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第1話 魔王殺し

 魔王城、玉座の間。


 そこには魔王とグラムの二人がいた。地に伏せたまま動かない血濡れの大男が魔王であり、それを悟った目で見下ろす、年若く見える黒目黒髪の男がグラムである。

 

「無様な姿だな、親父」


 魔王を見下ろしながらグラムは言う。


 結論から言うと、グラムは育ての親である魔王を殺した。グラムも魔王同様に血濡れであり、左腕と右目が欠損していることから相当な激戦だったことが見て分かるだろう。


「酷い肩透かしを食らった気分だ。この数千年で最も退屈な闘争だったぞ」


 魔王は声を返さない。魔力が尽きたその肉体は光と共に消え始め、間もなく完全に消滅するだろう。当のグラムも魔力が尽きる寸前で、かすり傷すら治せないのだが。


『私はな、皆が笑って暮らせる世界を作りたいんだ』


 ふとグラムが思い出したのは、魔王が常々口にしていた理想であった。


「……消えろ消えろ。軟弱者め。そのまま消えて無くなってしまえ」


 グラムはそれを知らない振りをした。だがその独り言には、微かな悲しみの色がある。目の前で消滅していく父の姿を、グラムはただぼーっと眺めていた。


「────魔王様!!」


 直後、大きな扉を蹴破って玉座の間に侵入してくる者達があった。我に返ったグラムが振り返れば、そこには黒紫色の軍服を着た魔族たちがいた。

 

 魔王軍だ。主の異変を察知して駆け付けてきたのだ。


 先頭に立つのは男装の麗人という言葉が似合う女。手には禍々しい気配を放つ大鎌があり、何よりただ一人だけコート付きの軍服で目立っている。その特別な軍服を着用することが許可されているのは、魔界において七人しか存在しない。


「…………セラスか」


 グラムは物憂げな顔で女を見た。


「なっ、若様!? なぜ貴方がここに!? それにその怪我は一体……」


 セラスと呼ばれた女は、驚き戸惑った様子でグラムに問いかける。後ろに控える者たちも概ねセラスと同じ反応を示していた。


「ここで一体何があったのですか! その怪我は、魔王様はどこへ!」


 何かを察したセラスが問いかけると、グラムは邪悪な笑みを浮かべて見せた。


「あと一歩遅かったな、"七魔将"」


 その一言で、セラスは全てを理解した。


「若様…………否、破天荒!」


 静かなる怒りを込めて、セラスは大鎌を握りしめる。


「魔王様を殺したその大罪、死を以て償え!!」


 セラスが大鎌を構えた刹那、その背に二対の蝙蝠の翼が出現した。控えていた兵士たちも息を吞みながら武器を構えた。


「来てみろクズ共!! 主の仇はここにいるぞ!!」


 死にかけのグラムは獰猛に笑い、喜んでその闘争を受け入れた。



 熾烈な闘争の末に、グラムはついに倒れた。


 戦いの余波で魔王城は崩壊し、セラス率いる一万の魔王軍は半壊滅。ただ一人の死にかけの男を倒すために支払われた代償である。


「────貴方の負けです。若様」


 玉座の間だったはずの場所で、セラスは背中を地に付けて倒れたグラムへ告げた。

 

