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第5話 朝が来た

 セバスの魔法を喰らったグラムは石化したように動かなくなった。その頭上には(12)の形をした蒼白の光が浮かんでいる。


(最初で最後の猫騙し! 恐らく次は通じない!)


 それと同時、セバスは止血も放り出して駆けだした。


(私の固有魔法(クロノス・ハンズ)は時を止めるが、生物の意識は止められない!! しかも相手はあの"破天荒"、私が想像できないような方法を使って攻略してくる可能性が高い!!)


 セバスは油断しない。


 油断など、出来るはずもない。


(だが最低でも四肢は切り落とす!! 魔力を消耗させなければ────)


 故にこれで終わらせるつもりだった。


 しかしセバスがナイフを振りかぶり、同時にグラムの頭上に浮かぶ光文字のカウントが(12)から(11)に変化した瞬間。


 ドゴンッと、大砲を撃ったような鈍く重い音がした。


「ウゴァッ!!?」


 それは時を止められたはずのグラムの膝が、セバスの腹に突き刺さった音だった。


 予想外に腹を貫かれたセバスは体をくの字に曲げ、多量の血を吐き、地面を何度もバウンドした。


 一撃必殺。


 ようやく止まったセバスはその場に蹲ることしか出来なかった。苦し気に咳き込みながら、血と共に吐き出した酸素を取り込もうとする。


「時間停止とは珍しい魔法を使う。俺も数千年の時を生きてきたが、時間に干渉する魔法を扱う者と出会ったのはお前で三人目だ」


 グラムが頭に刺さったレイピアを引き抜くと、頭上にあったカウントがガラスの如く砕け散って消滅した。


「しかし所詮は人間の魔法、身体が動かなくなるだけだ。魔力も止められるなら相当強かったが、それをしなかったあたり出来ないんだろう? 規模が大きい割にはしょうもない魔法だな」


 セバスは間違いなく強者である。波乱万丈を極める彼の長い人生だが、それでも自らの固有魔法を攻略することに成功した存在には人魔を問わず出会ったことが無かった。だからこそ、時間停止の効果対象に魔力が含まれないことを知らなかった。


 セバスは強者であった。故に、真の強者の前に敗北した。


 グラムは引き抜いたレイピアを投げ捨てる。レイピアは淡い光と共に元の懐中時計に姿を戻し、輝きを失った。


(分かっていた……!)


 セバスは立ちあがれないまま、四つん這いになって蹲っていた。せめてもの抵抗か、悠然と近づいてくるグラムを睨みつける


「どう、やって……!」

「知りたいか? 圧縮した魔力を体内で爆発させて魔法効果を破壊した。俺も実際にやったのはこれが初めてだが……拍子抜けするほど()()だったな」


 グラムは嘲笑する。


(攻略される可能性など、分かり切っていた! だからこそ止血を捨てて動いたというのにこの怪物は、たった一秒で…………!) 


 勝てない。


 セバスは悟ってしまう。


 勝てる相手ではない。


「クハハ、人間では想像も付かん発想だろうな。しかし魔族にとって魔力は手足と同じようなものだ。ならばこの程度、造作もないッ!!」


 グラムは獰猛に笑うと、四つん這いで蹲るセバスの腹を蹴り上げた。


「グアッ……!」


 蹴り飛ばされたセバスは草原を転がり、仰向けになって倒れた。


「しかし賛美してやろう! 魔法はまぁまぁだったが、その妙な剣技については中々面白かったぞ?」


 またグラムはセバスに歩み寄る。


 最早、虫の息だ。勝利のために止血を放棄した右手首からは多量の血が流れ出し、たった一撃喰らった膝蹴りによって幾つもの骨が折れ、内臓にも損傷が起きている。


「さて、そろそろ時間一杯だ。手加減してやっても構わんぞ?」


 グラムはニヤニヤしながら挑発する。


 セバスは掠れ行く意識の中、空に浮かぶ満月と目が合った。


「……今宵は、満月か」


 セバスの眼に、光が戻る。


「あの日もそうだった」


 身体を動かし、うつ伏せになる。


「王妃様が……エリーゼ様が病死した、八年前のあの日も満月だった……!」


 己を奮い立たせ、セバスは震えながらも立ち上がる。


「その有様で、まだ戦うつもりか」


 荒い息を吐きながらも左手のナイフを構えるセバスに、グラムは問いかけた。


「私は咎人だ」


 セバスは震えた声を吐き出す。


「聖教会の欺瞞に気付かず、正義を果たす夢に溺れて、数え切れないほどの命を殺してしまった……!」

「……」

「聖教会の粛清によって死ぬはずだった人間なんだ……!」


 過去の業、愚かな過ち、それらに対する深き後悔。


「それでも私はエリーゼ様に命を救われた……」


 それは滅多に露出しない、セバスの本心であった。


「私は一生をかけても、その大恩を返す義務がある……!」

「だから、なんだ? 結局お前は何が言いたい?」


 いい加減話を聞くのが面倒になってきたグラムが、苛立ちを隠さず言い放った。


「私は満月となられたエリーゼ様に!! 姫様の剣として生きることを誓った!!」


 セバスが力を振り絞って、勢いよくナイフを振りかぶった。


「論外」

 

