第17話 気に食わない
グラムとシャルロットが出会い、そし三国同盟が締結されてから一年の歳月が経過したある夏の朝。二人は白い花の庭園の中で相対していた。
一年という時間が過ぎても、魔族であるグラムの姿形には一切の変化はない。対して成長期の真っ只中であるシャルロットは十五歳になり、背は五センチ程伸びて、顔つきからは幼さが少し抜けた。
美しさに磨きがかかったシャルロットだが、彼女は今真剣な面持ちで木剣を中段に構えている。その矛先が向く先は、向かい側に立つグラムである。
「やぁぁぁぁ!!」
にらみ合いもそこそこに、シャルロットが己を鼓舞するように叫びながら駆けだした。タッタタと、明らかに運動に慣れていない人間の走り方で不格好に剣を振りかぶりながらグラムへ襲い掛かる。
「……」
グラムは呆れたような目をしながら、シャルロットの木剣を人差し指と中指で挟み止めた。
「あっ!」
指二本で容易く剣を止められたシャルロットは目を丸くしながら驚いた。
剣を挟む止めるグラムの指をどうにかして振り払おうとするが、非力ゆえにビクともしない。両手を使っても、身体を明一杯使っても結果は同じ。結局グラムに額を指で弾かれ、シャルロットは呆気なく尻餅をついた。
「イタタ……」
「これで十五回目。あと千回やってもお前は俺には勝てんぞ」
少し赤くなった額を押さえるシャルロットに対し、グラムが疲れたような低い声で言う。
「むぅ……そんなの、やって見なきゃ分からないじゃないですか」
「自惚れるな弱者。お前如きの物差しで世界を測れると思うな」
取り付く島もないグラムの態度にシャルロットは不服そうに頬を膨らませた。
「なんで不満そうな顔をする。『強くなりたい』と言ったのはお前だろう? だから助言してやっているというのに」
目線だけで抗議してくるシャルロットにグラムは嘆息を吐いた。
「お前は知略や駆け引きにおいては凄まじいがそれだけだ。過信、軽率、不器用、おまけに要領も悪い」
「……」
「強さを求める心には共感してやるが、魔力も魔法もないお前が鍛えたところで何になる。それで解決できる問題など一つも無い」
淡々と否定し難い根拠を並べられて、シャルロットは下唇を噛みながら俯いた。
「一番意味不明なのはお前がセバスから魔法を教わっていることだ。覚えたところで魔力が無いお前には無意味だろう」
グラムは構わず苦言を呈する。
「じゃあ、どうすればいいって言うんですか……」
シャルロットは俯いたまま、悔しそうな声で問いかけた。
「身体を鍛えろ。体力を付けろ。お前は体がカスなのだからそこを改善するべきだ」
想定していたものより具体的なアドバイスを告げられたので、シャルロットは思わず顔をあげる。
「そ、そうすれば本当に強くなれますか……?」
暗闇の中に光を見つけたような、縋りつくような声と表情だった。シャルロットにとってはそれだけ重要な事柄だった。
「ムリ」
それをグラムは、何の躊躇いもなく切り捨てた。
「……は?」
シャルロットはあり得ないと言う表情を浮かべながら絶句した。
「……いや、海を飲み干す気概があるならもしかしたら可能もしれん。知らんけど」
「なっ、な…………!!」
無責任なフォローにシャルロットはわなわなと身体を震わせる。それはついにトリガーとなり、シャルロットの堪忍袋の緒が切れた。
「人の努力を茶化すのも大概にしてください!! いつもいつも馬鹿にして!!! 私が何をやっても無理だ無意味だの一点張り! なんでそう言い切れるんですか!!」
「お前は石ころを磨けば宝石になるとでも思っているのか?」
シャルロットは言葉を詰まらせた。たった一言に凝縮された現実の前には、彼女の怒りはあまりにもちっぽけなものであった。
「取り繕ったところで石ころは石ころ、つまりゴミだ。それ以上でもそれ以下でもない。お前は根本から間違っているのだ」
シャルロットは俯いて小さな拳を握り込んだ。血管が圧迫され、白い手がより一層白く染まっていく。
「……そんなの、言われなくても分かってます」
「ならばなぜ強くなろうとする」
「一年前のこの場所で……私だけが何も出来なかったからです」
シャルロットは切な声で答えた。
「あの会談の乱闘で、私だけ何も出来ませんでした……ガビル様とシグルド様は逃げることなく戦っていたのに、私だけ……」
「はぁ…………」
予想通りの返答にグラムはため息を吐いた。
「私はいつも、いつも誰かに助けを求めるばかりで……誰かに守られてばっかりで……それがどうしようもなく悔しくて…………」
「だから?」
「せめて、自分の身は自分で守れるようになりたいです!」
グラムは理由の分からない苛立ちを覚えた。
「まぁいい……命令された以上、俺も多少は付き合ってやる。だが己惚れるなよ、お前は弱者だ。どれだけ鍛えようが、弱者にしかなれんのだ」
「やってみないと分からないですよ」
「まだ言うか阿呆が……己の弱さを認めない馬鹿が、理想を叶えられると思うなよ」
「何とでも言えばいいですよ。私は絶対に諦めませんから」
湧き上がる苛立ちの熱に任せて言葉をぶつけるが、シャルロットは意に介さない。いつしか彼女はグラムに怯えなくなり、それどころか言い返すようにもなった。
齢十五とは思えない堂々としたその態度が、グラムの苛立ちを更に刺激した。
「いつかグラム様のこと、ぎゃふんと言わせますからね」
「やれるもんならやってみろ」
そのとき、正午を告げる時計台の鐘の音が王国に響き渡った。鐘の音が鳴り止むまで二人は沈黙したままその場を動かなかった。
「……今日は終わりにしましょう。ありがとうございました」
先に沈黙を破ったのはシャルロットだった。息を吐くと、彼女は目を閉じてグラムに小さく一礼する。
「そうだグラム様。明日のダイン帝国との会談ですが、護衛として同席するはずだったセバスが体調不良でして。代わりにグラム様に出てもらいます」
「よろしくお願いします」とだけ言い残して、シャルロットは白い花の庭園を後にした。
「…………」
一人庭園に取り残されたグラムは俯き、拳を強く握り込んだ。しかし、振るう相手のいない拳は自壊して、指や隙間から垂れた赤い劣等感が庭園の緑を染め上げた。




