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9.答えてよ!

 そうは言っても、重いものは重い。

 個性的なスタイルのワカモノがゴチャゴチャした路地を意気揚々と闊歩する、全国的にもある程度名の知れたその町に着く頃には、紙袋の持ち手が食い込む手はしびれ、段ボールを支える腕は木片のように感覚がうせ、足を前に一歩踏み出すのもやっとという状態だった。


「はあ……やっと、着いた」


【大丈夫ですか?】


「なんとかね。できるだけ早く解放されたいとこだけど」


 比較的大きな通りに出て数分歩くと、目指す店が見えてきた。店舗前の道にまで色とりどりのおもちゃやグッズが所狭しと並べられているので、遠くからでもすぐに分かる。知らず足取りが速くなる。


「あった、あそこだよ」


【彩南さん】


 勢い込んで足を速めた途端、クマるんに呼び止められてつんのめりそうになってしまった。


「何? まだ何かあんの?」


 いい加減疲れてんだけどオーラ全開で腰のクマるんを睨む。

 クマるんはドキッとしたように身をすくませた。


【あ、あのですね、実は僕、その……】


「ちょっと、言いたいことがあるなら早くして。重いんだから」


【えっと、あの、……僕は、たぶん、店には】


 言いよどんでいるうちに店の前についてしまった。波板の打ち付けられた味のある外観に、重そうな木製扉。ウィンドウに置かれているアンティークトイたちが、ひょうきんな顔でこちらを見ている。

 以前と変わらぬそのたたずまいに、期待が一気にあふれた。荷物の重さも限界に近い。ごにょごにょ言いよどんでいるクマるんの言葉を乱暴にさえぎる。


「悪いけどさ、急ぎじゃないなら、その話はこの用事が終わったあとにしてもらえる? もう重くて耐えらんないからさ、店に入るよ」


 言い捨てると、なにやらもの言いたげなクマるんの返事を待たずに重い扉を開けて店に突入。

 薄暗い店内は、古いおもちゃ特有のにおいが立ち込めていた。狭い店内に所狭しと並べられたアンティークトイたちが、あたしという侵入者をじっと見据えている。表の賑わいがウソのような静けさに、一瞬、異世界にでも迷い込んだかのようなような気分になった。


「ええと、おじさんは……」


 キョロキョロと店内を見回していると、程なく店の一番突き当たり、小さなレジスターの前に、丸椅子に腰掛けて雑誌を読んでいる店主の姿を見つけた。長めの金髪に濃い顎ヒゲ、レトロな風合いのビンテージシャツにジーンズ。この街の雰囲気によく似合う、いつもながらのおしゃれで年齢不詳なスタイルだ。


「あの、すみません」


 金髪ヒゲオヤジは気だるそうに雑誌から目を上げた。


「買取を希望しているんですけど、見ていただけますか」


 雑誌を脇に置き、傍らに置かれたテーブルを顎で示す。客商売とは思えない無愛想なその態度に肩をすくめつつ、言われたとおり段ボールを置く。

 その間ヒゲオヤジは引き出しをゴソゴソ探っていたが、やがてそこからルーペのような物を取り出すと、おもむろに手袋をはめ、丸椅子を引き寄せて段ボールの前に置いた。

 段ボールの中身を横目で物色しながら椅子に腰を下ろしかけるも、その動きが中腰の状態でぴたりと停止する。


「……こ、これは」


 ヒゲオヤジは中途半端な姿勢のまま、一体の青いロボットを震える手にとり、ためつすがめつして調べ始めた。

 食いついたな。思わずこぼれる笑みをこらえつつ解説開始。


「電動リモコン鋼人28号No.5、OT17Bブルーボディ。五百個限定の品です」


 あたしの言葉に、ヒゲオヤジは汗ばんだ顔をゆるゆるとあたしに向けた。


「残念ながら箱はありませんが、動作も問題ないですし、めったにないレベルの美品だと思うんですけど」 


「た、確かに……」


 スイッチを入れて動作を確認しつつ、オヤジはぼうぜんとうなずいた。


「他にもいろいろありますよ。これなんかどうでしょう」


 リュックから取り出したブリキ玩具に目を向けた途端、オヤジの喉がゴクリと鳴る。


「お面ライダーブリキ版。小さなペイントロスはありますが、これもかなりの美品と思います」


 オヤジはあたしからブリキ玩具を受け取ると、われを忘れた様子で調べ始めた。


「他にも、黒箱タミカ、メルプリンの機関車、ランドセルカトちゃん、西芝エスパー看板なんかもありますけど、箱のあるものも多いですし、どれもかなり状態のいい物ばかりだと思います」


