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第23話 ツンデレ魔族

 グラムが王城を追い出されてから一夜が明け、空には雪雲の余韻を残した青空が広がっていた。グラムは朝一番から商業区へと赴き、営業を再開した露店を数件梯子してリンゴを買い漁っていた。


「クハハ! 待ち侘びたぞ、このひと時を!」


 袋一杯の赤色が持つ確かな幸福の重さに、グラムの硬い口角が少し緩む。人相の悪さが災いして凶悪なにやけ面を浮かべる不審者でしかないが、道行く人々は見慣れたように無反応である。


「おっ、リンゴのあんちゃんだ! おーい!!」


 一方でグラムが良く通う露店の店主たちは好意的な反応を示していた。


 当のグラムがこれに反応することは一度もないが、それは意識がリンゴに集中していて気が付いていないだけである。 店主たちも返答に期待しておらず、ただ無言で去って行くグラムの背に手を振っていた。


「あはは、今日はもう他のとこで買ったみてぇだ」

「よくあることだ。明日来てくれることを願おうぜ」


 人間界に召喚されてからはや三年、リンゴと出会ってから二年。今やグラムは尋常じゃないほどのリンゴジャンキーとして国中に顔が広まっていた。


 そんなグラムが残雪を踏み固めながら向かっているのは王城の反対側、国の外れにある丘の上の掘っ立て小屋だった。


 遠く離れた王城からもはっきりと見えるほど大きな巨大樹が目印となるその場所に、グラムは今、ラヴという名の放浪者として居候しているのである。


「お前たちは選ばれし者たちだ。この俺の糧となるに相応しい」


 丘を登りながら、ラヴはおかしなことをリンゴに対して呟いていた。それは丘の頂上に到着してからも変わらず、これから食するリンゴの甘味を想像して心を躍らせていた。


「さぁ時は満ちた……! 今こそ喜びに打ち震え、その身を俺に差し出し────」


 小屋の扉を開いて中を見たその瞬間、ラヴのテンションが一瞬で最低まで落ち切った。


「あ、ラヴさん!」

 

 小屋の中にいたのだ。


 エヴァではなく、マリーが。


「お前、なんでいる」

「隙を見て抜け出してきました!」

「帰れよ…………」

「んな!?」


 ラヴは露骨に大きなため息を吐いた。


「なんでそんな酷いこと言うんですか!? 別に気に障るようなことなんてしてませんよね!?」

「何もかもが気に食わん」

「まさかの存在丸ごと?! 何で!?」


 マリーはショックを受けたような顔をして驚いた。


「一番不愉快なのは()()()()()()()()()()()()()ことだ。原理は知らんが、鬱陶しいことこの上ない」 

「!」


 マリーは一瞬瞠目したような表情を浮かべたが、すぐ怒ったような顔に変わったので、ラヴが気付くことはなかった。


()()なんだからしょうがないじゃないですか!! 私の家系は昔からそういう体質の人間が生まれやすいんです!!」

「魔力を感知されない体質か……同じ生き物とは思えんな」

()()()みたいに言わないでください!!」


 怒りを露にするマリーを余所に、ラヴは納得すると同時に忌避感を覚えていた。


 魔族の魔力感知能力は五感に紐づいている。分かりやすく言えば、視覚や聴覚といったあらゆる感覚の中に魔力を感知する機能が備わっている。


 だがマリーの魔力は彼女が持つ特殊体質により、その魔力を感知することは魔族であっても不可能。


 それは視覚で例えるならば目で見ることが出来る幽霊、確かに居るはずなのに居ると断言出来ないような、曖昧かつ形容し難い違和感の塊。


 魔族にとってマリーはそのように認識される。初めこそ物珍しい特性に興味を示していたラヴだったが、今では気色悪いという感想を抱いていた。


「何も体質だけの問題ではない。己の生活に何のかかわりもない他者を職務放棄してまで助けようとするその精神性も気色悪い」

「?」

「見返りを求めるならまだ分かる。だがお前は何も考えずにあのガキを助けようとしていた。つまりただ助けたいという一心で助けようとしたわけだ。俺にはそれが理解できん」

 

