事件 8
城へ戻った美咲は待ち構えていたアッシュにたっぷりと叱られた。
もちろん美咲は“運命の姫君”だ。頭ごなしに怒鳴りつけられるなんてことはないが、ねちねちと嫌みたらしく丁寧な言葉で責められて、すっかりHPを削られてしまった。
ニコニコと見ている母は、本当はアッシュよりも根深く怒っているのだろう。助ける素振りも見せなかった。
「姫様を責めないでください!僕が悪かったんです。」
美咲の無事を涙を流して喜んでくれたエクリュが助け舟を出そうとするが・・・あっけなく撃沈された。
「当たり前でしょう!お前には後でたっぷり反省させてやります!簡単に許してもらえるなどと思わないでいなさい!」
冷たいアッシュの言葉にエクリュの顔面が蒼白となる。
・・・可哀相だった。
ようやく説教が終わり、もう二度とアッシュにだけは逆らうまいと美咲が決意した頃ようやくみんなの注意がバーミリオンに向かった。
辛抱強く待っていたバーミリオンが自己紹介をする。
「バーミリオン。バーンと呼んでくれ。傭兵をしてあちこちを旅しているんだが、下調べを怠ってうっかり誘拐団に雇われてしまった。抜け出そうとしていたところにシディが出てきたから一緒に逃げ出してきた。シディには雇ってもらって身元保証人にもなってもらった。これからよろしく頼む。」
美咲はびっくりする。
(これからって・・・)
てっきり誘拐団を脱出するまでの間の関係だと思っていたのに、この後もずっと一緒にいるつもりなのだろうか?
「シディ?」
アッシュが訝しそうに聞き返す。
「姫様の事です!城の外に出るのに偽名を使ったのです。」
エクリュが慌てて説明する。
「偽名ね。やっぱりな。・・・姫様って?」
バーミリオンが美咲を見てくる。
美咲は何だか後ろめたくなってちょっと後退る。
「美咲って言うのよぉ。私の娘なのぉ。」
可愛いでしょう?と母が口をはさむ。
「そうか。美・っ!!!」
バーンが美咲の名前を口にしようとして頭を抱えて悶絶した!
美咲の名前には王の守りが付いていて思い浮かべるだけでも強い苦痛を受けるのだ。
呼ぼうとしたバーミリオンの苦痛は凄まじかった。
「バーン!」
思わず美咲は駆け寄る。
母はニコリと笑った。
その笑みを見ればわざとバーミリオンに名前を呼ばせようとしたのだと知れる。
「ママ!」
「美咲はねぇ、忌々しい事にぃ“運命の姫君”なんて言われてぇ王様のところに行かなくっちゃならないのぉ。普通の人間ではないのよぉ。貴方は美咲と一緒に居る覚悟があるのぉ?」
「ママ!」
いきなり言わなくても良いのにと思ってしまう。
(第一忌々しいって何よ?!)
アッシュやエクリュも戸惑ったように母を見ている。
「・・・“運命の姫君”か。成程な。道理で騎士団が乗り出してくるはずだ。竜や魔獣まで使った反則技まで使ってくるし、余程高貴な人間だろうと思ってはいたが・・・」
頭を押さえ、息を整えながらバーミリオンが唸る。
「あらぁ、反則なんて酷い言いがかりだわぁ。竜はぁ乗せてもらっただけだしぃ、ぴーちゃんはぁ、美咲の居場所を探って知らせる狼煙をあげてもらっただけよぉ。迎えに降りた竜の風圧で飛び火したのだってぇ、不可抗力だわぁ。」
堂々とした母の主張にアッシュの顔が引きつった。。
「ぴーちゃん?」
「・・・火をつけた魔鳥よ。」
美咲も疲れながら答えた。
言い合いで母に勝てるはずがない。
「まぁ、良い。俺もああいうやり方は嫌いじゃない。むしろ気にいった。シディとの雇用契約を俺から止めるつもりはない。“運命の姫君”が雇用主なら喰いっぱぐれはないだろうからな。」
シディと呼んで良いかとバーミリオンは美咲に聞いてくる。
美咲はあんまり驚いて呆然と頷いてしまっていた。
(雇用契約を止めないって・・・ずっと一緒に来てくれるつもりなの?)
「姫君の警護は間に合っています。傭兵崩れを雇うつもりはありません。姫君を守ってくれた報酬は十分に支払います。それを持ってとっとと失せなさい。」
アッシュが冷たく言う。素性のわからぬ男など美咲に近づけさせるつもりはなかった。その冷然とした迫力に美咲の腰が引ける。
「あらぁ。口約束でも契約は契約よぉ。一方的に破棄はできないわぁ。」
しかしアッシュの迫力などものともしない母が口を挟んできた。
「美咲、どぉう?この彼氏とぉ、今後もお付き合いしたい?」
(彼氏って!!)