「……これを、全部?」


「ええ、全部」


 にっこり笑って頷きつつも、きらりと眼鏡の縁を光らせる。


「ただし、査定は一体一体いただきたいんです。全部まとめてこの値段、じゃあ納得できないんで、お手数ですけど。まずは、この鋼人28号から」


 ヒゲオヤジは慌てて電卓にいくらかの数字を打ち込むと、あたしに示して見せた。

 じっと数字に見入った後、おもむろに眼鏡の鼻根を押し上げてみせる。


「……冗談でしょ、おじさん」


 オヤジはドキッとしたように頬の辺りを引きつらせた。


「売値十万をくだらない物に、その値段はないですよね。これだけの美品ですよ。もっと色をつけていただきたいところです」


 オヤジは慌てて電卓を打ち直すと、あたしの目の前に突きつける。


「じゃ、じゃあ……これでどうだ?」


「え? それなら、よそにもってきます。というか、メリカリとかヤプオクで自分で売った方がいいかな」


 オヤジは奥歯をギリリと軋ませた。


「じゃあ、こ……これで手を打とう」


 ふん。

 まあこのくらいが限界かな。


「わかりました。このお店結構好きなんで、それで手を打ちましょう。じゃあそんな感じで、その他の査定もお願いします」


 顔を引きつらせるヒゲオヤジを横目に見つつテーブルに次々とおもちゃを並べながら、ふと気がついた。


 クマるんが無言だ。

 身じろぎひとつしていない。


 何となく気になって、ウエストポーチに目を向ける。

 揺れに合わせてチラチラのぞくカエル帽は、ぴくりとも動かない。

 まるで本物の編みぐるみみたいだ。

 正体を見破られないように息を潜めているだけなのか。

 それとも、無慈悲に売りさばかれていく思い出の品を見るのがつらいのか。


「……ねえクマるん、あのくらいのお値段なら、大丈夫だよね?」


 小声で問いかけてみるも、クマるんの返事はない。

 力なく揺れるクマるんをみながら、ほんの少しだけ、胸のあたりがちくりと痛んだ。



☆☆☆



 クマるんのだんまりは、全てのおもちゃを無事に売り払い、CDを売りさばいて店を出たあと、なおも続いた。

 いいかげん不安になってきたので、人気のない駐車場に入り込むと、ウエストポーチに無言でぶら下がっているクマるんに顔を近寄せる。

 

「クマるん、クマるんってば」


 耳元に口を寄せてささやきかけるも、クマるんは無反応だ。

 まるで、本当の編みぐるみにでもなってしまったかのようだ。

 ショックのあまり三途の川に戻ってしまったんだろうか。

 それとも、今までのことは全て夢で、あたしはもともと柴崎泰広で、妙な夢を見ていただけだったんだろうか。

 何が現実で、なにが正しいのかよくわからなくなってきた。胸がざわざわして、背中が冷えるような感覚がどっと押し寄せてくる。

 いきさつを全部知っている相手がいるということが、この異常な状況の大きな心の支えになっていたらしい。その支えを、いきなりスコンと外されてしまった感じだった。あんなに頼りない相手だというのに、あいつの返事がないだけでこんなに不安になってしまうとは。意外な自分の弱さに驚きつつ、編みぐるみをつかんでぶんぶん振り回してみる。


「ねえねえねえねえクマるんってば、答えて!」


 大声を出してしまってから、ハッと気づいて周囲を見回す。向かいの通りを歩く人たちが、驚愕に顔を引きつらせてあたしを見ていた。慌てて通りに背中を向け、手元のクマるんに目線を戻す。

 クマるんは、相変わらず何の音沙汰もない。

 胸がジリジリするような不安と焦燥に苛まれながら、取りあえずいったん家に戻ろうと踵を返しかけた時だった。

 

【……あれ、彩南さん】


「クマるん!?」


 おもわず声が素っ頓狂に裏返ってしまった。

 慌てて人目を避け、車の影に隠れて声を潜める。


「ちょっとあんた、今までなにしてたの?」


【え、……あれ? 彩南さん、おもちゃは、……】

 

「とっくに売ったよ。そのあと、CDも全部あたしの一存で売りさばいた。意見を聞こうと思っても、あんた全然無反応だったから……いったいどうしたっての?」


【ああ、終わったんですか……】


 クマるんは呟くような送信を返したきり、ぼんやりと中空を眺めている。

 そんなクマるんを見ているうちに、さっきまでの不安と焦燥が逆転したのか、ふつふつと怒りがわき上がってきた。


「どうしたのかって聞いてんだけど!」


 前頭葉を指で弾かれた勢いで、クマるんの首は転げ落ちそうなくらい思い切り後ろに倒れた。 


【って、何すんですか!】


「はあ? あれだけ心配させといて、なんなのその偉そうな態度!」


【……心配?】


「あ」


 ヤバ。


「……いや、ていうかさ、思い出の品を売られるのは確かにつらいかもしれないけどさ、だからこそあたしも売値とか相談したかったのに、なにを聞いても完全無視とかあり得なくない? 悪いけど、売値はあたしが全部勝手に決めちゃったからね。あとから文句言ってもダメだから」


【あ、いや、無視してた訳じゃ……】


「じゃ、何なの?」


【意識とんでたんで】


「は?」


【だから、気失ってたみたいで】


 ……気を失ってた?

