第6話 札付き魔族ともち姫様
想定外の激戦から一夜が明け、空には朝の快晴が広がる現在、グラム達はデュラン王城の玉座の間に移動していた。
「紆余曲折はありましたが、改めて本題に入りましょう」
玉座に座すシャルロットが、正面に立つグラムの眼を見ながら告げた。彼女の傍には、傷が完治したセバスが控えている。一方でグラムの右手は魔力不足により、未だ欠損したままである。
「デュランには敵がいます。盗賊団に敵国、或いはまだ見ぬ脅威もあるでしょう。それらは全て、この王国を甦らせるための障害になります」
「その敵を全て俺に滅ぼしてほしいと?」
「いいえ。そんなことは絶対にさせません」
「はぁ?」
グラムの言葉をシャルロットは諫めるように切り捨てた。グラムは理解できずに首を傾げる。
「ではどうする? 元を断たねば解決しないだろう」
「暴力で解決しても、それはまた新しい暴力を産むだけです。その先に真の平和はあり得ません」
「?」
「何を当然なことを」と、グラムは疑問に思った。彼自身そうやって生きてきたので、それを良しとしないシャルロットの考えが理解できなかった。
「私の悲願はこの王国を甦らせること。ですが、私はこれを暴力以外の方法で成したいのです」
シャルロットの言葉の端々から魔王やセラスに似た気配を察知して、グラムは露骨に顔を顰める。
「とは言ったものの、我々の敵は暴力を用いてきます。それに抗うためにはやはり武力が必要です」
「だから、取り繕ったところで力は力でしかないだろう」
「清濁併せ吞むとまでは言いませんが、抵抗するための力を私は暴力とは呼びません」
「人間の言うことはよく分からんな……」
違いが分からなかったグラムは嘆息を吐くしかなかった。
「貴方は……やはり魔族なのですね」
シャルロットは悲しそうな顔をした。
「ですが、ここは人間の世界。暴力だけがものを言う魔族の世界とは違うのです」
あくまで毅然とした態度を貫こうとするシャルロットに、グラムは待ったをかけた。
「否定はせんが、魔族の中にもお前のような平和主義者はいる」
「…………でも、貴方は違うのでしょう?」
「生憎、俺は生まれた時からこうだ。俺の育ての親は平和主義者だったが、気に入らなかったので殺した」
玉座の間に緊迫が走る。
セバスが懐中時計の蓋を閉じた。
「だがこの俺を唯一打ち倒した者もまた、お前と同じ平和主義者だった」
セラスとの闘争を思い出しながら、グラムは懐かしむように語り続ける。
「そこで契約だ、女。俺は、お前の目指す平和とやらに少し興味が湧いた」
「…………はい?」
「お前の望む平和を世界に実現し、その有様を俺に見せてみろ」
「え、え?」
シャルロットは唐突な提案に困惑した。
「代わりに俺はお前の兵隊になってやろう。お前の命令には全て従うし、お前が望む通り、命令されたとき以外は誰も殺さないと約束してやる」
「! そ、それは────」
魅力的な提案だった。グラムという強大な力を制御できるならば、それはデュランにとって無上の切り札になる。
だが、リスクもある。
「信用ならんな。貴様が約束を守るとは思えん」
シャルロットの不安を代弁したのはセバスだ。モノクル越しに目を光らせ、一言一句を警戒している。
「魔族の"契約"は魂の契約。破れば罰を受けるのは俺の方だ」
「具体的にはどのような罰が?」
「魂の消滅。簡潔に言えば存在が抹消される。故に契約を破れば、ただ死ぬよりも重い罰を受けることになる」
グラムの説明が終わった瞬間、シャルロットの瞳の色が蒼白色に変化した。
「目の色が変わったな」
グラムは鼻を鳴らしてほくそ笑む。
「……本当に、嘘ではないようですね」
数秒の沈黙の後、シャルロットは息を吐きながら目を閉じた。
「クハハ、噓を見破る魔法を使ったな? 俺の発言を信用できなかったらしい」
「……申し訳ございません」
「別に要らん。その程度で目くじらを立てるほど器の小さい男ではない」
言いながらグラムは左手を前に出した。
「話は終わりだ。さぁ、俺の手を握るがいい。それで契約は結ばれる」
差し出したのは悪魔の左手。その手を取れば、もう後戻りはできない。
引き返すならば今しかない。
「いいでしょう」
シャルロットは立ちあがり、迷うことなくその手を握った。
セバスは思わずといった様子で目を逸らす。
「私が目指す理想郷は、誰をも拒まず受け入れます。例え貴方の様な方でも、分け隔てなく」
初めから、彼女の答えは決まっていた。
「なれば"破天荒"…………私の兵隊として付き従いなさい」
シャルロットはグラムの目を見て命令する。
────契約成立。
「言ったな」
瞬間、緋色に光る魔方陣がグラムとシャルロットの足元に展開された。
「契約成立。だがその前に代償を支払ってもらうぞ」
悪意に満ちた笑みを浮かべながら、グラムはシャルロットの手を強く握った。
「目には目を、歯には歯を。ならば力の代償は、力を以て支払われるべきだと思わないか?」
