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事件 7

「助けに来たのよ!あそこまで逃げれば助かるわ。」


ホッとしたように美咲は言ったが、バーミリオンは眉間に皺を寄せる。


「ダメだ。奴ら丘の上に逃げる。戦いは高地の方が圧倒的に有利だ。ドサクサまぎれに上手く逃げ出せれば良いが、そうでないと見つかって一緒に引っ張っていかれるぞ。」


どこか隠れる場所はと探して、近くの小屋に近づく。小屋の窓から中を覗けばそこは食糧小屋のようだった。樽やら袋やらが積まれて、芋や野菜のようなものが棚に置かれている。


「この中でやり過ごそう。」


中に入ろうとして、周囲を見回して・・・上空にそれを見つけた。


バーミリオンがポカンと空を見上げる。


何事かと思い美咲も空を見る。


竜が5〜6頭、頭上を飛んでいた。


「!?・・・何だ?まさか、竜が攻撃に加わるのか?!」


そんな馬鹿な!と硬直するバーミリオンを美咲は不思議そうに見る。

竜なら良い戦力になるのじゃないかと思う。


しかし、バーミリオンと美咲の予想は見事にはずれた。


上空の竜からバラバラと礫が誘拐犯めがけて降ってくる。


ヒュン!ヒュン!と結構なスピードで降ってくる石は想像以上に脅威で、直撃をくらった誘拐犯はもれなく打倒された。

今しも丘に登ろうとした一団や正面の騎士団に相対していた一団めがけ、礫の雨が降りそそぐ。

手持ちのなくなった竜は次の竜と交代し波状攻撃のように間断なく石は落ちてくる。

皆情けない悲鳴を上げて逃げまどった。


美咲とバーミリオンも慌てて小屋に入る。


礫は建物の中は狙わないようだった。


(そうよね。どこに攫われた人たちが閉じ込められているのかわからないのだもの。)


当然かと思う。


バーミリオンは窓から外の様子を眺め、信じられない光景に頭を抱えていた。


「何て作戦だ。竜をあんなことに使うなんて・・・」


呆然と呟かれる言葉に疑問をぶつける。


「普通は、やらないの?」


「当たり前だ!竜は戦争には力を使えない!だけど、だからといって、道具の様に使うなんて・・・」


その言葉に、美咲はこの作戦を考えた人間の察しが付く。

この世界の人がこんな戦い方をしないというのなら・・・


(絶対ママだ!!)


・・・この戦い方は、母がゲームでやる戦い方にそっくりだった。


美咲は今どきの子供だ。当然ゲームが大好きだ。ただ悲しい事に美咲には一緒に家でゲームをやってくれる兄弟がいない。このため美咲の家でのゲームの相手は母がしてくれた。

母はキャラを選ぶとき、必ず魔法使いかアーチャー、弓兵を選ぶ。

離れた安全な場所から攻撃をぶちかますキャラだ。


母の戦い方はえげつない。


弱い敵をゲシゲシ倒し、自分のレベルをこれでもかというほどに上げて、安全安心な場所から強力な攻撃をくらわせてほぼ無傷で勝利する。


中でも幼心に強烈な印象を残したのは、ダンジョンの中を掘ってアイテムを集めながら敵を倒すゲームだ。魔法使いにもアーチャーにもなれないそのゲームで、母はアイテムの中の魔法を発動する本を集めて集めて集めまくり、最後のラスボス戦にその魔法の本を大量投入した。ファイヤやブリザドの本で倒されるラスボスは幼い自分の目にも哀れに映った。


せめてもう少し大技で倒してあげてと思ってしまう。


美咲は母とは決して戦うまいとその時決意した。


上空から石を投げ落とすだなんて戦い方は、その時の母の姿を髣髴とさせる。

そして降ってきた石に当たって倒れる誘拐犯は、魔法の本で倒れるラスボスを思い起こさせた。


美咲が頭を抱えていると、目の前でポン!と音がして、目を上げるとそこに赤いヒヨコが浮かんでいた。


「何だ、これは?」


「ぴーちゃん?」


バーミリオンと美咲の声は同時に上がる。


言葉に?マークが付くのは当然で、ぴーちゃんはパタパタと一生懸命羽ばたきながら、小さな足で自分の体の5倍はありそうな2リットルのペットボトル(のようなもの)をぶらさげていた。


嫌な予感にそのペットボトル(のようなもの)をジッと見る。

黒々とした大きな字で“油”と書かれていた。

間違いなく母の字だ・・・


「え?・・・いや?まさか?・・・ぴーちゃん止めて!」


もちろんぴーちゃんが美咲の言う事など聞くはずもなく、ぴーちゃんはペットボトルをポトンと落とした。


積まれていた食糧の上にドクドクと中身が零れる。


ぴーちゃんはそれに向かって小さな嘴を開けて・・・ポッとマッチのような火を吐いた。


「!!」


「逃げて!!」


思わずバーミリオンを小屋の外に突き飛ばし、自分もポポを抱えて外へ転げ出す!