なんだか赤くなりながら・・・美咲はコクンと頷いた。
バーミリオンには守ってもらった恩がある。
もし彼が自分と一緒に居た方が得だと思っているのならその願いは叶えてやりたかった。
「姫君!」
アッシュが声を荒げる。
「危険です!そんな、得体の知れない男を雇うなど!」
「ダメよぉ、アッシュ。契約は契約だって言ったでしょう?・・・それにぃ得体の知れなさでいったらぁ貴方たちもこの人もそんなに変わりはないわよぉ。」
「ママ!!」
あまりの言葉にアッシュは悲鳴のような非難の声を上げる。
「私たちにとってはぁ、どっちも同じ異世界人だわぁ。」
「!・・・そんな。」
アッシュが酷く傷ついた表情で俯いた。
「異世界人?」
バーミリオンが不思議そうに聞き返す。
「・・・わかりました。ここまで知られたらお前を野放しにするわけにもいきません。バーミリオンお前を姫君の護衛として雇います。そのかわりもし裏切りでもしたら私の手で確実に殺しますよ。」
アッシュの表情は本気だった。
バーミリオンはなんだかその勢いに押されたように黙って頷く。
・・・アッシュの心は酷く傷ついていた。
自分が、自分たちが母に信頼されていないのだと知らされて胸の内に重苦しい塊がせりあがる。
王に命じられたとはいえ自分たちが母にしてきた事を思えば、信頼されないのも当然なのかと思う心がある。
先刻タンに母はその全てを承知なのだと教えてもらったのだ。
気づかれているとは思っていなかったアッシュは、その事実に自分で予想した以上のショックを受けた。
あの召喚の時、アッシュの見えない目は、“運命の姫君”の眩しい輝きの傍に、落ち着いて美しく光る魂を見つけた。
姫君の煌めきに比べれば光量は遥かに劣るのに、ただそこにあるとてつもなく美しい光に心は惹き付けられた。
太陽の輝きと月光の静謐さ。どちらを好むかはその人自身の好みとしかいえないだろう。
アッシュはただただ美しいその光に魅入られたのだ。
だから王の命令とはいえ、騙すように魔法からも知識からも遠ざけなければならないのはとても苦しかった。いずれは元の世界に帰す人だからという王の言葉はアッシュの心を深く抉った。
帰したくはなかった。
できる事なら自分の傍で永久に一緒にいたかった。
しかし王の命令に逆らえるはずもない。アッシュもタンも後ろめたさとやるせなさを堪え、命令どおりに振る舞ったのだ。
自分のやったことはわかっている。
だから信じてもらえていない事に傷ついたと言える権利は自分にはない。
・・・わかっていても辛かった。
母から信頼されていないと言う事実が、これ程までに自分の心を深く傷つけるという事に、どうしようもなく自分の想いを自覚する。
アッシュは絶望と共に、自分が母を本気で愛してしまっている事を思い知ったのだった。
その夜、美咲は母と共に寝室に入り、ようやく無事に帰ってきたのだという事を実感する。
あの後誘拐事件の後始末を終えて戻ってきたタンは、予想どおりバーミリオンを雇った事に難色を示した。
「俺は信用がないのだな。」
がっかりしたようにバーミリオンは言ったが、当たり前だと美咲だって思う。美咲も完全にバーミリオンを信用しているわけではない。
ただ、何というか、バーミリオンは憎めないのだ。
一緒に居ると楽しいと思ってしまう。
(それに美形だし・・・ひょっとしてハーレム要員かも?)
美咲もいい加減懲りない性格をしていた。
驚いたことにアッシュがタンを説得し、バーミリオンは無事に美咲の警護役に収まる事ができた。
嬉しくはあったが美咲は何となく元気の無いアッシュが心配だった。
(心配と言えば・・・)
美咲は夜の帳の中、母に声をかけた。
「ママ。起きている?」
「・・・うん?美咲、どうしたのぉ?」
思ったとおり母は起きていた。
美咲は小さくため息をつく。
「ママ、何を苛立っているの?」
「?・・・ママが?」
気付いていないのかと美咲は呆れる。
「いつものママと全然違う。・・・ピリピリしてて・・・怖い。」
「・・・怖い?」
「うん。かなり。」
美咲は頷いた。
異世界トリップをしてから、母の様子はおかしかった。もちろん状況が状況だ。おかしいのが普通なのかもしれないが、美咲は何となくいつもの母ならもっと余裕を持って躱していくように思うのだ。
何よりあんなにアッシュに厳しくあたったりしないだろう。
何だかんだと言って母は優しい。
母があそこまで人を傷つける姿を美咲は見たことがなかった。
あんな姿全然母らしくなかった。
「ママ、大丈夫?」
心底美咲は心配する。
・・・黙り込んだ母は、暫くして大きく息を吐き出した。
「・・・娘に心配されるなんて、母親失格ね。」
「ママ!そんなことないわよ。」
慌てて美咲は否定する。
「・・・あるわよ。そうね。・・・ママ焦っていたみたい。美咲に言われて気がついたわ。」
ダメねと言って母は笑う。
美咲も笑った。
「気がついたのなら良いんじゃない。」
「そうねぇ。自覚がないよりずっとましね。」
母の雰囲気からピリピリしたものが消えていた。
・・・大丈夫だと思える。
「あ〜あ。良かった、美咲がママの娘で。美咲がいれば、ママは大丈夫だわ。」
「ホント?」
「ホント。」
母の言葉に安心する。
自分も少しは役にたっているのだと感じる。
母子はフフフと笑い合った。
「ママは大丈夫よぉ。・・・大丈夫でないのはあっちよね。」
「ママ?」
「うん。何でもないのぉ。・・・寝ましょう。明日は竜の谷に行くのだもの。」
母の言葉にそうだと思い出す。
思わぬ騒ぎで延びてしまったが明日は竜の谷に行って、竜と契約を結ぶのだ。
「・・・私を気にいってくれる竜がいるかな?」
「当たり前でしょう。引く手数多でぇきっと選ぶのに苦労するわよぉ。」
母の言葉に安心する。
「うん。じゃあ、お休み。」
「お休み、美咲、愛してるわぁ。」
もう、ママったらと言って美咲は眠りにつく。
母は暫く宙を睨み・・・やがて眠りについた。
夜の帳が母子2人を包んでいった。




