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魔法生物を好きだと思う

 会場での立食会のようなものを終え、帰り道に、ソーヤとコレットは二人で歩いていると、急にコレットが立ち止まる。

「コレット?」

「囲まれているわ」

「囲まれている?」

 ソーヤは何にと問おうとして、彼女の顔が険しいものになっているのに気付き、何に囲まれているのかに思い当たる。

 見つかったのだ。コレットを追っていた奴らに。

 周囲は寂れた商店街。ほとんどシャッターが閉じられ、人気は無い。けれど、コレットがそう言うのなら、間違いはないのだろうとも思う。

 何で急にと思う。

 もしかして、自分がレースに出た性か?

 ソーヤの中で、罪悪感のようなものが胸に湧き上がる。

 コウガはこのことを危惧していた。しかし、自分はそれほどまで、深刻に考えていなかった。

 コウガに言った通り、このチャンスを逃したら、これからもレースに出れなくなってしまう。だから、例え見つかったとしても、自分には悔いはない。しかし、その想いには間違いはなかったのだが、少なくとも、コレットを巻き込むのではなかったという後悔が襲ってくる。

 ソーヤは、後悔を吐き出すように、息を思いっきり吐き出す。

 どんなに後悔した所で、現状は変わらない。今、考えるべきはこの状況から、どう、逃れるべきかだ。

「コレット。レムの光は消せるかな? そうすれば、少しは場所の特定の邪魔になるんじゃ」

 頭上から人々を照らす、照明の役割を果たすレムを指差して尋ねる。しかし、コレットは言い難そうに、顔を曇らせる。

「……そうだね。消すことはできるけれど、もう、場所は特定されているわ」

 コレットがそう言った瞬間、目の前に、いつか見た少女が現れた。

 驚き呆けたのは一瞬。

 ソーヤはすぐに行動に出る。

 今、自分は怪我をしている。前のように、コレットを抱えながら逃げることはできない。そして、まともに相手をして、この、化け物のような力を持った少女に、勝てるとも思わない。もし、勝てたとしても、囲まれていると言うことは、追手はこの少女だけでもないと言うこと。苦戦すれば、相手の増援もくるだろう。

 だから、自分に出来ることは一つ。

 ソーヤは、足に付けているジェットボードを外すと、コレットの方へと蹴り転がす。

「コレット。ジェットボードで逃げろ」

「ソーヤは?」

「俺は時間稼ぎをするよ。今回の事態は、たぶん、俺の性だからね」

 ソーヤは苦々しそうな顔をする。

「でも」

「良いから、行けって。奴らの狙いはコレットなんだから。俺なんかをそれほど気にはしないだろうさ」

「……ええ、わかったわ。でも、絶対に無事に戻ってきてね」

「わかってるさ」

 ソーヤはコレットが頷くのを確認してそう答えると、少女に組みつこうとする。しかし、少女の姿が掻き消える。

 現れるとしたら、おそらく死角。辺りを付けて後ろを振り向くと、そこには殴りかかって来る少女の姿。

 どうやら、規格外の魔法を使って来るが、体術的には人の範囲内のようだ。少女としては、速く鋭い拳ではあるけれど、十分にソーヤの反応できる範囲だった。

 ソーヤは拳を払い、腕を捻り上げようとする。しかし、腕を極めようとした瞬間、少女の腕が発熱する。

 身の危険を感じて、腕を離して飛び退く。

 見ると、少女の右腕は赤く光っていた。それが、何がしかの破壊の力であることは明白。

 周囲を見ると、コレットの姿は見えない。

 どうやら、逃げてくれたようだ。周囲を囲んでいる奴らから、逃げられるかどうかはわからないけれど、今、自分に出来る最大限の事はやった。後は、無事を祈るのみ。

 それに、今は、コレットのことを気にかけているだけの余裕はない。

 相手は、魔法を操る少女。それも、理論上、魔導機械の段階では不可能とされる転移を、魔法として、軽々とやってのけてしまうような魔法使い。

 ここまで来ると、目の前の少女に出来ないことは無いのではないのかと思ってしまう。

 ソーヤはそんな思いを振り払うように首を横に振る。

 少なくとも、魔法は万能かもしれないが、全能では無い。

 魔法を使うには、集中が必要だと言う。それも、魔導機械に自らの魔力を繋げるよりも遥かに高度な集中が。

 つまり、魔法を連続で放つにしても、集中し直す為の息継ぎの間があるはずだ。そこに、勝機があるかもしれない。

 ソーヤは踏み出す。

 相変わらず、少女の右腕は真っ赤な光を放っているので、ソーヤは直接触れることを恐れ、蹴りを放つ。しかし、それは右腕で防がれる。

 少女は顔を顰めるが、ソーヤもまた、痛みに顔を顰めた。

 少女の赤く光る腕、それに触れたソーヤの靴から白煙が上がり、靴越しだと言うのに、熱した棒に押し付けたような痛みを感じる。

 どうやら、少女の腕は信じられないような高熱を放っているようだ。

 ソーヤは火傷特有の、引き攣るような痛みを足の甲に感じながらも、すぐさま次の攻撃に移る。この少女との戦いにおいて、守りは考えてはいけない。守りに徹すれば、たちまち手に負えなくなってしまうからだ。

 次に、痛めていない左拳を突き出す。

 しかし、その拳が届く前に、ソーヤは腹を蹴られる。

「ぐはっ」

 いきなりの衝撃に咳き込み、後ろにたたらを踏んでしまう。

 予想はしていたが強い。

 魔法だけでなく体術においても。

 コレットにしても、喧嘩をした時の体術は相当なものだった。同じ所に居たであろうこの少女も、強くて当然だろう。

 それでも、退くわけにはいかない。

 ソーヤは無理にでも踏み込もうとするが、少女が赤い右腕を振り上げるのが見て取れる。さすがにそれを受けるわけにはいかない。すぐさま避けようとする。しかし、実際に来たのは蹴り。ソーヤは成す術なく受けてしまう。

 赤い腕で攻撃すると見せかけ、そちらに注意を向けさせることで、隙を作って来る。ソーヤにしても、それがわかっていたとしても、赤い腕を警戒しなければならない。一撃でも受ければ終わりだからだ。

 もし、防げる武器や防具があれば話は変わるのだが、今、そんな物を持ち合わせてはいない。

 そして、ソーヤは攻めあぐねてしまう。

 それは、少女が魔法を使うには、十分な時間。

 少女の姿が消える。

「転移か」

 周囲を見る。しかし、近くにはいない。

 なら、どこだ? 