数瞬遅れて小屋から派手な火の手が上がった!!

食糧倉庫の中だ当然油もあったのだろう。


(ママ!!)


突如上がった火の手に周囲が驚く。


そこに、


「美咲!!そこね!!」


母の声が頭上から降ってきた。


バサバサと凄い風圧が起こり、風に煽られて火が飛び火する。

あちこちに燃え移る炎に、絶望的な悲鳴が聞こえた。


竜が1頭美咲めがけて降りてきた。


その背には紫色の色彩の騎士、ヘリオトロープに体を支えられた母が乗っていた。

風に煽られた母の栗色の髪の中からは、既に定位置に戻ったぴーちゃんの赤いクジャクの尾羽がのぞいている。


地上に降りた竜の背で母は美咲を招いた。


「こっちへ!一緒に乗って!」


思わず駆け寄ろうとした美咲の腕をバーミリオンが掴む。


「誰!?」


鋭い誰何の声は、いつもの母のものとは思えなかった。


「バーンよ!私を助けてくれたの!」


母は一瞬迷うようにバーミリオンを見、ついで


「一緒に来なさい!!」


そう言った。


「馬鹿な!4人も乗れないぞ!!」


ヘリオトロープが叫ぶ。


「乗れないわけがないでしょう!いつまで竜に騙されているの!!彼らは性悪な聖獣なのよ!!」


「なっ?!」


母の声に竜が面白そうに笑う。


『ははっ!そんなことを我らに面と向かって言う人間は初めてだ。』


「初めてでも何でも良いから、怠けてないで全員を乗せなさい!飛翔の時に魔法を使える竜が、人の4〜5人の体重を苦にするなんて言わせないわよ!それこそ魔法でどうにでもなるわ。きっちり運びなさい!」


母の言葉にヘリオトロープとバーミリオンが呆然とする。


竜はますます嬉しそうな様子を見せた。


『嫌だと言ったら?』


「竜の谷まで貴方の背に乗ってあげるわ。私という宝石を纏えるのだからそれで譲歩しなさい!」


母のとんでもない上から目線の言葉に、竜は吠えるように笑った。

周囲の火の勢いが竜の息でグンと強くなる。


『スレートやネールを出し抜けるわけか、それは良い。』


スレートはアッシュの竜。ネールはタンの竜だ。

竜は羽を片方地につけて美咲とバーミリオンに差し出した。

乗れという事なのだろう。


何だか呆然としているバーミリオンを引っ張り美咲は羽を伝って母の元へ行った。


母が美咲を抱き締める。


「美咲っ!!無事で良かった!」


何だか胸がジンとする。


抱き合う母子を含めて竜の背に4人が乗り込んだ。

少し狭いと思ったが周囲を風が取り巻き体を支えるように持ち上げてくれるから、落ちる心配などまるで感じないで乗る事ができた。


ヘリオトロープは頭を抱えた。


何だかぼやき始める。


「なんてこった。こんな事が可能だなんて・・・それより、谷まで俺が乗せるのか?谷に着く前に俺の胃に穴が開くぞ・・・」


既に戦場に母を連れてきたことで(もちろん母がヘリオトロープを脅したのだ。)タンやアッシュに怒られることは確定事項なのだ。この上谷まで母と一緒に行くと告げたなら・・・どんな目にあわせられるかわからなかった。


・・・この時点でもう胃が痛いヘリオトロープだ。


竜が力強く飛翔した。


美咲は思いついてバーミリオンの手を引く。


「バーン!攫われた女の人がいるのはどの小屋?」


美咲には空からでは区別がつかなかった。


「あ?ああ。あの、一番山手にある小屋だ。」


まだ呆然としながらもバーミリオンが一つの小屋を指し示す。


「ヘリオ!」


「ああ。わかっている!」


やけくそのように叫んだヘリオトロープの指示を受けて数頭の竜が小屋へと降りて行く。混乱の中、攫われた女性たちは全員無事に助けられた。


美咲がホッと息をつく。


正面から攻撃していたタンの指揮する騎士団も、上空からの石と火事ですっかり混乱し烏合の衆と成果てた誘拐団を一網打尽にしていく。


美咲の誘拐騒ぎは無事収まりつつあった。


「城へ帰りましょう。これ以上ぉ此処に居てもぉ意味は無いわぁ。」


戻ってきたのんびりとした母の喋り声になんだかホッとする。


いまだかつてない4人を乗せた竜は、軽々と飛翔し城へと向かった。

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