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保護者同伴”異世界トリップ”  作者: 九重


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事件 2

慌ててヘリオトロープもタンの後を追おうとする。


その彼を母が止めた。


「ヘリオ!」


思わず足が止まった。


止めざるを得ない声だった。

いつものどこかのんびりとした口調ではない。

振り向いたヘリオトロープに母が言葉をかける。


「美咲が!・・・美咲に何かあったわ。」


それはそうだろう。あの魔獣の様子はただ事ではない。


呼ばれたか?


それとも主の危機に飛んだのか?


“運命の姫君”に何かあったと言っているも同然だった。


「美咲を探したいの。皆さんで協力してくださる?」


「もちろんです。全力を挙げてお探しします。」


ヘリオトロープは当然と答える。そのためにタンの後に続こうとしていたのだ。


「ありがとう。では・・・」


だが、その後の母の行動はヘリオトロープの予想をはずれていた。

母は鍛錬場に呆然としていた騎士たちに指示を出し始めたのだ。


「“ビリジアン”、“バフ”、“ブラウン”・・・」


続けざまに7名ほどの騎士の名が呼ばれる。

皆動きの素早い、しかし注意深い行動のできる騎士の名だった。


「ポポは消える前にこの方向を見ていました。」


白く細い指が一点を指差す。

確かにそれは消えた魔獣が宙を睨んでいた方向だった。城壁を越え、街中を指している。


「こちらを中心に美咲の捜索をしてください。エクリュも一緒の可能性があります。捜索範囲、連絡手段と方法の確認をして至急向かってください。」


緊迫した、しかし美しい声に、名を呼ばれた騎士たちが躊躇いもなく承諾の返事をする。


「“マルーン”、“セピア”彼らの取りまとめを。」


2人とも頭が良く、情報の統括と整理の得意な騎士だった。


「“テラコッタ”、“シアン”貴方たちは城内の聞き取りと捜索をお願いします。」


機動力は多少劣るが着実に任務の成果を上げる騎士の名が呼ばれる。


「行ってください。」


それは懇願という名の付いた命令の言葉だった。


礼をとった騎士たちが駆け出していく。


おいおい、とヘリオトロープは思った。

確かにヘリオトロープは母から協力を依頼され許可を出している。だがそれは騎士への指揮権を委譲したものではなかったはずだ。

少なくともヘリオトロープはそんなつもりではなかった。


しかし目の前でヘリオトロープの許可を取り付けた上で、自分たちに下される命令に騎士たちは当然のように従ってしまう。


やられたと思うが、それ以上にヘリオトロープには気にかかる事があった。


タンと共に派兵された15名の騎士の内今指示を受けて出ていった者が11名。

この場にはヘリオトロープの他に3名の騎士が残っている。


“ジョンブリアン”“ピーコック”“コーラル”


何故この3人を残したのか?