 ソーヤは視線を転じる。すると、使われていない三階建ての雑居ビル。その屋上に、少女は居た。

「しまった」

 コレットを追うのだろうか?

 不安に思うが、コレットが逃げてから、それなりに時間は経っている。いくら転移を仕えようと、効果範囲は視界の中。どこに逃げたかわからないコレットを、すぐに追い付けるはずがないと、ソーヤはその考えを打ち消す。

 それに、少女はこちらを見ている。つまり、まだソーヤと、戦う気ではあるということ。そして今度こそ、ソーヤはヤバいと思う。

 ソーヤには、遠距離の攻撃を仕掛けることも、屋上まで近付くこともできない。

 正に、一方的に攻撃を受けるだけだ。

 ソーヤは冷や汗を浮かべながらも、自分を誤魔化すように、強がりの笑みを作る。


 気が付くと、ソーヤは薄暗い部屋に居た。

 床に転がされているようだ。

 一瞬、ソーヤは自分の状況がわからなくて混乱するが、すぐに思いだす。

 少女と戦い、遠距離戦という圧倒的に不利な状況に陥り、なんの抵抗もできぬまま、一方的な攻撃の中で、意識を失ってしまったのだ。

 その後、囚われてしまったのかもしれない。

 コレットは無事に逃げられたのだろうかと思いながら部屋を見回す。

 パッと見、簡易トイレと、簡易ベッドしかない。

 物の無さに比べて部屋は広めで、それなのに窓はない。

 折角なら、ベッドに寝かせてもらいたいものだと思いながら、起き上がろうとするが、その時になって、腕が後ろに縛られていることに気付く。とりあえず、腕の枷は取れないものかと力を込めるが、鉄製なのかビクともせず、手首が痛むだけだ。

 手枷を取ることを早々に諦めて、部屋のドアから外に出ることにする。しかし、ドアは鍵がかかっているのか、ビクともしない。閉じ込めているのなら、当然だろう。

 鍵穴があるわけでもなく、魔導式の鍵なのだろう。そうなると、開けるにしても、外側からの操作しか受け付けてはくれない。

 打つ手は無さそうなので、相手の出方を待つことにする。その時までに、体力は残しておくべきだろうと、とりあえず、ベッドに寝転ぶことにする。

 遠くから、死なない程度に、炸裂の魔法を投げつけられたので、受けた体のあちこちが、ヒリヒリと痛い。

 それでも体を治そうとしてか、眠気がやって来る。

 ソーヤはその眠気に抗うことなく眠りにつくと、しばらくして、扉が開く音に目を覚ます。

 先程の少女と共に、白衣を着た小柄な男と大柄な男が二人、ソーヤの居る部屋に入ってくる。

「起きたか」

 小男が、ソーヤの顔を覗き込んでくる。

「拉致監禁で訴えても良いかな?」

 ソーヤが尋ねると小男は鼻で笑い、髪を引っ張ってくる。痛みに自然、ベッドから立ち上がってしまう。すると、今度は足を払われ、ソーヤは無様に転んでしまう。

 床に顔を打ち付けられて痛みに呻くが、男達は気にした様子もない。つまり、訴えられても彼らにはたいしたことではないか、訴えられもしない可能性のどちらかだろう。

 できれば前者であって欲しい。後者はいかにも口封じに殺されそうだ。

「〇五はどこにいる?」

 大柄な男が尋ねて来る。

 〇五とは何のことだろうかと思う。けれど、こいつらの探しているのはコレットだ。おそらく、その〇五と言うのは、コレットのことだろう。

 どうやら、コレットは捕まらなかったようだとソーヤは安心する。それなら、後は自分が隠し通せば良い。

「何だそ――ぐっ」

 ソーヤが恍けようとしたら、顎を蹴られた。

「どこだ?」

 小男の追及。

「知らねっ――ふぎぃいい」

 怪我していた腕を、小男は踏みにじる。

「知らないわけはないだろう? 君と一緒に居た女。あれが〇五なんだよ。君はわかっていないようだね。あれは我々の物なんだよ。あれが居ない性で、どれだけ我々の研究が遅れていることか――」

 長々と語る大男。しかしソーヤは、小男に腕を踏みにじられる痛みの為に、大柄な男の話は、ほとんど聞いてなどいられなかった。

 踏みにじるのを止めた小男が、涙目になっているソーヤの顔を再度覗き込んでくる。

「だから、〇五の居場所を教えろ」

 ソーヤは小男の顔を見ながら笑う。

「あはは、知るかボケ」

 小男はソーヤの言葉に呆れたようにため息を吐き、ソーヤを転がすと鳩尾蹴る。ソーヤは咳き込みながらも笑い続ける。

 ただの虚勢だが、そうでもしていないと、恐怖を表わしてしまう。

 小男がソーヤを痛めつけては、主に大男が尋ねるということをひたすら繰り返す。ソーヤはその度、馬鹿を見るように笑う。

 ソーヤがまともに返事もできなくなったところで、さらなる暴力を振るおうとする小男を大男が止める。

「それ以上やったら殺してしまう。そしたら〇五のことが聞けなくなる」

「チッ」

 小男は忌々しそうにソーヤを見ながらも、暴力を止める。

「〇八。この餓鬼の怪我をある程度治しておけ」

 小男は少女にそう言うと、大男と共に、少女を残して部屋から出て行く。

 少女は痛みに力無く呻くだけのソーヤに近付いて、治癒の魔法をかけてくれる。

 魔法に込められる魔力の量はとてつもない量で、魔導機械で使う魔法とは比較にならない速度で、ソーヤの怪我が見る見る治っていく。まぁ、その分、ソーヤ自身の体力も相当使うが、痛いよりは良い。

