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事件 4

刻々と入ってくる情報は、悪態をつきたくなるようなものばかりだった。


どうやら“運命の姫君”とエクリュはこっそり城を抜け出してそこで誘拐されたらしい。

探索の果てに遮断の魔法のかかった檻に閉じ込められて誰も居ない空き家に放置されていたエクリュが見つかった。目の前で姫を攫われて茫然自失となり使い物にならなかった少年は、急遽竜の谷から戻った師匠に殴り飛ばされて正気に返った。

目の見えないアッシュの、その見事な格闘術に騎士たちは目を瞠る。ただでさえ得体の知れぬ灰色の魔法使いは決して逆らってはいけない人物として騎士たちに認識をあらたにされた。


一番有力な情報を拾ってきたのは、ジョンブリアンだった。(当然その情報がジョンブリアンから得られたということは秘密にされた。)


どこからどうやったのかは言わないが、この街に女性ばかりを狙う誘拐団が数ヶ月前から潜伏していたという情報を聞き込んできたのだ。

西の隣国コチニールの組織で、思いもよらず王都から騎士団がこの街に来たために表立って動けず隠れていたが、明日明後日にも騎士団が出立するという噂を聞きつけて仕事を再開したらしい。騎士団の出立と同時にコチニールに向かう予定をくんでいたようだ。


「本当は俺たちがいなくなってから仕事を始めたかったらしいが、本国で雇い主が矢のような催促をしているようで我慢できずに腰を上げたらしい。」


ヘリオトロープは渋い顔でタンとアッシュ、美咲の母に報告をしていた。


今にも倒れそうな美咲の母は、その正体を知っているヘリオトロープでさえ支えてやりたい風情で、実際アッシュは心配そうに大丈夫ですか?と顔をのぞき込み肩を支えていた。

タンが少し距離を開けているのが不思議だったが、よく見れば褐色の手は母の白い手に重ねられており、ヘリオトロープはため息をついた。


タンには母をあまり見かけどおりの女だと思い込むなと忠告をした。

タンは驚いたようだったが、わかっているとヘリオトロープに答えた。

わかっているならそれ以上言う言葉はない。

わかっていても今の美咲の母の姿に心を揺さぶられない男などいないだろうとヘリオトロープも思った。


「コチニールはセルリアンよりなお女性の比率が少ない国です。」


タンの説明に美咲の母は唇を震わす。


コチニールの誘拐団によるセルリアンへの被害は年々大きくなっていた。セルリアンも度々抗議を申し入れているのだが、コチニールは自分たちのあずかり知らぬ事だと突っぱねている。その代わりセルリアンが誘拐団を捕らえどれほど処罰しようと一切文句は言わない。結果セルリアン国内で、誘拐団のトカゲの尻尾切りのような状況が続いているらしい。


女性の出生率の問題は、強い力を持つ女性が王の伴侶となれば改善されるという説があるが、元来女性はそれほど強い力を持つことが無く推測の域を出なかった。

ただ、王の伴侶の力が強ければ強いほど王の力も強くなり、結果人間の住める地域が広がれば人口が増えることも可能となることからこの説を支持する者は多い。

しかし、どのみち今現在の女性不足に即効の解決策はなく、誘拐団の被害はなくならなかった。


「やっかいな奴らに掴ったな。」


ヘリオトロープはこぼす。

誘拐団は犯罪集団とはいえ軍の小隊に匹敵する規模だ。よく訓練され統一された組織は侮りがたい力を持っている。


「・・・どこに居るかはわかっているの?」


心配そうに母が聞く。


「街中に潜伏していた者達が北の山の方に集まり丘を背に陣を張っているという報告が入りました。地元の者でも滅多に行かない場所で今まで見つからなかったようです。」


情報を取りまとめたシアンの報告に母はそれでもホッと息をつく。


「居場所はわかっているのね。美咲は無事なのかしら?」


小さな声は震えていていつもののんびりした様子はなかった。


「女性の誘拐が目的の組織です。捕えた商品に傷をつけるような真似はしません。」


アッシュの”商品”という言葉に複雑な表情を浮かべる。


「早く救出してあげて。」


「もちろんです。」


当然、全員の総意だった。


救出作戦の検討が始まる。


騎士にまかせて部屋に戻って休みましょうと促したアッシュに母は不思議そうな顔を向けた。


「アッシュは救出作戦に参加しないの?貴方の魔法の力なら一網打尽に出来るのではなくて?」


アッシュは驚いたように目を瞬き、あぁ、と言った。


「魔法使いは戦いに参加しません。参加しても無駄なのです。」


ママは異世界の方でしたねと、今更ながらに言うとこの世界での戦いの常識を説明してくれる。


「強い魔法の力を使っての戦いはセルリアンではできません。王の力によって抑制されているのです。」


そもそもこの国はありとあらゆる力に満ち、荒れ狂うその力を王が従え抑えることで成り立っている国だ。力が王の制御を離れれば世界は破壊されてしまう。その為全ての力は王の管理下にある。


