怒った。
(いや、そんな口をしたって・・・)
「マ、ママ・・・どうしよう?」
「どうしようって言ったって、その泉に行ってぇ竜玉とかいうのを手に入れなくっちゃいけないんでしょう?やらなきゃいけないことはぁ、さっさとすませて帰りましょう。」
・・・正論だ。正論だが、言うは易し行うは難しである。
「で、でも・・・どうすれば?」
「とりあえずぅ早く誰か召喚しないとダメよねぇ。」
「ダメって?」
洞窟が崩壊するからだろうか?
確かにぐずぐずしてはいられない状況だが母の理由は違ったようだ。
「うん。ポポちゃん。」
「?・・・ポポ?」
美咲はわけのわからない母の言葉に、自分の肩の上のポポを見た。
・・・綿毛のような白い毛が全部逆立っていた。
「!?」
「多分、さっきのお腹を空かせた獰猛な獣っていうのが近づいているんじゃないかしらぁ?ママと美咲だけだと食べられちゃうわよねぇ?」
「!!・・・ママ!」
そんなのんびりと言っている場合ではない!
「どうしよう?」
美咲は泣きそうだった。
「だからぁ召喚でしょう?獣に勝てそうな人じゃないとダメよねぇ。誰にする?」
「誰って・・・」
当たり前に考えれば騎士の誰かだ。
こんな狭い洞窟で攻撃魔法とか考えられない。洞窟で反射するか、洞窟ごとぶっ潰すかしか予想できない。
順当に考えれば美咲が召喚するのはタンだ。
タンは“運命の姫君”を守る騎士だ。
召喚すれば確実に美咲を守ってくれるだろう。
(・・・でも)
・・・タンは美咲よりも母に召喚されたいかもしれない。
美咲は思った。
タンの自分を守る気持ちを疑うわけではない。だがそれとは別に、母に召喚されれば凄く喜ぶだろうタンを想像するのは簡単だった。
かといって美咲はタン以外の騎士をそれほど詳しくは知らない。副官のヘリオトロープの名がようやくわかる程度だ。
母のように騎士全員と仲良く話せるような間柄ではなかった。
(誰を喚ぼう・・・)
迷いながらも、やはりタンかヘリオトロープを喚んで守ってもらおうと思った時。
“安心しろお前は俺が守ってやる。”
脳裏にその言葉が蘇った。
(・・・!!)
朱色の髪、朱色の瞳。
美咲を守ると言って、実際守ってくれた人。
「・・・バーン。」
思い出した。
思い出した瞬間、名を呟いていた。
自分では口に出したつもりなどなかったし、何より喚んだつもりもなかった。
なのに薄暗い空間に光が満ちる。
(え?え?何で?)
魔方陣を書いたわけでも何でもない。
なのに光が収束して・・・そこに朱色の男が立っていた。
「バーン・・・」
美咲は呆然と呟く。
召喚されたバーミリオンも驚いたようだったが、美咲を見て・・・嬉しそうに笑った。
「・・・俺を喚んでくれて嬉しい。」
その言葉に心臓が高鳴るのがわかった。
顔が熱くなる。
「まぁ、美咲ったら彼を喚んだのぉ?」
母が何だか楽しそうに言ってくる。
「丁度良かったわぁ。・・・ほら、う・し・ろ。」
歌うようにリズムをつけて母が指差す先を美咲とバーミリオンは振り返る。
横穴に続く暗闇に二つ一組の赤い光がいくつもあった。
「!!」
獲物を狙う獣の瞳に背筋が凍る。
バーミリオンは剣を抜いて横穴に飛び込んだ。
こちらへの出入り口を塞ぐように立って剣を構える。
獣の咆哮が響き、黒い大きな豹のような生き物がバーミリオンに跳びかかった。
「きゃあぁっ!!」
美咲は悲鳴を上げて母にしがみついた。
バーミリオンが獣を切り捨てるのが視界の隅に見える。
「まぁ、凄い!強いわぁ。」
のんきな母の声に殺意がわいた。
「ママ!ママ!!早く!ママも召喚して!」
「えぇ〜っ、誰を?」
「誰でも良いわよ!早くして!バーンが死んじゃう!!」
美咲は喚いた。
獣は大きく素早く数が多い。
バーミリオンは揺るぎなく剣を振るっているが、このままではいつどうなるかわからなかった。
彼が傷ついたり・・・死んだりするのは嫌だった。
仕方ないわねぇと母は言って、口を開く。
母の声がひとつの名前を呼んだ。