 少女が魔法を止めた時、体の傷だけでなく、元々怪我をしていた腕まで、回復している。

「ありがとう」

 ソーヤは素直に礼を言うと、少女は不思議そうに首を傾げる。感謝されるとは思わなかったのだろう。

「礼はいらない。命令されたことをしているだけだから」

 少女は素っ気なく言い、治癒の魔法を続ける。

「そっか。……俺の拘束を解いてくんない」

「いいわ」

 少女はあっさり頷いて、手の拘束を解いてくれる。

 意外だ。

 ソーヤは一瞬呆けた顔をしてしまった。まさか、本当に解いてくれるとは思わなかった。気を取り直すように咳払いをして、恐る恐る尋ねてみる。

「……ならさ、逃がしてもらっても良いかな?」

「それはできない」

「あはは、だよね~」

 ソーヤ自身、少女が言うことを聞いてくれるなんて、本気で思ってはいなかったが、もしかしたらと言う思いもあったので、とりあえず聞いてみたのだがやっぱり駄目だった。

 残念だ。

「……あなたは私を恨んでないの?」

 少女が不思議そうに聞いて来る。

「何故?」

「だって、私があなたをここに連れ去った」

 ソーヤは考える。ここに来てからのことを思えば、十分恨んでも良いとは思う。しかし、少女に対しては、そんな気持ちは浮かばない。

「う~ん、悔しいとは思うけど、恨むとは違うかな。だって、連れ去ったのだって、あんたが行ったとはいえ、首謀者は違うだろう。恨むならそっちだよ」

「……そう」

 少女は頷くが、何を思ったのかはわからない。

「ていうか、あんたの名前を教えてくんないかな。あんたって言うのも、どうかと思うんでね」

 ソーヤは肩を竦めて言う。

「〇八」

「……それは名前じゃないように思うけどな。ただの番号だろ?」

 ソーヤはそう言いながら、コレットの名前を聞いた時のことを思い出す。

 コレットは言っていた。今まで呼ばれていた呼称を名前として認識されたくないと。

 今なら、ソーヤはその意見に、激しく同意したことだろう。自分だって、番号でなんて呼ばれたくはない。

「つまり、あんたも名前らしい名前が無いってことか」

「……そうね」

 ソーヤの言葉は、コレットとの接触を認めた内容であったけれど、少女は特に気にした様子はない。気付かなかったというより、少女個人にとっては、コレットが捕まろうが、捕まらなかろうが、どうでも良いのだろう。

「じゃあ、あんたに名前を付けてやるよ」

「名前を?」

 少女は初めて戸惑った表情をする。ソーヤは気にせず考え始める。

「う~ん、……ハルなんかどうかな?」

「ハル?」

「そう、ハルだ。冬が終わって、生き物達の希望の季節である春になる。願わくば、あんたのその人間離れした力が、名前のように、人々の希望になって欲しいね」

 少女ハルの力は、使いようによっては破壊の力にも、恵みの力にもなる。しかし、あの男達を見る限り、ハルは軍事目的で使われる可能性が高いだろう。できればそんなものにはなって欲しくはないと思う。

「ハル。……うん、ハル」

 ハルは何度も自分の名前を確かめるように頷く。気に入ってもらえたのかもしれないと、ソーヤは少し嬉しくなる。

「じゃあさ、ハル。俺をここから逃がしてくれないかな?」

「無理」

「だよね~」

 少しは心を通わせた気分になったので頼んでみたのだが、駄目だった。

 人生甘くない。

「あなたはなん――」

「ソーヤ」

「ん?」

「俺の名前だよ。俺はハルのことをハルと呼ぶ。ハルは俺をソーヤと呼びな」

「……じゃあ、ソーヤ」

 ハルは小声で確かめるように言う。少し照れているように見えて、ソーヤは少し微笑ましい気持ちになる。

「ソーヤ」

 再度尋ねて来る。

「なんだい、ハル?」

 ソーヤは少々わざとらしく尋ねる。ハルの頬が少し赤くなっている。名前を呼ばれたのに照れているのだろう。

 場違いかもしれないが、ソーヤはこのママゴトのようなやり取りを、少し楽しんでいた。

「……ソーヤは、何で〇五を助けようとしているの? 居場所を教えて、ちゃんと〇五が捕まれば、手荒なことをされずに帰れたはず」

 ハルは本当に不思議そうに尋ねて来る。

 しかし、コレットと出会ったばかりならまだしも、今のソーヤにとって、コレットは家族だ。それを助けようとするのは、ソーヤには当然のことだった。

 ソーヤは関係のない人間がどうなろうと知ったことではないが、逆に、心を開いた家族や友を何よりも大切にする。そう言う生き方をしている。

 それに、

「正直ムカつくんだよね。あいつら人のことを簡単に殴ってくるし、……そんな奴の思い通りになって欲しいなんて普通は思わないだろ? ……それに、コレットを人ではなく、まるで物のように考えているのが、何より気に入らない」

「……コレット? コレットと言うのは、〇五の名前なの?」

「あっ、いや」

 ソーヤは自分が話し過ぎていることに気付く。

「なんて皮肉な名前」

 ハルは自嘲的に言う。

「皮肉?」

 ソーヤは困惑する。思ってみれば、コレット自身、名前を付けられた時に言っていた。皮肉だと。

「ソーヤは〇五――いいえ、コレットを人のように言うけれど、それは間違い。コレットは物。魔学の祖であるコレットの残した技術によって生み出された、魔法生物。それが私達」

 ハルはまるで吐き捨てるように言う。自分の存在も、魔学の祖であるコレットも嫌っているように。

「……魔法生物」

 ゴーレムやレム、アイリモやジェルと同じ存在。

 それならコレットの魔力を見て操る力も、ハルの化け物染みた魔力も、普通の人間と言われるよりも納得できる。

 そして、今までのコレットの行動。

 納得できるのだが……。

「嘘だ」

 ソーヤは信じられないのではなく、信じたくはなかった。

 魔法生物が嫌いだ。特に、人型をした物であればある程、人間との違いが際立つからだ。コレットが魔法生物だったらと思うと、それだけで嫌悪感が湧き上がる。

 おぞましい。

 今まで見せていたコレットの行動が、全てシミュレートされた偽りの感情を、適した場面で振舞っているだけのようにすら見えて来る。

「嘘ではない。私とコレットは魔法生物」

「嘘だ。コレットは人間だ」

 ソーヤは頑なに否定する。そうしなければ、コレットを好きなままではいられない。好きなままでは。

 ソーヤは嫌な考えを打ち消そうとする。しかし、そんなソーヤをハルは哀れむように見ていた。


 いつの間にか、ハルは部屋から居なくなっていた。

 傷の手当ての終わった今、ハルがここに居る必要はない。だから、戻ったのだろうけれど、ソーヤには、そんなことを気にしている程、心に余裕はなかった。

 コレットが魔法生物ではないと否定しても、すぐに疑いの心が大きくなるばかりだ。

 ソーヤは思い出す。

 自分が魔法生物を嫌いだということを知った時、コレットはとても、悲しそうな顔をしていた。

 そして、コレットがゴーレムを助けた時のことだ。

 何故、ゴーレムを助けたのかを尋ねると、コレットは自分とゴーレムを対等な存在として考えているような答えを返した。それは、本当に同じ存在だからではないか?