 何それ。


「……詳しい説明求む」


 あたしの膝に腰掛けたクマるんは、重い首をこくりと揺らした。


【ええとですね、僕は電車に限らず、密閉空間全般が苦手なんです】


「というと?」


【さっきのおもちゃ屋みたいに狭苦しくて出口の見えないところで見知らぬ他人と一緒にいると、頭が痛くなったり吐いたり意識が飛んだりするんです】


「マジで? 他人って……もしかして、あの店主のオヤジ?」


 クマるんはこっくりと首を縦に振った。


【だから外に置いておいてもらおうと思ったんですけど、彩南さん、話をする前に店に突入しちゃったんで……】


 ああ、あの時、それを言おうとしてたのか。


【店のオヤジさんと相対した途端にダメでした。でもまあ、意識が飛んだだけで済んでよかったですよ。編みぐるみだったからゲロ吐くこともなかったですし】


「はあ……」


 何というか、うまい言葉が出なかった。

 どこまで重症なんですかあんたは。


「……結構たいへんな人生を歩んできたんだね、クマるんて」


【まあ、死にたくなる程度にはたいへんでしたね】


「いや、それは、まあ、ねえ……」


 はいそうですねとはさすがに言えません。

 ここは明るく話題転換といきますか。


「でもさ、あのお宝のおかげで、取りあえず当座の生活資金は手に入ったよ。あとは公的扶助を活用するなりバイトを見つけて稼ぐなりすれば、何とか暮らしていかれる見通しは立ったから」


【……いったい、どのくらい手に入ったんですか】


「むふふー、知りたい?」


【そりゃあ、まあ……あれ、父親の形見でしたから】


「……」


 マジか。

 男作って出て行った母親の形見だけならいざ知らず、父親の形見まで売りさばいて金に換えるとか、あたしってば極悪もいいところじゃん。

 黙り込んだあたしの様子に気づいたのか、クマるんは気を取り直すような調子でこんな送信をよこしてきた。


【いいですよ。もう吹っ切れてるんで。母はあれを大事にしていましたけど、僕自身は父親の顔も知らないですし、あれが家にあったところでどうしようもないですから】


 うう、重い。境遇がいろいろと重すぎるよあんた。

 でもまあ、親の遺品が残ってたただけ、あたしよりはマシかもだけど。


【で、いくらになったんですか】


 よくぞ聞いてくれました。お待ちかねの質問、テンションも一気に上がっちゃう。


「むふふふ。聞いて驚け。どるるるるるるるるるる……」


【何ですかそのどるるるって】


「ドラムロール。察しろ。どるるるるる……」


 ウエストポーチから取りだした封筒の中身を、もったいつけてゆっくりと引き出す。


「るるるるる……じゃん! 見よ、総額五十四万八千三百四十円!」


 札束を目の前に突きつけられ、クマるんは目を丸くしてあとじさった。気がする。


【マジですか。そんなに価値があったんですか、あれ】


「マジマジ。お父様に感謝だわね。パッと見だけでもかなりのプレミア物がひしめいてたから、あの店に持って行けばいい値で売れるとは思ってたけど、まさかこれほどとはw」


【あのお店、よく行くんですか】


「ううん。水谷彩南だったとき、あそこでバイトしたことがあっただけ。何がプレミアもので、そういうのがだいたいどのくらいの値段で動いてるかは知ってたし、店長も古道具愛がある人だから、そこまであこぎな買いたたき方はしないって分かってたんで」

 

 にしても、五十万を超えるとは正直思ってませんでした。ちなみに、CDはあの枚数で三万七千円也。


「とにかく、これでしばらくは生きてけるから。喜べ、柴崎泰広!」


【……いや、僕は基本的に死にたい人なんで、喜べと言われても】


「後ろ向きなことは言わない! 砂が尽きるまでは生きなきゃならないんだから、どうせ生きるなら豊かに暮らした方が絶対得だって。あー、安心したら、何か急におなかが減ってきちゃった。体調もやっとよくなってきたし、お祝いがてら、何かおいしい物でも食べようよ」


【僕は食べられないですけど】


「もー、いちいち暗い突込み入れない! 細かいことは気にしないで、ほら、行こ!」


 いや、別に細かくも何ともとかブチブチ変な送信が聞こえてきたけど、ごたくは無視してとっとと立ち上がり、表通り目指して意気揚々と足を踏み出した。

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