第27話 野火
翌日の朝、冷たい雨が降る中、セバスの葬儀はシャルロットと大臣たちの関係者の間で粛々と行われた。
母后エリーゼ・デュランに拾われた聖教会の離反者という特殊な経歴により、セバスの存在は公には知られていない。精々がシャルロットに仕える召使のひとりという程度の認識である。故にセバスの死が国民に知らされることは無く、今後国民たちがセバスの存在を知ることも無い。
それでも葬儀に立ち会った皆は、長きにわたりデュランを影から支えてきた偉大なる男の死を心の底から悲しみ、天も大粒の涙を流した。
一方でシャルロットは涙を流さなかった。葬儀の間はただの一言も発さず、魂が抜け落ちたような顔で、土の中に消えていくセバスの棺を誰よりも近い場所で見つめていた。
そんなシャルロットの背中に、大臣たちは声を掛けることが出来なかった。
セバスの最期の瞬間を見届けたグラムはというと、そのことを誰にも言わず、葬儀にも立ち会わなかった。
セバスと何を話したのか、何を託されたのか。
その一切を語らず、心の中に留める選択をした。
故に第一発見者はグラムではなく、何時になっても起きてこないセバスの身を案じて部屋に駆け込んだシャルロットである。
そして葬儀の間、グラムは王国中心にそびえ立つ時計塔の屋根の縁、文字盤の直上にある出っ張りに一人腰掛けていた。
『とにかく自分とよく向き合え。俺から言えるのはそれだけだ』
マリー達から貰ったアップリケをズボンのポケットから取り出し、しばらくの間それを見つめていた。
♢
「もち女」
葬儀の翌日、グラムは書類に目を通しながら廊下を歩いていたシャルロットに声を掛けた。
「……グラム様? いかがなさいましたか?」
顔をあげたシャルロットは、首を傾げて聞き返す。
「今日のリンゴ代なら先ほど渡したはずですが……」
「何かやることはあるか」
グラムが尋ねると、シャルロットは一瞬固まった。
「あっ、え? い、今何と仰いました?」
「何かやることはあるか。俺に出来ることは」
聞き返されたグラムは少し言葉を変えて言う。
それでもシャルロットは自分の耳が信じられず、思わず手から力が抜けたことで書類を地面に落としてしまった。
「えっと、その……ど、どういう風の吹き回しですか?」
「失敬な」
書類を拾いながら、シャルロットは言葉を選ぼうとした。しかし理解が追い付かずに失敗する。
「だ、だって……」
「この俺が手伝ってやると言っているのだ。黙って喜べ」
シャルロットは茫然としていたが、やがて落ち着きを取り戻すと薄く微笑んだ。
「じゃあシャルルって」
「断る」
「もう、少しくらい良いじゃないですか」
シャルロットは不満そうに息を吐く。
「あの老いぼれが死んで少しは生意気も落ち着いたかと思えばこれか」
「フフフ、心配してくれたんですか?」
「……それで、結局俺がやることはあるのか」
グラムは話を逸らした。シャルロットは微笑んだまま、それ以上グラムを茶化すようなことはしなかった。
「それではお言葉に甘えて……ダインにひとつ文書を送っていただけませんか?」
シャルロットはそう言うと、懐から封蠟が施された手紙を取り出してグラムに渡した。封蠟にはデュラン王家の紋章である翼を広げた雄鶏のマークが刻まれていた。
「これをルミナス達に届ければいいのか?」
「はい。実は聖教会がまた不穏な動きを見せていまして……これについてベオウルフも交えた三国で会談を行いたいのです」
シャルロットが深刻な顔で説明を行う一方で、グラムは他人事のような態度でそれを聞いていた。
「これは私の直感ですが、デュランが聖教会に反旗を翻そうとしていることに教皇は勘づいていると思います。数ヶ月前の視察に教皇が自ら赴いてきたのも、我々に確信に近い疑いを持っていたからだと推測できます。あの時は上手くやり過ごせましたが……これからは分かりません」
シャルロットはそこで言葉を区切り、緊張を紛らわせようと息を大きく吸った。
「年内に我々三国と聖教会────バルゼノン教国との戦争が勃発する可能性も、状況次第ではあり得るでしょう。そのためにも早い段階で三国同士の連携を強化しておく必要があります」
「いよいよ大詰めという訳だ」
グラムは少し声を弾ませる。久しく闘争から離れていたこともあってか、表面上は落ち着いているように見えるが、内側では随分と血が騒いでいるようだった。
「戦わずに済む道はどこにも無いのかと、今まで何度も模索してきましたが……事ここに至っては最早あり得ないでしょう。私が目指す平和を実現させるには、この戦いは避けては通れない」
「で、お前は俺をどう使うつもりだ?」
「グラム様には聖教会の最高戦力である浄罪執行者の無力化を命令する予定です」
浄罪執行者という単語に聞き覚えがあったグラムは、これに少し反応した。
「浄罪執行者か。確かあの老いぼれもそうだったと記憶しているが、同じくらい強いのか?」
「詳しいことは私にも分かりませんが……最低でも単騎で国家を滅ぼせる実力があることは断言できます」
不意にヨームの姿が脳裏にチラついた。グラムはまだヨームと直接戦ったことはないが、かつて垣間見たヨームの戦闘力をハッキリと覚えている。
故にヨームの実力なら単騎で国を落とすことも可能だと確信していた。
つまり浄罪執行者は、ヨームと同等以上の実力者ということになる。
そう判断したグラムは獰猛な笑みを浮かべた。
「とにかく相当強いわけだ……やっと楽しくなってきたな」
「言っておきますが」
「殺しは禁止、だろう? もう言われなくても分かっている」
釘を刺そうとしたシャルロットだったが、先んじてグラムに言われたことで言葉を詰まらせた。
「分かっているなら良いんです」
多少の不安はあったが、とりあえずグラムを信用することにした。
「昔のグラム様なら絶対信用しませんが、今のグラム様なら大丈夫だって、私、信じてますから」
「……そうだな」
グラムはニヤリと笑みを浮かべた
「とりあえず、今はコレをルミナス達に渡せばいいんだな?」
「はい! ただ、その……転移魔法を使えるセバスは、もう居ないので……申し訳ありませんが、ダイン帝国までは自力で向かってもらうことになります」
それまで気丈に振舞っていたシャルロットの顔が暗くなる。その理由について、グラムはある程度察しが付いていた。
「この俺を誰だと思っている? その程度、俺にとっては他愛もないこと。故にお前が気にする必要はない」
「……ありがとうございます」
「要らん。礼を言う暇があったらさっさと他の仕事を片付けろ」
シャルロットの感謝を、グラムは受け取らなかった。
「とりあえず行ってくる」
「お願いしますね」
刹那、グラムの肉体は無数の黒いカラスに変化する。
無数のカラスたちはあちこちへに散開すると、王城の廊下にいくつかの黒い羽を残して消え去った。
♢
そこには世界有数の軍事大国があったはずだった。
世界一の人工を誇り、魔法と共に発達してきた高度な文明があるはずだった。
ガビルとルミナスが居るダイン帝国があるはずだった。
今やそこにあるものは、灼熱の業火が全てを焼き尽くす破壊の光景だけである。
人も、建物も、そこには何も見当たらない。
代わりに地面にはかつて人だった黒い何かが幾つも転がっており、かつて建物だった瓦礫があちこちに散乱している。
「なんだ…………これは、一体……!?」
一面を焼き尽くす業火の有様は、帝国にやって来たグラムの理解をも焼き焦がした。




