事件 3
時は遡る。
抵抗するエクリュを無理矢理丸め込んで城外に出た美咲は周囲の風景に興奮を抑えられなかった。
魔法使いや騎士の存在から予想していたとおり街は中世ヨーロッパ風の古風なたたずまいを見せる。
石畳の街路に煉瓦造りの家。馬に似た獣(エクリュが“メラ”というのだと教えてくれた。)に牽かれた馬車が行き交うことから、かなり幅広い街路の脇には見たこともない街路樹が青々とした葉を茂らせている。
蹄の音と翻訳魔法を通しても低くて意味が拾えない異国のざわめきが、まるで音楽のようで耳に心地よかった。
「エクリュ、エクリュ、あれは何?!」
見るもの聞くもの目新しくて、美咲は興奮を抑えられない。
「姫・・・っと、“シディ”!待ってください。」
エクリュは慌てて美咲を追いかける。
街中で“姫様”と呼ぶわけにもいかず美咲には偽名がつけられていた。黒髪黒瞳から“オブシディアン”黒曜石と付けて“シディ”と呼んでと美咲にお願いされればエクリュが断れるわけもなかった。
城から少し歩いた先の広場に市場を見つけ美咲は駆け出す。
エクリュが追いついた時には、市場の中の串焼きを売っている露天の前にへばりついていた。
「エクリュ、美味しそう。」
小さな鼻をクンクンとさせて瞳を輝かせて串焼きに魅入る姿は、行儀が良いとは言えないがとても愛らしかった。
「・・・1つだけですよ。」
折れたエクリュが買おうとすると、どうしても2つ欲しいと言うので仕方なく2つ買う。
美咲はその2つの内の1つをエクリュに差し出した。
「一緒に食べよう。一人で食べても美味しくないもの。」
無邪気に笑いかけてくる姿に胸が痛くなるほどにギュッと締め付けられる。
王の伴侶となる“運命の姫君”。
一目見たときからエクリュの心を虜にした姫は知れば知るほど夢中にさせられる。
愛らしい容姿。
年上とは思えないあどけない表情。
動作の一つ一つが愛くるしく惹かれずにいられない。
そして見惚れずにいられない魂の輝き。
あれほど美しい輝きをエクリュは見たことがなかった。純粋にキラキラと輝く透明な光。遮蔽の魔法でその輝きが覆われた時はもの凄くがっかりしてしまった。
傍に居て、見ているだけで満足な輝きのはずなのに、こんな風に優しくされると欲が出てしまう。
もっと触れられたら、もっと近くにいられたらと願わずにいられない。
満足そうに串焼きを食べ終わった美咲は、美咲に見とれながらぼうっと食べていたエクリュが口の周りを少し汚しているのを見て、その口に付いた汚れを指でぬぐってやる。
顔を真っ赤にしたエクリュに、弟がいたらこんな感じかな?と思いながらその指をぺろりと舐めた。
「!!・・・ひっ・・シディ!!」
可愛いアイドル並の顔をこれ以上無いほどに赤く染めて狼狽えるエクリュに、ゴメンねと謝って美咲は街中の探検を再開する。
「あ!待ってください、シディ!」
慌てるエクリュを置き去る勢いで美咲は先へ進む。
串焼きを買った店の店主からこの奥に可愛い小物を扱った店があると聞いたのだ。
(異世界の小物なんて絶対外せないわよね!)
エクリュがついてくることを疑いもせず美咲は人混みをすり抜けて広場の奥へと向かった。
なかなか目当ての小物店が見つからず美咲は随分広場の奥へと入り込んでいた。
周囲も大人の男の人ばかりで本当にこんな所に女性向けのお店があるのかと思ってしまう。
とうとう露天の終わりが見えて、美咲はがっかりしながら後ろを振り返ろうとした。
「道を間違えたみたい。エクリュ、戻りましょ・・・っと!」
振り返った途端すぐ後ろに居た人にぶつかった。
目の前が相手の胸あたりなので背の高さからエクリュではないと直ぐに気づく。
「!!ごめんなさい!」
咄嗟に謝って見上げた先に鮮やかな朱色の髪が目に飛び込む。瞳も朱色で思わず魅入ってしまう。
(朱肉みたい・・・)
印鑑の朱肉を思い出し少し笑ってしまった。
「・・・何を笑っている?」
怪訝そうに聞かれてしまった。よく通る低い声にちょっと、どきっとする。
よく見れば端正な整った顔立ちをしていた。
遊んでいそうな大学生という印象だった。
「ごめんなさい。あんまり鮮やかな朱色だから。」
慌ててもう一度謝った美咲に、男は可笑しそうに笑った。
(!うっわぁ!笑うとステキ!!)
ポカンと見惚れる美咲に男はなおも笑う。
「・・・悠長だな。」
呆れたような声だった。
男の右手が目にも止まらぬほどの早さで動き、掌が美咲の鳩尾に触れる。
本当に、羽が触れたかのようなかすかな感触だった。
・・・なのに。
「うっ!」
一瞬で体から力が抜けた。
ガクリとくずおれる体を、朱色の男が軽々と支える。
「姫様!!」
エクリュの叫び声が聞こえ、光が瞬きポポの白い毛が見える。
否応もなく世界が暗転する。
「魔法使いは殺すな!上への警報になっている可能性がある。遮断の魔法の檻で封じてしまえ!」
「何だこの魔獣は?」
「ノルボだ!脅威にはならない。このまま連れて行け!」
かすむ意識に何人かの男の声が聞こえる。
自分に何が起こったかもわからず、美咲の意識はそのままブラックアウトした。




