第14話 暴力反対
「こ、これくらい、私ひとりの力で────!」
迫ってくる弾幕を対処するべく、シャルロットは首に掛けた星型のペンダントに手を伸ばす。
『力の代償は、力を以て支払われるべきだと思わないか?』
その動作は魔法を使うためだったが、今のシャルロットには魔力も魔法もない。絶望的な事実を思い出し、シャルロットはまるで時間が止まったような感覚に陥った。
「ぁ……!」
どうしようもない。いつも助けてくれたセバスは足止めされている。だが弾幕はもう目と鼻の先。何も出来ない。何も出来ないのに、思考だけは研ぎ澄まされている。
思わず背筋が凍った。逃げようとしても、足がすくんで動けなかった。
(魔法さえ使えれば────)
ただ無力な己を嘆きながら、シャルロットが目を閉じたそのときだった。
「チッ」
見かねたグラムがシャルロットを強引に抱き寄せた。片方だけ巨大化させた黒い翼でシャルロットを包み込み、爆撃から守った。
「…………へっ?」
翼の盾に守られたシャルロットは何が起きたのか理解できず、素っ頓狂な声を洩らした。その間にも魔力弾は次々に翼に衝突し、爆発している。
「虫けら風情が……誰の恩情で返してやったと思ってやがる」
グラムは爆撃をものともせずにルミナスを睨みつけていた。
「あっ、わ、私今……抱かれて────!」
己の身体に触れるグラムの体温を自覚したとき、シャルロットはようやく状況を理解した。さっきまで青ざめていた顔は途端に赤くなり、熱を帯びて少し潤んだ目でグラムを見上げた。
「おいもち女。……なんで真っ赤になってる」
シャルロットは羞恥に耐え切れず、しばしの間石のように固まった。
♢
シャルロット同様に爆撃を受けていたシグルドだが、剣で一つ一つ魔力弾を切り捨てていた。両断された魔力弾の軌道はシグルドを躱すように横に逸れ、何もない地面に着弾した。
「最早乱闘騒ぎだな」
弾幕が一瞬止み、シグルドが剣を肩に置いて小休止に入ろうとした次の瞬間、爆撃の混乱に乗じて忍び寄って来たガビルが不意打ちを仕掛けた。
「何っ!?」
シグルドは動揺したが、気は抜いていなかった。間一髪ガビルの剣を防ぐことに成功する。
「これを防ぐのか……!」
防がれることを想定していなかったガビルは狼狽える。シグルドは冷や汗を流しながら笑って見せた。
「ハハ!! 騙し討ちの次は不意討ちか! この似たもの夫婦め!」
シグルドはお返しと言わんばかりに剣を押し込むが、ガビルも負けじと押し返す。短い鍔迫り合いの後に数度の剣を打ち合い、また鍔迫り合いが始まった。
それと同時、カウントダウンを続けていたヨームの頭上の光文字がⅠを刻んでいた。
セバス達はヨームから見て十二時の方向で戦っている。
「あまり気は進みませんが……」
やがて十二秒が経過する瞬間、セバスは決死の思いでレイピアを手放し、ルミナスの腹を蹴ってその場から離脱した。
狙いは間もなく動き出すヨームの視界から外れることである。
「苦し紛れに乙女を足蹴にするなんて……! だけどいいのかしら? この玩具が無いと貴方は魔法を────」
言いかけたそのとき、時の鎖から解放されたヨームがもうルミナスの傍にまで接近していた。
「!?」
気付いた時には遅かった。
「ドラゴンテール」
燃え盛る大剣の一撃がルミナスを縦に一刀両断した。振り下ろされた灼熱の斬撃は遥か彼方まで届き、大地に渓谷と見紛うほど深く大きな跡を刻み付ける。
「…………はっ!」
ヨームの過剰過ぎる一撃の衝撃により、シャルロットがようやく我に返る。両断されたルミナスは死んだかと思われたが、左右泣き別れになったその身体は突然無数の蝶となって分裂した。
「むっ……」
蝶と化したルミナスをヨームは訝し気に唸る。
「これは……?」
「ハニー!」
ガビルとシグルドも剣戟を止めてその光景に釘付けになっている。皆の視線を独り占めした蝶たちは無秩序に桃色の庭園を飛び回った後、空に向かって一斉に昇り始めた。
「……そういうことですか」