 そして、コレットは言っていた。

 ソーヤに嫌われたくないから、自分の正体を明かさないのだと。

 それらはつまり、ソーヤが魔法生物だということが悲しくて、自分が魔法生物だと知られることを恐れていたのではないか?

 コレットは、……魔法生物なのか?

 いやむしろ、自分自身、それは薄々気付いていたではないか? それを認めるのを避けていたのではないか?

 嫌な考えしか浮かばないことに、ソーヤは嫌になり、とりあえず考えるのを止めることする。

 今はことの真偽より、生きて帰ることが重要だ。

 ここはどこだろうと見回すが、窓がないので、ここは自分の居た都市、夏甘の中かさえわからない。

 改めて部屋を見たところで、あるのはやはりベッドとトイレだけだ。そして、ドアの横にはパンとスープが置かれていた。……いつの間に。

「……腹減った」

 その二つを見ると思い出したように空腹を感じ始めたので、とりあえず食べながら見回すが、どんなに見回したところで新たな発見があるわけではない。

「まずいな。これ」

 硬いパンに冷めたスープは空腹だから食べれたが、正直あまり食べたくない味だ。これをコレットはずっと食べていたのだろう。これに比べれば何でも上手い。コレットがただでさえ上手いコウガの料理を食べて、感動した気持ちが良くわかる。

 食べ終わってから、何か役に立つ物は持っていないかと、自分の所持物を確認すると、ズボンのポケットに携帯端末が入っていた。取り上げられなかったのかと確認すると、外との通信は完全に妨害されている。当然だろうとは思うものの、落胆してしまう。

 なんとかわかるのは日付と時間くらい。

 今は夕暮れ時。ソーヤの思っていた日付より一日ほど後のだが。

「こんなに寝てたのか。爆睡だな」

 わざと軽口を叩いてみるが、気分が明るくなるわけでもない。

 特に今の状況を打破するような物は持っていなさそうだ。

 つまり、内側からはどうにかすることはまず無理だ。ならば、外側からなんとかしてもらうしかないだろうとソーヤは考える。

 ……どうにか。

 ソーヤはベッドに寝っ転がる。そして、自分のお腹を押さえる。

「くっ、ぐぅう。――痛っ――」

 ソーヤは苦しみ悶える――フリをしてみる。

 そうすれば、外にいるかどうかわからないが、少なくとも監視しているであろう人物が、心配してこの部屋に入ってくるだろう。そしたらそいつを殴り倒し、部屋を飛び出るのだ。この部屋を出れば、後は何とでもなるとは言わないが、少なくとも、選択の幅が広がる。……ハルにさえ会わなければだが。

 だいぶは運任せで古典的ではあるけれど、少なくともテレビやゲームでは上手くいく行動だ。

 ソーヤはそう思っていたのだが、苦しむフリをすること三十分程。

 ……誰も来ない。

 思ってみればこの方法は、相手が自分に対して死んでしまっては困ると思っていなければ通用しないではないか。

 ソーヤの持っている情報はコレットの居場所。それも相手からしてみれば、確実とは言えない情報だろう。

 少なくともあの小男のソーヤに対する容赦のない所業を見てとれば、ソーヤの命などどうでも良いのだろう。死ねば少し面倒になると思っている程度だ。

 おそらく、小男が見ていたとすれば、このまま死ぬなら死ねばいいとでも思っているのだろう。

「駄目じゃん」

 ソーヤはあまりの効果の無さに苦しむフリを止める。

 これ以上の方法も思い浮かばず、ソーヤは諦めてこのまま本格的に寝始める。起きたばかりだから、眠れないかとも思ったが、すぐにソーヤは眠りの世界へと入って行く。殴られ過ぎたことと、治癒の魔法で傷は疲れていたのだろう。


 ソーヤが次に目を覚ますと、大きな外套を羽織った奴が、自分の体を起こすように揺さぶっている。深くかぶったフードの為に、どんな顔かどころか、性別すらわからない。

 思わず体が強張るのは、仕方ないことだろう。

 外套を被った人は、ソーヤの目が開いたことを確認すると、声をかけて来る。

「起きたか」

 外套から聞こえてくる聞き覚えのある声。

「……おじさん?」

「ああ」

 そう言ってフードを取るコウガの姿に、ソーヤは心底安堵の息を吐く。

「どうしてここに?」

「助けに来たに決まっているじゃないか。――いやいやそれにしても、コレットちゃんの魔力操作は、こう言った魔学を用いまくったビルに潜入するのに、とても役――うおっ」

 コウガを押しのけて、後ろにいたコレットがソーヤに抱きついて来る。

「良かった。無事で良かった」

 ソーヤの肩で、安堵の涙を流すコレット。

 おそらくコレットがコウガに頼んで、助けに来てくれたのだろう。背中をあやすように軽く叩き、ソーヤは声をかけようとして口を噤む。

 ハルの、コレットが魔法生物だという言葉を思い出したのだ。

 ソーヤの無事に、涙を流すコレット。

 これはシミュレート。 偽りの感情。

「ソーヤ?」

 押し黙るソーヤに、コレットは不審なものを感じたのか、顔を上げて、不安そうな顔を向けて来る。

「知ってしまったのね」

 コレットはソーヤの態度に合点が行ったように言う。

 それに対して、ソーヤは何も言えなかった。何を言って良いのかわからなかった。

 ソーヤは魔法生物が嫌いだ。特に人型をしたものが。

 人のようでいて、人ではない。

 人型をしていると、何もない空虚な意志の中に、何か人間にはない特別な意志があるのではないかと思えてしまう。もしくは自分がいつかこんな、空虚な存在になり果ててしまうことを連想させられてしまう。

 だからソーヤは、そんな意志のない人型の魔法生物が怖く、おぞましく感じていたのだ。

 けれど、コレットは違う。

 どこに空虚さがあるというのだ。

 コレットは溢れんばかりの意志を持っているように見える。

 時に冗談を言い、嘘を言い、そして、どこまでも素直な感情を見せる。そんなの人間と変わらない。いや、コレットは普通の人間よりも人間らしい。

 そう言う思いもソーヤの中にはある。しかし、長年積み上げて来た、魔法生物への嫌悪心はそう簡単に消えてくれはしない。

 コレットを傷付けるのは嫌だ。

 でも、実際に嫌悪してしまっている自分がいる。そんな自分が、コレットに対して、何を言えると言うのだろうか。

「……ごめん、コレット」

 ソーヤは、謝罪の言葉を絞り出すのが、精一杯だった。

 コレットは、泣きそうな程悲しそうな顔をして、首を横に振る。

「……謝るのは私よ。私は、……ソーヤに感謝している。何もなかった私に、色々なものを与えてくれた。友達も、家族も、恋も、……私の知らなかった色々なものを、私に与えてくれた。本当に、ソーヤと居られるのは嬉しかった」

 それはコレットの、ソーヤに対する感謝の思い。

 ソーヤは、コレットに関わっているであろう人物を見た。

 白衣を着た、二人の男。

 そんな人間達の中で、コレットがどんな生活をしていたのだろうか?