 セラスには傷一つなく、どころか服装の乱れすら見当たらない。ただ手に握られた大鎌の刃は血濡れている。


「まさか魔法も使わず魔王軍を半壊させるとは。お陰で私が手塩に掛けて育てた部下が全員死にました」

「ハッ! あんな小突いただけで死ぬようなゴミクズがか?」

「そうです。貴方にとってはゴミクズ同然かもしれませんが、私にとってはかけがえのない仲間です。私のことをよく慕ってくれた、可愛げのある部下たちでした」

「……相変わらず、お前らは無意味なことが好きだな」


 不意にグラムが嘲笑を止める。


 それは嘲りでも罵倒でもなく、心の底から出たグラムの本音だった。


「お前がどれほどの時間をゴミ共の育成に費やしたかは知らんが……俺からすれば誤差でしかない。どこまでいってもゴミはゴミ、弱者は弱者でしかない」


 崩壊した天井からは魔界特有の紫色の空が見えている。グラムは退屈そうにそれを眺めていたが、おもむろにセラスを見てこう言った。


「だが、お前は違う」


 それはやはりグラムの本心で、嘘偽りのない賞賛だ。


「誇ってもいい。お前は俺に勝った。魔王すら殺したこの俺に、お前は見事勝利した」

「私ではなく、私()()の勝利です」


 セラスがグラムの言葉を訂正した。


「そもそも貴方は死にかけでした。それですら私一人では勝てなかったでしょう。兵士たちが命を賭して、貴方の動きを止めてくれたからこそ勝てたのです」

「……またそれか」


 無力を呪うセラスの態度が、グラムは気に入らなかった。


「理解できん。魔界の平和だの社会全体の助け合いだの……お前ら魔王軍は、親父の信奉者共はいつもそうだ」

「……」

「思うがままに力を振るって何が悪い? 魔族の本質は暴力だ。欲しい物は力で奪い取り、気に入らないものは全て壊す。それが魔族の本能だろう?」


 グラムはもう一度セラスの眼を見た。


「教えてくれよ()()、昔みたいによ。俺は答えが知りたいだけなんだ」


 その声には焦りや不安に似た響きが微かにあった。


「お言葉ですが、若様」


 セラスは悲し気な目でグラムを見つめ返す。


「それは魔族の本質ではなく、貴方個人の本質です」

「……はぁ?」


 グラムは困惑した。


「暴力を至上としているのは貴方しかいません。なぜなら普通の魔族は、貴方の様に我儘を押し通すほどの圧倒的な力を持っていないからです」

「なっ、何を言っている?」

「貴方は強すぎた。生まれながらにして強大過ぎる力を持っていたせいで、貴方は力でしか物事を判断できなくなってしまったのです」


 グラムにはセラスの言っている意味が理解できない。


 何一つとして理解できなかった。


「おいセラス!! さっきからずっと何を言っている!?」

「哀れな人…………だからこそ、我々のような弱者と共存できなかったわけですが」


 セラスは憐みの念をグラムに向けた。


「知った風な口を聞くな!! そのふざけた目を今すぐ止めろ!! 俺を侮辱するつもりか!!」


 憐みを知らぬグラムはそれを侮辱と解釈し、激昂する。


 セラスは思わず息を吐いた。


「魔王様は貴方のことをずっと信じていらっしゃいましたが……貴方は最後まで変わりませんでしたね」

「なぜそこで親父が出てくるッ!? 奴は俺を超える力を持っておきながら、息子というだけで俺を殺すことを躊躇った軟弱者だ!!」

「なら、もういいです。きっと若様には永遠に理解できないでしょうね。だから私の言葉は全て、弱者の戯言として聞き流してください」


 セラスは嘆息を吐き、大鎌を振り上げた。


「…………なら、つべこべ言わずにさっさとやれ」


 迫る死の気配を知覚したグラムは悟りを開いたか、或いは自棄になってセラスの刃を受け入れようとした。


「地獄の底で、天国にいる魔王様に謝ってください」


 グラムの首を狙い澄まし、セラスは勢いよく大鎌を振り下ろす。


 その刹那、蒼白の光を放つ魔方陣が地面に出現した。


 それは無数の四角形が緻密に重なりあった幾何学模様だった。魔方陣の中心にはグラムがいて、陣の境目は蒼白の光によって分断されている。セラスが振り下ろした大鎌の刃は蒼白の光に絡めとられ、グラムに当たることなく停止した。


「蒼白の魔光、これはまさか人間の!? ここは魔界だぞ?!!」

「これは……召喚魔法か。どうやら魔族と契約したい愚か者がいるようだな」


 それは両者にとって予想外(イレギュラー)な出来事であった。しかしセラスより先に状況を理解したグラムは、一転して勝利を確信したかのようなニヒルな笑みを浮かべて見せた。


「おいセラス。勘違いしているようだから言ってやるが、俺は別に他者と共存できないわけではない」


 魔方陣の光が一際強く輝き始める。


「ただ共存する必要が無かったからしなかっただけの話だ! そこをはき違えるなよ!!」

「待て!! 止まれ!」

「さらばだセラス! 魔王は今日、魔界で死んだが、俺は人間の世界で生き延びる!」

「グラム!!!!」


 グラムはそれだけを言い残し、魔方陣と光と共に消えて居なくなった。


「~~!!」


 ただ一人取り残されたセラスは、仇を目の前で取り逃がした無念から拳を握り込んだ。


『グラムは素直になれないだけなんだ。口ではああいっても、本当は誰かと繋がりたい寂しがり屋だ』


 頭の中で、亡き魔王の言葉が蘇った。


「魔王様…………私は、そうは思えません。あれはただの魔獣ですよ」


 セラスは先ほどまでグラムがいた場所に目を向けると、どこにもいない魔王に向かって反論した。


「もう少しだけお待ちください。いずれ必ず、あのバカをそちらにお連れしますから」


 セラスは一つの誓いを立てる。それは執念にも近い決意であった。


「逃げきれると思うなよ……破天荒!」


 間もなく、セラスの肉体は無数の黒い蝙蝠に変化する。黒い蝙蝠の群れは、そのまま何処かへと消え去った。

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