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第2話 幼い女王、幻想の夢

 グラムが召喚された場所は殺風景な部屋だった。


 上下左右、どこを見ても石の色。立方体の空間には窓一つ存在せず、あるのは部屋を出入りするための木の扉だけ。足元には件の魔方陣があり、まだ効力を失っていないのか、蒼白の光を放っている。


 周囲の状況を確認した後、グラムはあることに気が付いた。


(傷が癒えている……?)


 満身創痍であったはずの肉体が、どういう訳か治っていた。欠損した左腕と右目も元通りになっていて、身体の何処を見てもかすり傷すらなかった。


(一体誰が治した? 欠損を再生させるほどの魔力など、俺にはもう残っていなかったはずだぞ)


 グラムが考え込んだそのとき、声を掛ける者がいた。


「あ、あの!」


 声に気付いたグラムは思考を打ち切り、目を向ける。


 そこには身なりの整った美しい少女がいた。周囲を確認することに集中していてグラムは気付かなかったが、ずっとグラムの正面にいたのだ。


「や、やっと気づいてくれた……」

「……お前、何者だ。俺を召喚した命知らずか?」

「は、はい!」


 グラムが問いかけると、少女はおどおどしながら頷いた。


「わたっ、私はシャルロット・デュランという者です! 貴方と契約を交わすために────」

「少し待て。先に聞きたいことがある」

「へ?」


 グラムは少女────シャルロットの言葉を遮り、ある問いを投げかけた。


「俺の右目と左腕を治したのはお前か」

「? な、何のことでしょうか……?」

「…………違うのか?」


 予想と違い、シャルロットは何も知らないと言わんばかりに首を傾げた。


「わ、私は何も。そ、それに傷を手当した跡なんてどこにも見当たりませんよ? むしろよく鍛えられていて、健康的な肉体美と言いますか…………はっ! も、もしかして本当は具合が悪いのですか!?」

「違う、黙れ。さもないとその口を引き裂くぞ」

「ぴゃ!?」

 

 勘違いで心配してきたシャルロットを一蹴し、グラムは左腕を何度か上下に振ってその感触を確かめた。


 違和感はどこにもない。魔力を失ったことによる弱体化はあるが、まるで欠損なんてしていなかったと思うほど自由に動かせる。


(一体誰が治した…………?)


 改めてグラムが周囲を確認すると、背後でまだ蒼白の光を放っている魔方陣が目に入った。


 ソレには微かに魔力が残っていた。


「……なるほど。コレの魔力が俺の傷を治したのか」


 物は試しと、グラムは魔方陣に向かって右手をかざす。


 魔方陣の魔力は蒼白の光と共にその右手へ吸い寄せられ、グラムに取り込まれた。


 魔力を失った魔方陣は機能停止する。光も完全に消え、室内は暗闇に閉ざされた。


「灯りを付けろ」

「は、はいただいま!」


 グラムが偉そうな物言いで命令する。


 シャルロットはすぐさま魔法を使い、手のひらサイズの淡い光の玉を幾つか生成することで部屋を照らした。


 その光を頼りにして、グラムはシャルロットを観察した。


 まず目につくのは非常に整った顔。腰まで伸びた銀髪と紫色の瞳が良く似合っていて、まだ幼さが残るその顔は見る者の庇護欲を掻き立てるだろう。


 目につく部分はそれだけではない。白を基調とした美しい衣装、胸元にぶら下がる星型のペンダント。


 しかしグラムが目を付けたのは、シャルロットの顔であった。


 (コイツ…………髪色や目付きは違うが、セラスと顔がそっくりじゃないか)


 シャルロットの顔は、セラスによく似ていた。セラスの幼少期の顔を知らないグラムだが、それでもシャルロットに対して幼いセラスという漠然とした印象を抱いていた。


『哀れな人…………だからこそ、我々弱者と共存できなかったわけですが』


 セラスのことを考えたせいか、グラムは屈辱の記憶を思い出す。沸々と煮えるような灼熱の感覚を腹の奥底に覚え、グラムは険しい表情を浮かべた。


(チッ……思い出すだけでも気が狂いそうになる。不愉快だ。なぜ魔界でもない場所でセラスと同じ顔を見なければならん)


