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62.なんちゅう夢だ

閲覧注意です。

東京都青少年健全育成条例に違反する恐れのある描写(BLです)が含まれます。

15才未満の方、また、BLが苦手な方は、閲覧をお控え下さいm(_ _)m

 傾いた雨戸の隙間から、細い光が漏れているのが目に入った。

 薄明るい六畳間の真ん中で、ホカホカした布団の感触を味わいつつ、四肢をいっぱいに伸ばして自分の存在を確認する。


 ああ、朝だ。

 すごく久しぶりに、そう思った。


 三途の川から戻ってからは、ずっと目覚めはクマるんの体だった。どんなときでも寝る前には、柴崎泰広が必ず交代を求めてきたからだ。一度理由を問いただしたこともあるけれど、「どうしてもそうじゃないとダメなんですっ」と、例によってキレ気味の短い言葉を返されただけだった。

 久々に人間の体で目覚められた幸せを噛みしめつつ、暖かい布団にもう一度手足をしまって寝返りをうって。


 呼吸が止まるかと思った。


 目の前、距離にして数センチ程度しか離れていないところに、人の顔があるのだ。

 すでに目覚めていたらしく、その人物はあたしが寝返ると同時に閉じていた目を開き、にっこり笑った。

 

「おはよ、ア・ヤ・カ」


 ……ににに西ちゃん。何であんたこんなとこに? ゆうべは、ちゃんと寝る場所を分けるってことで納得して、あんたは一階の居間で寝たはずだよね?


「あんまりカワイイ顔で寝てるから、つい一緒に寝たくなっちゃった☆」


 つつつつつついって何だよついってヲイ!


 言いたいんだけど、言葉は喉の奥に引っかかったみたいになって全然出て来なくて。

 ただひたすら焦りまくって金魚みたいに口をパクパクさせているあたしに構わず、西ちゃんは昨夜してくれたみたいに、そっとあたしの頬に手を添えた。


「ねえ……いい?」


 いいいいいいいって何なのいいって!?


 脳が沸騰し、視界が一気に狭まって、口を開いても言葉らしい言葉は全然出て来なくて。

 引き離そうとして突っ張った右手は敢えなく西ちゃんの左手に拘束され、逆側の左手とともに布団に縫いつけられてしまった。

 強制的に仰向かされたあたしに覆い被さるような格好で、西ちゃんはあたしの顔を覗き込んだ。雨戸の隙間から漏れるわずかな日の光が、黒い瞳に反射している。

 この絵面を想像するに、ある意味凄まじいものがある。朝の薄暗い仏間、古くさい仏壇の前に敷かれた昔ながらの布団の上で、絡み合う男女……じゃない、男同士!


「ちょちょちょちょっと西ちゃん、もうこれ以上……」

 

「好き、アヤカ」


「……!」


 開きかけたままの口を西ちゃんの口にふさがれて、呼吸が止まるかと思った。

 唇をこじ開けて隙間から侵入してきた西ちゃんの舌が、歯列をなぞり、舌に絡まる。注ぎ込まれて溢れた唾液が、口の端から頬を伝って流れ落ちる。


「んっ……」


 男とも思えないような甘い声が漏れた。 

 下半身が熱い。

 今まで感じたこともないような熱さ。

 いてもたってもいられないような感覚に襲われ、呼吸が荒く速くなってくる。


 ダメ……ダメだよ西ちゃん。

 この体は柴崎泰広のものなのに。

 しかも昨夜は、あたし、フロにも入ってないし……。


 ……そうだ、フロ入ってない!


 昨夜は着替えだけで精いっぱいだった事実を思い出し、頭部からさあっと血の気が引く。

 そうこうするうちに西ちゃんの唇は頬から首筋にゆっくりと移動し、Tシャツの隙間から胸元をなぞり……。


「だめえっ!」


 抑えつけられていた手を満身の力で振りほどき、西ちゃんを力いっぱい突き飛ばした、瞬間。

 ふとんが後方に勢いよく吹っ飛んだ。


「……え?」


 呼吸を弾ませながら目を開くと、薄墨色に染まった天井のすすけた木目と、その真ん中にぶら下がる安っぽい和風の電灯が見えた。

 首を巡らせ、怖ず怖ずと周囲を見渡してみる。

 薄暗くカビ臭い六畳の和室にあるのは、古くさい仏壇と桐タンス、昔っぽい模様の唐紙が貼られた襖、今どきめったにお目にかからない木製の窓枠。先ほど同様、雨戸の隙間からは細い光が漏れている。

 ただ、どこを見渡しても西ちゃんの姿はない。

 首を起こして足元に目をやると、すっ飛ばされた掛け布団がうずたかく蟠っているのが見える。


 ……夢か。


 大きく息をつくと、ふとんの上で大の字になって脱力した。

 スースーする感覚に思わず額を拭うと、ビッシリと汗をかいていることに気がつく。


 ……しかし、なんちゅう夢だ。


 昨夜、西ちゃんにされた疑似告白に加え、一つ屋根の下に寝ているという事実、さらには、初めてシバサキヤスヒロの体で一夜を過ごすという経験に、無意識に緊張していたせいなんだろうけど……ヤバすぎる。

 だいたい、西ちゃんと絡む場面で女の姿でなくてシバサキヤスヒロの姿のままだったってのがムカつく。夢の中くらいもとの姿でいたかったのに、何が嬉しくて男同士でからまにゃならんのだ。そのせいだかなんだか、いまだに股のあたりに違和感を覚える。こう、なんというか……下半身が熱くて、ウズウズするというか……この感覚、一度どこかで感じたことがあったようななかったような……。


 ……もしかして!