 それはきっと、苦しい日々だったに違いない。そして、そんな苦しい日々しか知らない彼女にとって、自分はどれだけ、彼女の救いになったのか。それはソーヤにはわからない。しかし、彼女の言った感謝の言葉は、少なくとも、支えになっていたと言うことを、伝わって来る。

 そして、そんな自分に拒絶されてしまったコレットの思いを想像すると、ソーヤは胸が痛む。

「……それなのに、私はソーヤを騙した」

 そこにあるのは絶望と、自責の念。

「私はソーヤの嫌いな魔法生物。……本当は、一緒に居たらいけなかったはずなのに、私は、……いつまでも、ソーヤと居たいから、ソーヤを騙し続けた。……ごめんなさい」

 ついに堪えられなくなったのか、コレットの瞳から、涙がポロポロと、零れ落ちて行く。

 違う。違うんだ。

 ソーヤはそう叫びたかった。

 騙されたなんて思っていない。

 今の状況に巻き込まれたことは自分の意志であり、自分の判断の結果だ。コレットに対して、負い目に感じて欲しいなんてこれっぽっちも思ってはいない。

 だけれど、ソーヤは口に出して言うことが出来ない。自分の中の、魔法生物への嫌悪心が、しこりのように言葉を堰き止めてしまう。

 結局の所、ソーヤは何も言うことが出来ず、黙りこんでしまう。

「さて、話している余裕は、あまりないよ。すぐに逃げ出す準備をしないと」

「……あ、うん」

 ソーヤはノロノロと頷いて、コレットから視線を逸らす。

 逃げたのだ。

 視線を逸らしたことで、ドアの方にトウジが居ることに気付く。

「何で、トウジが?」

「手を貸してもらったのさ。逃げる為に、トウジ君のジェットボードの腕は役に立つって、コレットちゃんが言ってたからね」

 コウガの言葉に、ソーヤは首を傾げる。

「まぁ、確かに、トウジの腕は認めるけど、……でも、良く手伝う気になったな」

 ソーヤの問いに、トウジは肩を竦める。

「ローテムへ連れて行ってくれるという条件で、了承した」

「ローテムへ?」

「ああ、そうだ」

 トウジは頷く。

「コレットちゃんを追っているのはアルバントなのさ。だからおじさんは、この町に居るのは危険だと思ってコレットちゃんをアルバントみたいな企業の力の届かない、ローテムに逃がすのが良いと思うわけ。ついでに、トウジ君も連れて行くと言う条件で力を貸してもらったのよ」

 コウガの説明に、何故ローテムに行くのかはソーヤにも理解はできた。

 この夏甘では、アルバントの影響力は強大だ。ソーヤが捕まった今、ソーヤの家族や親戚は調べられ、コレットの居場所はどんどん限られていくことだろう。

「……なるほど。でも、ローテム程長距離なら、転移門を使うんでしょ? 転移門はアルバントの奴らに見張られているんじゃないかな?」

 それは、地上の都市道にしても、入都市検査はあるので同じことは言えるのだが、人や物資を一気に運べる転移門の検査は、特に厳しい。そこをコレットが通れるとは思えなかった。

「だろうね。けど、世の中いくらでも裏道はあるものさ。特にローテムは廃墟都市と言われるだけあって、正規のルートはあまりないからね。運び屋と言う道案内が必要なのよ。そして、中々優秀な運び屋を雇ったから、彼女をそこまで運べば、逃走は成功と言えるよ」

「つまりそこまで行けば、良いってわけか」

「少なくともアルバントは、簡単には手が出せなくなるだろうね」

 そう言って、コレットとコウガがフードを被る。今さらながら、コレットとコウガが、同じ外套を着ていることに気付く。フードを被ると、どちらがコレットかわからない。

「えっと、その格好は?」

「多分、追われるはずだから、二手に分かれた方が追手を撒き易いでしょ? だから、ソーヤ少年がおじさんを抱えて、トウジが、私を抱えて逃げるのよ。……はい、これ」

 そう言ってコレットは背負っていた荷物を渡して来る。

 ソーヤのジェットボードだ。

「……二手に」

「そうだ。おそらく向こうは、ソーヤの方を重点的に追って来るだろうね。少なくとも、ソーヤさえ捕まえればコレットが助けにやって来るとは、今回の事で思えたはずだからね」

「その隙に、コレットちゃんには、この都市から逃げて貰う。とはいえ、ソーヤ。お前は捕まっちゃ駄目だよ。そしたら、折角、助けた意味がないからね」

 コレットをローテムに連れて行くだけなら、ソーヤを助けに来る意味はない。それでもソーヤを助けに来たのは、コレットにとって、ソーヤが本当に大切な存在だったからだろう。なので、ソーヤを助け出すまでは、夏甘から出られないと、コレットが言ったのかもしれない。

「じゃあ、俺とおじさんは、どこに行けばいいの?」

「ああ。僕らは、ワールズに保護して貰えば良いさ。コレットと違って、僕らはなんの力も無いただの一般人だからね。ワールズに保護して貰えば、コレットちゃん自身ならともかく、僕らなんかに、アルバントもそれ以上、手出ししようとは思わないさ」

