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第16話 反乱宣言

「暴力に抗うための力は、暴力ではない。改めて申し上げますが、これが私の持論です」


 シャルロットは言葉を続けながら右手を少し挙げた。それを合図にしてセバスとグラムは矛を収め、シャルロットの傍に移動する。


「しかし何事にも限度というものがあります。抗った結果、相手が大勢死ぬようなことになれば本末転倒。それこそただの暴力です」


 唐突に解放されたことで皆一様に困惑していたが、次第にシャルロットの言葉に耳を傾け始めるようになる。


「私の望みは戦争などではありません。弱り切ったこの国を甦らせ、失われた民の笑顔を取り戻したいだけなのです」


 ガビルがシャルロットから目を逸らす。


「魔族召喚に手を出した時点で聖教会に宣戦布告したようなものだろう? そんな国から戦争を望まないと言われても、些か説得力に欠けると思うが?」

 

 一方でシグルドは言葉でシャルロットに対抗していた。


「戦争ではありません」


 シャルロットは震えを含んだ息を吐きだし、目を閉じる。その顔は緊張したように強張っていたが、すぐに覚悟を決めたように目を開けた。


「これは、聖教会に対する反乱リベリオンです」


 ガビルもシグルドも、そしてルミナスも、シャルロットの言葉に瞠目した。


「聖教会は魔族大戦に終止符を打ち、世界に平穏を取り戻した救世の英雄です。しかし国ごと焼き滅ぼす彼らのやり方を、私は正義だとは思いません」


  そこから先は最早シャルロットの独壇場といった具合で、誰も彼女の言葉を遮ることが出来なかった。緊張が抜けていないのかシャルロットの顔には幾ばくかの不安が滲んでいたが、それでも皆、彼女に圧倒されていた。


「かつて世界を救ったその力も今や世界を抑圧する暴力。特にバルゼノン教国が建国されて以降の聖教会は、自分たちにたてつく者を粛清するただの独裁者に成り下がりました」

「…………」

「バルゼノン建国以降、断罪と称する粛清によって犠牲になった命は概算でも数千万、滅亡した国の数は十三か国にもなります。この数字は魔族大戦における死者を遥かに上回ります。そのような殺戮国家が存在している限り、真の平和はあり得ません」


 ただ一人、セバスだけが目を閉じる反応を示す。少し下を向きながら息を吐くその姿はどこか憂いを帯びていた。


「今すぐにでも反旗を翻す、というわけではありません。まずは国を立て直さなければお話にもなりませんからね」

「では時がくれば、貴国は聖教会に反乱するというわけか」

「聖教会ではなく、バルゼノン教国です。諸悪の根源はそこにありますから」


 シャルロットの答えに満足したのか、シグルドは笑いながら頷いた。


「よし、乗った。ベオウルフはデュランの同盟案に賛成する」

「シグルド様!!」


 シグルドの独断をヨームが慌てて止めようとするが、出来なかった。


「デュランに何かしらの思惑があることは誘いを受けたときから分かっていた。それでも誘いに乗ったのは勝てると思っていたからだ」

 

 シグルドに油断はないが、侮りはあった。所詮は衰退した元大国、今はただの弱小国家であると。


 蓋を開けてみればどうだ?


 出てきたのは恐るべき大魔族。そしてそれを従える気高き女王ではないか。


「その結果がこのざまだ。万が一に備えて連れてきたヨームまで無力化される始末。これを敗北と言わずして何という?」

「…………申し訳ございません」

「気にするな、今回の敗北は俺の責任。俺が誘いに乗ってしまった時点で勝負はもう決していたのだ」


 太陽を隠していた雲が通り過ぎ、眩しい光が戻って来た。日陰になっていた庭園は空気が澄み渡るようにどんどんと明るくなっていく。


 趨勢が一気にデュランに傾いたことを確信し、シャルロットは安心したように息を吐いた。


「この同盟が良き未来の礎になることを信じているぞ」

「ありがとうございます。大船に乗ったつもりでいてください」


 シグルドは破顔した。


「してダインよ。貴国はどうする?」


 ベオウルフの承諾から間もなくして、シグルドは未だ沈黙しているガビルへ声を掛けた。


「ダインが戦争を仕掛けた理由は食料難ではなく、我が国との戦争に向けた中継地点の確保だろう? デュランはダインと我が国の丁度中間に位置しているからな、足が遅い帝国軍にとってはこれ以上ないほど魅力的な中継地点になるはずだ」

 

 ガビルは何も言わない。ただ苦しそうに拳を握りしめている。


「しかしデュラン王国はたった今我が国の同盟相手になった。貴国が同盟相手に戦争を仕掛けるというのであれば、我々としても参戦せざるを得ない。それは貴国も望んでいないだろう?」