レイピアを回収したセバスは、空へ昇って行った蝶たちがみるみる内に人型になっていく様を見て何かを理解したようだった。
「言ったはずでしょう? 私も魔族の端くれ! 例え串刺しにしようが、細切れにしようが、貴方方の攻撃なんて効きませんわ!!」
ついに蝶たちは元のルミナスの姿に戻った。両断された肉体は跡すら残さず治っており、炎による火傷の跡すら見当たらない。
だが、ヨームは気づいていた。
短期決戦を狙った怒涛の爆撃と大掛かりな肉体の再生。魔力を消耗しないはずがない。
「そういう割には、魔力量が随分減っているな? 実はもう後がないんじゃないのか?」
「……」
図星を突かれたルミナスは険しい顔でヨームを睨みつけた。
「まぁいい。結局全て焼き尽くせば終わる話だ」
ヨームの炎がさらに激しく燃え盛り、青く変色する。周辺は激しく燃える炎に照らされ、一周回って薄暗くなる。これに焦ったシャルロットが大慌てでグラムに助けを求めた。
「どっ、どどど、どうしましょう!?」
「俺に「全員殺せ」と命令しろ」
「!?」
グラムが嗤う。
「そ、そんなの絶対にダメ!!」
それはシャルロットが望まない最悪の答えだった。
「だが、それ以外に方法はないぞ」
「そ、そんなことは────!」
「先に言っておくが、殺さず無力化しろと言われても無理だ。お前から奪った魔力分の余裕はあるが、それでもまだ搾りかすに毛が生えた程度。今の俺ではあの竜狩りを殺す以外の方法で止められん」
強い拒絶を示すシャルロットに対し、グラムは冷静沈着。それは己の力を信じて疑わぬ強者の余裕から来るものだった。
そのグラムの目から見ても、ヨームという存在は確かな脅威として映っていた。
「逆に飛んでる虫けらとそこで遊んでる雑魚二人は弱すぎて話にならん。どれだけ手加減しても殺してしまうな」
それは侮りではなく、グラムの率直な感想。力に胡坐をかいているわけではない。本当にそれが出来てしまうのだ。
「考えてもみろ。相手は全員敵なのだ。しかも寄ってたかってお前のことを殺そうとしている。殺さない理由がどこにもないだろう?」
「…………!」
「もう分かってるだろ? それにもたもたしていると大切な爺やも燃えカスになるぞ」
グラムは言葉巧みにシャルロットを誘惑する。綺麗事を並べる少女が、否定できぬ現実の前に屈する姿を見るために。
「さぁ早く、俺に「殺せ」と命令しろ。それだけで、今すぐ全てが良くなるぞ?」
その誘惑の末に、シャルロットはある方法を思いついた。
「わ、私の固有魔法!!」
「……あ?」
「今はグラム様が持っているはずです! そ、それをあの竜狩りさんに撃って下さい!」
一瞬考えた後に言葉の意味を理解したグラムは、まるで汚物の匂いでも嗅いでしまったかのようなしかめっ面をした。
「絶対イヤ」
「な、なんで!!?」
子どものような拒絶を喰らったシャルロットは目を丸くした。
「だってお前……嫌だ、断る。マジで本当に無理」
「そ、そんなこと言われたって知りませんよ! つ、つべこべ言わずに早くしてください!!」
「無理!!!!」
「無理じゃないです! これは命令です!!」
命令されてしまったグラムは大きなため息を吐いた。嫌そうに俯きながら右手を天に伸ばした次の瞬間、その掌の中に緋色の魔方陣が出現した。やがてその魔方陣の中から星を模した装飾が施された荘厳な錫杖が現れて、グラムはそれを握った。
「うっ…………!」
錫杖を握ったグラムは動物の糞でも掴んでしまったような声を出し、少しの間動かなかった。かと思えば上を向いたり下を向いたり、絶えず苦し気な唸り声をあげている。
「ひ、人の魔法を何だと思ってるんですか!! ウーウー言わずに早くしてください!!」
シャルロットに急かされたグラムは自棄糞になり、げっそりした顔で錫杖の頭をヨームに向ける。そしてついに、シャルロットから奪った彼女の固有魔法を発動させた。
「『暴力反対』……」
グラムが病人のような声で唱えたその瞬間、柱のように太い光線が錫杖の頭から射出された。