 その声は怒りでも失望でもなく呆れだった。


 グラムはただ無慈悲にナイフを殴り砕き、セバスの首を右手で鷲掴みにする。


「無い物に縛られてどうする。死人のことなど気にせず生きたいように生きればいいではないか。お前も、あの人間も」

 

 力を使い果たしたのか、首を掴まれたセバスは全身が脱力していた。意識は辛うじてあるが、それが消えるのも時間の問題だろう。


「……興醒めだ。お前はもう、ただの弱者だ」


 グラムの声色が氷点下まで下がる。


「死ね」


 そのままトドメを刺そうとした瞬間。


「ダメぇ────────!!!」


 シャルロットの叫び声、柱のように太い光線がグラムの右手を消し飛ばした。


「何ッ?!!!」


 グラムは驚愕して思わず飛び退いた。同様に光線を受けたはずのセバスは何故か無傷であり、解放されたことで地面に崩れ落ちていた。


「セバスを殺さないで!!!」

「ひめ、さま……?」


 颯爽と現れたシャルロットがセバスを庇うようにしてグラムの前に立った。


(なんだ!!? 今何を喰らった!?)


 グラムは酷く動揺していた。


「魔力が、消し飛んだのか?!! コイツが今…………ッ!!」


 動揺はついに言葉になって吐き出される。


 よく見れば、シャルロットの首にかかっていた星型のペンダントが見当たらない。代わりに左手には星のような装飾が散りばめられた荘厳な錫杖がある。


 恐らくはレイピアに変形したセバスの懐中時計と同じ現象だろうと、グラムは混乱する頭で推理した。


「その錫杖か!? 俺の右手を消し飛ばしたのは、お前のその魔法か!!?」

「ええそうです!! あなたを止めるために攻撃しました!」

「!!」

 シャルロットの顔は青ざめている。声も手も足も、さっきから恐怖でずっと震えている。今にも泣きだしそうである。


(魔力を消滅させる魔法、だと!? あり得ん!! そんな魔法が存在すると言うのか!!?)

 

 魔力を消滅させる魔法。


 それは数千年の時を生きるグラムですら全く知らない魔法だった。

 

「わ、私には一人で生きる力なんてありません! 一人で国を治める力もありません! この先どれだけ成長しても、わ、私は一人で生きていくことなんて絶対に出来ません!! だけどそれは私だけじゃなくて、どんな人でもそうなんです!」


 驚愕するグラムを余所に、シャルロットは両手を横に伸ばしてグラムの前に立ちはだかった。


「だからセバスを……爺やを殺さないでください…………!!」


 セバスは、呆気にとられたような顔をしていた。


『暴力を至上としているのは貴方しかいません』


 一方でグラムは、セラスの言葉を思い出していた。


『なぜなら普通の魔族は、あなたの様に我儘を押し通すほどの圧倒的な力を持っていないからです』


 語彙の違いはあれど、間違いなく同じことを言っている。


「それがお前の選択か」

「えぇそうです! これが私の選択です!!」


 それを確かめるように問いかけると、シャルロットは力強く肯定した。


「じゃあ────」


 グラムは左手を振り上げた。


「ひっ……!」


 殺されると思ったシャルロットは、恐怖で目をぎゅっと瞑った。


「…………勝手にしろ」


 しかしシャルロットの予想とは裏腹に、グラムは振り上げた左手で後頭部を掻くと、欠損した右手も治さず、さっさとどこかへ歩き去っていった。


「爺や!!」


 シャルロットはしばらく呆けていたが、すぐ我に返ってセバスの手当てに取り掛かった。


「良かった……これならまだ治せる……!」

 

 安心したように呟くと、シャルロットは錫杖に祈りを捧げ始めた。


 直後にセバスの身体は淡い蒼白の光に包まれた。


「敵を、助けるというのですか……」

「だからあなたは敵じゃありません!」


 シャルロットは涙を流しながら否定する。


「あなたは私の剣です! 剣ならば、だ、黙って私に使われてください!」


 刹那、セバスの脳内にある記憶が蘇った。


『罪とか正義とか、ごちゃごちゃうるさいですよ! あなたはただ命を救われたことに感謝しながら黙って私に仕えていればよろしい!』


 それはセバスが、デュラン家専属執事となることを誓ったエリーゼの一言だった。


「すっかり、大人になられたのですね」


 セバスの言葉に、シャルロットは嬉しそうに頷いた。


 地平線から差し込み始めた陽の光が、二人を優しく包み込んだ。

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