「……」

「それにいい機会だ。かつての同盟崩壊以降、我らは長い間いがみ合ってきたが…………ここいらで終わりにしないか?」


 ガビルは険しい表情を浮かべるが、間もなく諦めたような顔をして息を吐いた。


「分かっ、た……」


 待ち望んだ一言にシャルロットは少しだけ目を見張る。


「戦争は、止める…………同盟にも参加してやる────だが、ただでは頷かん!!」


 ガビルはグラムを指差して、キッとグラムを睨みつけた。


「"破天荒"のグラム。 もしまた僕のルミナスに手を出したら、僕はお前を殺す」

「…………はぁ?」


 突然矛先を向けられたグラムはポカンと口を開けていた。しかし言葉の意味を理解すると、すぐ馬鹿にしたように嗤い始めた。


「今のは聞き間違いか? お前が俺を殺すって?」

「そうだ」

「お前のような弱者が? この俺を殺してみせると? 本気でそう思っているのか?」


 グラムはニヤニヤと悪辣に笑いながらガビルを煽る。出来るわけがないと確信していたからだ。


「────関係ない」


 その確信は、案外すぐに壊れることになる。


「やるって言ったらやるんだよ!!」


 グラムは、あり得ない物を見たような顔をした。目を見張ったまま、少しの間だけガビルに圧倒されていた。


「…………お前、名前は」


 気づけば、勝手に口が開いていた。


「ガビル・ダインスレイヴ」


 ガビルは素直に答える。


「ガビル…………ガビル・ダインスレイヴか」


 ガビルの名前を何度か復唱した後、グラムはフッと薄く笑みを零した。


「しかと覚えたぞ」

「? 何をいきなり…………」


 困惑するガビルを置いてグラムは上機嫌に笑い始める。あまりにも突然過ぎる態度の急変に誰もが困惑していたが、グラムはそれだけでは終わらない。


「おい虫けら…………いや、ルミナス・オブスキュラス」

「なっ、なんですの突然…………」


 その矛先は唐突にルミナスに向けられる。ルミナスはおっかなびっくりと言った様子でこれに応えた。


「悪かったな」

「…………はい?」

「向こうではアイなど下らんと扱き下ろしたが……訂正しようじゃないか」


 突然の謝罪に、ルミナスは愚かガビルも驚愕を禁じ得ない。シャルロットとセバスもあり得ないものを見たような顔をしていて、特に反応を示さなかったのはグラムのことをよく知らないベオウルフの二人だけだった。


「いい男を捕まえたな」

「なっ…………!」


 それだけをルミナスに言い残すと、グラムは上機嫌なまま庭園から一人立ち去った。


「よもや、あの男に謝罪という概念があったとは…………」

「す、すごく意外です…………」


 セバスとシャルロットは去って行くグラムの背中を見送ったまま呆けていた。ベオウルフの二人は何が何だか理解できていない様子だったが、ガビルはただただ困惑していた。


「今更…………今更そんなこと、言われたって…………!!」


 当のルミナスは拳を握りしめてわなわなと身体を震わせたあと、溢れ出す感情に堪えきれず、顔を真っ赤にして叫び始めた。


「今更そんなこと言っても許しませんから!!!」


 ルミナスは顔を真っ赤にして叫んだ。


 しかし彼女はとてつもなくチョロかったので、ガビルを褒められただけで一気に気を良くしていた。


「…………で、でもまぁ、ダーリンの魅力に気が付いたことに免じて、今日の所は見逃して差し上げますわ」

「……」

 

 気恥ずかしさから顔を逸らしたルミナスの姿にセバスは微妙な顔をするが、シャルロットは真剣な眼差しを送っていた。

 

「……なぁヨーム。ふと思ったんだが、俺も魔族を召喚すればワンチャン良い伴侶に」

「お気を確かにシグルド様、魔族召喚に出会いを求めないでください」


 そしてシグルドは、まともに考えることを止めた。



 戦争を間近に控えていたダイン帝国とデュラン王国がベオウルフ公国の仲立ちの元に和解、並びにベオウルフ公国を盟主とした三国同盟の締結。


 同じ日に何の前触れもなく報じられた二つの知らせを受け、世界に激震が走った。


 軍事大国たるダインが宣戦布告を撤回したという報道はダインの気性を知る各国にとっては信じ難く、どころか勝ち戦を放棄してまで和解を選択した事実はまさに青天の霹靂であったが、間もなくして戦争を未然に防いで見せたベオウルフに惜しみない賞賛を送った。

 

 ベオウルフの神憑り的手腕によって実現された歴史的和解。何も知らぬ国々の眼には、一連の流れがそのように映っていた。


 しかし全てはカバーストーリー。デュランという影のリーダーを隠すために作られた人為的な奇跡だ。


 三国同盟も表向きには世界的凶作に対抗するための協力関係だが、その実態は対バルゼノン教国を目的とする連携であり、それを知る国は当該三国のみ。


 それでも、一握りの聡明な王たちは、この奇跡のトリックがデュラン王国にあることを見抜いていた。


「落ちぶれた大国」「落果のリンゴ」「老いた雄鶏」


 聡明な王たちは、それまでデュラン王国に下してきた散々な評価を訂正し始める。


 ────在りし日のデュラン王国、かつて「楽園の王国」と呼ばれた時代の栄華を思い出しながら。

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