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竜の谷 1

翌朝、信じられない光景に美咲は溜息をついていた。


母の目の前にとんでもなく綺麗な男が3人跪いているのだ。


(・・・何、あの逆ハーレム?)


絶対おかしい!何で母なのだ?あの立ち位置は姫である自分だろう!?


「・・・凄いな。」


美咲の隣でバーミリオンが唸る。

アッシュは拳を握りしめ、タンは頭を抱えている。


「勘弁してくれ・・・」


ヘリオトロープが情けない声を上げた。


母の前で美形3人は言い争いをしていた。


「約束どおり我の背に乗ってくれるのだろう?」


「貴女を最初に纏う栄誉は俺のものだとタンには聞いていたのだが。」


「アッシュがいない場合の話だ。アッシュは既に此処に戻ってきている。私の背に乗って竜の谷に向かえば良い。」


・・・話の内容からわかるように、この3人は・・・竜だった。


驚いたことに竜は人型をとれるのである。

力のある高位の竜に限っての事らしいが、最初はびっくりした。

なにせ朝一番に、いずれも背の高い(2メートルくらいありそうだ。)均整のとれた抜群のスタイルのモデルのような男達が、自分に乗ってくれと母に訴えかけたのだから・・・


思わず顔の赤くなるお年頃の美咲である。


(乗るって、そういう乗るね・・・)


どんな乗るかと聞かれたら困ってしまうのだが・・・


濃い青灰色の長髪と瞳がアッシュの竜のスレート。うすい黄赤の柔らかそうな髪と瞳はタンの竜のネール。黄土色の短髪と瞳がヘリオトロープの竜のオーカーだった。

3人?とも瞳は猫のような縦長の瞳孔と大きな虹彩で白目はほとんどないのだがそれ以外は普通の人間と寸分違わなかった。


(・・・イケメンだわ。)


「約束したからぁ、今日はオーカーに乗せてもらうわぁ。」


母の言葉にスレートとネールがまるでこの世の終わりの様に嘆く。母は目の前に跪いていたその2人の頭を良い子良い子と言って撫でてやった。次は貴方たちに乗せてもらうからねと言って慰めてやっている。


「・・・頭、痛い。」


美咲が頭を抱えるとポポが肩の上から心配そうに覗き込んでくる。この痛さはポポの癒しの力では治りそうにない。


「姫様は僕がオリーブでお連れしますからね。」


エクリュの隣でエクリュの竜のオリーブが大きな首を縦に振る。オリーブは人型にはなれないらしいが、その方がずっと良いと思ってしまう美咲だった。


「いい加減にしなさい!出発しますよ!」


苛々とアッシュが叫ぶ。

昨日からアッシュは何だか情緒不安定だった。

母に信用されていないと言われたことが余程ショックだったのだろう。

いつもは落ちついた冷静な魔法使いの、らしからぬ姿にまだ母の傍で粘っていたスレートが仕方ないなと近づいてくる。ネールもタンの傍に来て、お前が不甲斐ないからだとタンに不満を零す。

ヘリオトロープは真っ青な顔をして母とオーカーの方へ向かった。


人型から本来の姿に戻った竜が人間を乗せて空に飛翔する。


騎士はそれぞれ竜を持っている。

騎士以外で竜を持つのはアッシュとエクリュの2人のみだ。他の同行者は騎士の竜に乗せてもらう。


18頭の竜が隊列を組んで大空を舞う。

高く澄んだ青い空。

竜はそれぞれに纏う色が違い、青い空に色とりどりの竜が優雅に飛翔する。


・・・それは、壮大で美しい光景だった。


(本当に本物の異世界なんだわ!)


今更ながらに感動し、オリーブに乗った自分たちを守るように陣形を組んで飛翔する竜と騎士を見る。

圧巻としか言いようがなかった。

心が打ち震える。


・・・しかし、凄い!と思う頭の片隅に先ほどまで母に泣きついていた3頭の竜の姿が思い浮かんであっという間に気分は微妙なものになった。

・・・何だか残念な気持ちになって思わずぐちをこぼしていた。


「・・・竜って、もっと崇高で近寄り難い生き物だと思っていたわ。」


「・・・それが本当だろう。俺もあんな竜の姿は初めて見る。」


美咲の後ろでバーミリオンが答えた。

バーミリオンは竜に乗るのに慣れない美咲の体を支えるように後ろから抱き締め腰に手を回している。

柔らかいなと言って美咲を赤面させ、竜に同調するため(オリーブは人を乗せて上手く飛ぶために人との同調を必要とした。一言で竜と言っても竜種はいろいろで力や能力に差があるらしい。)前方に一人で座らなければならなくなったエクリュの怒りをかっていた。

ポポは美咲の膝に乗って小さく丸くなっている。美咲は大丈夫よとポポの頭を撫でた。


バーミリオンも一緒に乗せることにエクリュは無理だと言って物凄く抵抗したのだが、既にそれが無理でない事は昨日の事件で判明してしまっている。何だかばつの悪そうなオリーブが大丈夫だと言って、美咲が竜に乗る事に慣れていない事もあって3人で乗る事になってしまった。


母はといえば昨日の事件ですっかり竜に乗るのにも慣れてしまい、オーカーが私を落とすなんてぇ有り得ないわぁ、という台詞と共にヘリオトロープと2人で乗っている。しっかりぃ支えてねぇ、と母に言われたヘリオトロープはアッシュとタンの射殺すような視線(アッシュは見えないのに)を受けて胃のあたりを押さえていた。

ヘリオトロープの片腕一本で支えられて竜に乗る母は娘の目から見ても非常に色っぽい。


オーカーは上機嫌でこの上なく優雅に飛翔し、スレートとネールは人間を振り落してしまうのではないかと思うほど荒っぽく飛翔した。


「あんな竜の姿は僕も初めて見ました。スレートなんていつもはアッシュ様以外には口も聞かないのですよ。」


エクリュはそれこそ信じられないように話す。


先ほどの3頭の様子からは全く想像がつかない。


「それだけお前の母が特別だということだろう。竜をまるで愛玩動物(ペット)のようにあしらっている。」


ペットと言われて美咲は思い出す。


「そう言えばママって昔から犬や猫に好かれていたわ。近所に凄く怖いドーベルマンがいたのだけれどママの前だとすぐ腹を見せて撫でてくれって転がるの。」


「犬とは?・・・ドーベルマン?」


バーミリオンの疑問の声に、


「犬はペットよ。ドーベルマンは番犬や警察犬として最適な頭の良い犬よ。」


「警察犬?・・・まあ良い。母親が規格外だと思ったがお前も大概だな。竜をペットと比較するとは思わなかった。」


「!・・・あっ。」


言われて気がつくが既にもう遅い。

口に出した言葉は無にできない。


呆れたようなバーミリオンと流石にフォローできないエクリュに挟まれ美咲は体を小さくする。


だって仕方ない。

この世界に来て見た竜は本当に聖獣なの?と疑ってしまうような姿ばかり見せてくるのだ。


(もう!絶対ママの所為よ!)


都合の悪い事は母の所為にする。


・・・面と向かって言っても言い負かされる事が確実なので決して母には言えない言葉だった。

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