ヘリオトロープの背中にぞくりとした悪寒が走る。



「貴方たちには貴方たちの“ルート”で捜索をお願いします。」



言われた言葉にやはりという思いと驚愕が同時にやってくる。

残った3人はそれぞれ立場は違うが、裏社会と呼ばれる闇ルートに伝手のある者たちだった。


「・・・どうしてわかった?」


ヘリオトロープから発せられた疑問の声からは、“運命の姫君”の母という存在に対する表面上の敬意が消し去られていた。


母は自分の髪からはみ出ている赤いクジャクの羽の尾を引っ張り出す。


「これよ。」


わしっ!と尾をつかまれて、白く小さな手からぷらぷらとぶら下がる赤いヒヨコがヘリオトロープたちの目の前に差し出された。

ぴーちゃんはジタバタと暴れたが母に静かにしなさい!と叱られてぶら〜んとぶら下がった。


「貴方たち3人に対するぴーちゃんの警戒はうなじがピリピリとするようだったわ。普通の騎士でなどありえない。」


断じる言葉にジョンブリアンが口笛を吹く。


「凄いな。あんな無邪気な笑顔の下でそんな事を思っていたんだ。」


鮮やかな黄色の髪が楽しそうに揺れる。


「あらぁ、楽しかったのは本当よぉ。私、裏のある男は嫌いじゃないわよぉ。」


口調が甘ったれたものに戻っていた。


「俺も悪女は嫌いじゃないぜ。」


ジョンブリアンの言葉に、えぇ、酷い!と可愛く拗ねる姿は、先ほどまでの凜として騎士に命を下していた姿とは重ならなかった。


「タンにぃ、貴方たちを使う器用さがあるとは思えないわぁ。せいぜい、見て見ぬふりをするぐらいよね?だったらぁ、貴方たちを束ねるのはヘリオの役目よねぇ?」


しかし語られる内容は甘ったるい女のものではなかった。


ヘリオトロープは頭を抱える。


「他の奴らの適性を見抜いたのもその鳥か?」


嫌そうに確認したが、答えは聞かなければ良かったと思えるものだった。


「違うわよぉ。あんなのぉ試合と他の行動を見れば一目瞭然でしょう?私人事課にいるのよぉ。」


人事課?と呟く。


「そうよぉ。影の人事部長って呼ばれているんだからぁ。」


人事課や人事部長が何かはわからなかったが、あの短い時間に自分たちの行動を見てあれだけ的確に適材適所を見分けられる母の眼力に心底寒気がする。


「疑問が解けたらぁ、さっさと行って。大丈夫よぉ、報酬はぁいつもの倍ヘリオが払ってくれるからぁ。」


「!おい!!」


とんでもない言葉にヘリオトロープが慌てる。

だが3人は良いことを聞いたとばかりにヘリオトロープが否定する前にあっという間に飛び出していった。


「あいつら・・・」


「やる気のある部下ってありがたいわよねぇ。」


「お前・・・」


ヘリオトロープが抗議しようと口を開いたところに、ようやくタンが息せき切って戻ってきた。


誰一人いなくなった鍛錬場を呆気にとられたようにポカンと見詰める。

その姿がなんとなく情けなく映って、ヘリオトロープは再び頭を抱える。


母はそんなヘリオトロープを気の毒そうに見ると、まるで待ちかねていたようにタンに駆け寄った。


「タン!美咲は?!」


タンは不安な様子の母の姿に、我に返り飛びつく勢いの母を抱きとめる。


「部屋にいません!エクリュの姿も消えています。」


タンの言葉に母の瞳は不安に揺れる。


心配で心配で仕方のない、なす術の無い無力な母親といった風情にヘリオトロープは舌打ちをしたい衝動を堪えた。


何も知らないタンが他の騎士の居場所をヘリオトロープに聞いてくる。


「・・・“ママから依頼を受けて”既に全員が捜索を行っている。」


ヘリオトロープは簡潔に事実を答えた。


いろいろ言ってやりたい事はある。

しかしあの3人の存在を知られ、万が一にもその事を声高に言いたてられるのは都合が悪かった。

おそらく母の言うとおり、タンは裏に繋がる存在がいる事を誰だと断定できないまでも知っている。そして黙認しているが、ここで母がそれを指摘すれば対処せざるを得なくなる。正式な処分はヘリオトロープの元にも及ぶだろう。

それより何より闇ルートがなくなるのは痛い。蛇の道は蛇なのである。軍に必要悪はなくてはならない。


そんな危険を冒すくらいなら、タンには母に騙されていてもらおうと思った。


余計な事は言わなかったはずなのだから感謝されて良いと思ったのに何故かヘリオトロープは母から忌々しそうな視線を向けられる。


「?!・・・ママに。」


何故かタンも訝しそうな声を上げた。


「そうか。・・・わかった。ヘリオお前も直ぐに行って指揮をとれ。俺はママを安全な場所に送ってから行く。」


「わかった。」


本当はタンが何に引っ掛かったのか確認したかったが行けと言われれば従わざるを得ない。

ヘリオトロープは後ろ髪を引かれながらもその場を離れる。


タンは、母へと向き合った。


ぴーちゃんが警戒するように姿を見せるが引っ込んでいなさいと母に言われてすごすごと戻る。


タンの茶色の瞳が母を見る。


「・・・何故、貴方が翻訳魔法を使えるのです?」


そうなのだ。


母には翻訳魔法を教えていないはずだった。


アッシュかタンが傍にいない限り母は他の者とは話せないはずなのだ。翻訳魔法は確かに初級の魔法だがその効果を他者にも及ぼすにはある程度の力がいる。騎士の中にそこまで魔法の力のある者はいなかったはずだ。


母はニコリと笑った。


「美咲に教えてもらったのよぉ。あの娘覚えた魔法が凄く嬉しかったらしくてぇ得意になって教えてくれたわぁ。」


「・・・そうですか。姫君が。」


タンは納得する。


教えられてもいない魔法を、それを覚えたばかりの者から教えられて使えるようになる者など見た事も聞いた事もないが、母は教えられていない召喚魔法を偶然とはいえ発動し成功させた人物である。そんな事もあるかと思ってしまう。


(・・・しかし)


不味いなとタンは思い俯く。


そのタンを見て、母はフフッと笑った。



「困ってるぅ?わざわざ教えないようにしていたものを覚えられちゃって?」


タンは驚いて顔を上げた。


「何を・・・」


「教えて良いのはぁ必要最低限の魔法。知識もぉ余計な事は覚えないようにぃできるだけ厨房に連れて行ったりぃ、騎士の訓練を見せたりして・・・何も知らせずぅ、何も見せずぅ、万が一にでも私が美咲を連れ帰さないようにぃ・・・”無力な母親”にしなくっちゃいけなかったのにねぇ?」


