第22話 禁断の果実
グラム改めラヴとマリーは赤髪の少女に連れられて、王国の外れにある丘の上、天を衝くほど巨大な一本のリンゴの樹の下にある掘っ立て小屋を訪れていた。
小屋の中は人が三人も入れば窮屈に感じる程のスペースしかないが、最低限生活するだけの環境が整った空間であり、人によっては快適だと言う感想を抱くだろう。
その小屋で暮らす赤髪の少女は、リンゴのタルトやアップルパイといったリンゴのスイーツを二人に振舞った。
「どう、美味しい?」
赤髪の少女はテーブルから身を乗り出し、向かい側でスイーツを堪能する二人に尋ねた。
「!!!」
リスの様に口を膨らませたマリーはその美味しさに大興奮、頬張り過ぎて喋れないので、代わりにサムズアップして答えていた。
対するラヴはもう既に完食しており、皿の上には4時の方向に揃えておかれたナイフとフォークが置いてあった。
「美味かったが……デュランのリンゴはそのまま食べる方が美味い」
ラヴはハンカチで口元を拭いながら感想を述べた。
「あはは! おじさんは生食派なんだー! お父さんと同じ!」
「……さっきからずっと気になっていたんですが、ご両親はどちらに?」
少女は楽しそうに笑う。ようやく咀嚼を終えて飲み込んだマリーが怪訝な顔をして少女に問いかけた。
「この国にはいないよ! 何処に行ったのかは分からないけど、二人とも遠い所に行ってるから、私はここでお留守番してるの!」
少女はニコニコしながら答えたが、何かを察したマリーは言葉を一瞬詰まらせた。
「お前の親は、ガキのお前を放って外に行ったのか?」
思う所があったのか、ラヴは少し低い声で赤髪の少女に聞いた。
「うん。でもちゃんと帰って来るって約束したから大丈夫だよ!」
「……そうか」
あくまで少女は笑顔を崩さなかった。ラヴもマリーもそれ以上何も聞かず、刹那の沈黙が訪れる。
「そ、そういえばあのゴロツキ共は白いリンゴがどうとか言っていましたが、アレはどういう意味ですか?」
「白いリンゴ?」
「あぁ、ラヴさんはその時いませんでしたね」
気まずさに耐えかねたマリーが思い出したように話題を変えると、それを知らないラヴが反応した。
「この子、あのゴロツキ共に白いリンゴを渡せって追いかけられていたんですよ」
「……それは有名なものなのか? 白いリンゴなど、俺は一度も聞いたことが無いぞ」
ラヴは眉間に皺を寄せる。
自他ともに認めるリンゴ好きであるラヴ(グラム)だが、そんな自分が知らないリンゴがあるということに対し、プライドの高さから来る対抗心と純粋な興味が混ざったしかめっ面を浮かべていた。
「白いリンゴっていうのは、昔にお父さんが偶然見つけたリンゴのことなんだ。……私は見たことないけど、それはもう息を呑んじゃうくらい綺麗な白いリンゴだったらしいよ」
赤髪の少女は途中考えるように間を置きながら仔細を語る。マリーは姿勢よく耳を傾ける一方で、ラヴは体勢が少しだけ前のめりになるほど集中していた。
「お父さんは白いリンゴを食べずに余所から来た商人さんにすぐ売ったんだけど、それを知らない悪い人たちがいーっぱい居るの! 毎日毎日ああやって私のこと追い回してさ! ホント、全員暇なのかな」
少女は面倒臭そうに息を吐いた。
「解せませんね……ただのリンゴにそこまで執着する理由が理解できません」
「それは多分お父さんが流した噂のせいだと思う。食べれば不老不死に成れるとか、世界の真理を理解出来るとか、高値で売るために出まかせ言ってたから」
「あちゃー……」
マリーは困ったような顔をしながら額に手を当てた。
「ともかく、これは許せない話であります。幼い子供をほったらかしているお父さんも許せませんが、何の関係も無い貴方が悪党どもに狙われていることが許せません!」
「…………」
ラヴは横目で義憤を露にしているマリーを観察した。
「ラヴさん! 私達の手でこの子を助けましょう! 放浪者だから暇ですよね!?」
「失敬な」
マリーは感情のまま勢いよく立ち上がる。
「お願いします! この通りですから!!」
マリーはラヴに対し深く頭を下げた。ラヴは少し考えた後、おもむろにこういった。
「人に物を頼む前に、まずは名を名乗るのが礼儀だと思うが?」
「え? あっ」
「俺はもう名乗った。お前はまだだ」
ラヴはわざとらしく強調しながら言う。
「こ、これは失礼! 私は聖教会・聖テレジア騎士団所属のマリー・ライトであります! 歳は十八! 此度は教皇様の視察に護衛として同行する形でこの王国に参りました! 座右の銘は"とりあえずカチコミ"! 以後よろしくお願いします!」
「私はエヴァだよ! よろしくであります!!」
マリーは急いで頭を上げ、敬礼をしながら口上を述べる。赤髪の少女は無邪気に笑いながら、マリーの真似をした。
「聖教会…………ん?」
グラムは無表情を装いながら、内心でマリーに対する警戒度を一気に引き上げる。
が、あることに気が付いた。
「お前がこの国にいるということは、教皇も既にこの国にいるということか?」
「えぇ! ついさっき到着したばかりですがね!」
「……護衛は? 大事な教皇サマをほったらかしてここに来たのか?」
マリーは一瞬何を言われたのか分からないような顔をしたが、すぐに顔面蒼白になった。
「そういえばそうでした!!! 今すぐ戻らないと!! で、でもこの子もほっておけないし……! どうしましょうラヴさん?!!」
「知るか」
慌てふためくマリーはラヴに助けを求めるが、ラヴは呆れ果てたような声で一蹴した。
「わ、私のことは気にしなくてもいいよ! 私のことは私でなんとかするからさ……!!」
「うぅ……でも…………!」
赤髪の少女は遠慮がちに微笑みながら言う。マリーは申し訳なさそう顔で小さく唸り声をあげた。
「…………この小娘の面倒は俺が見る」
不意にグラムが溜息交じりに呟いた。
「え!?」
マリーは目を丸くした。
「お前と違って、俺は暇だからな。…………さっさと行ってこい」
ラヴはしっしと手で追い払うような仕草をした。その言葉にマリーは感極まり、ウルウルと目を潤ませた。
「ラヴさん!!」
感情が盛り上がったマリーはラヴに抱き着こうとした。
「失せろ」
「どひゃ────────!?」
ラヴはマリーの頭を鷲掴みにすると、小屋の扉を開けて外へ放り投げた。マリーは空の彼方へと消えていった。
「…………おじさん?」
ラヴは困惑する赤髪の少女を余所に、懐からぐしゃぐしゃになったニル紙幣を数枚取り出し、それをテーブルの上に置いた。
「面倒を見るとか言ったが、嘘だ。リンゴをよこせ」
「……おじさんも、白いリンゴが欲しいの?」
少女は少し警戒したような目を向ける。
「…………俺が欲しいのは赤色だ」
「!」
警戒の理由を察したラヴがそう付け足すと、少女は安心した様に微笑んで、すぐに山積みのリンゴをラヴに差し出した。
ラヴは差し出されたリンゴを齧りながら、教皇が帰るまでの間はこの小屋に居候することを勝手に決めた。




