第五話「幽閉という名の愛」
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エルナは、王宮の東翼に移された。
表向きは「王太子妃候補の静養」。
実態は、監禁に近かった。
部屋の外には、常に衛兵。外へ続く扉の鍵は、セドリックだけが持っていた。
エルナは逃げなかった。
逃げる気力もなかったし、逃げる意味も感じなかった。
どうせ、どこへ行っても同じだから。
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セドリックは毎日、必ず自分で食事を運んだ。
朝と夜。一度も欠かさなかった。
しかし——それだけではなかった。
食事をエルナの前に置く前に、セドリックは必ず自分でスプーンを取り上げ、一口食べた。
最初、エルナはそれに気づかなかった。
二度目に気づいた。
三度目に、問いかけた。
「……何をしているのですか」
「毒が入っていないか、確認している」
エルナは目を瞬かせた。
「毒」
「俺以外が用意した食事は、全部確認する。お前に何かあったら——」
セドリックは言葉を切った。
顔が、青白かった。
三日間眠れていないような目の下の隈。爪の短さ。自分でも気づかないうちに噛み切っているのだろう。
「……殿下が毒を盛る必要は、ありませんよ」
エルナは言った。
「私はどこにも逃げません」
「わかっている」
「では、なぜ」
「わかっていても、やめられないんだ」
セドリックは、スプーンをまだ握ったまま言った。
「二十三回目、お前は毒を飲まされた。俺が、俺の命令で——」
「殿下」
「三十七回目は、俺が食事に手をつけるなと命じたから、お前は三日間何も食べずに——」
「殿下」
「四十九回目——」
「やめてください」
エルナの声は、静かだった。
「数えないでください。私が数えてきたものを、殿下が数える必要はありません」
セドリックは黙った。
スプーンを、テーブルに置いた。
手が、かすかに震えていた。
「……食べろ」
「……はい」
エルナは言われるままに、スプーンを取り上げた。
食べながら——ふと、気づいた。
セドリックが自分の皿を持っていないことに。
「殿下は、召し上がらないのですか」
「……後で食う」
「毎日、そう言っています」
「……」
「食欲がないのですか」
セドリックは答えなかった。
エルナは、一口食べて、スプーンを置いた。
「殿下」
「何だ」
「自分を罰するために、食事を抜いているなら——やめてください」
「……」
「私が死ぬよりも早く殿下が死んでしまったら、私が困ります」
セドリックは、顔を上げた。
「……困るのか」
「見届けなければならないことが、あります」
「何を」
エルナはかすかに首を傾けた。
「殿下が、本当に変わるかどうか。最後まで見届けてから、私は死にます」
それは——生きる理由ではなかった。
ただの、死への猶予だった。
しかしセドリックは、その言葉に——わずかな光を見た。
「……わかった。食う」
セドリックは厨房へ使いを走らせた。
エルナはその背中を見ながら、思った。
これは優しさではない。
これは愛ではない。
これは——呪いだ。
二人で共有している、呪い。
でも——不思議なことに。
その夜は、少しだけ、眠れた気がした。
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翌朝、目が覚めたとき。
エルナの枕元に、野花が一輪、置いてあった。
庭で摘んだのだろう。
名前も知らない、小さな白い花。
誰かに強制されたわけでもなく、ただそこにあった。
エルナはしばらく、その花を見つめた。
何も感じなかった。
でも——捨てなかった。
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エピローグへ続く
監禁、強制的な食事。
はたから見れば歪な光景ですが、今のセドリックにはこれしか「彼女を生かす術」が見つかりませんでした。
「許さなくていい、愛さなくていい。ただ、死ぬな」。
究極の自己満足でありながら、彼なりの一世一代の愛の告白です。
次回、いよいよ最終回です。