「王は戦いに強すぎる力を使う事を許しません。」


これは絶対の掟で、何時いかなる時どんな場合でも破られることはないそうだ。


セルリアンの周辺諸国は王の加護のぎりぎりの位置にいることから外へ向かって発展することができない。結果領地争いはセルリアンへと向かい周辺諸国との間には度々小競り合いが起きている。今から10年ほど前には、北のウイスタリア連合国がその年の冬の冷害で食糧が不足しセルリアンに大々的に攻め込んで来たこともあった。

国を守るその戦いのどれにも魔法が使われる事はなかった。


「戦の大きな魔法はより多くの力を呼び最終的に王の制御を破る危険があるそうです。防御や治癒の小さな魔法はできますが大規模な攻撃魔法は無効化されます。」


同時に召喚獣を使っての大規模な攻撃もできないそうだ。セルリアンや周辺諸国に召喚される力の強い魔獣は王の力の及ぶこの地に入る段階でそういった行為をしないと盟約させられるのだそうだ。


「・・・ぴーちゃんを使っての街中焼き払い作戦は不可能なのですよ。」


タンが何だか面白そうに付け足す言葉に、母は、まぁ!と目を見開き、2人でクスクスと笑った。


その様子をアッシュは面白くなさそうに遮る。


「さあ、部屋に戻りましょう。戦いは騎士に任せて休んでください。」


母はアッシュの思いやりにありがとうと言いながらも首を横に振り席を立たなかった。


「・・・どういった作戦をとるの?」


母の質問にタンは一瞬逡巡したが、すぐに口を開いた。


「誘拐団が丘を背に陣を張っているのが上手くない。正面から攻めれば高みに逃げられる。高所の敵に攻撃するのはリスクが大きすぎる。」


生真面目なタンの答えにアッシュは顔を顰める。明らかにそんな戦いの話を女性にするのを好ましく思っていない様子だ。


「高所・・・」


と母は言って考え込んだ。


「もっと、高い所から・・・そう、竜に乗って攻撃すれば良いのではない?」


母の言葉にアッシュが仕方ないなという風に笑いながら答える。


「言いましたでしょう。竜は戦いには参加しないのです。」


「?・・・力を使って攻撃できないだけでしょう?騎士を乗せて上空を飛ぶだけなら良いのではなくて?竜に乗って上空から矢を射かけるとかもダメなの?」


「?!竜に乗って矢を・・・」


呆然とタンは呟いた。


“竜は戦いに使えない”というセルリアンの者ならば赤子でも知っている約束事に縛られて考えた事もなかった。


「竜を・・・そんな、“メラ”と同じように使うなど・・・」


ヘリオトロープも愕然とする。戦いでは、騎士はメラに乗って剣を振るったり矢を射かけたりする。ただの獣のメラと聖獣である竜を同じ用途で使うなど想像することもできない。


「竜が同意してくれるかどうか・・・」


「聞いてみれば良いのよ。別に乗せて飛んでくれれば良いだけだもの断ったりしないと思うわぁ。・・・そうね。慣れていないのなら急に矢を射るのは無理かしら?投石でも良いかもしれないわよね。派手さはないけれど地道にダメージを与えられる方法よね。」


パンと手を打って、母はうんうんと一人頷く。


「それでね・・・」


嬉々として母は、考えついた誘拐団攻撃作戦をアッシュやタン、ヘリオトロープに語って聞かせる。


聞いていた男達の顔が何とも言えぬ表情になり、次第に蒼ざめて行く。


「ね。そうしましょう?」


にこやかな母の表情とは実に対照的だった。


その後、無事?竜の同意も得られ(竜は面白いと乗り気だった。)タンとヘリオトロープから作戦を聞かされた騎士たちもその内容に愕然とする。


「・・・俺、誘拐団でなくて良かった。」


呆然と呟くジョンブリアンの言葉が、男たち全員の思いを代弁していた。

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