「なるほど」

「さて、準備をしよう」

 コウガはそう言って、ソーヤに背負われるように、体を縄で巻き付けるようとする。

「ん? ソーヤ、腕はどうしたの? 怪我をしたと聞いたんだけど」

「ああ。治して貰ったよ」

「へぇ。良い人もいるじゃないか」

 ……人か。

 ソーヤはハルの事を思い出す。彼女もまた、魔法生物だという。

「……そうだね。――トウジ。悪いけど、コレットのことを頼むよ」

「ああ、まぁ、できる限りでな」

 トウジはやる気なさそうに肩を竦めて答える。あまり頼れる答えではなかったけれど、それでもソーヤはトウジに信頼の笑みを浮かべる。

「今はこの部屋にコレットちゃんの魔力妨害の力で監視カメラに小細工しているけれど、ここから出たら、それも効果がなくなって、脱走に気付かれるだろう。もう、コレットちゃんと話す機会もなくなる。言い残すことはないかな?」

 コウガは心配するように尋ねて来る。

 ソーヤはコレットを見る。

 おそらく、このまま別れれば、二度とコレットに会うこともない。

 良いのか、それで。

 浮かぶのは、コレットの悲しそうな顔。傷付いた顔。

 これで、別れて良いのだろうか。

 ソーヤの胸に浮かぶのは、罪悪感。

 例え、コレットが魔法生物だろうと、自分が傷付けたのは間違いなく、そこに、ソーヤは罪悪感を感じている。相手が、ただの魔法生物だと思っているのなら、感じるはずのない罪悪感。

 自分は、コレットを人として見ている。しかし、魔法生物という思いを、今すぐ払拭できるものではない。

 そんな自分がもどかしい。

「……コレット」

 ソーヤは声をかけると、コレットは顔だけを向ける。

「コレット、ローテムで待っててくれ」

「ソーヤ? ……でも――」

「俺は、魔法生物が嫌いだ。けど、……コレットが嫌いなわけじゃない。……でも、今はどうしようもなく、混乱している。だから必ず、心を決めて会いに行く。それまで、待っててくれ」

「……わかったわ。……待っているから」

 コレットの返答の声は掠れていた。

 その顔は外套のフードに包まれているので、どんな顔をしているのかもわからない。少しでも、喜んでくれていたら良いなと、ソーヤは思う。

「さぁ、行こうか」

 コウガにかけられた声に、ソーヤ達は頷き、脱出する為に扉を開く。


 廊下に出ると近くにある窓を壊し、空へと飛び出す。

 空を飛びながら周りを見ると、どうやらソーヤは、アークタワーの近くにあるビルに囚われていたようだ。つまり、エレバムの中心近く。

「俺達はここら辺を逃げ回るべきかな?」

 トウジ達は町の外に向かうはずだ。

 自分達はこのまま、ここら辺をウロウロして、アルバントの人間の目を引き付けるべきではないかと、ソーヤは思った。

「それだと囮だと思われるだろう。今は本気で逃げるべきだ。場所は西の下層区域に向かってくれ。細かい場所は後で教える」

「わかった」

 ソーヤは頷いて、とりあえず、近くのビル伝いに地面へと降りる。さすがに、コウガを抱えたまま、エアロードを維持する自信はない。

 そして、ビルの下にはハルが居た。

「早っ」

 ソーヤは驚き、走り出しながらトウジがどうしているかを見回す。しかし、トウジの姿は遠くに見えて、凄い勢いで走り去って行く。

 やっぱ、トウジは凄いなとソーヤは内心で感心し、こんな時でも悔しい思いを抱く。

 ハルの後ろを、ビルから出た魔学で造られたバイクが走って行く。たぶん、あちらがトウジを追っているのだろうけれど、いくら小回りが利くとは言え、ジェットボード程ではない。トウジの腕ならすぐに撒いてしまうことだろう。

 問題はこちら。ソーヤが逃げられるかどうかだ。

 ソーヤは集中して走り出す。


 結果から言えば、上手く言っている。

 前の時のように、コレットのアシストはないが、コウガの直感力が凄かった。

 ハルの視線から、どの位置に転移しようとしているのかを見抜き、指示して来るのだ。もちろん、間違える時はあるが、それも、コウガの持って来ていた耐暴漢用のゴム弾を射出する銃で、牽制する。

 殺傷力はほとんど無いが、打撲を与えるだけの衝撃を与えるので、いくらハルでも、避けなければならず、大きな牽制となる。

 更に言うのなら、ソーヤ自身の腕が上がっているのも大きい。

 目の前にハルが現れれば、ソーヤは即座にループアンドロールで彼女の上を跨ぎ越え、彼女の攻撃の的にならないようにと、カットターンで虚を衝くような動きを混ぜて行く。それは、前にコレットを抱えながら逃げた時には、できなかったことだ。

 自分は成長している。

 ソーヤは逃げながらも、嬉しくて笑みを浮かべた。


 コウガに指示されてやって来たところは、下層区域にある廃ビルの屋上だ。確かにここなら多少暴れたところで、誰の迷惑にもならないだろうけれど、正直、まともに戦って、ハルに勝てる気はしない。ハル自身は、ソーヤ達が逃げるのを止めたので、何か仕掛けてくるのではないかと警戒して距離を取っている。それでも、逃げようとすれば、すぐに追い付かれることだろう。

「ワールズに保護して貰うんじゃないの?」

「まぁね。けれど、できれば、アルバントにも打撃を与えておきたいじゃないか。その為に、ちゃんと策は仕掛けておいたさ。ここには結界があるんだよ。魔法封じのね」

 コウガは自信を持って言うが、ソーヤは頭を抱えたい気分になる。

「あっちは魔法封じの中でも魔法を使えるんだよ。この結界は意味がないよ」

 ソーヤは非難するように訴えるが、コウガは軽く肩を竦める。

「わかっているよ。コレットちゃんに相手の能力は聞いておいたからね。あの女の子は、体に付けている機械の力で、魔法封じの中でも、魔法が使えるんだろう?」

「……まぁ、そうだけど」

「なら、それを壊せば良い。そして、壊してから魔法封じの結界を発動させる。そうすれば、魔法を使えない者同士なら。こちらに分がある」

「つまりは、壊すまでが一苦労ってわけだね」

 ソーヤは呆れながらも、魔法使い相手に、まともに戦うよりはマシかと思う。

「そういうことさ。とりあえず、おじさんが攻めるから。ソーヤは援護をお願いね」

 そう言うと、コウガは魔法を使う。

「さて」

 コウガが外套を脱ぐと、体中に魔導装置を付けていた。そして、それを発動する。すると、コウガの体を防護の魔法の青白い光とは違う、赤い光が包み込む。

 ソーヤはこの魔法を知っている。

 肉体強化の魔法。

 これを使えば、数倍にも自らの力が跳ね上がる。同時に、防護の魔法の役割も果たすので、全ての面で向上すると言って良い。しかし、問題がないわけではない。使用者への肉体への負担も相当なものだ。