 

 勢いよく跳ね起き、見たくないけどしかたがないから下半身に目をやると、厚手のスエットの上からでも、それが真っすぐに天井を向いているのがはっきり分かった。

 慌てて足元のふとんを引きずり上げて下半身を隠し、吐き捨てるようなささやき声で部屋の片隅の座布団の上に転がっているクマるんに声をかける。


「ククククマるんっ、……クマるんってば、ねえ、起きてよ!」


 再三再四声をかけてもクマるんは微動だにしない。

 まだふて腐れてんのかこのクマは。

 体を伸ばして何とか座布団の隅を掴み、自分の方に思い切り引く。

 慣性の法則に従いその場に残ろうとしたクマるんの体は、三回転して畳の上に転がり落ちた。


【……って、いきなり何すんですか彩南さん!】


 ゴム人形さながらに跳ね起き、噛みつかんばかりの勢いでキツイ送信を叩きつけてきたクマるんの鼻先に素早く右手を当てて制する。


「何するも何もないって! ちょっとこれどうしたら治るか教えてよ!」


【え?】


 訝しげに動きを止めたクマるんに、そっとふとんをめくり上げて見せる。

 かがみ込んで中を見た途端、クマるんは息を呑んで凍りついてから、ややあって、途切れ途切れの送信をよこしてきた。 


【こ……これは、その、し、しばらくほっとけば自然に落ち着きます】

 

「こないだ痴漢に遭ってこうなっちゃった時も、確か駅で五分くらい時間つぶしたけど……この朝のクソ忙しい時に、こうやってただ待ってるしかないの? 今日は西ちゃんに先に学校に行ってもらったあと、とっとと交代してシャワーも浴びなきゃいけないってのに」


【待つしかないですって……無理やり出せば落ち着きますけど】


「出すって、どうやんの?」


【そそそそそそそんなん僕が言える訳ないじゃないですかっ!】


 キレ気味の送信を叩きつけてから、何を思ったのか今度はやけに周波数の低い送信をよこしてくる。


【……何なら、西崎さんにやり方でも聞いたらどうです? あいつなら手取り足取り教えてくれるかもしれないし、もしかしたら、代わりにやってくれるかもしれませんよ】


 横目でじとっと睨んでいるような意味ありげな雰囲気に、思わずギクッとさせられる。


「な……何よそれ。どういう意味?」


【いったい何の夢見てたんですか彩南さん、すんごい寝言うるさかったですよ。西ちゃん西ちゃんて】


 ……うわ、マジ?


 血流が頭部に一極集中し、心拍が爆発的な勢いで増す。

 

「ゆ……夢なんて見てないってバカじゃないの自分こそ西ちゃんの存在意識しすぎて幻聴でも聞いたんじゃないの? だいたいねえ、朝っぱらからこんな風になっちゃうとかあり得ないって。欲求不満がたまりすぎて頭がおかしくなっちゃってるんじゃないの?」


【生理現象だからしょうがないんですそれは! みんな誰でもそうなるんですっ。ウソだと思ったら西崎さんに聞いてみればいいでしょ? 今までは、それ見られんのがいやだったから夜は必ず交代してたんですっ】


「聞ける訳ないってのこんな恥ずかしいことっ」


「何を聞くの?」


 唐突に襖の向こうから響いてきた声に、呼吸を止めて凍りついた。

 クマるんも即座に全身の力を抜き、パタリとふとんに倒れ込む。

 入口の襖がガタガタと開けられて、お玉を片手に持った西ちゃんがヒョイと顔を出した。


「何一人で騒いでんのアヤカ。柴崎と対話でもしてたの?」


 慌ててふとんをひっかぶり、引きつった作り笑いを浮かべてみせる。


「え? ……いや、あの、何でもない。独り言がクセでさー、つい大声だしちゃうんだ、ゴメンねキモくて」


「いや別にキモいとかねえけど……何か俺の名前呼んでなかった?」


「呼んでない呼んでないそれこそ幻聴だって、寝ぼけてたんだマジでゴメンね」


「ならいいんだけど……朝飯できたからそろそろ起きてこいよ」


 え?


「なに西ちゃん、あんた朝飯作ってくれたの?」


「うん、朝飯と弁当二人分。夜干しした洗濯も外に干しといたよ」


 ええええマジ?


「……って今まだ六時半でしょ。超段取りよくないそれ」


「別に全然。居候させてもらってんだからそのくらいしないとさ」


 西ちゃんは何気ない調子でそう言うとにっこり笑い、襖の向こうに顔を引っ込めて階段を降りていった。


「いやー何か思いがけず楽できてラッキー。ね、クマるん」


 ウキウキして声をかけても、クマるんはさっきと同じ姿勢でふとんに俯せたままで動かない。


「ちょっとクマるん大丈夫? また気でも失ってんの?」


 指先でちょいとつついて転がしてみる。

 クマるんは気こそ失ってはいない様子だったものの、されるがままに仰向かされると、不服そうに天井を見つめて動かない。


「どしたの?」


【……何でもないです】


「体の調子が悪かったら言ってよ? なるべく西ちゃんと同じ部屋にいないようにしてあげるから……」


 言葉の途中で、クマるんは突然体を起こしてあたしをキッと睨んだ。


【全然大丈夫です同じ部屋でも!】


 そう言うと、枕元に置いてあった携帯を楕円の腕で抱えあげる。


【早く携帯につけて連れてってください】


「……ホントに大丈夫?」


【全然大丈夫です!】


 自分からそんなこと言うなんて超珍しいじゃん。

 首をかしげつつ携帯にクマるんをくくりつけているうちに、いつのまにやら直立不動だった例のモノも気力を失ってこんにちはしているようだ。よかったよかった。ほっと胸をなでおろしてふとんを畳んで雨戸を開けて、階下に向かった。

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