「!」
「お前が持つ魔力と魔法、全て俺に捧げろ」
魔方陣の光が強くなると、欠損したグラムの右手が急速に再生し始めた。シャルロットの魔力を吸収する緋色の光はグラムの右手が完全に治っても収まらず、むしろどんどん強くなっていく。
「貴様!!」
セバスが声を荒げ、グラムをシャルロットから引き剥がそうとする。しかしセバスの手は結界のような何かに弾かれ、契約を止めることは敵わない。
「愚かな女だ。この俺が平和を知りたいなどと、本気で言うと思ったのか? そんな馬鹿げたことは、天地が逆さになってもあり得ない!!」
グラムは邪悪に笑っている。
「俺はお前を否定し、蔑如する!! セラスと同じような顔を持つお前を!! セラスと同じ平和主義を掲げるお前を!! そして証明してやろう!! この世界は、暴力だけがモノを言う!!」
宣言が響き渡る同時、緋色の光が収まった。それに伴って魔方陣も消滅し、シャルロットは貧血でも起こしたように地面へ崩れ落ちた。
「姫様!!」
セバスは慌てて倒れたシャルロットのもとへ駆け寄る。シャルロットは意識こそあるものの疲弊しきったような状態で、息も荒く苦し気であり、脂汗を流していた。
「これでお前は文字通りの無力だ。弱者にすら値しない底辺!」
グラムはシャルロットを見下し、悦楽に浸りながら嗤う。
「だが安心しろ。力はちゃんと貸してやる。命令も聞いてやろう。なにせそういう契約だからな。俺と言えど、そこはしっかり果たすさ」
「貴様…………!!」
セバスはただ怒りに歯を食いしばることしか出来なかった。
「精々足掻いてみろ。愚かな理想を掲げながら力に歯向かい、叩き潰され、己の無力に絶望しながら野垂れ死ね! その無様な死に顔を俺に見せろ! それを見るためだけに契約したのだ!!」
弱者を嘲笑い、弄び、侮辱する。
全ては、己の愉楽のためだけに。
ただそれだけのため、グラムは契約を交わしたのだ。
「ククク…………ハハハハハ!!!」
シャルロットの絶望した顔を想像して、グラムは嗤いが止まらない。
「残念ながら…………」
しかし次の瞬間、シャルロットはふらつきながらも立ち上がった。
「貴方が望むその瞬間は…………永遠に来ないでしょう」
「あぁ?」
シャルロットの言葉を聞いた瞬間、声を上げて嗤っていたグラムは豹変して、恐ろしく低い声でシャルロットを威圧した。
「だって私には、頼れる仲間がいますから……!」
今度はシャルロットが笑った。
グラムと違って、その微笑みは柔らかく清らかな笑みだった。
「……この平和主義者め。顔だけに飽き足らず言動までセラスに似ているとはな」
グラムは抑揚のない声で吐き捨てた。
「興醒めだ。お前といるだけで俺は吐き気がする」
グラムはシャルロットに背を向け、玉座の間から立ち去ろうとする。それを見たシャルロットは慌てたように口を開いた。
「あっ! ご、誤解しないでくださいね!? ぐ、グラム様も勿論仲間ですから……!」
また吃音交じりな口調に戻ったシャルロットの言葉に、グラムは思わず足を止めた。
「あぁ……?」
「さっきのは言葉の綾と言いますか…………えと、け、契約による関係とはいえ、仲間には違いないですから……ね?」
シャルロットの言葉にグラムは呆けて、開いた口が塞がらなくなった。
「だ、だからこれからは、私のことを"シャルル"って、呼んでくれませんか……? お近づきの印に、じゃなくて…………えぇと……」
はにかみながら、シャルロットは願う。
「…………」
他人から歩み寄られるのは初めての経験だった。グラムの胸の中に、感じたことのない温もりが広がって行く。
初めて知ったその温もりに、グラムは心地よさを覚えた。
「黙れ」
しかしグラムはその温もりを認めなかった。
「俺は強者でお前は弱者だ。命令ならば話は別だが、お前の願いを叶える義理は俺にない」
認めたくなかった。そんなものに心地よさを覚えるなど、そんな自分は自分じゃない。ただその一心で拒絶した。
「そ、そこを何とか……お願いですからっ!」
「チッ…………じゃあ、今日からお前は"もち女"だ」
なおも食い下がるシャルロットが面倒になったグラムは適当に考えた蔑称を命名し、そそくさと玉座の間から立ち去った。
「なな、なんですかその適当なあだ名!! い、嫌ですよそんな名前!! 待ってください!!」
シャルロットは追いかけようとしたが、病み上がりの身体では思うように動けず、足が縺れて転倒してしまう。
「じゃあなもち女」
「止めてください! せ、せめて"姫"とか"王"って付けて────!」
さっさと行ってしまうグラムの背に、シャルロットは涙目になりながら手を伸ばす。
目の前で繰り広げられる光景に、セバスは呆れたように息を吐いた。
────かくして、孤独なグラムは幼き女王と邂逅する。交わるはずの無かった運命は交錯し、やがて伝説となる物語がここに幕を開けた。