 ラヴは言いながらテーブル前の丸椅子に腰掛けた。マリーは不思議な顔で二、三度目を瞬かせると、ジトっとした目でラヴを見た。


「いや、貴方がそれを言うんですか?」

「あ?」

「だって貴方、今ここにいるじゃないですか。私の代わりにエヴァちゃんの面倒を見てくれてるんですよね?」


 ラヴはリンゴを齧ろうとしていたが、マリーに言われた刹那にピタリと動きを止めた。


「あのガキに恩を売ればリンゴを無料タダで食えそうだと思っただけだ。それ以上のことはない」

「でもそのリンゴはエヴァちゃんから貰ったものじゃないですよね? 買ってきたものでしょうか? エヴァちゃんから貰えるなら、わざわざ買う必要なんてないと思いますけど」

「…………チッ」

「フフフ……素直に認めたらいいのに」


 反論できず、ラヴは舌打ちをした。その反応を見てマリーは柔らかく微笑んだ。


「……実は私、さっきまで貴方のことを少し疑ってました」

「何を」

「貴方があの"破天荒"のグラムである可能性をです」


 刹那、音がぱたりと消えるような静寂が訪れた。


 ラヴは特に動揺もせずにリンゴを齧る。


 シャクという音が静まり返った空間の中に響いた。


「私の体質に初見で気付けるような人って、魔力感知能力が高い人だけなんです。でもそういう人って相当な魔法の達人か、人間以上に魔力感知が優れている魔族のどっちかだけなんですよ」

「……」

「その黒目黒髪も、魔力感知能力の高さも、ラヴさんは色々とあの"破天荒"と一致する特徴が多かった」


 グラムは密かに魔力を動かし、いつでも魔法を発動させられるように構えた。


「でも、そんなわけありませんよね! 子どもを助けられる貴方が魔族だなんて、そんなの絶対にあり得ません!」

「…………」

「大丈夫! 貴方は良い人です! 人相は最悪だし凄い捻くれてるけど、それでも子どもを助けられる良い人なんです! もし聖教会に疑われるようなことがあったら、その時は私が弁明してあげますからね!」


 マリーは笑いながらサムズアップした。


「好きにしろ……」


 敵意の欠片も感じられないその態度に毒気を抜かれたラヴは、少し考えてから、マリーへの警戒を緩めることにした。


「……ここだけの話、教皇様がこの国に来たのはデュランの国王が魔族と契約していると推測したからなんですよ」


 マリーはおもむろに語り始める。


「デュランはこの数年で凄まじい成長を遂げた国です。APSの発足以降は世界の中核に食い込んだと言っても過言ではありません。その成長ぶりの裏には魔族との契約があるのではないかと、教皇様は警戒されておりました」

「無いと信じたい話だな。国ごと焼かれて死ぬのは御免だ」


 ラヴは全て知っていたが、あくまで何も知らない一般人を装った台詞を口にした。


浄罪の劫火(ホーリー・フレイム)のことですね……アレは、私も大嫌いであります」


 マリーは悲しそうな顔をした。


「聖教会の中でも浄罪の劫火は反対する人が多いです…………先代の浄罪執行者エグゼキューターだったセバス・アンデルセンもそれが理由で辞職したと言います」

「……」

「って、暗い話をしちゃいましたね。ごめんなさい」


 マリーはハッとした様に話を切り上げ。


 数秒の無言の時間が続く。


「ところで、あの小娘は今どこだ?」


 不意にラヴが小屋の中を見回しながら尋ねた。


「あぁ、エヴァちゃんは今親戚のリンゴ農家さんの家にいます。収穫のお手伝いをするとリンゴを分けてもらえるみたいで…………あっ、農家さんの家まで私がしっかりと護衛したので安心してください!」


 マリーは慌てたように細くする。


 遠方から正午を告げる鐘の音が響いたのは、それから間もなくのことであった。


「っと、私はそろそろ戻ります。お手伝いは夕方に終わるらしいので、頃合いを見てエヴァちゃんを迎えに行ってあげてください」


 言いながらマリーは席を立ち、ラヴに地図を手渡した。


「赤丸を付けた場所がエヴァちゃんが居る場所です。それでは、頼みましたよ!」


 そう言い残して、マリーは駆け足で去っていた。


「…………」


 一人取り残されたラヴは、神妙な顔をしてリンゴをシャクと齧った。


『大丈夫! 貴方は良い人です!』


 ふと、マリーの言葉がラヴの頭の中で蘇った。


「…………俺を人間の尺度で測るな、阿呆が」


 呆れたようなその声は、いつもより少しだけ高く弾んでいた。

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