 コウガは短期決戦でいこうとしているのだろう。

 コウガに、鉄製の棒を渡される。スタンロッドだ。これを当てれば、普通の人なら電流が流れて気絶する。

 そうと決まれば、ソーヤも覚悟を決めた。

 前とは違い、今はジェットボードがある。二人がかりでやれば、勝てるかもしれない。

 信じられない速度で、コウガはハルに突っ込むと、殴りつけようとする。しかし、ハルはその時には転移して、あらぬ方向に飛んでいた。そして、瞬時に氷の礫を周囲にいくつも展開すると、コウガに向かって放つ。

 コウガはその無数の礫を横に避けることもなく潜り抜け、距離を縮める。しかし、やはりその時には、ハルは転移していた。

 正直、ソーヤからしてみれば、化け物同士の戦いだった。

 コウガは裏の世界で顔が効く男だ。それは、情報収集能力だけでなく、実力によって手に入れた所が多い。だから、コウガは凄い人だとは、ソーヤは思っていたのだが、予想以上だった。

 だが、この戦いも、長くは続かないのはわかっている。

 何かハルに、決定的な隙を与えなければならない。

 ソーヤは廃ビルの端まで下がって、ハルの動きを目で追いながら考える。

 ハルの行動は、転移して攻撃して、また転移。しかし、ソーヤの時とは違い、コウガから逃れるように、遠くに転移している。

 おそらく、魔力が切れるのを待つ為に、わざと遠くに逃げて、時間を稼いでいるのだろうとソーヤは考えたが、どうも違う気がしてくる。

 それにしては、ハルに余裕が無さそうなのだ。コウガが、ハルの動きを予想し、攻撃すると見せかけて転移先に回り込もうとした時などは、攻撃も出来ずにすぐに転移で逃れている。

 コウガの予想以上の動きに、魔法の構成時間が稼げずにいるのだ。そして、必死に逃れようとしていると、ハルの転移先は単調なものになって行く。あからさまに視界に入った所に逃れている。

 ソーヤは予測する。ハルの現れる場所を。

「ここだ」

 次の転移先を予想すると、ソーヤは一気に駆け抜ける。

 すぐ近くに現れるハル。

 ソーヤはスタンロッドを振るう。ハルは腕でそれを防ぐが、それで充分だ。

 ハルの体に、電流が流れた。

 普通の人ならば、気絶するような衝撃。しかし、ハルは後ろに一歩、ふら付くように下がるだけで、堪えてしまう。

 ソーヤはそれに驚愕しながらも、すぐさま二撃目を加えようと、ジェットボードをターンさせて、離れてしまったので、再度近付こうとする。

 だが、ハルはソーヤに向かって、手を差し出す。それは、ハルが炸裂の魔法を使う時の動作に良く似ていた。

 慌ててソーヤが向きを変えようとするが、その魔法が放たれることはなかった。

 ソーヤに攻撃されたことで、ハルの意識がコウガから離れたのだ。

 コウガが攻撃を加えた。それも、背中の部分にだ。

 ハルが付けている機械の動力部分は、おそらく、一番大きな背中の部分だろう。気を取られたハルの機械を、コウガがあっと言う間に剥ぎ取って壊す。

「やっ――」

 ソーヤが喜びの声を上げようとした時、地面に巨大な赤い魔法陣が浮かび上がる。

 全周囲を埋め尽くす巨大な魔法。

 そして、使ったのはもちろんハル。

 おそらく、何がしかの破壊的な魔法。手加減するだけの余裕が無くなり、全てを薙ぎ倒そうとしたのかもしれない。

 ソーヤの体は恐怖に凍りつく。

「させない」

 コウガが即座に地面に何かを投げつける。

 すると、更に大きな魔法陣が生まれて、赤い魔法陣が消えさる。いや、魔法陣だけではない。コウガを包んでいた赤い光すら消えている。更に言うなら、ジェットボードも動かなくなった。

「さて、魔法は封じさせてもらったよ。王手って奴だね」

 コウガは汗びっしょりになって、肩で息をしながらも、ハルに言う。

 するとハルは周囲を見て、自らのフリを悟ったのか、頷く。

「私の負け」

 淡々と言うハル。

「そう。それは良かった。実はおじさんクタクタでね。もう、おじさんも戦いたくないんだよ」

 コウガは安心したように微笑む。

 対するハルの顔には、表情が浮かんでおらず、そこからは、失敗して悲しんでいるのか、もしくはホッとしているのか読みとることは出来なかった。

 いや、むしろ、本当に何も思っていないのかもしれない。ただ、人形のように、言われた命令をこなしていただけで、命令通りに出来なかったからといって、別段、ハルにはどうでも良かったのかもしれない。

 ソーヤはそう考えて、ハルを可哀そうだと思った。

 少し前ならおぞましいと思ったかもしれないけれど、コレットと関わったおかげか、素直にそう思えた。

 そして、自分自身に苦笑してしまう。

 魔法生物を嫌いな理由は、人の姿でありながら人とは違う存在だからだ。しかし、同情すると言うことは、人と同じ心を持っていると、自分は無意識に思っていると言うことだ。

 そう。人と同じだと思ったのだ。

 昔の人は、白人や黒人、黄色人など、肌の色で差別を行ったと言う。今の世では馬鹿らしいとも言えること。肌の色が違っても、同じ人なのだ。しかし、自分がしていることも、同じなのではないかと、恥ずかしくなる。