何も知らない無垢な子供のような笑みを母はタンに向ける。


タンは思わず一歩後退った。


自覚する。


自分は相手を外見だけで判断して見くびるという、騎士として一番やってはいけない過ちを犯したのだということを。


・・・思い出す。


“運命の姫君“を召喚する魔法の最中、突如その場で王から入った緊急の命令。


召喚魔法に王の力も加わっていた故に、その場に響いた王の言葉の内容はふたつ。


ひとつは召喚者が一人増えたことを伝えるもの。


そしてもうひとつは、増えた“運命の姫君の連れ”への対応に関する命令。


・・・それは、余計な知識や魔法を教える事を禁ずるものだった。

“運命の姫君の連れ”は此度の召喚とその目的を了承するとは限らない。


逆らう力を与えるなと王は言った。


王直々の命令が下る程の相手。


どんな者が来るのかと緊張して待ったタンの目の前に現れたのが母だった。


小さくて抱き締めれば潰れてしまうのではないかと危惧するような美しい女性。


驚くと共に、タンは王の命令が必要以上に警戒しすぎた過剰なものだと思った。

だが、それでも命令は絶対だ。

釈然としないながらもその命に従ってきたのだが・・・


タンはようやく今このとき、王の危惧が決して過剰なものでも何でもない、実に正しい判断だったのだということを悟った。


「知って・・・」


「もちろんよぉ。私って案外捻くれているのよぉ。好意を素直に受け取ったりできないのぉ。・・・こっちではどうか知らないけれど、私の世界で母子2人で生きていくのってぇ案外たいへんなのよぉ。」


笑って言われる言葉に瞠目する。


“セルリアン”では女性は大切にされる。

特に子を産む力を持った女性は本当に大切で、例えその女性の伴侶が亡くなったとしても女性が困ることなどあり得ない。大勢の男の手が女性に差し伸べられ女性はその中から次の男を選べば良いのだ。


この儚げで小さな女性はどんな苦労をしてきたのだろうとタンは思う。



それと同時に自分を酷く恥じた。


タンのしたことは親切そうに見えて母を騙したことに他ならない。

それを全て見抜かれていたのだと思えば身の置き所がなかった。


「・・・大丈夫よぉ。」


母は言うと、一歩離れた距離を詰める。


タンは逃げようという意識が働かなかった。


「わかっているわよぉ。貴方は命令に従っただけでぇ全然悪くない。王に仕える騎士として正しいことをしたのぉ。ちゃんと知っているから。」


ツッと背伸びをし、手を伸ばして母は自分より遙かに高いタンの頭を撫でる。

タンは無意識に頭を下げた。


「悪いのは、貴方やアッシュにぃそんな命令を出した王様よぉ。」


腹黒そうなバリトンボイスだったものねぇと母はタンにはわからない事を言う。


タンは柔らかく暖かな手が心地よく、されるがままに撫でられていた。

こんな事は小さな子供の時にもされたことはない。


女性の少ないセルリアンでは、女性の子育てはせいぜい数年、短ければ乳を与える間だけだ、子供はできるだけ早く母親から離される。次の子供を産まなければならないからだ。子を育てるのは父親かそうでなければ子を産む力の無い女性の仕事だった。

だからこそセルリアンでは母という存在に憧れと崇敬とも呼べる思慕が向けられる。


タンを育てたのは無骨で生真面目なタンとよく似た父親だった。

子に愛情はあっても抱き締めたり優しく撫でたりのスキンシップはなかった。


「今までどおりで良いのよぉ。貴方は私の傍に居てぇ私を見張っていれば良いのぉ。私はそんな貴方を、たいへんねぇって思いながら笑って許してあげるからぁ。」


ね、と笑いかけられてタンは呆然と呟く。


「・・・許してもらえるのですか?」


コクンと母は頷く。貴方たちの思惑どおりにはならないけれどねと笑って付け足した。


タンは信じられずに目の前の小さな女性を見る。


精一杯背伸びして手を伸ばしてやっと項垂れたタンの頭に手が届く人。


タンはその手をそっと握り、おろさせた。


自分の手の中の小さな手に跪いて口づけを落とす。

今更ながらにこの手に他の騎士たちが口づけていたのかと思うと腹立たしかった。


「・・・ありがとうございます。」


「良いのよぉ。それより、早く美咲を探しましょう。絶対無事に保護してね。」


「はい!」


タンの返事に母は微笑む。


「急がないとぉ私、ぴーちゃんに命令してぇ街中焼き払ってぇ探すわよぉ。」


とんでもないセリフにタンは目を丸くする。


呼ばれたぴーちゃんが髪から出て勇ましく母の周りをぴぃぴぃ鳴きながら飛び回った。

冗談よぉと言いながら母はぴーちゃんを髪に戻す。


「最終兵器はぁ最後までとっておくものよぉ。ウルトラマンだってぇカラータイマーが点滅しなければスペシウム光線を撃たないのよぉ。」


どれだけ古いのよ!と美咲がいたら確実に突っ込みそうなセリフは、タンには意味不明で見事にすべった。


何だか落ち込んだ母を急かしてタンは城内に戻る。


早足で歩きながら、タンはこの優しくて可愛いだけではないとわかった女性に、前よりずっと惹かれている自分を自覚していた。

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