 顔を顰めながら、グラムは今一度シャルロットの顔を見た。


「?」


 シャルロットは不思議そうな顔でグラムを見ている。


 中々どうして、シャルロットを大きくしてもセラスになる気はしない。それによく見ればセラスとそっくりなのは口元や鼻の辺りのみであり、それ以外の部分は雰囲気が似ているだけ。確かに似てはいるが、そっくりではない。


 それでもグラムは、シャルロットにセラスの面影を重ねずにいられなかった。


(とりあえず殺すか、見ているだけで不快になる)


 グラムは夕食の献立でも決めるような感覚でシャルロットを殺すことに決めた。


(コイツは俺と契約がしたくて俺を召喚したらしいが、そんなものに俺が一々従う義理はない。セラスを殺したと思えば気晴らしに────)

 

 グラムに電流走る。


(いや、待てよ。よく見ればコイツ、中々の魔力量だな? 一方で俺は魔法も使えんほどに魔力を失っている……ここで雑に殺すのは勿体ないな。というか、殺すだけでは気が済まん。どうせならこいつの尊厳や誇りを何もかも踏みにじってやろう)

 

 刹那に閃いた第二の選択肢に、グラムは邪悪な笑みを浮かべた。


(となると、俺が今取るべき行動は……)


 グラムは思考を一度止め、シャルロットに向き直った。


「お前、名前は?」

「そ、それならさっき言いましたよ……?」

「そうか? 忘れたな。もう一度言え」


 グラムの態度に動揺しつつ、その動揺を押し殺すためにシャルロットは咳ばらいをした。


「あ、改めまして────私はシャルロット・デュラン。このデュラン王国の女王です」


 シャルロットの雰囲気が少し変化する。


 それはシャルロットという一人の少女の中にある王としての自覚。


 今グラムの目の前にいるのは臆病な少女ではない。

 

 幼くも堂々とした女王である。


「王、か……不快な響きだ」


 そんなことは露知らず、グラムは先刻手に掛けた魔王のことを思い出して鼻を鳴らした。


「それで? 魔族を召喚するということは魔族と契約を望むということだが……お前はこの俺に何を望む気だ?」

「この国の未来のために、貴方の力をお借りしたいのです」


 グラムが問いかけるとシャルロットは俯き、弱々しい声で話し始めた。


「少しだけ身の上話をさせていただきますが……今から四年前、十歳だった私は流行り病でお父様とお母様を亡くし、そのまま王位を継承しました。ですが、そのままことが上手く行くはずもなく……それどころか世界的な異常寒冷による凶作の受難さえありましたや大臣たちの助けも借りながらやってこれました」

 

 たった十歳で国の主かと、シャルロットの話しを聞きながらグラムは眩暈を覚えた。


「これまでは大臣たちの助けもあってなんとかやってこれましたが、つい先日事態が最悪に陥りました。凶作の影響で食料難に陥った東のダイン帝国が、我が国に対して食料を差し出さなければ武力行使に出ると迫ってきたのです」

「要するに最後通牒か。ならば返り討ちにすればいいじゃないか」

「帝国は世界でも五本の指に入る軍事大国です……戦って勝てる相手ではありません」


 シャルロットは声に無念を滲ませながら俯くが、すぐに顔をあげて懇願する。


「貴方だけが頼りなのです! 貴方さえいれば我々にも幾らかやりようがあります! あの"破天荒"の力をお借りすることが出来るなら! どうか、お願いします……!」


 魔力感知が出来ないシャルロットは、グラムが魔力を失って著しく弱体化していることを知らない。


 グラムもそれをわざわざ明かすこともなく、かといってシャルロットの願いに了承も拒絶もせず、ただ鋭い眼光を向けた。


「代償を払う覚悟はあるんだろうな」

「無論です。それを承知した上で、貴方を召喚したのですから」


 半ば脅しに近い問いかけだった。


 しかしシャルロットは一歩も引かなかった。


「私は────」

「なりませぬ姫様!!」


 シャルロットが言いかけた次の瞬間、閉じられていた扉がバタンと、勢いよく開かれた。

 

「おやめください姫様!! 魔族と契約を交わすなど、絶対にあってはなりませぬ!!」


 部屋に押し入って来たのはモノクルを掛けた背の高い老執事であった。


「セバス!?」


 老執事からぶつけられた制止の声に、シャルロットは狼狽えた。

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