 例え、産まれた経緯が違えども、人としての心を持ったことに変わりはないのだ。

 ソーヤは、ハルに近付く。

「腕は大丈夫? 痛いでしょ、ごめんね」

 とりあえず、ソーヤは腕を殴ったことを謝る。すると、ハルはとても不思議そうな顔をする。

「何故、謝る?」

「謝りたいからさ。本当はハルを傷付けたくなかった。これはハルの意思でやっていることじゃないからね」

「ん?」

 ハルはますます良くわからないと言った顔をする。

「まぁ、あれだ。こうやって戦うのは本意でないし、人を傷付けるのは、やっぱ、嫌だと思う」

「人を? 私は人ではない。魔法生物だ」

「……そうだね」

 人ではないときっぱりと言うハル。そんなハルに、ソーヤは頷いてしまう。確かにハルは魔法生物なのだろう。自分が嫌悪してやまない魔法生物。

 それでも、今は思えるのだ。

「人だよ。確かにハルは魔法生物として生まれたのかもしれないけれど、俺にとっては人なんだ」

 ソーヤはコレットを思いながら言う。

 あの別れの時、コレットを前にして、そう言ってあげられれば良かったと、後悔しながら。

「でも――」

「そうだね。オジサンにも、お嬢ちゃんは人にしか見えないな」

 何か否定しようとするハルを遮り、コウガがそう言う。

「……私は、……私は」

 ハルは悩んでいるようだ。

「俺はね。コレットが好きだ。例え、魔法生物だと知っても、この思いは変わらなかった。コレットが魔法生物だとしても、コレットの心は人だからだ。そして、コレットと同じハルだって、人の心を持っていると、俺は思うよ」

「お嬢ちゃん――ハルちゃんだっけ? ハルちゃんは自分のことを魔法生物だと言うけれどね。ワールズの法では、自我を持った魔法生物は、人として定めているんだよ。つまり、君は人だ。法的にもね」

「……私は、……人?」

 ハルは自分に問いかけるように言う。

 きっと、自分のことをしっかりと人だと思えるようになるには、まだ、時間はかかるだろう。けれど、これは、その切っ掛けになったと、ソーヤは思う。


 そうこうしていると、廃ビルの周りに、車が集まって来た。

 それはアルバントの車だった。そして、降りて来る本格的に武装した人達と、それを指示する、ソーヤを痛めつけた小男と大男。

「おじさん。ちょっと、やばくない? さすがにジェットボードで逃げ切れるかな?」

 ソーヤは心配そうにコウガを見ると、コウガは自信ありげに笑う。

「だから、手は打ってあるよ。安心して待っていな」

 コウガはそう言うけれど、アルバントの連中は着実に陣形を組み始めている。逃げるなら、早い方が良いに決まっている。

 ソーヤは焦る気持ちを抱えていると、今度は違う車が集まってくる。警察車両、ワールズの車だ。

「……えっと、オジサン。ワールズは来てくれたみたいだけど、この状況って完璧にやばいよね。ここのワールズは、アルバントに従うんじゃ?」

 ソーヤのうろたえる姿に、コウガは笑う。

「何だ。ソーヤは知らないのか。なら、見ていると良い」

 コウガがそう言った時、ワールズの警察車両から、人が下りて来た。

 そして、ソーヤは驚愕の表情を浮かべた。


 警察車両から女は降りると、周りのアルバントの連中を見回す。

 一様に困惑した表情をして、ワールズの警察達を警戒するように見て来る中、白衣を着た小男だけが携帯端末に向かって、何か怒鳴っている。

 おそらく、何故ここにワールズが来ているのだと、アルバントの情報部にでも文句を垂れているのだろう。

 つまり、その小男がこいつらのリーダーなのだと女は判断して近付く。

 女が近付くと小男は忌々しそうな顔をし、友好的とは程遠い愛想笑いを浮かべる。

「おや、あなたはワールズの捜査主任でしたね。これは何の騒ぎですかな?」

「それはこちらが伺いたいところよ。あなた方は一般人を襲っていると言う話でしたのでね」

「ああ、そのことですか。これは『アルバント』の実験ですよ」

 小男はわかっているだろうと言うように強調して言って来る。

 女はそれに頷く。

「そうね。わかっているわ。この都市のワールズの上層部はアルバントと癒着している。だからこそ、アルバントが騒ぎを起こそうと、問題ないレベルであれば、無視しろというのが、上からの命令。正直、胸糞悪い話だけど、所詮、薄汚れた大人社会。それは仕方ないことだと思う。だから、私だって目の前で、事件を起こさなければ深追いまではしない」

 小男は女の言葉に顔をしかめる。

 つまり女は、今、目の前で騒ぎを起こせば、捕まえると言外に言っているのだ。

 小男は苛立っているようだ。

 何故ここにワールズが来たのかが解せないのだろう。

 ここはワールズがあまり捜査をしない下層区域であり、更に、最初から相手がアルバントであることをわかっていた節もあるのだから。

「あのですね。何を誤解しているかはわかりませんが、これは実験なのですよ。事件などでは無くね。だから、あなた方が関わる必要はないのですよ」

「そう。わかったわ」

 女があっさり頷いたので、小男は安心したような笑みを浮かべるが、次の女の言葉に引き攣ることになる。

「では、あそこにいる者の身柄は、預からせてもらうわね」

 女が示したのは廃ビルの屋上からこちらを覗いている二人の男。

「なっ、――ふざけるな、あれは」

 二人は小男にとって、逃がすわけにはいかない存在なのだろう。

「あれは何だと言うの? 彼らはアルバントに属している一般人でしょ。彼らに手を出すことは、私が許さないわ」

 女はこれが最後の通告だと言わんばかりの口調で話を打ち切ると、ビルに向かって歩きだそうとする。しかし、それを大男の方が、進路を塞ぐように止める。

「何か?」

 女は首を傾げる。

「私達は人の姿をした魔法生物を創り上げている」

「ふ~ん。でも法では、人としての意思まで持ってしまったのなら、それは人として扱わなければならない。もし、その魔法生物が意思を持ったのなら、人として扱いなさいね」

「ああ、わかっている。人としてちゃんと扱っている」

「そう、それならば良いんじゃないかしら?」

 女は興味無さそうに頷いて、ビルへと入って行こうとする。

「ま、待て」

「だから、何?」

 また止めて来る小男に、女は不愉快そうに尋ねる。

「わからないのか? あれがその魔法生物なんだ。だから、あれは我々が保護する。ワールズの出る幕はないんだよ」

「ああ、なるほど」

 女はやっと小男の言っていることを理解して頷き、小男を殴り飛ばした。

「ぐはっ、――何を?」

 しかし、女は小男に目もくれず、部下に指示を出す。

「拉致監禁容疑でここにいる奴全員逮捕しといて」

 ワールズの警察達は、この場にいたアルバントの職員達を拘束して行く。

「何故だ。何故こうなる。貴様、何をしているのか理解しているのか」

 そんなことを小男は喚いているが、女は取り合わない。

「……全く。人がお腹痛めて産んだ子を、魔法生物扱いすんなっつの」

 ワールズの捜査主任であるシキは、ブチブチと文句を言いながら、愛する我が子の下へと向かう。


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